[JAIF] プレスリリース -2004年1月15日

平成14年度実態調査

不透明感強まる技術力維持と人材確保

原子力産業実態調査は、わが国における原子力産業の経済面の実態を把握し、その問題点の分析を通じて産業としての健全な発展に資するとともに、あわせて各分野における関係者の参考となるような基礎資料を提供することを目的として、昭和34年(1959年)から定期的に実施しているものです。このたび第44回(2002年度)原子力産業実態調査報告の概要をとりまとめました。


― 概 要 ―

はじめに

 世界的に電力自由化が進む中で、先進原子力発電国では原子力への社会的な批判と呼応するかのように、巨額の初期投資を要する原子力発電所の新設が停滞している。電力需要の大きな伸びが期待できないわが国でも、温暖化対策の上からも不可欠である今後の原子力発電開発計画は不透明な状況に置かれている。

図−1からも明らかなように、わが国では1989年度まで連続して原子力発電所の着工が行われた。しかし、90年代に入り、新規原子力発電所の着工は間隔があき、最盛期には14基を数えた建設中基数も2003年末ではわずか4基のみ(商業炉)となった。

 経済産業省・資源エネルギー庁が2003年3月に公表した「平成15年度電力供給計画」(表−1)によると、2012年度までに15基・1969万5,000kWの原子力発電所が運転を開始すると見込まれている。しかし、前年の計画と比べると、営業運転開始予定が1年先送りされた原子力発電所が11基に達した。各電力会社とも全般的に設備投資を抑える傾向が鮮明になっており、今後の経済情勢等によっては計画がさらにズレ込む可能性も否定できない。こうした中で、石川県珠洲市に建設が計画されていた珠洲原子力発電所(135万kW級2基)について、中部、北陸、関西の電力3社は2003年12月5日、電力需要の伸び悩みや自由化の進展による経営環境の悪化、用地確保等の問題から、珠洲市に対して計画の凍結を申し入れた。また、12月24日には東北電力が、新潟県巻町に計画していた原子力発電所の建設断念を決定した。

 原子力産業は、土木や建設、機械、電気、電子、化学、情報といった、非常に多岐にわたる技術の複合体であり、こうした技術を駆使し、システム設計や安全設計、製作、施工、試験、運転、保修、検査、品質管理の全般を総合するプラント技術に支えられている。製造業は、モノを直接製造し続けることによって技術を伝承し、人材を育成、維持することができる。さらに、それと相俟って技術の高度化をはかっていくためには、開発から設計、製造、試験、運転を行い改良するだけでなく、そこから生み出される技術システムをステップアップするという過程が必要であり、そのループを絶えず回し続けなければならない。

 しかし、単にカネを回して経済を回そうとする「産業」とも言うべき動きへの傾斜が強まり、日本が誇ってきたモノづくりに翳りが見え始めている。海外技術の導入から始まり、幾多の建設経験を通じて、その技術の習得、改良を積み重ね、機器の品質、健全性において世界最高の水準にまで高めるに至った原子力産業とて例外ではない。

 2000年11月に原子力委員会が公表した「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」は、「わが国の原子力産業は、成熟期に入りつつあり、研究者、技術者及び技能者の人員並びに原子力関連の研究開発支出高は近年減少しており、設計や物作りに関する分野において、今後、人材・技術力を従来通りの規模で維持することは困難になりつつある」と述べている。確かに一つの技術は“モノづくり”の発展期を経て成熟期に入り、運転保守中心の“モノづくり”の時代に至るサイクルがある。しかし原子力産業では、わずか30数年でここに到達してしまった。このため、原子力産業界からは、建設市場の縮小から、製造技術・設備の温存が困難な状況になりつつあり、空洞化が懸念されるとの声も出ている。とくに、新規建設が大幅に遅れるのにともない、設計や建設、試験などの分野で技術継承が難しくなっているとの指摘がある。

 新規建設が途絶えることによって技術力が低下し、産業技術としての発展性が失われた時には、わが国の原子力産業の国際的な競争力が弱まることも懸念されている。短期的な売上減少が先進的な原子力システムなどの革新的な研究開発への先行投資を行いにくくしているとも言われている。

 世界的な原子力発電市場は、一部地域を除いて停滞期にあることは否定できないが、今後20年で電力消費量が2.3倍に達すると予測される中で原子力発電の拡大をめざす中国、官民協力によって新規原子力発電所の建設をめざす米国など、将来の原子力発電市場拡大を予想させる動きがある。

