■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【33】


ドイツの原子力政策と原賠制度
 今回は、脱原発を目指すドイツの原子力政策と原賠制度についてQ&A方式でお話します。

 Q1.(ドイツの原子力政策)
 脱原発をめぐって議論の多いドイツの原子力政策は、これまでどのような経緯を辿ってきたのですか?

A1.

  • 旧西ドイツでは1955年に原子炉の研究が解禁された後、1959年に原子力法が制定され、1962年に最初の原子力発電に成功しました。
  • 1973年の石油危機により国内の石炭資源の見直しと原子力開発が進められ、急速に原子力開発が進みましたが、1980年代以降は反対運動が活発になり、2000年代には脱原子力の方針がとられました。
  • 2009〜2010年には脱原子力政策の見直しに向けた動きもありましたが、福島原発事故を受けて、現在は2022年までに全ての原子力発電所を閉鎖する方針が決定されています。
  • ドイツでは現在17基2151万7000kWの原子力発電所が運転されており、総出力は世界で5番目の規模になりますが、新規建設の計画はありません。

【A1.の解説】
 旧西ドイツでは第二次世界大戦後、原子炉やウラン濃縮の研究が禁止されていましたが、1955年の主権回復の際に、核兵器の製造を放棄することと引き換えに禁止措置が撤回され、原子力発電開発がスタートしました。1959年には原子力法が制定され、カール実験所(BWR,1万6000kW)において1962年に最初の原子力発電に成功しました。

 豊富に産出する石炭がエネルギーの中心であった旧西ドイツは、1960年代以降は安価な輸入石油への依存が高まりましたが、1973年の石油危機以降は国内の石炭資源の見直しと原子力開発が急務となり、1970年代から1980年代の初めにかけて社会民主党(SPD)政権のもとで急速に原子力開発が進みました。

 しかし、1980年代から原子力の安全性に対する危惧により反対運動が活発になり、特に1986年のチェルノブイリ事故以降は原子力発電開発が困難な状況にあります。

 また、1990年のドイツ統一に伴い、旧東ドイツで運転されていたグライフスバルト発電所は安全面で問題があるとして1990年に5基すべて閉鎖され、建設計画もすべて中止されました。

 ドイツでは第1次SPD・緑の党連立政権下で脱原子力の方針がとられ、2002年4月27日に施行された改正原子力法には、
    (1)原子力発電所の発電電力量の制限
    (2)使用済み燃料再処理の2005年6月までに限定した実施
    (3)2005年7月以降の直接処分に備えた中間貯蔵施設の設置
    (4)原子力発電所の運転継続に関する連邦政府の保証(今後の運転期間中にわたって連邦政府が安全基準などを一方的に変更し、運転継続を妨害しないという保証)
    (5)新規原子力発電所の建設禁止
 が盛り込まれました。

 政府と国内4大電力会社は、原子力発電所の稼動期間を送電開始から32年とした上で、2000年以降の原子力発電電力量を国内合計で約2兆6000億kWhと設定し、各発電所の発電電力量の枠の移転・譲渡を可能とすることを合意し、規定の発電量になった原子力発電所から順次(ただし発電所間で電力量の譲渡が可能)、閉鎖することになっています。

 しかし近年では燃料価格の上昇やロシアへのエネルギー依存体質への不安などから脱原子力政策の見直しに向けた動きも出てきました。2009年の総選挙伝誕生したA・メルケル首相の右派中道連立政権は、既存炉の運転可能年数を平均12年延長することとし、脱原子力政策の見直しに向けて動き出していました。ところが、昨年の福島原発事故を受けてこの政策は転換され、現在は2022年までに全ての原子力発電所を閉鎖する方針が決定されています。ただし、これに対して電力会社は財産権の侵害に当たるとして提訴を検討しており、原子力政策の先行きは不透明な状況にあります。

 ドイツでは現在17基2151万7000kW(PWR:11基1478万3000kW、BWR:6基673万4000kW)の原子力発電所が運転されており、総出力は米仏日露に次いで世界で5番目の規模になります。総発電電力量に占める原子力の割合(2010年)は27.26%に達しており、太陽光及び風力の2倍以上の発電量となっていますが、新規原子力発電所の建設計画は1基もありません。

 ドイツにおいて商用原子力プラントの開発・製造を担ってきたシーメンス社は、2011年9月に原子力からの撤退を表明し、タービン機器製造は継続するものの、原子力発電所の建設や資金調達の総合的管理には行わないことを決定しています。

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 Q2.(ドイツの原賠制度)
 ドイツの原賠制度はどのようになっていますか?

