■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【52】
我が国の原子力損害賠償制度の課題(3)原子力損害賠償制度を補う制度と今後の課題
Q1. (従来の原賠制度を補う制度)
福島原発事故において行われている損害の賠償を踏まえ、これまでの原賠制度をどのように補う必要がありますか?
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A1. ・被害者の生活や事業への支障を最小限にするためには損害発生から支払いまでの期間を短縮する必要がありますが、賠償請求権の確定には時間を要するため、被害者に対する資金的救済の方法として賠償額を決定する前に賠償金の仮払いを開始する仕組みが必要です。
・原子力事業者に免責が適用されるかどうかを判断するためには、一定の基準や判断方法を定める必要があります。
・政府は原子力事業者に対して必要な援助を行うことになっていますが、原子力事業者は倒産手続きを禁止されていないため、原子力事業者が倒産して賠償主体が無くなった場合の被害者の救済方法を明確にする必要があります。
・無限責任制は被害者の救済には有効ですが、現実問題として原子力事業者の資力には限度があるため、資金調達の仕組みや賠償資金の最終的な負担の在り方について検討する必要があります。
【A1.の解説】
○被害者に対する賠償額確定前の資金的救済
大規模な原子力事故に伴って広範な地域で発生する多様な原子力損害は、多くの被害者の生活や事業に影響を与えます。避難を余儀なくされた被害者は交通費や当面の生活費用を工面しなければならず、また通常の営業を継続できなくなった事業者は事業を維持するための資金の手当てが必要になるなど、事故が発生すると被害者の生活状況等は損害の全容の確認を待つことができないほど切迫したものになります。しかし賠償請求権の確定には時間を要するので、賠償額が決定する前に資金的救済を行う仕組みにより必要な資金を早急に手当てすることが不可欠です。
賠償額確定前の資金的救済の仕組みは具体的に法に規定されていませんでしたが、福島原発事故においては2011年4月15日に国の「原子力発電所事故による経済被害対応本部」の決定を受けて、避難による損害への充当を前提に、当面の必要な資金として「仮払補償金」が原子力事業者である東京電力から避難を余儀なくされた被害者に対して支払われることになりました。これは将来確定する損害賠償額の仮払いと位置づけられるものです。
また2011年9月18日には、原子力事故の被害者を早期に救済する必要があること、被害者への賠償の支払いに時間を要すること等に鑑みて、緊急の措置として国による仮払金の支払いなどに関して定めた「平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律」(原子力被害者早期救済法)が施行されました。これは国が原子力損害の被害者に対して損害を填補するための仮払金を支払ったうえで、支払いを受けた被害者の賠償請求権を取得し原子力事業者に対して当該請求権を行使する仕組みを規定するものです。仮払金の支払いを受けた者は、確定した賠償の額が仮払金の額に満たないときはその差額を国に返還しなければなりません。
なお、過去の原子力事故では1999年9月に発生したJCO臨界事故の際にも、原子力事業者であるJCOが関係自治体の協力を得て、被害者からの賠償請求額の2分の1を基準とする仮払いを同年12月に実施しています。
今回の事故において、東京電力による仮払補償金や国による仮払金のような賠償額確定前の資金的救済は、被害者の生活等の安定や社会的混乱の抑制に一定の役割を果たしたと考えられますが、被害者からは支払いが遅いという声も噴出しており、より早急な救済が望まれます。他方で、たとえ仮払いであっても損害賠償の支払いは法律上の根拠に基づく請求権を前提とするものであって、このような権利の確定には一定の手続と時間を要することはやむを得ないのもまた現実です。
もともと、このような賠償額確定前の資金的救済は、事故が発生すれば、事業者の賠償責任の有無や賠償主体の属性に関わりなく必要となるものです。そこで、福島原発事故を踏まえた原賠制度の見直しが行われる際には、賠償主体や賠償額が確定しなくとも、避難指示と同時に、被害者に対して一定の公的な立替支給として資金的救済が始まる仕組みを設け、賠償金に該当する部分については後日、賠償として賠償主体に求償される制度の構築が検討されるべきでしょう。
○原子力事業者が賠償主体に該当するか否かを決定する仕組み
