■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【37】
ウィーン条約の成り立ちと改正ウィーン条約
今回は、IAEAのもとで作成された原子力損害賠償に関する国際条約であるウィーン条約と、その改正条約についてQ&A方式でお話します。
Q1. (ウィーン条約の成り立ち)
ウィーン条約はどのような条約ですか? |
A1. ・ ウィーン条約は、IAEA(国際原子力機関)による原子力損害賠償に関わる国際条約であり1963年に採択されました。広く各国の条約加入を求めるため、最小限度の基準を設定し、締約国間における民事責任や裁判手続きのルールを規定しています。
・ ウィーン条約には無過失責任、責任集中、責任限度額、賠償措置、裁判管轄権、判決の執行などの基本的原則が規定されており、38カ国が加盟しています。
・ ウィーン条約とパリ条約の両条約を関係づけるための条約として、ジョイントプロトコールがあります。
・ 1997年には運営者に課される責任限度額の最低額を引き上げた改正ウィーン条約が採択されました。
【A1.の解説】
原子力損害賠償に関する国際条約として呼称される「ウィーン条約」とは、1963年5月21日に採択され、1977年11月12日に発効した「原子力損害に対する民事責任に関するウィーン条約」を指しています。
原子力事故の際には国境を越えて原子力損害が広がる可能性があるため、原子力開発の初期の段階から、越境損害に関わる賠償問題に備えて国際間のルール作りが進められてきました。原子力損害賠償に関する最初の国際条約であるパリ条約(1960年採択、1968年発効)はOECD/NEAのもとで西欧の国々を中心として作られましたが、これに対してウィーン条約はIAEAのもとで全世界をカバーする原子力損害賠償の国際的な枠組みとして作られました。
ウィーン条約は、無過失責任、責任集中、責任限度額、賠償措置、裁判管轄権、準拠法、判決の承認に関する国際的なルールを規定する点において、パリ条約と類似(主な差異は責任限度額及び賠償措置額)した国際条約となっています。
パリ条約とウィーン条約はそれぞれの加盟国間でしか効力を発揮しないため、異なる条約の加盟国との間に発生する越境損害に対して効果がありません。そのため、従前より両条約を連結する必要性は認識されていましたが、1986年のチェルノブイリ原発事故によって実現の機運が急速に高まり、1988年にジョイントプロトコール(共同議定書)が採択され、1992年に発効しました。ジョイントプロトコールに加盟している国は、事故を起こした国の批准・加盟している条約が優先して適用され、越境損害に対する賠償処理が為されます。
ウィーン条約(1963年採択)には以下のような事項が規定されています。
・ 用語の定義、消滅時効、賠償の性質、健康保険との関係、通貨交換の確保、他条約との関係
▽ 原子力損害とは、身体の障害、又は財産の滅失・毀損の損害をいう。
▽ 賠償請求権は損害及び責任ある者を知った日から3年以上。ただし、原子力事故の日から10年以内に訴訟が提起されない場合には消滅する。
▽ この条約は、原子力の分野における民事責任に関する国際合意又は国際条約の適用等について、影響を及ぼすものではない。
・ 責任範囲、無過失責任、責任集中、責任制限、免責事項、求償権等
▽ 運営者は、自己の原子力施設において生じた原子力事故、自己の原子力施設から発送する又は自己の原子力施設に発送される核物質に関する原子力事故の原子力損害について責任を負う。
▽ 運営者以外の者は、原子力損害について責任を負わない。
▽ 施設国は、運営者の責任を、一つの原子力事故について500万米ドル(1963年4月29日の金による米ドルの価値)を下らない額に制限することができる。
▽ 運営者は、戦闘行為、敵対行為、内戦、反乱、及び異常な性質の巨大な天災地変に直接起因する原子力事故による原子力損害に対して責任を負わない。
▽ 契約により定められている場合、故意の場合に求償権を有する。
・ 賠償措置
▽ 運営者は、責任填補のため施設国が定める額の保険その他の資金的保証を維持しなければならない。
