■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【53】


原賠ADR時効中断特例法と我が国がCSCに加盟するための課題

 今回は、原賠ADR時効中断特例法と、我が国がCSCに加盟するために解決しなければならない課題についてQ&A方式でお話します。

Q1.(原子力損害賠償請求の時効)
原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解仲介の途中で時効が経過した場合、その後に裁判で争うことはできないのですか?



A1.
・ 民法では損害賠償について「損害を知った時から3年」の時効期間があり、原子力損害賠償紛争解決センターによる和解の仲介の申立てには時効中断の効力が認められていません。
・ 時効の経過を恐れて被害者が和解仲介手続の利用を躊躇し、和解仲介制度が十分に活用されない可能性があったため、原賠ADR時効中断特例法が制定されました。
・ 原賠ADR時効中断特例法により、和解仲介の途中で時効の期間が来てしまった場合でも、打切りから一月以内に裁判所に訴えることにより時効にかからないようになりました。


【A1.の解説】
原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)において時効に関する規定はありません。そのため、時効に関する一般規定である民法724条の「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」が、原子力損害賠償の時効にも適用されることになります。ここでいう請求権の行使とは、原則として訴訟による請求を指しており(民法147条以下)、例外として認められる場合としては、例えば下記のADR法で認証を受けたADR機関のように、法律で特別に認められた手続上の請求でなければなりません。
 現在、原発事故の損害賠償を扱っている原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続は、裁判外紛争解決手続(ADR:Alternative Dispute Resolution)の一種ですが、同センターは政府により設置されたADR機関であるため、民間事業者の設置するADRを対象とした「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(ADR法)は適用されません。その結果、原子力損害賠償紛争解決センターへの申立てには時効中断の効力は認められず、和解仲介の途中で時効が経過してしまった場合には、和解仲介手続が打ち切られるとその後に裁判で争うことが困難になってしまいます。

 その結果、被害者が時効の完成を危惧してADRの利用を躊躇したり、時効の完成前に和解が成立する見込みがない場合には訴訟手続に移行したりすることにより、被害者にとって利点のある和解仲介制度が活用されなくなる恐れがありました。

 福島原発事故の原子力損害賠償責任を負う東京電力は、消滅時効の完成後にあった請求についても支払いに応じる姿勢を示していましたが、「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。」(民法146条)という規定があることから、時効期間経過後の支払いについて法的な担保が求められたこともあり、和解仲介制度の活用を促進する観点から「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律」(原賠ADR時効中断特例法)が平成25年6月5日に制定されました。

 原賠ADR時効中断特例法は、原子力損害賠償紛争審査会が和解の仲介の手続の利用に係る時効の中断の特例について「原子力損害賠償紛争審査会が和解の仲介を打ち切った場合において、当該和解の仲介の申立てをした者がその旨の通知を受けた日から一月以内に当該和解の仲介の目的となった請求について訴えを提起したときには、時効の中断に関しては、当該和解の仲介の申立ての時に、訴えの提起があったものとみなす。」と規定するものです。
 これによって、和解の仲介の途中で時効が経過してしまった場合でも、打切りから1ヶ月以内に裁判所に訴訟を提起すれば、その裁判において東京電力は時効による請求権の消滅を主張することができなくなることが法的に担保されました。
 ADRに関する時効中断の考え方は、建設業法における建設工事の請負契約に関する紛争処理のあっせんや公害紛争処理法における紛争の調停の規定などにおいて前例があり、原賠ADR時効中断特例法もそれらの規定と同様の考え方に基づいています。

 


 なお、原賠ADR時効中断特例法の適用は原子力損害賠償紛争審査会が和解の仲介を打ち切った場合に限って適用されるものであり、例えば未請求の被害者が時効期間経過後に請求を行った場合等については、東京電力は「時効の完成をもって一律に賠償請求をお断りすることは考えておらず、時効完成後も、ご請求者さまの個別のご事情を踏まえ、消滅時効に関しては柔軟な対応を行わせていただきたい」という考え方を示しているものの、時効適用の可能性が全く排除されたわけではないため、更なる対処を求める声もあります。これ等への対処のため、現在、福島原発事故の賠償請求に関し、民法の定める3年の時効期間を10年とする等の特例法案の検討が進められており、今後に国会での審議が予定されています。

原賠ADR時効中断特例法の本文はこちら
http://www.mext.go.jp/a_menu/genshi_baisho/jiko_baisho/detail/1335890.htm

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Q2.(我が国がCSCに加盟するための課題)
我が国ではCSC加盟に向けて検討が行われますが、我が国がCSCに加盟するためには、どのような課題がありますか?