原賠制度は、原子力損害に関わる事業者の賠償責任につき無過失責任及び責任集中を採用することによって、事故により発生する原子力損害を社会に対する賠償責任として事業者に負わせることで、事業者の加害者性を明確に肯定しています。従って、事業者の免責事由は極めて限局して解されるべきものとされます。しかし福島原発事故については東日本大震災に伴う相当に巨大な津波によって発生したことから、原賠制度上の事業者の免責規定の適用の可否に関して多くの意見が交わされ、最終的には事故発生から2ヵ月後に政府見解に基づく対処がなされました。
免責規定の適用の可否について多くの意見が交わされる余地があったことや、判断に時間がかかった経験を踏まえれば、まずは客観的な判断が容易となるような、詳細且つ明確な免責規定が必要と考えられます。また、その免責規定に該当するか否かの決定方法(判断者、手続き等)を定めることも大切でしょう。今回の震災前の原賠制度では、仮払いの仕組みが規定されていないうえ、原子力事業者の賠償責任が免責された場合に国が実施する被害者救済は原子力事業者が主体となって賠償を行う場合の被害者救済と必ずしも同じではないため、賠償主体が決まらなければ被害者の救済が始められない制度でした。今後は資金的救済の早期開始を前提としつつ、免責事由の判断基準や適用に関する判断方法についての議論を深め、賠償主体の決定方法が検討されるべきでしょう。
一方、仮に事業者の免責事由に該当した場合、現在の原賠法では17条に基づき国による被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置が取られることになります。但し、その措置の内容は一般的な災害救助的な被災者に対する保護、救済等の対応と推測され、事故の損害賠償とは法的性質を異にするものであって、相当の差異を生じることが想定されます。また、原賠法17条は、被害者はもはや法的請求権を持たないことが前提となっています。
しかし原子力の開発・利用は国策として行われてきたため、一旦事故が起こった以上、その原因が原賠制度上の事業者の免責事由に該当するとしても、国には政策上の重大な責任があります。国は事故が国策推進の結果であることを前提として、その社会的責任に基づき、原発立地自治体及び住民への説明等と併せて、国家として被害者に対して補償するという観点において制度の検討の余地があります。ただし、今回の事故でも明らかになったとおり、事業者の免責に該当した場合に被害者に対する補償を国が行うとすればその財源は国民負担です。したがって、仮に補償を行う場合にはどのような損害に対してどのような範囲で補償を実施するかという政策的判断が当然必要となります。
○原子力事業者が債務超過に陥った場合の被害者救済
現在の原賠法16条には、原子力事業者が負う賠償責任額が賠償措置額を超え必要な場合、政府が原子力事業者に対して、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行うものと規定されています。福島原発事故については、震災後に原子力損害賠償支援機構法(支援機構法)が制定され、これに基づいて原子力事業者は、賠償だけでなく電気の安定供給や原子炉の運転等に係る事業の円滑な運営の確保に資するためにも資金援助を受けられる仕組みになっています。そのため、事業者が直ちに経営破綻することはないといえます。
しかし、発生する損害賠償債務の規模が事業者の支払い能力を超過している場合、上記支援機構法に基づく資金援助も無償ではないことから、法律上の原則としては債務超過となり、法律上の倒産手続に進む可能性が生じます。
原賠制度には原子力事業者の倒産(破産、特別清算、民事再生、会社更生等の手続き開始)を禁止する規定がないので、仮に事業者の法的倒産手続がなされた場合、それよって生じた債権の免除額すなわち被害者に対する損害賠償の支払不足額の処理は解決されません。原賠制度が前提としている国の原子力政策推進に対する社会的責任の一環として、このような場合にも被害者への損害賠償が果たされるよう、原賠制度上の仕組みを構築することが必要でしょう。
○原子力損害賠償支援機構法による賠償資金の調達方法と最終負担者
我が国の原賠制度では事業者は無限責任となっているものの、多くの国では原子力事業者の賠償責任額に上限を設けており、その上限を超えた場合の対応は種々の方法に分かれています。例えば、米国、ロシア等のように国の何らかの上乗せ補償があるもの、フランス、英国、中国等のように国の一定額までの補償があるもの、ベトナム、ポーランド、インド等のように事業者等の資金による基金を設けるもの、台湾等のように政府が配分方法を決定するもの、その他特段の規定がないもの、などの各様があります。
