[諸外国における原子力発電開発の動向]
話題を追って

米国の原子力発電所の新規建設に向けた課題と見通し
― 「2004年版エネルギー見通し」から ―

 米国の原子力発電所の建設コスト(オーバーナイト・コスト)は、1960年代が1kWあたり1500ドル(2002年ドル)だったが、1970年代初頭から半ばにかけて1kWあたり約4000ドルに跳ね上がった。また、リードタイムも約8年から10年以上に長期化した。

 原子力発電所の新規建設に伴う最大の不確定要素は、規制と許認可手続きである。規制は1970年代と1980年代の原子力発電所の建設コスト高騰の要因の1つであり、このため規制手続きの大幅な改善努力がなされた。1980年代後半には、米原子力規制委員会(NRC)は、原子力発電所の建設中に設計変更を簡単に命令できないようにバックフィット規制を改定した。

また、1992年のエネルギー政策法(Energy Policy Act of 1992)改正により、規制手続きは大幅に改定された。それこれまで、電力会社が原子力発電所を着工して運転開始するためには、それぞれ別の認可(建設認可と運転認可)が必要だった。どちらの許認可にも公聴会が不可欠で、公聴会が大論争に発展するケースもあった。現在では、電力会社が合意された手続き、試験、検査を経ていれば、別々の公聴会は不要となっている。1992年のエネルギー政策法改正により、複数の種類の原子炉設計に対して原子力発電所の建設に先立ち設計認証が発給できるようになったため、技術上の問題の多くが許認可手続きを開始する前の段階でクリアーできるようになった。

新型炉の建設コスト

 1990年代半ばから、原子力産業は第三世代型炉(あるいは第三世代プラス型炉)の設計作業をスタートしており、現在、2つの第三世代型炉―改良型沸騰水型炉(ABWR)と改良型加圧水型炉(AP1000)―の原子力メーカーが、建設コストの評価結果を公表している。

ゼネラル・エレクトリック社(GE)は、ABWRの建設コストを大型のシングル・ユニット(135万kW以上)で1kWあたり1400ドル〜1600ドルとしている。また、英国原子燃料会社(BNFL)は、出力110万kWの2ユニットで構成されるAP1000の初号機の建設コストを1kWあたり1210ドル〜1365ドル(2000年ドル)と見積もっている。なお、GEの見積もりは、政府がシリーズ初号機に伴うエンジニアリング・コスト(first-of-a-kind engineering costs)の50%を拠出、また、BNFLも政府(または購入する電力会社)が全額負担することを想定している。さらに、BNFLは、AP1000の建設コストは、3つ目(2ユニット構成)になれば1kWあたり約1040ドル(2000年ドル)まで低下するとしている。

 一方、カナダの国営企業であるカナダ原子力公社(AECL)は、同社の改良型CANDU炉であるACR-700のマーケッティング活動を米国市場でスタートした。ACR-700は減速材に重水を用いる設計で、AP1000やABWRとは大幅に異なる。世界各地に建設されているCANDU炉の大きな特長は、運転中に燃料交換が可能であることである。軽水炉は燃料交換時には運転を停止しなくてはならない。その一方で、減速材に重水を使用しているため、核拡散上の問題がある。AECLの見積もりでは、シリーズ3番目の2ユニットからなるACR-700の建設コストは、1kWあたり約1100ドル〜1200ドルである。

 新型炉の資本コストは、これまで米国内外で建設された原子力発電所の資本コストを大幅に下回る。1980年代に運転開始した米国の原子力発電所の建設コストは、平均で約4000ドル/kWだった。平均すれば、極東およびその他の地域に建設された軽水炉とCANDU炉の建設コストは、低い場合は2000ドル/kWだった。AP1000はまだ世界のどこでも建設されていない。もし、AP1000の建設コストが原子力メーカーの予想通りであれば、他電源と競合することができる。

 最大の問題は、原子力メーカーの予測通りコスト削減が達成可能かどうかという点である。新型炉の建設コストが、現在、米国で運転中の原子力発電所よりも低くなる点については、信じるに足る理由がある。過去30年間の建設技術の進歩により、建設コストは低減するだろうし、設計単純化や標準化および事前の設計認証により、建設コストは明らかに低下する。新しい原子力発電所になるにしたがって機器の数が低減され、コストも低下する。少なくても、これまで米国で建設された標準設計の原子炉の基数はわずかであり、ほとんどの原子力発電所がゼロから完全に設計されたものである。設計作業が建設中に行われるカスタム・メイドの原子力発電所の建設の場合、割高になることは明らかである。新型炉の設計は事前にNRCの設計認証を受けている(あるいは受ける予定)ため、設計作業の大半が着工前に済んでおり、建設コストは低下する。また、規制変更によるコストとリスクも小さくなる。