A2.

  • ドイツの原賠制度に関する基本的な事項は1959年に公布された「原子力の平和利用およびその危険に対する防護に関する法律」(原子力法)に規定されています。
  • ドイツは原子力損害賠償に関わるパリ条約、ブラッセル補足条約、ウィーン・パリ条約の共同議定書等の国際条約を締結しています。1975年より、国内法に特別の規定を設けることによってパリ条約を受け入れており、パリ条約がドイツ国内において直接適用されます。
  • ドイツの原子力賠償制度では、原子力法制定当時から無過失責任が採用されており、不可抗力による免責も認められていません。また、ドイツの原子力事故により外国で生じた損害や外国の原子力事故による損害にもドイツ法が適用される場合があります。
  • 原子力法制定当初、原子力事業者の責任限度は有限でしたが、1985年以降は無限責任が採用されています。また、原子力損害賠償措置額は25億ユーロとされており、第一段階を責任保険によって、その上の第二段階を電力会社による資金的保証によって措置されています。損害賠償措置が機能しない場合は、最大25億ユーロまでを国が負担します。

【A2.の解説】
 ドイツの原賠制度に関する基本的な事項は1959年12月3日公布、1960年1月1日施行、最終改正2008年8月29日の「原子力の平和利用およびその危険に対する防護に関する法律」(原子力法)の第4章責任規定の25〜40条に規定されています。

 ドイツは原子力開発の当初より経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)メンバーであり、次の原子力損害賠償に関わる国際条約を締結しています。

  • 原子力分野における1960年パリ条約、1964年及び1982年改正議定書
  • 1963年ブラッセル補足条約及び1982年改正議定書
  • 核物質の海上輸送における民事責任に関わる1971年ブラッセル条約
  • 1988年のウィーン条約及びパリ条約の適用に関する共同議定書
 なお、2004年パリ条約及びブラッセル補足条約の改正議定書に署名しており、これに向けた対応のため2008年8月29日に原子力法の改正が行われていますが、今後において同様に国内法の改正を進めている他のEUメンバー国と共に批准・発効することとなります。

 ドイツは1960年にパリ条約に署名していましたが、条約と国内法の規定内容に相違があったため当初は批准していませんでした。その後、パリ条約の「自国の立法により、この条約のより広い適用範囲を定めることを妨げない」との規定に基づいて1975年に国内法に特別の規定を設けることにより、パリ条約を受け入れ、1975年以降はパリ条約がドイツ国内において直接適用されることになっています。

 ドイツ原賠制度の仕組みは他国と較べて特徴的な事項がありますが、主な内容は以下のようになっています。

(1)責任主体
 原子力法には、原子力施設の事故に関する責任を誰が負うかについて規定されていませんが、パリ条約(1982年議定書)が適用される(25条1項)ので、パリ条約3条(運転者の責任)、4条(核物質の輸送)、6条(賠償の請求権)などにより、原子力施設の運転者のみが責任を負うことになります(責任の集中)。

