

ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。
12 Jun 2026
史上初の北中米3か国(カナダ、米国、メキシコ)共催による「サッカーW杯2026」の戦いが、火ぶたを切った。一方W杯優勝国や強国がひしめく南米は目下、大統領選挙戦がたけなわだ。地区予選敗退のペルーは7日決選投票の開票が続く。今回も出場の強豪コロンビアは21日が決選投票、世界最多5回の優勝を誇るブラジルは10月4日だ。また前回カタール大会で日本を破った中米コスタリカは2月の投票で女性のフェルナンデス新大統領を選出した。中南米のW杯フィーバーはつとに有名だが、今回は大統領選挙戦も熱い。左派から右派への政権の流れは今後も続くのか?中国の浸透に歯止めはかかるのか?ベネズエラのマドゥロ大統領(当時)を拘束・逮捕したトランプ米大統領のドンロー主義は加速するのか?等々、大統領選の結果如何は南米大陸の地政学に波乱ももたらしかねない。W杯も大統領選もどちらも目が離せないのである。まずは直近のペルー。初の日系大統領、故アルベルト・フジモリ氏の長女で、大統領選に挑戦4度目のフエルサ・ポプラル党首ケイコ・フジモリ氏と左派サンチェス元貿易・観光相の開票は大接戦となっている。確定は全票集計が完了する7月中旬頃まで持ち越しの公算が高い。そこでここではケイコ氏の勝因と敗因(もちろん仮定)を両論併記したい。独断かつ敢えて単純化すると、実は勝っても負けても父のレガシー(遺産)のお蔭、つまり勝因と敗因は同じだ。ケイコ氏は過去3回とも決戦投票で涙を呑んで来た。反フジモリ派による「強権、独裁者」キャンペーンに負けた。父が健在である限り、ケイコ氏の勝利は不可能ではないかとさえ思えたほどだ。ただ前回、急進左派カスティージョ元大統領(現在収監中)とは稀に見る僅差で、レガシーは効力を減じつつあるようにも感じられた。その意味では父亡き後の勝利(あくまで仮定)は、予期されていたとも言える。悪化する国内の治安状況もケイコ氏にプラスに働いた。父のレガシーを受け継ぎ、今こそ強いリーダシップが必要とのケイコ氏の主張が一段と現実味を持ったからだ。親中より親米に傾くだろう。一方、敗北(もちろん仮定です)は父のレガシーの負の力は依然強かったということになる。毎回、候補者が乱立する初戦と異なり、2人だけの決戦は反フジモリ票を結集させやすい。これがケイコ氏の負けパターン。加えて今回、サンチェス氏がカスティージョ氏の帽子を被って後継をしっかりアピールしたのも奏功した。ケイコ氏への警戒心を呼び覚まし、反フジモリ票を固めた。さて、どちらの仮定に選挙の女神は微笑むだろうか。2月のコスタリカ大統領戦はフェルナンデス氏が初戦で勝利を決めた。右派で親米のチャベス前大統領の路線を引き継ぐことを選挙戦から公言しており、右派への流れが再確認された形だ。反米・社会主義路線の故チャベス元ベネズエラ大統領と同名ながら立場は大違い。中米エルサルバドルのブケレ大統領に倣って治安対策に大型刑務所や組織犯罪封じ込めセンターを建設した。中南米では珍しく、戦後一貫して安定した民主主義体制を貫くコスタリカにも治安悪化の波が及んでいる。「ブケレ主義」は中南米の新たな潮流になりつつある。巨大刑務所と徹底したギャング弾圧で治安を劇的に改善させ、国民の圧倒的支持を得た。米国からベネズエラ犯罪者を多数引き受け、トランプ氏はブケレ氏をホワイトハウスに招き感謝したほど。自称「クールな独裁者」は、任期を撤廃し長期政権を目論んでいるとされ、こちらも目が離せない。コロンビアは同国史上初の左派政権、ペドロ大統領の次を左派セペダ上院議員と右派で弁護士のデラエスプリエジャ氏が争う。第1回投票は事前の世論調査を覆しデラエスプリエジャ氏が1位だった。対話路線をはじめペドロ路線の継承を謳うセペダ氏に対して、刑務所10か所の建設など強硬なギャング対策、貧困削減、トランプ政権との関係強化を訴え、急速に支持率を高めた。コロンビアの帰趨は、右派回帰という中南米の潮流の今後を占うものとなるだろう。取となる南米一の大国ブラジルは、4度目の勝利を目指すルーラ大統領と親トランプのボルソナロ前大統領の長男フラビオ上院議員の戦いになる可能性が高い。ルーラ氏は5月に訪米してトランプ氏と会談、高関税などで悪化していた対米関係の修復に一応成功したこと、フラビオ氏のスキャンダル浮上などから支持率が回復した。しかしその後、トランプ政権による追加関税に強く反発、不和再燃の兆しもあり、10月まで紆余曲折がありそう。再選は絶対とは未だ言えない。BRICSやグローバルサウスの雄ルーラ氏の勝敗如何は、対米関係や世界に与えるインパクトの大きさで、ペルーやコロンビアの比ではないだろう。ルーラ氏をインタビューした際、山陽新聞は最後に「サッカーのことは聞かなくていいのか」と逆質問されたそうだ。ガチ・サッカー小僧で知られるルーラ氏も今はしばし、自分の戦いよりもブラジル代表の戦いから目が離せないのかもしれない。
