今だからこそ考えたい、原子力と私たちの未来

今だからこそ考えたい。 原子力と私たちの未来。

2011年3月11日に発生した 東日本大震災により被災された方々、 並びに福島第一原子力発電所事故により 長期間の避難生活を余儀なくされている皆さまに 心よりお見舞い申し上げるとともに、 被災地域の一日も早い復旧・復興を お祈り申し上げます。  今回の福島第一原子力発電所によって、 私たちは改めて原子力と社会の未来について 真剣に考えなければならなくなりました。 原子力による発電というエネルギー利用の面では、 真摯に将来を検討する必要がありますが、 溶融した燃料の回収など、 長期にわたる廃炉作業を進める場合においても、 多くの技術課題と向き合わねばならないのも事実です。 そして、世界の多くの国々と事故の教訓を共有し、 国際社会に貢献していく必要があります。  また、原子力は発電による エネルギー利用だけのものではなく、 すでに様々な分野で活用されている技術であり、 放射線の工業、医療、そして農業利用など、 さらなる可能性が見込める技術でもあります。 わが国にとって原子力技術の維持は、 将来に向けての成長・発展の鍵に なり得るものと考えております。 (一社)日本原子力産業協会

原子力=原発ではない。 今こそ見直したい原子力の必要性。

 NOW & HISTORY 原子力活用の歴史と現在

「原子」と「原子力」。

物質は多数の「原子」が集まってできています。原子の直径は1億分の1センチメートルほどで、その原子はさらに「陽子」と「中性子」からなる「原子核」と、そのまわりを回る「電子」とに分けられます。太陽系のかたちにたとえられるこの構造は、20世紀初頭にイギリスの物理学者ラザフォードらの研究により解明されました。

最初は「未知の光線」から。

1985年、ドイツの物理学者レントゲンは、物体を透過する「光線のようなもの」を偶然発見しました。これが「未知の光線」という意味で名付けられた「X線」でした。この発見は当時の物理学界に大きな反響を呼び起こし、翌1896年にはフランスのベクレルがウラン鉱石からX線とは異なる種類の放射線が出ていることを発見し、同じくフランスのキュリー夫人が放射線と放射能の存在を実験により確認しました。キュリー夫人はウランと同じ放射性物質であるラジウム、ボロニウムを発見し、放射線を出す能力を「放射能」と名付けたことでも知られています。 さらに1899年、ラザフォードが放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線の3種類があることをつきとめました。

右上:レントゲン/左上:キュリー夫人と娘/下:キュリー夫人とレントゲンを積んだ車

放射線の働きを活用して。

放射線にはいくつかの特徴的な働きがあり、これまでもさまざまな分野でその特徴が活用されてきました。 まず放射線には身体などの物質を透過する作用と写真フィルムを感光させる作用があります。この原理を活用したのがレントゲン写真です。X線は肉は透過しますが、骨などには吸収され、透過した部分が黒く感光して、骨の状態などを確認できるのです。ラジウムを発見したキュリー夫人は、車にレントゲンを積んで、第一次世界大戦で負傷した兵士の弾の位置や骨折などを診断し、人命のために活躍しました。 放射線には電離作用という電子をはじき飛ばす働きがあります。この原理を活用して、放射線をプラスチックやゴムに当てて強化しています。分子は原子が集まってできています。プラスチックやゴムの分子も同様です。原子は原子核とその周囲を回る電子でできており、放射線が電子を一つはじき飛ばすと電子が一つ減ります。電子を失った原子は減った分を補おうと近くの原子と結びつくのです。 放射線の一種に中性子という粒子があります。中性子は、物質に衝突すると原子核に吸収されやすく、衝突した原子を放射能を出す原子に変えます。この作用を活用して、がん細胞に集まりやすい物質の原子を、中性子を当てて放射化した原子と置換することで、がん細胞に目印をつけてガンの場所を特定しています。

現在では、放射線は人体だけでなく、さまざまな物体を分解せずに検査するために活用され、電離作用を利用した機能素材は多様化しています。放射線の活用範囲は医療はもとより農業まで幅広くなっています。