原子力事業者は賠償措置により一定の資力を確保していますが、原子力発電所を運営する民間企業の資力は無限ではありません。そのため、賠償措置額を超え、原子力事業者の資力をも超える範囲の賠償資金は、最終的に原子力事業者以外の者から充当されることになるといえます。
我が国の原賠制度は前述の通り、原子力事業者に対する政府の援助を16条で規定しています。福島原発事故の発生により、この政府援助を具体化するものとして支援機構法が制定されており、機構は電力会社等の原子力事業者が納付する負担金により運営され、また、機構はこれらの原子力事業者が賠償措置額を超えた損害を賠償するための必要な資金等を交付します。さらに大規模な賠償資金を必要とする場合、原子力事業者と機構が共同して作成する特別事業計画の国による認定を受けることにより、国債の交付・償還を受けて特別資金援助を行うことができます。特別資金援助を受けた原子力事業者は特別負担金額を上乗せした負担金を機構に納付し、機構はそれを国債の償還を受けた額まで国に納付することで、最終的には交付された国債と同額が国に戻る仕組みになっています。
つまり原子力事業者の資力で賄えない賠償は、一旦国の資金により賄われた後で原子力事業者の資金により埋め合わされる仕組みになっています。この仕組みについては、賠償資金を最終的に電力料金として電力消費者に負担させながら、原子力事業者やそれをとりまく利害関係人の責任は曖昧なままになるという指摘や、原子力事業者が全額を納付しなかった場合に国民が最終負担者になるのは適切でないという指摘があります。一方で民間企業に例えば数十年という長期にわたって多額の納付金を納付させることについても、健全な企業経営の観点から適切さが問われるでしょう。
福島原発事故を踏まえた新たな原賠制度の見直しが行われる際には、事業者の資力を超える賠償資金の最終負担者や負担額のあり方について検討されるべきでしょう。
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Q2.(損害賠償による救済の限界)
福島原発事故について行われている賠償処理を通じ、原子力災害の損害賠償にはどのような課題が明らかになっていますか?
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A2.
・民法をベースとした損害賠償の考え方で補償額を決定することが被害者間に軋轢を生む問題が発生しました。
・復旧・復興に伴って損害が減ると賠償金が減ることにつながるため、復旧・復興への意識を減退させてしまうという問題が発生しました。
・金銭に代えられない被害や、損害として扱えないコストが発生しました。
・顕在化していない健康被害には賠償で対処できないため、長期的な健康不安に対応するための健康管理の仕組みが求められています。
【A2.の解説】
○損害評価に応じた賠償の限界
原子力損害の賠償は一般の損害賠償と同様に、本来は個別の事情によって賠償額の算定が変わりうるものです。しかし、原子力損害賠償では同じコミュニティに属するつながりの深い多数の被害者が賠償を受けるため、受け取る賠償額の比較が顕著になります。しかも、同じ自治体の中で避難区域等の区分の違いがある場合や、同時に発生した地震や津波による被害が損害に影響している場合などにおいて、近隣であっても賠償額の算定には個別の事情によるさまざまな差異が生じます。
こうした賠償額の違いが理解されず、コミュニティ内の被害者間に軋轢が生まれてしまう可能性があるため、コミュニティの代表者などからは被害者の賠償額になるべく差をつけずに賠償してもらいたいという要望が出されました。そのような要望を踏まえて原子力損害賠償紛争審査会は、例えば自主的避難等の損害評価に当たり、自主的避難を行った者の損害額と滞在を続けた者の損害額を同額と算定するなどの配慮を行いました。
しかし、損害賠償である限り賠償額の算定は個々の被害者の事情に基づくものであり、法的な解釈による一律的な処理には限界があるため、損害の状況により賠償額に差がついてしまうことは避けられない面もあります。本来、原子力災害における損害の項目は通常の事故の損害項目と異なる面も多く、この問題を根本的に解決するためには民法上の損害賠償法理を超えて、立法的に適正且つ公平な原子力損害の賠償基準を検討する余地があります。
○損害回避義務への動機付け
営業損害や就労不能損害の算定期間中に営業・就労を行った場合、利益や給与を得ることで被害者の損害が減少するため、本来そのような利益や給与は損害額から控除されるものです。しかしそのような控除を行うと、営業や就労を行うほど賠償額が減少することにつながり、被害者の勤労意欲を阻害するものになってしまうため、被害者からは営業・就労によって得た利益や給与を損害額から控除しないでもらいたいという要望がありました。