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先頃開催された中国の全国人民代表大会(全人代)で、大きな扱いではないけれど気になるニュースがあった。習近平国家主席が軍の代表団の会議に出席し、海洋や宇宙、サイバー空間など新たな領域で戦略的能力を引き上げ、軍事力の強化を指示したというものだ。今年の全人代は安全保障に留まらず、外交、経済、内政と万事で「国家安全」が強調された大会だった(日本経済新聞3月12日付社説「中国は過度な『国家安全』重視を見直せ」参照)。李強首相のデビューとなるはずの全人代恒例の記者会見が廃止されたのも、国家安全のためと言えなくもない。不都合な真実に触れられる機会は出来るだけ少ない方がよいからだ。活動報告に登場した「安全」の言葉は29回、習政権12年余で最多頻度だったとか。裏返せば不安が一杯ということだろう。冒頭のニュースが目に留まったのも、そうした国家安全にとって宇宙という新領域の重要性がますます増していることを物語っていたからだった。中国は安全保障の領域を既に宇宙へと広げ、2030年には「宇宙強国」を目指して、米国、ロシアとしのぎを削る。だから習氏の人民解放軍代表たちへの指示はその先、宇宙競争で米国を凌駕せよとの檄とも読めるのだ。日本科学技術振興機構が運営するScience Portal Chinaの「中国の宇宙開発動向」によれば、2023年の世界のロケット打ち上げ回数は223回(失敗11回)で、このうち中国は過去最多の67回(同1回)、米国は107回(同5回)、ロシアは19回だった。中国は衛星打ち上げ数でも211機と過去最多を記録し、前年比25機増だった。また第4四半期のロケット打ち上げ回数を見ると、30回の米国には及ばないものの、中国は過去最多に並ぶ22回を記録し、自国衛星46機、外国衛星1機を打ち上げた。衛星の内訳は地球観測衛星22機、航行測位衛星2機、通信放送衛星9機、有人宇宙船1機、宇宙科学衛星1機、技術試験衛星10機、宇宙往還機1機となっている。ちなみに日本は僅か3機(失敗1回)である。宇宙強国かどうかはともかく、数字からはロシアを遥か後方に、中国が宇宙競争で米国と肩を並べる日もそう遠くない勢いを感じさせる。ところでロケット・衛星は、当然ながら打ち上げただけではミッションは終わらない。その後の追跡、通信、観測などこそ重要であり、それには世界各地に基地を持つことが必要だ。2008年、赤道に近い南太平洋の島嶼国キリバスを訪れた際に興味深い光景に遭遇した。当時のキリバスは外交関係を中国から台湾に変えていて、首都タラワに台湾の援助で作られた亜熱帯農業試験場は、中国の元人工衛星追跡基地の跡地だった。ロケット・衛星の打ち上げ場所は一般に赤道に近いほど良い。その点でキリバスは申し分ない上に、米国のミサイル防衛や宇宙開発施設があるマーシャル諸島クワジェリン環礁まで1,000kmという戦略的要衝だ。中国が外交関係を失ったダメージは大きかったが、2019年にキリバスは再び中国と国交を結ぶ。翌年、訪中したマーマウ大統領は習主席に台湾断交を称賛されたという。緑の畑も再び宇宙追跡基地に戻ったことだろう。中国は世界中で基地確保に余念がない。ウクライナ戦争の緒戦で、ウクライナがイーロン・マスク氏のスペースXが所有するスターリンクで目覚ましい成果を挙げたことは良く知られている。軍事専門家によれば、これからは宇宙に配備された衛星群が地上戦の雌雄をも決する要因になりつつあるそうで、ことは重大である。米国も最近は中国による宇宙領域での安全保障の脅威の可能性に気付き、連邦下院議会やメディアが警告を発している。一方で夢を掻き立てる存在でもある宇宙は、決して野放しではない。通称「宇宙条約」(国連総会決議2222号、1966年採択、67年発効)は宇宙空間の利用や探査はすべての国の利益のために行うこと、如何なる国も領有禁止などを謳っている。各国とりわけ米中は法の支配と秩序が宇宙にも及んでいることを肝に銘じて欲しいものだ。
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