現在では、放射線は人体だけでなく、さまざまな物体を分解せずに検査するために活用され、電離作用を利用した機能素材は多様化しています。放射線の活用範囲は医療はもとより農業まで幅広くなっています。

レントゲンのX線発見に始まった放射線研究はすでに百年以上にもなります。残念ながらその初期には、キュリー夫人のように放射線が原因の白血病で亡くなる研究者も存在しました。しかし現在では、ごく微量の放射線も計測できるようになり、その量の影響も解明されています。 放射線を使った研究もさらに発展し、チベットでは、日本と中国が宇宙線の観測をおこなっています。それにより、宇宙に関するさまざまなことが解明されつつあるのです。

ジェット機のエンジンの傷をしらべる

研究者が語る これからの技術,

未来の動きを予測して肺腫瘍を追跡する 動画未来予測ミュレーション法の開発

現在、私は医療と工学との融合である「医療応用工学」の研究を進めています。医療の高度化はめざましく、最も刺激的な学問領域のひとつが「医療応用工学」です。ここでは出町研究室で進めてきた2つの研究成果を紹介したいと思います。 私の研究室で、最近とくに力を入れている研究が動画未来予測技術です。これは、たとえば数秒前まで撮影していた動画から主成分画像を抽出して、その変化のパターンをデータとして解析することにより、「動き」の未来を予測し、それを動画として再構成することでその現在~未来を描画する手法です。 この技術の説明にはグー、チョキ、パーを出す動画を使っていますが、ジャンケンだけでなく、さまざまな動画の未来を予測できます。たとえば流体の中に障害物を置いた時に発生するカルマン渦も、この技術を使えば精度良く予測できます。 医療応用工学の観点からは、この技術は肺腫瘍など呼吸時移動性の腫瘍の放射線治療への応用が考えられます。呼吸にともなって複雑に動いたり形を変える肺腫瘍を、正確に追跡して周りの正常細胞を避けて照射することが可能になるからです。この治療技術が普及すれば、小さな肺腫瘍ができても、身体への負担が最小限の放射線療法が適用できるでしょう。

動画未来予測シュミレーションの原点となった グー、チョキ、パーの予測と実像の比較画像。

磁気アーティファクトを利用した MRIにおける腫瘍強調画像撮像

医療診断技術はCTとMRIによって格段に進歩しました。MRIは、強い磁場をかけ、体内の水素プロトンの信号を検知し、信号をフーリエ変換して身体の断層を画像化する装置です。またCTに比べて放射線被曝がないという利点もあります。しかし研究者の取り組むテーマとしては、先人にやり尽くされた感じのする技術でもあります。 そこで私は隙間を突く技術開発に取り組みました。それが「磁化率アーティファクトを利用したMRIにおける腫瘍先鋭画像撮像」です。「アーティファクト」という言葉は人工物という意味で使われることが多いのですが、MRIの世界では「ゆがみ」を意味し、通常は発生しないようにするものです。 しかし逆に私はこの「ゆがみ」に注目し、磁性造影剤を使ってわざと発生させた「ゆがみ」から腫瘍のみを強調した画像を作る技術を開発しました。これにより、まだ小さい腫瘍のうちからでも検出が可能になると期待できます。また、通常のMRI撮像は1回の撮像時間が30分程度と長く、かつ造影剤の投与前と投与後の2回の撮影が必要です。しかし、本手法では投与後の1回のみの撮像で済みます。この技術はMRI撮影を受ける患者の身体的負担を軽減することができるという利点もあります。 以上のように、私は「画像」という切り口の2つの研究によって、今まさに医療応用工学に取り組んでいるのです。

