ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。
14 Nov 2024
少なくとも世界80か国で大統領選挙や総選挙が行われた空前の世界選挙年のハイライト、そして事実上のフィナーレ、ハリス副大統領 vs. トランプ前大統領のアメリカ大統領選挙は、事前の「世紀の大接戦」予想を覆し、トランプ氏の圧勝で終わった。11月5日(日本時間6日)の投開票で、最初に浮かんだのは野球の野村克也監督の名言だ。特に「負けに不思議の負けなし」はハリス氏のためにあるような文言だと得心した。後講釈を承知で言えば、脱バイデンの失敗、個性の弱さ、「ハリスWho」に応えるナラティブの欠如、予備選抜き、内政では移民とインフレ、外交ではウクライナとガザの2つの戦争はじめ喫緊の課題に対する問題解決能力への信頼感の不足…と敗因がたちどころに挙がる。そして最後はやっぱりガラスの天井ということになるだろうか。ただ個人的には、予備選があれば脱落していたに違いないハリス氏はそれでも精一杯やった。むしろ問われるべきは優柔不断のバイデン氏と、状況を傍観するだけの民主党指導部の責任ではないかと思う。接戦7州すべてを失い、総得票数でも20年ぶりに負けた民主党は解党的出直しが必要だが、再び有権者を惹きつけることが出来るか、今はまだ展望が見えないほど敗北は決定的で深刻だ。それではトランプ氏は「勝ちに不思議な勝ちあり」だったのだろうか。確かに一部は当たっている。特に前回大統領選の結果を「盗まれた」と最後まで認めず、また2021年1月6日の議会乱入事件への教唆や機密資料の持ち出しなど、民主主義や国家の根幹に関わるような事件も含む裁判(事件4、罪状91)を抱え、不利にならなかったどころか政争の犠牲者とする見方さえあったのは、不思議を通り越してオドロキだ。かつてなら候補者としてイエローカードどころか退場もあり得た所を、トランプ氏は勝利さえした。アメリカ社会が変わったのだと考えるしかない。アメリカ社会の潮流を中長期的に決定づけてきた最高裁が、トランプ法廷同然になっていることも無視出来ないだろう。しばしば言われるように、トランプ氏が大統領になってトランプ現象を作ったのではなく、社会のトランプ化がトランプ氏という政治家、大統領を誕生させたという解釈の方に私も同意する。トランプ化とは、自国第一主義、ポピュリズム、民主主義の後退と権威主義的傾向、移民排斥、さらに反多様性、反エリート主義なども指摘される。そしてこれがアメリカのみならず、今や世界の潮流、趨勢ともなりつつあることを示したのが、世界選挙年の各国の大統領選挙や総選挙だった。代表的事例が6月の欧州議会選挙だ。EU懐疑主義、反移民・難民、親ロシア、ウクライナ支援に消極的な右派ポピュリズム政党が伸長、トランプ氏のトモダチも増えた。ハリス陣営に味方してしまったスターマー英首相やショルツ独首相らは分が悪い。既にトランプ氏には世界中の指導者からお祝いの電話やSNSが相次ぎ、アフガニスタンのイスラム原理主義過激派タリバンまで期待を語っている。イランは、そしてハマスは電話をするだろうか。トランプ氏の言うように、ウクライナやガザ戦争がすぐにも終結するとは思わないが、トランプ氏は相当程度に本気だと思う。執念の大統領カムバックを果たし、自信と野心を深めたトランプ氏の次の目標がノーベル平和賞というのは、故安倍首相に推薦状を頼んだとされる経緯やオバマ元米大統領の受賞を考えると、意外でも何でもない。それに依然として世界最強国家の大統領が国際秩序構築に責任を担うのは当然だ。ただし今では空疎と化した「南北朝鮮の和解」のようなノーベル平和賞であっては困る。それにしても石破茂首相の電話会談5分はいかにも短く、「フレンドリーだった」の感想も心許ない。報道によればトランプ氏への配慮というが、配慮と国益とどっちが大切なのか。2025年の世界は不確実性を増し、予測不可能が常態化するやも知れず、石破首相は確たる存在感を示さないと、トランプ氏の視界から容易に消えてしまうだろう。