そのような要望を踏まえて原子力損害賠償紛争解決センターは、営業損害や就労不能損害を算定する際の中間収入の非控除について総括基準を公表し、特段の事情のない限り営業損害や就労不能損害の損害額から利益や給与を控除しないものとする方針を打ち出しました。これは、生活基盤を破壊され、地域住民の全員が遠方に避難を余儀なくされたという原子力損害の特徴を踏まえたうえで「遠方の避難先における営業又は就労は、一般に容易なものではなく収入もアルバイト的なものにすぎないのが通常である」という特殊性が考慮されたものです。
被害者の復旧・復興に向けた活動は、基本的に損害を回避する活動であるため、その意欲が賠償によって阻害されることがないように配慮が必要です。また、営業・就労以外にも、避難から早期に帰還すること、財物を早期に売却することなどによって、被害者が手にする賠償額が少なくなってしまうという問題もあります。しかし、もともと休業損害は、事故によって得られなかった収入を補填するものであって、自らが営業を行い、収入を得た場合には損害から控除されるのが本来の損害賠償の原則です。上記の原子力損害賠償紛争解決センターの総括基準は、こうした原則を前提としつつ、避難した住民の生活や就労状況に配慮して一定の例外措置を許容する方針を示したものに過ぎません。このような点に関しても、民法上の損害賠償法理を超えて、立法的に適正且つ公平な原子力損害の賠償基準を検討する必要があります。
○経済的な損害評価の限界
損害賠償において損害額は基本的に経済的な損害評価を元に算出されます。しかし、先祖代々住んできた土地に住めない、慣れ親しんだ職業や職場を変えなければならない、生活が不便になるなど、経済的な評価に結びつきにくい被害もあるうえ、復興のために必要な生活再建支援や就職支援、コミュニティ再生、街づくり、文化の保護など、損害として扱いにくいコストも発生します。それらに対しては損害賠償問題としてだけでなく、復興支援の枠組みを活用した対処が必要になります。
また、賠償に関しても、例えば築年数が経過した古い建物の賠償などの場合、経済的な評価額が同等の建物を再取得するための費用に満たない場合や、避難中の劣化により修繕して住むのが困難になってしまった場合などに、賠償額で建て直しの費用を賄えない場合があるうえ、失ってしまった財物の代わりに新たに財物を取得する際の消費税や諸費用は損害として評価されにくいという問題もあります。
こうした問題については、原子力損害の特徴を踏まえたうえで何らかの配慮が求められるところです。
なお、地方公共団体の税収減や事故対応に従事した自治体職員の給与等は法的に損害として扱われないものとされていますが、今回の事故では、広範囲な避難区域の発生により自治体自体が存続の危機に立たされる状況も生じています。こうした場合に、誰に、どのような損害が発生することになるかは、従来の損害賠償法理では解決できないものといえます。そこで、これらについても広範な地域で大規模に発生する原子力損害の特徴を踏まえ、立法的な検討が求められるところです。
○長期的な健康不安への対処
損害賠償は既に発生した損害に対して賠償が行われるのが通常ですが、原子力事故による身体的損害には癌などのように事故直後には顕在化しない晩発性の被害の可能性があり、また放射線被曝による長期的な健康への影響(晩発性障害の発症及び発症危険への対応)等については両者の間の相当因果関係が必ずしも明確に示されない可能性があります。
事故発生から損害発生までの期間が長期にわたると被害者の健康不安が解消されないうえ、不法行為による損害賠償の請求権は不法行為の時から二十年を経過すると時効によって消滅するという民法上の除斥期間の問題もあるため、損害が発生したときに実際に賠償を受けられるかどうかという不安も残ります。
これらの問題に対しては、損害賠償の可否も問題となり得ますが、それだけでなく、長期的な健康管理・疾病治療等に関わる将来的な費用を賄うため、国及び原子力事業関係者等からの資金拠出による被害者の補償・救済制度や基金の創設による対応が求められます。
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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2012年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。
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