肺の動きは個人により特徴がある。 予測画像と実際の画像の比較で腫瘍部を特定できる。

若手研究者に見る技術

配管の破損確率を シミュレーションモデルで予測する

原子力発電所では水の流れる配管が大量に走っており、色々な箇所で分岐、合流しています。高温の水と低温の水が合流する部位では、配管の温度が不規則に変動して繰り返し熱応力が発生し、高サイクル熱疲労によるき裂の発生や貫通の可能性があるため注意が必要です。しかし配管の内部を直接見て調べることはできません。そこで配管の高サイクル熱疲労現象をシミュレートして損傷確率を計算し、安全性を評価します。 高サイクル熱疲労現象の中には様々なばらつき・不確かさが存在します。例えば、同じ材料で作られた配管でも個々の強度を比べるとばらつきがありますし、水の温度変動や配管への熱の伝わり方も同様にばらつきがあります。様々なばらつき要因を確率分布で表現したシミュレーションを行うことで損傷確率を算出し、各要因のばらつきの度合いが損傷確率に与える影響などを調べています。 予測できれば配管の安全性の程度を定量的に示すことが可能になります。今後のシミュレーションモデルには様々なことから得られる情報を取り入れて予測精度を向上させることも考えています。この技術は原子力発電所に限らず、様々なプラントの運用を効率化できるものと確信しています。

発電

老朽化した原子力発電所を廃止し、原子力依存度を下げる方向が示されています。当然のことながら、究明された事故原因をフォローした安全化のための技術の向上が急務となっています。 一方、核融合による新たな原子力発電の方式も試験プラントにて実用に向けた研究が進められています。これは、重い原子であるウランやプルトニウムの原子核分裂反応を利用する核分裂炉に対して、軽い原子である水素やトリチウムによる核融合反応を利用してエネルギーを得るもので、実現すれば環境に優しい放射性廃棄物の少ない安全な発電システムとなりうるのです。

廃炉

福島原発事故では言うまでもなく一刻も早い除染作業が望まれています。一方、全国に50以上、世界各国にはそれ以上の数の原子力発電が存在しており、いずれの原子力発電所も必ず廃炉の日が来ます。福島原発事故のような特殊な例を除いても、燃料を含めより効果的な処分処理方法の開発が期待されています。さらに、福島原発事故の場合には、ロボットによる遠隔処理、放射性物質や使用済燃料の速やかな処理除去、建て屋の解体等、きわめて広範囲にわたる新しい技術の開発が必要となります。

医療

医療応用の例として、X線CTやPETがあります。これらの装置により診断技術は飛躍的に向上しましたが、診断だけではなく重粒子線がん治療装置もがん対策の強力な一手段として使用されています。このように、放射線医療装置はなくてはならぬ医療機器となっていますが、さらに研究段階の検査治療装置も各種あります。それらの例として、中性子線を照射してがんのみを破壊する治療法(ホウ素中性子捕捉療法)の開発があります。今後医療を飛躍的に進歩させる装置として期待がかけられています。

農業

農業では外注防除や品種改良が放射線の主たる利用法です。害虫防除については、オスの幼虫やさなぎに放射線を当てて不妊化させる方法(不妊虫放飼法)が実施され、南西諸島でのウリミバエの根絶は有名です。品種改良という面では、放射線を照射することにより病気に強い新品種や寒冷地に適した品種を得たり、意図的に突然変異を起こして新しい品種を創る技術です。すでに梨の黒斑病抵抗性品種が育成されたほか、稲や大麦等の耐倒伏性・多収穫・病害虫抵抗性の改良が進められています。

工業・環境

プラスチックやゴムに放射線を当てると分子構造が変化して、強度が向上し、耐熱性を増します。この技術は自動車や電子レンジ、テレビなど高い耐熱性が求められる電線や、自動車のタイヤなどの製造に利用されています。その、他非破壊検査や製鉄所での鉄板の圧延作業やクッキングホイル(アルミはく)の圧延作業などにおいて、対象物に触れず正確な厚みを測定する技術などに放射線は活用されています。さらに、石炭や石油といった化石燃料を燃焼させると酸性雨の原因となる窒素酸化物や硫黄酸化物などを含む排煙が発生します。この排煙にアンモニアを加え電子線を照射することにより、化学反応性に富んだ物質(ラジカル)が生産され、これが硫黄や窒素と反応し、最終的に硝安や硫安などが作られ、肥料回収することができます。

NEXT TECHNOLOGY 注目を集める技術。これから 活かされる技術。