・ 裁判管轄権、判決の承認執行、無差別適用の原則、裁判権免除
▽ 裁判管轄権は、領域内で原子力事故が生じた締約国の裁判所だけが有する。
▽ 裁判管轄権を有する裁判所の最終判決は、他の全ての締約国において承認され、承認された最終判決は締約国の裁判所の判決と同様に執行しうるものとする。
▽ この条約及び条約に基づく国内法は、国籍、住所、居所による差別なく適用される。
・ 条約終了前の原子力事故への条約の適用、署名、批准、発効、加入、条約の有効期限、条約改正会議
ウィーン条約には、20011年3月29日時点において、アルゼンチン、アルメニア、ベラルーシ、ボリビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブラジル、ブルガリア、カメルーン、チリ、クロアチア、キューバ、チェコ、エジプト、エストニア、ハンガリー、カザフスタン、ラトビア、レバノン、リトアニア、メキシコ、モンテネグロ、ニジェール、ナイジェリア、ペルー、フィリピン、ポーランド、モルドバ、ルーマニア、ロシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、サウジアラビア、セネガル、セルビア、スロバキア、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国、トリニダード・トバゴ、ウクライナ、イギリス、ウルグアイの38カ国が加盟していますが、加盟国の大半は原子力発電所を持つ国 (下線)ではありません。
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Q2.(改正ウィーン条約の概要)
改正ウィーン条約はどのような内容になっていますか? |
A2. ・ チェルノブイリ事故をきっかけとして世界の原子力損害賠償制度が見直される中で、ウィーン条約の改正議定書が1997年に採択され、2003年に発効しましたが、これが「改正ウィーン条約」と呼称されています。
・ ウィーン条約からの主な改正点は、責任額引き上げ、損害概念の拡大などが挙げられます。
・ 改正ウィーン条約には、現在9カ国が加盟しています。
【A2.の解説】
1986年4月に発生したチェルノブイリ事故をきっかけに、世界の原子力損害賠償制度のあり方が見直されることとなり、越境損害に対する実効性を高めるためにパリ条約とウィーン条約を連結するジョイントプロトコール(共同議定書)が1988年に採択され、1992年に発効しました。
また、ウィーン条約についても、運営者に課される責任限度額の最低額が500万米ドル(1963年4月29日の金による米ドルの価値=約185億円)であり、被害者救済の実効性確保に課題があったことなどから、1997年9月29日に改正ウィーン条約が採択され、2003年10月3日に発効しました。
改正ウィーン条約の主な改正点として次の点が挙げられます。
・ 原子力損害の範囲の具体化
・ 免責事由の見直し
・ 運営者の最低責任限度額の引き上げ(500万米ドルから3億SDR)
・ 無限責任制度採用国に対する配慮規定の創設
20011年3月29日時点において、改正ウィーン条約には、アルゼンチン、ベラルーシ、カザフスタン、ラトビア、モンテネグロ、モロッコ、ポーランド、ルーマニア、サウジアラビアの9カ国が加盟していますが、原子力発電所を持つ国(下線)は未だ2カ国のみの状況です。
改正ウィーン条約には以下のような事項が規定されています。
第1条1項(定義)
「者」「締約国の国民」「運営者」「施設国」「管轄裁判所の法」「核燃料」「放射性生成物又は放射性廃棄物」「核物質」「原子炉」「原子力施設」「原子力損害」「原子力事故」「回復措置」「防止措置」「合理的措置」「特別引出権」について用語が定義されています。
例えば、「原子力損害」には以下のようなものが該当します。
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1. 死亡又は身体の傷害
2. 財産の滅失又は毀損
3. 1及び2から生じる経済的損失
4. 環境汚染の回復措置費用
