■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【27】


国をまたぐ原子力損害賠償と国際的な制度整備
 6月に開催された原子力安全に関するIAEA閣僚会議において、「原子力損害に対して適切な賠償を提供するため、原子力に係る損害賠償責任に関する一つの国際的な制度の必要性を認識する」という閣僚宣言が採択されました。
 そこで、今回は、国をまたぐ原子力損害賠償の裁判についてQ&A方式でお話します。


Q1.国をまたぐ原子力損害賠償)
日本で原発事故が起き、海洋汚染によって万一A国の漁業者に損害を与えてしまった場合、どのように裁判が行われますか?

A1.
・ 国をまたいで原子力損害が及んだ場合の訴訟については、一般的には、被害者であるA国の漁業者はA国あるいは日本のどちらの裁判所にも提訴することが可能です。
・ 一般的に、日本の裁判所においては日本の原賠法に基づく原子力事業者の賠償責任が問われますが、A国の裁判所では同国の原賠法が適用されず、原子力損害に関しても一般の不法行為法に基づき、加害者に対する損害賠償が問われるのが原則となります。


【A1.の解説】
 国を越えた民事に関わる損害賠償等の裁判など、自国と他国の法律がぶつかりあう部分については、各国において渉外的な私法関係を定めた法律分野があり、これを国際私法と言います。日本の原子力発電所が原子力事故を起こしたことによって、外国で原子力損害が発生した場合、その被害者は@どの裁判所に提訴できるのか(国際裁判管轄権)、Aどの国の法律が適用されるのか(準拠法)、などが基本的な問題となってきます。
 国際裁判管轄権や準拠法については、条約等で定めている場合を除けば、国際的な取決めがあるわけではなく、各国がその国の法律においてどのように規定しているかという各国独自の問題となります。
 
国際裁判管轄権
 我が国の法律では、国際裁判管轄権についての直接の定めはありませんが、民事訴訟法の規定から類推して、裁判が可能な場所(国)は次の3通りと考えられます。
・被告の所在地国・・・日本
民事訴訟法第4条に「訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する」とあり、被告企業の所在する日本の裁判所に管轄が認められる。
・不法行為地国(その1)=事故発生地国・・・日本
民事訴訟法第5条9項に「不法行為があった地を管轄する裁判所に提起することができる」とあり、不法行為の事故発生地として日本の裁判所に管轄が認められる。
・不法行為地国(その2)=損害発生地国・・・A国
民事訴訟法第5条9項に「不法行為があった地を管轄する裁判所に提起することができる」の規定から、不法行為の損害発生地としてA国の裁判所にも管轄が認められる。

 上記は我が国の民事訴訟法の規定によるものですが、こうした管轄の定め方は世界的に見て一般的なものであり、他国においても3種の国際裁判管轄権(被告の所在地、事故発生地、損害発生地)が認められることが多いといえます。
 
準拠法
 準拠法については、我が国では、「法の適用に関する通則法」の第17条「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による」から類推して、損害発生地の法律によることが原則となることから、損害発生地A国の法(一般の不法行為法)が該当することとなります。各国の原賠法では、自国の許認可取得者である原子力事業者が賠償責任の負担者となっており、他国の事業者による原子力損害に関わる損害賠償は原賠法の対象とはならずに一般の不法行為法が適用となります。
 ただし、一方で通則法第20条(明らかに密接な関係がある地がある場合の例外)の「・・・適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の法があるときは、当該他の地の法による」の類推適用により、原賠法を持つ日本の法によるという考え方が採られ可能性もあります。

 以上は我が国の法律の規定による場合ですので、設例の場合には損害の発生したA国の法律の規定によることになります。したがって、もしもA国が我が国と同じような法律を定めている場合には、上記の通り、国際裁判管轄権では、日本あるいはA国のどちらでも裁判を行うことが可能であり、準拠法ではA国の法律(一般の不法行為法)若しくは日本の法律(原賠法)の適用が考えられます。
 
 上記の内容を取り纏めると、一般的に考えて、A国の被害者が日本で訴訟を提起する場合には当然日本の原賠法に基づいて訴訟をすることになります。もちろん、被害者の選択にしたがい、あえて日本の一般不法行為法に基づいて損害賠償請求をすることも可能です。また、A国で自国の不法行為法に基づいて訴訟をすることもまたあり得るでしょう。このほかに、A国において日本の原賠法に基づく訴訟が提起されることも考えられますが、もしA国に日本の「法の適用に関する通則法」と同様の法律があれば、密接関連法という例外規定により、A国において日本の原賠法に基づく裁判が受けられる可能性もあります。
 A国で日本の原賠法に基づく損害賠償請求ができれば被害者にとっては便宜といえますが、但し、A国で受けた判決は直ちに日本国内では執行できません。したがってその場合には日本の裁判所で所定の手続を行うことが必要となります。


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Q2.(原賠に関する国際的な制度)
原子力安全に関するIAEA閣僚会議において、原子力損害賠償に関する一つの国際的な制度の必要性が認識されました。なぜそのような制度が必要なのですか?