ただ、新型炉の建設コストが低いことは確かだが、原子力メーカーが実施に削減されるとしているコストの額については疑問の余地がある。原子力メーカーによる建設コストの評価は、全て大出力の原子炉を複数、建設することを想定している。AP1000とACR-700はワンサイト・2ユニットを想定しており、ABWRも出力135万kW〜150万kWの大型炉を想定している。こうした大出力の原子力発電所の建設計画には、財政上のリスクという問題が伴ってくる。さらに、過去の米国の原子力発電所では、出力の大型化やマルチ・ユニット化などのスケール・メリットよるコスト低下を過大評価し過ぎたという事実がある。

 原子力発電所の建設コストを算出するにあたり、「2004年版エネルギー見通し」では、原子力以外の発電所については米国で実際に建設された発電所のケースに基づいてコスト評価が行われたが、近年、米国では原子力発電所の新規建設がないため、コスト評価は外国の事例に基づいて行われた。現在、アジアでは2基の市場性のある第三世代型炉が運転中で、4基が建設中である。このように、米国における「次世代型炉」の建設コスト評価は、アジアで運転中の2基の軽水炉の実際のコストを元に行われた。「2004年版エネルギー見通し」では、これら2基の原子炉の実際の建設コストとして1kWあたり2083ドル(あらゆる臨時出費を含む)という値が用いられている。

 現在、アジアで建設中の4基は、今後5年以内に完成する予定である。米国では、新規原子力発電所の運開は、早くても2012年以降となるとみられている。したがって、米国の所号機は、アジアで建設された4基で得られた経験を活かすことができる。

 新型炉は全て商業化の初期段階にあることから、エネルギー情報局は、米国で新型炉が建設される場合、建設経験により、最初の3基(2基目、3期目ともに初号機と同じ出力として計算)の資本コスト(建設コスト)がそれぞれ5%ずつ低減していくと想定している。同様の建設経験による建設コストの低減は、アジアで建設中の4基についてもあてはまる。増設される4基(出力は約1.5倍)の建設経験によるコスト低減は、臨時出費も含めて約8.5%となる。したがって、アジアの6基目の新型軽水炉の完成時の建設コスト(臨時出費を含む)は、1kWあたり1928ドルとなる。「2004年版エネルギー見通し」の建設コスト評価では、この数値が用いられている。

 エネルギー情報局は、米国で原子力発電所が複数建設されれば、建設経験により建設コストが低減すると想定している。たとえば、米国で合計10基の原子力発電所が建設されるとすれば、建設経験により、建設コストは1kWあたり1719ドル(全ての臨時出費を含む)まで低下するとみられている。また、米国で原子力発電所が1基も建設されなかった場合でも、2019年までに建設コストは1kWあたり約1752ドルまで低下するとエネルギー情報局はみている。「2004年版エネルギー見通し」で予測されている建設コストは、これまで実際に米国および海外で建設された原子力発電所の建設コストを下回っている。

 原子力メーカーによるベースマット・コンクリートの打設から最初の系統試験(または燃料装荷)までの原子力発電所建設のリードタイムは、36ヶ月から48ヶ月である。原子力発電所の建設資金の大半がこの間に投入されることから、リードタイムとしてはこの定義がよく使われる。なお、エネルギー情報局は、金利コストを計算するため、「許認可手続きの開始から営業運転まで」という異なるリードタイムの定義を用いている。許認可手続きには12ヶ月から24ヶ月を要し、燃料装荷から営業運転開始までは6ヶ月を要する。したがって、エネルギー情報局ではリードタイムを6年間と想定している。

 エネルギー情報局では、許認可手続きを得るための準備に要する時間とコストも議論された。原子力産業からの参加者の一部は、最初の数基については許認可申請の準備および審査にさらに4年が必要となると考えており、そうなるとリードタイムは合計で10年になる。エネルギー情報局は、最初に建設される4基については、わずかながら(最大5%)建設コストを上積みしている。これは、「技術最適化要素」と呼ばれている。このコストは原子力発電所の建設が続けばゼロに近づいていくため、前述した建設経験によるコスト低減と合わせてさらに建設コストが低下することになる。この建設コスト削減の一部には、許認可手続きの改善による4年間のリードタイム短縮化による効果も含まれている。