5. 環境を利用する権利から得られる収入の喪失
6. 防止措置費用と、防止措置による損失や損害
7. 管轄裁判所の民事責任に関する一般法で認められている経済的損失
上記6以外の場合には、施設内の放射線源や核物質等による放射線又は輸送中の核物質による放射線に起因する損害に限り原子力損害となる。放射性特性から生じたのか、放射性特性とその他の特性との結合から生じたのかは問わない。
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第1条2項、第1A条、第1B条(適用除外)
・ 施設国は、包含される危険の程度が小さい場合には、その原子力施設又は少量の核物質をこの条約の適用から除外できる。
・ この条約はその場所のいかんを問わず原子力損害に適用されるが、施設国の法令により、非締約国の領域等で被った損害を適用除外とすることができる。
・ この条約は非平和的目的に使用される原子力施設には適用されない。
第2条(運営者責任)
・ 運営者は、自己の原子力施設における原子力事故、自己の原子力施設から発送する又は自己の原子力施設に発送される核物質に係る原子力事故の原子力損害について責任を負う。
・ 原子力損害が複数の運営者の責任に係る場合には、各運営者に帰する損害を合理的に分けることができない限り、各自連帯して責任を負う。
第3条(資金的保証の証明)
・ 運営者は、資金的保証を提供する保険会社等が発給した証明者を輸送者に提供する。
第4条(運営者責任及び免責)
・ この条約に基づく原子力損害に関する運営者の責任は絶対的なものとする。
・ 原子力損害が、損害を被った者の重大な過失又は故意により生じた場合、運営者の賠償義務を免除することができる。
・ 運営者は、原子力損害が、武力紛争行為、敵対行為、内戦又は反乱に直接起因する場合は責任を負わない。
・ 原子力損害と原子力損害以外の損害が共同して生じた場合には、合理的に区別できない限りにおいて原子力事故により引き起こされた原子力損害とみなすものとする。
第5条(責任額)
・ 運営者の責任は、施設国によって次のいずれかの額に制限することができる。
> 3億SDRを下回らない額。
> 1.5億SDRを下回らない額。ただし少なくとも3億SDRまでの公的資金が原子力損害の賠償のために国により提供される場合に限る。
> 議定書の発行から最長15年間は、1億SDRを下回らない額。ただし1億SDRまでの公的資金が利用可能とされている場合に限り、1億SDRよりも少ない額を設定できる。
・ 締約国の3分の1が希望する場合には、責任限度を修正するために、締約国会議が招集される。修正は締約国の3分の2の多数決により採択される。
第6条(賠償請求権の消滅時効)
・ この条約に基づく賠償請求権は、死亡又は身体の傷害に関しては原子力事故の日から30年、その他の傷害に関しては原子力事故の日から10年の期間内に裁判上の請求がなされないときは消滅する。
・ この条約に基づく賠償請求権は、損害を被った者が損害及び損害に対して責任を負うべき運営者を知った日から3年以内に裁判上の請求がなされなければ、消滅時効又は除斥期間の適用を受ける。
第7条(運営者の資金的保証)
・ 運営者は、施設国が定める額、形式及び条件で、原子力損害に対する責任を填補する保険その他の資金的保証を保持する。施設国は資金的保証の支払額が賠償に足りない部分について、責任限度を超えない範囲で必要な資金を提供することにより、賠償の支払いを確保する。
・ 運営者の責任が無限である場合には、施設国は責任を負うべき運営者の資金的保証の限度を設定することが出来るが、その限度額は3億SDRを下回らない。施設国は資金的保証の支払額が賠償に足りない部分について、資金的保証の額を超えない範囲で必要な資金を提供することにより、賠償の支払いを確保する。
第8条(準拠法)
・ 損害賠償の種類、範囲やその公平な配分は、管轄権を有する裁判所の法律による。
・ 運営者に提起された賠償請求が第5条の制限額を超えるおそれがあるときは、賠償額の配分において、死亡または身体傷害についての請求に優先権が与えられる。
第9条(公的制度との関係)