A2.
・ 原子力損害賠償に関する条約が無い場合、前述のA1.のとおり、関係する各国の国際私法に基づく賠償訴訟が行われることとなり、国際裁判管轄権や準拠法などが容易に一つに定まらず、また原子力事業者以外に賠償責任が及ぶなど、各国での訴訟の多発、裁判の長期化や被害者間の不公平が生じたりする可能性があります。
・ 原子力損害賠償に関する国際条約に加盟した場合、加盟国間において原子力事業者の責任範囲、責任額の制限、国の役割、裁判管轄権、準拠法、判決の承認や執行等があらかじめ決められることになります。
・ 条約は加盟国間においてのみ効力があるため、国際間の原子力損害賠償対応を円滑、迅速、公平に実施するためには、原子力施設国は勿論のこと非施設国を含めて可能な限り多くの国々が同一の条約を締結することが望ましいと言えます。


【A2.の解説】
原子力損害賠償に関わる国際間の問題点と対応
 Q1のような国をまたぐ原子力損害賠償では、被害国における被害者は原則として自国の裁判所に提訴し損害賠償請求を行うことになります。この場合には、一般の不法行為法の対象となるため、原賠法の無過失責任や責任集中などの原則が適用されず、過失の有無、損害賠償の範囲等を争って裁判が長期化したり、場合により原子力事業者以外のメーカー等にまで賠償責任が及んだりする可能性があります。
 また同様の損害に対して関係する各国において数多くの裁判が行われ、様々な判決が出ることになれば、被害者間に不公平が生じる可能性があります。より迅速、適切に裁判を行うためには、国をまたぐ原子力損害賠償訴訟においては原賠制度の枠組みを共有するとともに、裁判管轄権を有する国をあらかじめ取り決めておかなければなりません。
 そのためには、各国が条約を締結し、締結国との間で原子力事業者の責任、国の役割、裁判管轄権、準拠法、判決の承認・執行など、国際的な原賠制度の枠組みとなる事項を決めておく必要があります。

 例えば「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)」に加盟した場合、加盟国間における原子力損害賠償の概要は以下のようになります。

原子力事業者の責任
・ 原子力施設の運営者(=原子力事業者)は原子力事故により生じたと証明された原子力損害について責任を負う(付属書第3条の1)
・ 原子力損害に関する運営者の責任は絶対的なものとする(付属書第3条の3)
・ 運営者は、武力紛争行為、敵対行為、内戦又は反乱、異常な性質の巨大な天災地変に直接起因する原子力事故によって生じた原子力損害に関しては責任を負わない(付属書第3条の5)
・ 運営者はこの条約に従った国内法の規定による以外には、原子力事故によって生ずる損害に関して責任を負わされることはない(付属書第10条)
・ 運営者の責任額は3億SDR(約377億円)を下回らない額に制限できる(付属書第4条の1)、運営者は原子力損害を填補するために保険等の資金的保証を行う(付属書第5条の1)

国の役割
・ 施設国は、保険その他の資金的保証の支払額が賠償請求額に対して足りない部分について、運営者の責任限度を超えない範囲で、必要な資金を提供することにより、その賠償請求の支払いを確保しなければならない(付属書第5条の1)、施設国は、原子力損害の補償に関わる3億SDR及び公的資金の利用可能を確保する(3条の1)
裁判管轄権
・ 原子力事故による原子力損害に関する訴訟の裁判管轄権は、その領域内や排他的経済水域で原子力事故が生じた締約国の裁判所のみに存する(13条の1、13条の2)
・ 原子力事故が締約国の領域内や締約国の排他的経済水域内で生じたのではない場合、又は原子力事故発生地が確定できない場合には、原子力事故による原子力損害に関する訴訟の裁判管轄権は、施設国の裁判所のみに存する(13条の3)
・ 原子力損害に関する訴訟の裁判管轄権が複数の締約国の裁判所に存する場合には、これらの締約国はいずれの締約国の裁判所が裁判管轄権を有するかを合意により決定する(13条の4)

準拠法
・ 準拠法は管轄裁判所の法とする(14条の2)
判決の承認・執行
・ 裁判管轄権を有する締約国の裁判所により下された判決は承認されるものとする(13条の5)
・ 承認された判決は、当該締約国の裁判所の判決と同様に執行できるものとする(13条の6)
・ 判決が与えられた請求の本案は、重ねて訴訟手続には服さない(13条の6)

 原賠制度に関する多国間条約にはパリ条約、ウィーン条約、原子力損害の補完的補償(CSC)に関する条約の3系統がありますが、現在、我が国及び周辺国は原賠制度に関するいずれの国際条約にも加盟していません。また、条約は加盟国間においてのみ効力があるため、可能な限り多くの国々が同一の条約を締結することが望ましいと考えられます。
 このことは、福島事故を受けて6月に開催された「原子力安全に関するIAEA閣僚会議」においても「原子力損害に対して適切な賠償を提供するため、原子力に係る損害賠償責任に関する一つの国際的な制度(原子力事故により影響を受けるおそれのある全ての国の懸念に対処するもの)の必要性を認識する」と宣言されています。

※円換算は平成23年7月21日の為替レートによる。


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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2010年9月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」の19回分を取りまとめ、小冊子を作成いたしました。

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