 こうした将来の市場において、わが国の原子力産業が国際競争力を確保していくためにも、その根幹を支える製造技術力と研究開発能力を維持・発展させていくことが不可欠となる。ここまでの水準に到達したわが国の原子力技術も、一旦の空白期間を与えるようなことがあれば、再び立ち上げるには相当の時間を必要とするということは言うまでもない。

 日本原子力産業会議は、わが国における原子力産業の実態を把握し、その問題点の分析を通じて、関係者の参考となるような基礎的資料を提供することを目的として昭和31年以来、「原子力産業実態調査」をとりまとめてきた。2002(平成14)年度(2002年4月〜2003年3月)調査では、「不透明感強まる技術力維持と人材確保」を副題に掲げ、各種データを検証する中で、わが国原子力産業が直面する技術と人材の実態を明らかにした。

産業界の研究開発意欲が低下

 わが国における原子力発電所の建設機会減少の影響は、鉱工業の原子力関係売上高に顕著に表れており、1992年度をピークに売上は減少傾向にある。2002年度の売上高(1兆4,980億円)は、建設中基数がピークとなった88年度(1兆4,639億円)から数えて14年ぶりに1兆5,000億円を下回った。とくに顕著なのが中核とも言える「原子炉機材」部門の減少であり、93年度の1兆1,306億円をピークに大きく減少し、98年度以降は5年連続して5,000億円を下回っている(図−2)。同部門の受注残高も、97年度の9,314億円を底にほぼ1兆円を超えていたが、2002年度は再び1兆円を割り9716億円となった(図−3)

 将来の売上見込み高を業種別にみると、「原子炉機材」部門の主要業種である「電気機器製造業」と「造船造機業」で大幅な減少が予想されている(表−2)。このうち、「電気機器製造業」では、1年後にわずかの増加を見込んでいるものの、2002年度と比べて2年後には81.1%、5年後には66.4%まで減少するとみられている。また、「造船造機業」は、1年後に2002年度の76.8%、2年後に77.6%に減少すると予想されている。

鉱工業の研究支出高(海外技術導入費等を除く)をみると、年度によって多少のバラツキはみられるものの、減少傾向に歯止めはかかっておらず、全部門で減少している(図−4)。このうち、全体のほぼ3分の1を占めている「原子炉機材」部門の研究支出高は、91年度以降でみても最低の115億円となり、売上高の減少に応じて原子力研究開発に対する意欲が低下している状況が伺える。

原子炉機器製造部門の技術者減少が顕著

 民間の原子力関係従事者(技術系、事務系を含む)については、多数のプラントの運転保守を継続していかなければならないという状況の中で電気事業がほぼ横ばいであるのに対し、プラントメーカー等製造業を含む鉱工業は減少傾向が続いており、2007年度までの予測でも、こうした傾向に変化は見られない(図−5)。鉱工業の技術系従事者に限って見ると、全体ではそれほど大きな増減はみられないものの、部門別ではかなりの温度差がある。

 全体のほぼ3割を占める「サービス」部門の技術系従事者(2002年度:8,271人)は、今後の見込みでも、8000人台で推移するとみられている。これに対して、次に大きな割合を占める「設計」部門では、2000年度の5,136人が2007年度には4,807人まで減少すると見込まれている。一方、同じく2000年度に1,424人を数えた「原子炉機器製造部門」は2002年度に1,059人まで減少。2003年度以降の見込みでも、徐々に減少したあと、2007年度には1,000人を割り込み989人になるという厳しい予想が出ている。製造部門での大きな落ち込みは、プラントメーカー等の製造業において「モノを見ていない」設計陣が残る一方で、「モノを見ている」製造陣がいなくなる深刻な兆候と見ることもできる。こうした現象がさらに顕在化すれば、モノづくりに培われたわが国の製造技術の維持が難しくなる事態の到来も高い確率で予想される(表−3)。このため、「モノ」に直接関わる現場技術への格段の配慮が現実問題として求められている。

 鉱工業の研究支出高については、前述したように、ほぼすべての部門で減少している。これにともない、鉱工業の研究者数も、92年度と比べると半分以下になっている(図−6)。今後の予測を見ると、一時の3分の1程度の水準まで下がる可能性さえある。こうした背景には、最近の売上減少と将来に対する見通しの不確実性がある。しかし、人員も含めた研究開発の減速は、新たな可能性を持った革新的な原子力システムの開発の芽を摘むことにもなりかねず、今後期待される世界市場においてわが国原子力産業がグローバルな展開を行おうとしても、その基盤となるべき肝心の経済的な競争力が失われてしまうという可能性も否定できない。これは、原子力技術が短期はもちろん、中・長期的視野の下に、不断の研究開発、技術開発が必要な技術分野であるという事実から来ている。


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