第45回原産年次大会 原産協会会長所信表明
一般社団法人 日本原子力産業協会 今井敬会長
日本原子力産業協会の会長を務めております今井でございます。第45回原産年次大会の開会にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。
昨年の東日本大震災から一年余りが経過いたしましたが、東京電力福島第一原子力発電所の事故により、いまだ多くの皆様が、不自由な避難生活を余儀なくされておられます。
原子力の平和利用を推進してきた立場の者として、心からお詫び申し上げますとともに、一日も早い被災地域の復興と、避難されている皆様のご帰宅を、心よりお祈り申し上げます。
この福島第一原子力発電所の事故は、わが国の原子力安全に対する信頼を、根底から覆すとともに、世界の原子力開発に大きな影響を与えました。
わが国の原子力関係者は、「福島の復興なくして日本の原子力の将来は無い」との強い決意のもとに、福島事故で被害に遭われた周辺市町村の復旧・復興、ならびに福島第一原子力発電所の廃止措置に向け、全力を傾注していかなければなりません。
それと共に、今後、世界のいかなる場所においても、また、いかなる天変地異があろうとも、再び同様の事故が発生することの無いよう、事故の経験と教訓を世界と共有して、安全対策の徹底および透明性の一層の向上を図り、失われた信頼の回復に努めなければなりません。
私はこれを、今後のエネルギー・原子力政策の出発点として、認識すべきと考えております。
福島の復旧・復興にあたっては、被ばくの低減を図るために、まず放射性物質で汚染された環境の除染が課題となっています。また、除染作業に伴う被ばくや、除染作業によって発生する放射性廃棄物の仮置場や中間貯蔵施設の設置も、解決しなければならない課題です。
このような課題の根源には、放射線被ばくに対する不安という問題があります。中でも、低線量被ばくの影響につきましては、専門家の間でも見解がまちまちであり、住民の方々はどの見解を信じて良いのか迷われ、心理的な負担になるとともに、復旧・復興に向けた対応の進捗が遅いことに苦しまれています。
こうした中、国は、食品中の放射性物質の新たな基準値として、放射線防護上、十分すぎるくらい厳しい基準を定め、今年度から適用を始めました。
それにも関わらず、食品の生産、流通等の現場では、より安全なものを選びたいとの消費者の要望に応じて、更に厳しい独自の基準を設ける動きもあります。こうした動きは食品だけでなく、震災がれきの受入基準など、他の分野でも見られています。
この背景には、事故発生以降、放射線被ばくに関する基準や説明を巡ってさまざまな混乱があったことで、国や専門家に対する信頼が大きく揺らいだことも、影響しているのではないでしょうか。
こうした、更に低いレベルの基準を設けようとする傾向は、今後、過大な社会的負担を強いる結果となり、更には風評被害を拡大し、復旧・復興を遅らせることになりかねません。
福島の復旧・復興を促進するためには、放射線に関する理解を深めるためのコミュニケーションを充実し、放射線防護対策の実効性を向上させていくことが必要です。
国をはじめ関係者には、このことをよく肝に銘じ、新たな基準値を守ることでリスクは十分に小さくなるということを、ぶれることなく、ワンボイスになって、積極的かつ丁寧に説明していただくようお願いします。そして、新たな基準を、適切かつ厳格に運用し、国民の皆さんの不安を取り除くよう、努力していただきたいと思います。
これら事故で放出された、放射性物質に係る諸課題については、チェルノブイリ事故後の環境除染技術や放射線防護対策などで多くの知見が蓄積されている、ウクライナやベラルーシ、ロシアをはじめとする世界各国の方々のご意見も参考にし、学んでいくべきと考えます。
福島の方々が、今後住み慣れた故郷に戻られ、安心して暮らしていただくためには、福島第一原子力発電所の廃止措置が、安全にしっかりと行われていくことが重要です。
廃止措置については、これから40年もの歳月がかかると言われています。メルトダウンした燃料を、どのように安全に取り出し、廃炉までもっていくか、新たな技術開発が必要であり、膨大な人と資金が必要になると思います。
この原子力発電所の、廃炉に向けての中長期的な措置の進め方については、世界が注目しています。
従って、これを日本一国で行うのではなく、世界の英知を集め、世界に開かれた、国際的なプロジェクトとして推進し、その成果を世界と共有して、原子力技術の発展に貢献すべきと考えます。
このことにつきましては、福島に廃炉に関する国際的な研究拠点を整備する検討が、既に開始されております。
福島に研究の国際拠点を作り、世界との人的交流を深め、福島が廃炉技術の発信基地となることは、福島の復興にも役立ちますし、また世界的な原子力人材の育成にも繋がっていくことが期待されます。
国内の原子力発電所に目を転じますと、現在、ほとんどの発電所が定期検査を終え、再稼働ができないまま停止しております。
わが国の原子力発電所54基の内で稼働しておりますのは、北海道電力の泊発電所3号機のみで、この3号機も、5月5日に定期検査のため停止すると、運転中の原子力発電所はゼロになります。
この影響で、各電力会社は、原子力発電所で発電できない供給力のほとんどを、火力発電で賄うことになり、わが国の火力発電への依存度は、約90%にもなろうとしております。
世界的な化石燃料の需要増や、中東の政治情勢の悪化による燃料費の高騰とも相俟って、電力会社の燃料費負担が急増し、財務状況を急激に悪化させております。この状態が続けば、燃料費負担増は、今年一年間で3兆円以上との試算も出されています。
このような発電用燃料の輸入増加は、貿易収支の赤字の主要因ともなり、わが国の国力、国益にも大きな影響を及ぼすことが懸念されます。
また、今年の夏が2010年のような猛暑になった場合、夏季需要のピーク時には、全国平均で約10%の電力供給力不足になるとの国の試算があり、予断を許さない状況にあります。