 
A2.
・ 過去の検討に加え、今般福島原発事故が発生したことから、これを踏まえたうえで、我が国にとってCSCへの加盟がどのような意義を持つのかを改めて検討し、国民的な議論がなされる必要があります。
・ もしCSCへ加盟するならば、CSCの規定内容と、我が国の国内法の規定内容との間の整合性を確保するための検討が必要となります。
・ また、拠出金の負担者や、支払いあるいは受取のための手続など、国内における運用体制の検討が必要です。


【A2.の解説】
 我が国では原子力損害賠償に関する国際枠組みに直ちに参加すべき状況にはないとされてきたものの、従前より様々な視点から原子力損害賠償に関する国際条約に加盟することの意義が検討されてきました。例えば2009年の「原子力損害賠償制度の在り方に関する検討会第1次報告書」では、次のような政策的課題について検討を深めるべきとされています。
・ アジア周辺地域での越境損害の対応の明確化と充実
・ 我が国原子力産業の国際展開の支援
・ 各国の損害賠償措置を補完する国際的な資金措置
・ 原子力導入国等における原子力損害賠償制度の整備・充実
 このような過去の検討に加えて、2011年に発生した福島原発事故の賠償や事故処理等においても、改めて条約加盟の意義が検討されつつあります。例えば、今後の汚染水処理や廃炉等の作業では、事故が発生した場合の原子力損害賠償責任を明確化にする必要があります。これにより、作業に協力する事業者に賠償責任が及ぶ可能性を排除し、海外の事業者等が協力しやすい環境を整えることによって、世界中の英知を結集して作業にあたることができることになります。
 CSCの加盟にあたっては、このように我が国の置かれた状況に適応した意義を改めて検討し、これを社会に広く開示した上で、国民的な合意形成を得ることが必要です。

 そのうえで、我が国においてCSCの規定内容と、我が国の国内法の規定内容との間の整合性を確保するための問題について検討する必要があります。例えば、両者の関係に関しては次のような課題があります。
○ 原子力損害の定義
・ CSCで列挙されている「環境損害の原状回復措置費用」(当局により承認された除染の費用)、「防止措置による損害」(原子力損害を防止又は最小限にするために当局により承認された合理的措置)、「環境汚染によって生じたものではない経済的損失」(就労不能損害、営業損害、風評損害、間接的損害等)などの原子力損害と、原賠法が一般的な民事責任を想定して包括的に定義している原子力損害との整合性をどのように図るか。
○ 国際裁判管轄・準拠法
・ 原則として損害発生の原因となった原子力施設が所在する締約国に専属的な裁判管轄が認められるというCSCの規定と、不法行為地に原則的な裁判管轄を認める我が国の「民事訴訟法」との整合性をどのように図るか。
・ 準拠法について、管轄裁判所の法とするCSCの規定と、損害発生地の法とする我が国の「法の適用に関する通則法」との整合性をどのように整理するか。
○ 少額賠償措置額に係る公的資金の確保
・ 原子炉の運転等の区分に応じて定められる240億円や40億円の少額の賠償措置について、CSCでは原則的な賠償措置額である3億SDRとの差額を埋める公的資金の確保が義務付けられることから、その資金をどのように確保するか、またその法的整備をどのようにおこなうか。
○ 国際輸送に関する賠償責任
・ CSC付属書第3条では核物質等の国際輸送に関し、国際的事業者間の賠償責任の所在を規定しているが、日本の原賠法では、国内の原子力事業者が付随して行う輸送として適用され、日本の原子力事業者が責任を負うものと解釈されている。このため、原賠法上の規定を整備するなど輸送に関する責任の所在をどのように整備するか。
○ 責任保険の効力の継続性確保
・ CSC付属書第5条では、資金的保証について「保険者又はその他の資金的保証者は、保険その他の資金的保証を、権限ある当局に対し少なくとも2ヶ月前に書面による予告を与えないで停止し又は取消してはならず、また、その保険その他の資金的保証が核物質の輸送に関連する場合には、その輸送期間中は、停止し又は取消してはならない。」規定されていることから、これを担保するための責任保険契約の約款整備、原賠法との整合性をどのように図るか。
○ 原子力事業者の求償権
・ CSC付属書10条では、契約上の明示及び個人の故意の場合にのみ求償権を認めているが、日本の原賠法では契約及び第三者の故意としており、求償権の対象には法人も含まれるとされていることから、両者の整合性をどのように図るか。
○ 拠出金の負担に関する国内制度
・ CSCが規定する補完基金に対して資金を拠出するため負担者(条約上では国の負担となるが、その最終負担者と分担方法)や支払いのための手続について制度を構築する必要がある。
○ 拠出金を受ける場合の国内制度
・ 我が国がCSCの規定に基づいて拠出金を受ける場合、賠償請求額が3億SDRを超え賠償措置額に満たない場合の拠出金の充当方法など、受け取り手続に関する国内制度を策定する必要がある。

 上記に加えて、付属書3条6項の過失相殺や同条10項の運営者の責任限定に関わる規定については、日本の民法との整合性を検討する余地がある。

 なお、CSCへの加盟にあたってはCSCの第19条に規定されている「国内法がCSC付属書の規定に適合すること」などの条件を充足したと見做されれば、必ずしも上記のような法的課題が全て解決されなくとも加盟は妨げられません。また、米国の例では、拠出金の負担者について「2007年エネルギー自立・安全保障法」第934条にて、米国内の事故の場合には原子力事業者に、米国外の事故の場合には原子力供給者に分担費用を割り当てることを規定し、原子力供給者に「遡及的リスクプール制度」への参加を義務付けていますが、各供給者の負担割合を決定する「リスク情報評価式」に関する規則については供給者の理解が得られず未だ成立していません。

 さらに、我が国においてCSCがより有効に機能するためには、我が国だけでなく周辺諸国にも加盟を働きかけ、アジア周辺諸国を含めた国際枠組みの形成を目指すことが期待されます。

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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2012年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。

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