(2)無過失責任
 パリ条約では3条、4条、6条及び9条(運転者の免責)などで賠償責任を規定していますが、ドイツでは1959年の原子力法制定当初から、原子力施設の運転者の無過失責任を定めており、不可抗力による免責も、免責理由に該当するような場合こそまさに市民が原子力責任法の保護下におかれるべきである、などの理由により認められていません(25条3項)。
 *パリ条約9条(運転者の免責):運転者は戦闘行為、敵対行為、内戦、反乱、又は原子力施設が設置されている締約国の国内法に別段の規定がある場合を除き、異常かつ巨大な自然災害による原子力事故による損害に対して責任を負わない。
 また、ドイツの原子力事故によって外国に生じた損害についても原子力事業者が無過失責任を負うことになっていますが(25条4項)、不可抗力による免責を排除する規定については相手国がドイツと同等の規定を確保している場合(相互主義)に限って適用されます。(25条3項)

(3)無限責任
 1959年の原子力法制定当初、原子力事業者の責任限度は5億マルクとされており有限でしたが、原子力損害といえども私法の一般原則で処理すべきであること、原子力事業の保護育成よりも被害者救済が何にも増して重視されるべきであることなどから、1985年の改正時に、パリ条約7条(責任制限)の責任限度額を適用せずに、無限責任(31条1項)とされました。
 ただし、戦闘行為その他不可抗力的事由によって原子力事故が生じた場合には、運転者の責任は「国の免責義務」(国の負担において運転者の賠償義務を免責するもの)の最高額である25億ユーロが限度とされます(31条1項)。
 ドイツの原子力法は損害が他国で生じた場合にも適用されますが(25条3項)、ドイツと比較して種類、範囲、金額において同等の規制を確保しているときに限り適用されるという相互主義が採用されています。

(4)損害賠償措置
 パリ条約10条(保証措置)では、責任限度額まで保険などで履行確保措置を講じることが要求されていますが、ドイツは責任限度額を設けていないため、許可手続きにおいて損害賠償措置の種類、条件及び金額を確定することになっています(原子力法13条)。
 損害賠償措置は25億ユーロを上限として「原子力法による損害賠償措置に関する命令」に基準が定められ、責任保険又はその他の支払い保証措置で対応されています。損害賠償措置のうち民間保険が責任保険として引き受けるのは2億5564万5000ユーロまでなので、それを超える額は、4大電力会社による資金的保証により措置されます。
 4大電力会社は、彼らの子会社である原子力発電所運営会社に1事故あたり22億4435万5000ユーロまでの賠償支払い義務を遵守できるようにさせる旨を政府に誓約しており、彼らが保有する原子炉の熱出力に応じて決められた負担割合について資金的保証を行います。保証は、負担割合相当額の2倍の流動性資産を有する証明書を提出することにより行われます。

(5)国家補償
 パリ条約では7条で運転者の責任限度を定めていますが、これとは別にドイツ法における国による救済は、国家の負担において原子力事業者の賠償義務を免責する、国の免責義務という方法で行われます。
 要求された損害賠償措置の額を超える損害が生じた場合、又は、何らかの理由(戦争などの不可抗力的事由によって損害が生じたために責任保険が支払われないなど)により損害賠償措置からの填補がなされない場合には、25億ユーロ(損害賠償措置の最高限度額と同額)までを国が負担します(34条1項)。ただし、支払い可能な損害賠償措置額は控除されるので、国による救済は責任保険等の損害賠償措置と合わせて25億ユーロが限度となり、損害賠償措置が機能する限り国家補償が発動することはありません。

(6)外国の原子力事故に対する救済
 パリ条約には規定のない事項ですが、外国の原子力事故によってドイツ国内の被害者に損害が発生し、当該国の法では十分に賠償を請求できないときには、国は免責義務の最高額(25億ユーロ)までの補償を行うことになっています(38条)。

(7)消滅時効
 パリ条約8条(消滅時効)では、原子力事業者に対する損害賠償請求権は事故のときから10年で時効消滅すると規定されていますが、加盟国は国内法でこれより長い期間を定めることができるため、ドイツでは事故の時から30年としています(32条)。
 また、盗難、紛失、投棄又は放棄にあった核燃料等により発生した原子力事故の場合には、パリ条約では盗難等の時から10年とされているのに対して、ドイツでは20年と規定されています。

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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2011年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。

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以上

お問い合わせは、政策推進部(03-6812-7102)まで