電力の安定供給に不安があると、国内企業は海外への移転を考え、国内産業が空洞化し、雇用が失われ、その結果、国民経済の悪化も懸念されます。
この事態を回避するには、節電努力を呼びかけるだけでは不十分であることは明らかであり、原子力発電所の再稼働の必要性は、昨年の夏に比べても、いっそう高まっています。もちろん、再稼働の前には安全の確認が必要です。
原子力安全・保安院は、福島事故の技術的知見から得られた、30項目の対策を示しています。
政府はこれに呼応して、再稼働の判断基準として、第一に「全電源を喪失しても事態の悪化を防ぐ安全対策の実施」、第二に「福島事故並みに想定値を超えた地震・津波に襲われても燃料損傷に至らないことの確認」、第三に「事業者による更なる安全向上策の期限付き実施計画、新規制への迅速な対応、自主的な安全確保の姿勢」をあげております。
このうち、第一と第二の基準については、既に電力各社において実施されており、その有効性については、ストレステストによって、定量的に評価されて、規制当局の確認も得られています。
一方、第三の基準にある更なる安全向上策については、格納容器フィルターベントの設置など、対策に一定の時間を要するものであり、事業者は、今後、できるだけ短期間に実現することを前提に、工程表を作成し、着実に実施していくこととしています。
このように、国は、当面の電力供給不足、ひいては経済の混乱を回避するために、現在できうる限りの安全性を確保した上で、原子力発電所の再稼働に向けて、対応していく考えです。
今後、国には、原子力発電所を再稼働する必要性を社会に丁寧に説明し、周辺地域をはじめとする国民の皆様の理解を得て、速やかに、再稼働に向けたご判断をお願いしたいと思います。
福島第一原子力発電所の事故原因は、直接的には、津波によりますが、自然災害に対するリスク認識の甘さが、これほどの大事故につながったとの指摘があります。
わが国の原子力事業者も規制当局も、自己満足に陥り、原子力発電所の安全管理に関し、世界の優れた知見を、積極的に導入する意欲に欠けていた点は、大いに反省すべきであります。
政府、国会をはじめ、様々な場で事故の検証が行われていますが、原子力産業界としても独自に分析・検討を実施しております。
電力各社は、「安全確保の一義的責任は事業者にあり」との認識のもと、それぞれの原子力発電所において、既に安全対策を強化し、自発的かつ継続的に、安全性向上に取り組むこととして、福島事故の技術的知見を踏まえて、中長期的対策に取組んでいるところであります。
さらに、安全確保への取り組みを、継続的に推進するための仕組みとして、本年中に新たな組織を設立し、国内外の優良事例や最新知見を反映していくなど、世界最高水準の安全性を目指し、国民の皆様からの信頼回復に、努めていくこととしております。
その一方で、国においては、事故の教訓をもとに、原子力安全規制行政の信頼性確保と機能向上をめざし、独立性を高めた新たな規制体制の検討が、進められています。
安全規制の有効性を高めるためには、国際原子力機関(IAEA)の安全原則などのグローバルスタンダードへの適合や、リスク情報に基づく科学的・合理的な判断の追求など、規制の質の転換も同時に図らなければなりません。
国の新組織である原子力規制庁が、国会の審議の遅れでいまだ発足できず、現在に到っていることは、誠に残念であり、設置に関し、早急な対応を国に強く要望いたします。
現在、エネルギー政策見直しの議論が進められています。この夏にも、地球環境対策と整合した「エネルギー基本計画」と「原子力政策大綱」が決定されることになっており、近々エネルギーミックスについての様々な選択肢が示され、国民的議論が開始されようとしています。
エネルギーは、国民生活や産業・経済活動の基盤をなし、正に国の根幹を左右するものです。
従って、エネルギー政策の決定にあたりましては、政策決定過程の透明性を確保したうえで、安全性はもとより、安定供給や、低炭素性、経済性に加え、安全保障、貿易収支の改善、雇用の創出等に関し、長期的かつ国際的な視点に立ち、データに基づき、冷静に分析・評価する必要があります。
私は、わが国が科学技術に根ざした貿易立国として、将来にわたって持続的に発展していくためには、エネルギーセキュリティ・環境適合性・経済性のいわゆる「3E」の観点から、原子力発電は引き続き一定の役割を担っていく重要なエネルギー源であり続ける、と信じております。
そのためには、事故の教訓を活かした安全性の向上を最優先に、透明性を一層向上させて、失った信頼を回復していくことが、大前提となります。
世界では、福島事故後、ドイツやスイスなどのように脱原発の動きが見られることも事実です。
しかし、多くの国が、エネルギーの安定確保と地球温暖化対策の観点から、引き続き、原子力の開発を進めていくとの方針を打ち出しています。
また、今後、新たに原子力発電の導入を計画している国々から、わが国が有する技術力による支援に対して、強い期待が寄せられています。
このような諸外国の動向を踏まえ、わが国には、事故の教訓を世界と共有して、より安全な原子力発電システムの実現に向けて、世界に貢献していくことが求められています。
原子力産業界は、この役割と責任を自覚し、世界からの期待に着実に応えていく必要があると思います。
今回の年次大会は、「再生への道筋を問う」を基調テーマに、特別講演に引き続き、3つのセッションを2日間にわたって行います。
原子力産業界にとって、福島第一原子力発電所の事故から何を学び取り、原子力の再生に向けてどのように取り組んでいくかを、内外の原子力関係者と認識を共有し、深く考察できればと考えております。
この大会を通じて関係者間の議論が深まり、ご出席の皆様方にとって有意義かつ実りある機会になることを期待して、開会の挨拶とさせていただきます。
以 上
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