・ 国もしくは公的の健康保険、労働者災害補償等の制度が原子力損害についての補償を含む場合には、それらの制度の受益者が有する賠償を受ける権利及び運営者に対する制度に基づく求償権は、締約国の国内法又はそれらの制度を設けている政府間組織の規則により決定される。
第10条(求償権)
・ 運営者は次の場合に求償権を有する。
> 書面による契約により明示的に定められているとき
> 原子力事故が、損害を生じさせる意図をもってした作為又は不作為から生じた場合において、そのような意図をもって作為又は不作為をした故人に対してするとき
第11条(裁判管轄権)
・ 第2条に基づく訴訟の裁判管轄権は、その領域内(排他的経済水域等の水域内も含む)で原子力事故が生じた締約国の裁判所に専属的に存する。
・ 原子力事故が締約国の領域内等で生じたのではない場合、又は原子力事故地が確定できない場合には、訴訟の裁判管轄権は責任を負うべき運転者の施設国の裁判所のみに存する。
・ 裁判管轄権が複数の締約国に存する場合には、裁判管轄権は次の裁判所に存する。
> 原子力事故が一部は締約国の領域外で生じ、一部は単一の締約国の領域内で生じたときは、当該単一の締約国の裁判所
> その他のときには、自国の裁判所が管轄権を有することとなる締約国間の合意により決定される締約国の裁判所
第12条(判決の承認及び執行)
・ 裁判管轄件を有する締約国の裁判所により下された判決であって、通常の上訴手続に服さないものは、承認されるものとする。
・ 承認された判決は、執行が求められている締約国の法律により執行が求められた場合には、当該締約国の判決と同様に執行できるものとする。判決が与えられた請求の本案は、重ねて訴訟手続きには服さない。
第13条(無差別適用の原則)
・ この条約及び条約により適用される国内法は、国籍又は住所による差別なく適用される。
・ 原子力損害賠償額が1.5億SDRを超えた場合に限り、同等額の賠償責任を認める相互性が認められない国の領域又は海域において被った原子力損害に関して、施設国の国内法上、この条約の規定とは異なる定めをすることができる。
第14条(裁判管轄権の免除)
・ 執行に関する場合を除き、国内法又は国際法に基づく裁判管轄権の免除は、第11条により権限を有する裁判所におけるこの条約に基づく訴訟において援用してはならない。
第15条(通貨交換の確保)
・ 締約国は、この条約による原子力損害の賠償とそれに関連する資金が、損害が生じた締約国等の通貨に自由に交換しうることを確保するため、適切な措置を講じるものとする。
第16条(他の条約による賠償)
・ 同一の原子力損害について、原子力分野における民事責任に関する他の国際条約に基づいて補償を受けた場合は、この条約に基づく補償を受ける権利を有しない。
第17条(他の条約との関係)
・ この条約は、この条約を署名のために開放する日に効力を有している又は署名等のために開放されている国際条約の適用に影響を及ぼすものではない。
第18条(国際公法の一般原則)
・ この条約は、国際公法の一般的な規則の下に締約国が有する権利及び義務に影響を及ぼすものではない。
第19条(事務局長への提出)
・ 締約国は、この条約の適用を受ける事項に関連するそれぞれの法令の写しを、他の締約国への情報提供および配布のため、国際原子力機関事務局長に提出しなければならない。
第20A条(締約国間の紛争)
・ この条約の解釈又は適用に関して締約国間に紛争が生じた場合には、交渉により紛争を解決するため協議する。6ヶ月以内に解決できないものは決定のための仲裁に付託し、又は国際司法裁判所に提訴する。
第26条(条約改正会議)
・ この条約の発効後5年を経過した後はいつでも、締約国の3分の1の希望により改正を審議するために、国際原子力機関事務局長により会議が招集される。
第28条(条約の登録)
・ この条約は、国際連合憲章第102条に従って、国際原子力機関事務局長により登録される。
原子力損害賠償に関する国際条約の比較表はこちら
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