 過去数年間、原子力発電の経済性分析は、大半が原子力発電と複合サイクル・ガス火力の発電コスト比較に関するものだった。天然ガス価格が1000ft3あたり2ドル〜3ドルにとどまっている限り、新規天然ガス火力発電所の建設・運転コストは石炭火力発電所を大幅に下回る。しかしながら、天然ガス価格の上昇に伴い、米国各地において、石炭火力および一部の再生可能エネルギー電源の新規建設が天然ガス火力と競争力を有するようになりつつある。

 「2004年版エネルギー見通し」の標準ケースでは、原子力発電所の建設コストは、1928ドル/kWから2019年には1752ドル/kWに低下すると想定されている。この想定に基づけば、標準ケースだと2025年まで米国で原子力発電所の新規建設はない。また、2つの原子力発電に関する感度分析ケース(技術進歩ケース)では、原子力メーカーのAP1000とACR-700に関する推定が用いられた。これら2つの技術進歩ケースケースでは、原子力発電所の資本コストが標準ケースよりも低く想定されているほか、コスト削減率も高く想定されている。とくに、このうちの1つ(原子力メーカーが想定したケース)は、AP1000とACR-700のシリーズ初号機とシリーズN基目の平均コストに基づいている。このケースでは、原子力発電所の建設コストは、2004年の1555ドル/kWから2019年には1149ドル/kWまで低下する。もう1つの技術進歩ケース(AP1000ケース)は、原子力メーカーが想定したAP1000のみのコスト評価を用いている。このケースでは、建設コストは1580ドル/kWから2019年には1081ドル/kWに低下する。

 2019年に建設コストが1081ドル/kWまで低下するAP1000ケースでは、エネルギー情報局は、2025年までに約2600万kWの新規原子力発電所が建設・運開すると予測している。この2600万kWの原子力発電所は、石炭火力発電所1900万kWおよび700万kWの主として化石燃料火力発電所の代わりに建設されることになる。2019年の建設コストが1149ドル/kWとなる(AP1000とACR-700の)平均コストケースでは、2025年までに1280万kWの新規原子力発電所が、約940万kWの石炭火力発電所の代わりに建設・運開すると予測されている。もし、このコスト予測が2025年まであてはまるか、建設コストが2つの技術進歩ケースを上回る勢いで低下すれば、新規原子力発電設備容量はさらに大きくなる。2005年時点の流動床燃焼方式の石炭火力発電所の想定資本コストは1170ドル/kWと原子力メーカーが想定しているAP1000の資本コストよりも約10%割高である。石炭火力と原子力発電の燃料コストは、1kWhあたりそれぞれ10ミル、4ミルである。これまでの例をみると、燃料コストと運転・保守コスト以外のコストは、石炭火力、原子力発電ともほぼ等しい。原子力発電の資本コストが1kWあたり1081ドルとすれば、原子力発電所の資本コストと運転コストは石炭火力発電所より小さくなる。また、もし本当に原子力発電所の建設コストが1kWあたり1081ドルになれば、将来、米国の全てのベースロード電源が原子力発電所となることもあり得る。

原子力発電所の新規建設に伴う様々なリスクとその対処

 エネルギー情報局で議論の的となったもう1つの問題は、原子力発電所の建設・運転に伴う財務リスクの問題である。天然ガス、石炭および原子力発電ともに、その利用にはリスクが伴う。天然ガス発電所は数年で建設でき、比較的、建設コストも低いため、建設に伴うリスクは小さい。しかしながら、天然ガス価格は変動するため、天然ガス火力発電所の運転には財務リスクが伴う。実際、複数のワークショップ参加者が、原子力発電所を天然ガス火力発電所の燃料価格のリスクヘッジとして利用できると指摘している。

 環境影響を別にすれば、石炭価格は比較的安定しており、石炭火力発電所の運転に伴う燃料価格のリスクは小さい。しかしながら、とくに地球温暖化の観点から環境規制が変更される可能性があり、運転中の石炭火力発電所の経済性に大きく影響してくることも考えられる。このように石炭火力発電所の運転には規制リスクが伴う。ワークショップの参加者の一人は、環境規制の変更が10年〜15年間ないとすれば、その間に借入金を償還できるので、これまで電力会社は石炭火力の資金を調達することができたと指摘している。

