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「日本量子医科学会」が設立記念シンポ開催、がん治療技術開発から宇宙進出も展望

03 Jun 2021

がん治療に用いられる重粒子線を始めとした量子ビームの学術ネットワーク形成を目指す「日本量子医科学会」の設立記念シンポジウムが6月2日、オンラインで開催された。同学会の理事長は、群馬大学名誉教授で量子科学技術研究開発機構の量子生命・医学部門長も務める中野隆史氏。

日本量子医科学会・中野理事長(同学会ホームページより引用)

開会に際し挨拶に立った中野理事長は、世界初の重粒子線治療専用施設とされる量研機構「HIMAC」の四半世紀を超す実績を振り返り、その共同利用研究ネットワークを発展させるものとして、新たな学会の設立に至った経緯を紹介。同氏は、がん治療だけでなく、育種や材料改質など、多岐にわたる量子ビーム科学研究で得られた成果の普及とともに、「人類が宇宙空間に本格的に進出する際、粒子線等の人体影響について包括的な理解が必要となってくる」と、将来を展望した上で、「2年程度で学会の基礎固めを図る。長期的には基礎から臨床、社会実装まで、裾野の広い研究領域をカバーする学会に成長させたい」と、抱負を述べた。

量研機構・平野理事長(オンライン中継)

また、来賓として招かれた量研機構の平野俊夫理事長は、「がんはソクラテスの時代から今なお人類が対峙する克服すべき大きな課題だ。『人生100年時代』を迎え、単に病気を治す医学ではなくQOL(生活の質)を重視した医療が求められる」として、がん治療において「HIMAC」の果たしてきた役割、次世代の高性能小型治療装置「量子メス」開発の必要性を強調。これまでも学際的取組の重要性を訴えてきた同氏は、「昨今の新型コロナウイルスなど、21世紀は新たに複雑な問題が生じている。社会が直面する多様な課題を解決し、よりよい社会を築いていくため、学術の発展と普及を担う学会には深い専門性の追求と同時に、専門分野を越えた競争が求められている」とも述べ、新学会の分野横断的な活動を通じ研究成果の社会還元が拡大・加速することを期待した。

今回のシンポジウムでは、群馬大学重粒子線医学センター教授の髙橋昭久氏、筑波大学医学医療系教授の櫻井英幸氏、量研機構QST病院長の辻比呂志氏らが講演。

無重力環境を模擬し生体への放射線影響を解析する「3Dクリノスタット」(群馬大・髙橋氏発表資料より引用)

「宇宙を見据えた量子医科学」と題し講演を行った髙橋氏は、米国による2030年代の火星有人着陸を目指す国際宇宙探査計画「アルテミス」など、国際間の宇宙開発競争や宇宙観光構想に触れ、「人類の宇宙進出はさらにスピードアップする」と展望した。宇宙惑星居住科学連合の代表を務める同氏は、火星探査に関し、「到達するには地球との距離が近い時でも半年かかり、次に両惑星が近付くタイミングとなる1年半後まで滞在することとなる。最短でも火星への旅には2年半ほどを要し、被ばくする宇宙放射線の総線量は1,000mSv程度と見積もられている」などと、宇宙放射線による人体影響を懸念。放射線と無重力環境による複合影響を一課題ととらえ、群馬大が有する重粒子線がん治療技術を応用した「3Dクリノスタット同期照射システム」など、地上模擬実験を行う機器の開発状況を披露した。

櫻井氏は小児・若年層のがんに対する陽子線治療(水素の原子核を加速させ照射するもので国内17施設で実施)のガイドライン整備、費用対効果、他の粒子線治療との成績比較などを紹介。「HIMAC」の治療実績、高度化に向けた技術導入の経緯を説明した辻氏は、米国バイデン大統領が2016年の副大統領時に行った演説中、粒子線治療の研究推進に言及していることを振り返り、「日本発の医療技術というイニシアチブを堅持せねばならない」と、今後の重粒子線治療技術の世界展開に意気込みを示した。

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