 原子力発電所の建設・運転にも規制リスクがある。1970年代と1980年代に建設された原子力発電所の建設コストの超過に対して、金融機関が融資資金を割引することは絶対になかった。したがって、原子力メーカーは原子力発電所が当初のスケジュール通り、予算内で完成させることが可能であることを示さなくてはならない。さらに、新しい許認可制度はまだ実際に適用されたケースはなく、ちゃんと機能するかどうかについても不確定要素が残されている。実際、最初の数基の原子力発電所建設に対しては、第三者(連邦政府)からのサポートが必要であるとみられる。

 もし、原子力発電所が規制緩和された状況下で建設されるのであれば、その所有者は、他の発電所の所有者と同様、電力市場における電力価格の変動のリスクにさらされることになる。運転コストや借入金の支払い、株式配当のための資金を回収できないほど電力価格が安くなることも可能性として十分にあり得る。規制緩和の結果、電力も他の商品と同様の1つの商品となっており、短期的には価格変動が激しく、「にわか景気と不景気の交代」というサイクルからは逃れられない。過去の事例からすれば、万一、原子力発電所が電力価格の低迷期に運転開始したとすれば、結果的に大きな資金的な痛手を被りかねない。

 全ての電源は電力料金変動のリスクがあるが、原子力発電所の場合、他電源と比べて資本コストが大きく、リードタイムが長いため、その影響は異なる。原子力発電所の資本コストが大きいということは、より多くの資本が(財務)リスクにさらされることを意味する。さらに、予測対象期間が長くなればなるほど、電力価格の予想は不透明性を増す(2年間の予測よりも6年間の予測のほうが不透明である)。また、原子力発電所は他電源に比べてリードタイムが長いため、比較的長期にわたり電力価格を予測しなくてはならず、結果的に不透明性が増大することになる。

 したがって、原子力発電所の新規建設にあたっては、長期の固定価格による電力購入契約あるいは何らかの資金・規正制度が決定的に重要である。しかしながら、長期(10年〜20年)に及ぶ固定価格での電力購入契約は困難であり、電気事業者にとっても出費が大きい。さらに、最近のエネルギー情報局の報告では、電力市場の一部の構造的欠陥が是正されるまで、電力価格の変動リスク管理のための資金的なデリバティブ(リスク回避のために取引する金融派生商品)には限界があるとしている。このように短期的には、原子力発電所もしくは他の電源から安定的に収益を確保できるかどうかについては不透明である。

 原子力発電の技術進歩ケースと「2004年版エネルギー見通し」の「市場動向」の章では、組織・制度や財務的な措置により、電力料金変動のリスクを意思決定者(電力会社)にとってきわめて少ないコストで最少化あるいは転嫁できると想定している。固定価格での電力購入契約は、電力価格変動リスクを契約者に転嫁する財務的な措置の1つである。もう1つの組織・制度上の措置としては、電力会社と原子力メーカーのグループで原子力発電所を建設する企業共同体(コンソーシアム)を結成することである。こうした場合、電力価格変動リスクをコンソーシアムのメンバーで分担することができる。

[終わり]

*1992年エネルギー政策法(改正法)により導入された原子力発電所の建設に関する新たな許認可制度は、(1)標準型炉の設計認証、(2)事前サイト許可(ESP)、(3)一体許認可方式の3つ。具体的には、標準型炉の設計認証は、米原子力規制委員会(NRC)から標準型炉として設計認証(15年間有効)が発給された炉型は、サイト固有の問題を除き、安全問題が全てクリアーされているとみなされる。事前サイト許可(ESP)は、将来の原子力発電所の建設を見越して用地を事前に確保(バンキング)でき、ESPが発給されたサイトの環境影響評価と緊急時計画がクリアーされているとみなされる。また、一体許認可方式は、ESPが発給されたサイトに設計認証された標準型炉を建設する場合、建設前に建設・運転の一体認可が発給され、原子力発電所は、完成後、ITAACプロセスと呼ばれる一種の供用前検査だけで運開できる。

本稿は、「2004年版エネルギー見通し」の原子力発電所の建設コストに関する章を抜粋したものである。「2004年版エネルギー見通し」の本文(英語)は、米エネルギー省・エネルギー情報局(DOE/EIA)のホームページ(http://www.eia.doe.gov/)から入手可能である。また、原産マンスリーでは、3/4月合併号と5月号で「2004年版エネルギー見通し」の全訳を掲載する予定である。

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