06 Jul 2022
前回に続いてまたウクライナですかと言われてしまいそうだが、戦争から垣間見えた女性政治家たちの覚悟と決断について取り上げたい。6月末の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、北欧スウェーデンとフィンランドがNATO加盟に道筋をつけた。ロシアのプーチン大統領の東方へのNATO拡大阻止という思惑とは裏腹に、ウクライナ侵攻はNATOの拡大強化に弾みをつけ、要衝バルト海はNATOによって包囲される形になる。両国が加盟意思を表明したのは4月のこと。スウェーデンのアンデション、フィンランドのマリン両女性首相が水辺をバックに共同会見し、その爽やかで晴れやかなこと、思わず目を見張った。自国が歴史的転換へ踏み出そうとしているのに、気負うことなく「欧州の安保環境はロシアのウクライナ侵攻で根本的に変わった」と語る姿はまったく自然で、女性の政界進出が進む欧州の中でも、北欧がとりわけ顕著なことを改めて実感した。それにしても長年堅持し伝統となっていた中立主義を──もちろん今後様々な議論が予想されるにしても──こんなにもアッサリと放棄出来るのは、それだけロシアの脅威が高まったからだし、両女性指導者のリーダシップもあってのことだろう。両国はウクライナへの軍事支援にも積極的で、大国でありながら、武器の出し惜しみをしたり、プーチン氏を慮ったり、何だかグズグズ優柔不断なショルツ独首相やマクロン仏大統領とは大違いだ。その両首相以上に存在感を発揮しているのが欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長である。早くからウクライナ全面支援を打ち出し、欧州連合(EU)内の不協和音には「民主主義や法の支配、私たちの価値観のために戦っているウクライナを支援しないことはあり得ない」と喝破し、その後もぶれない。彼女も気負わず、エレガントでさえある。前職の独国防相から欧州委員会初の女性委員長に僅差で承認された時、今日の活躍を予期した人はどれだけいるだろう。危機で怖気づく政治家もいれば、飛躍する政治家もいる。彼女は後者に違いない。独の女性政治家と言えばこれまで1にも2にもメルケル前首相だったが、首相時代の対ロ融和姿勢が批判を浴びている同氏に代わってフォン・デア・ライエン氏が「顔」になる日が来ないとは言えない。かつて女性の政界進出をめぐって、女性が首相や指導者になった方が戦争は起きないなどと言われたことがあった。ところがイスラエルのゴルダ・メイア首相(1973年当時)はアラブ諸国と、インドのインディラ・ガンディー首相(1971年当時)はパキスタンと、イギリスのサッチャー首相(1982年当時)はアルゼンチンと、名だたる女性宰相たちは皆、戦争したとあって、議論はあっさり否定され、女性政治家の方が好戦的との声さえ上がった。もっとも私には、この3人は大義や信念、祖国愛などを前にする時、政治家は男も女もないという見本のように思える。アンデション、マリン、フォン・デア・ライエンの3人はいずれも先輩たちのような豪胆さやカリスマ性はない。しかし彼女たちに欠けがちだった普通人の感覚、身近さが持ち味かもしれない。それだけ女性政治家が特別ではなくなった証だろう。プーチン氏が引き起こした軍事侵略に立ち向かう女性指導者はまだまだいる。EU首脳会議で加盟を申請し、加盟候補国に認められた旧ソ連構成国のモルドバは、サンドゥ大統領とガブリリツア首相が女性同士でタッグを組む。彼女たちに託された国家の命運は、ロシアの傀儡国家・沿ドニエストル共和国を内に抱え、侵攻の口実は如何様にもという不気味さを孕み、やわな精神ではとても務まりそうにないが、見たところはどこにでもいそうな普通の女性というのが逆にスゴイ。またNATOの対ロ防衛の最前線バルト三国の1つ、エストニアも女性首相で、カッラス首相は「NATOの(現行)計画ではエストニアは地図から消えるだろう」とNATOの更なる防衛力増強を訴えている。世界は「男は度胸」より「女は度胸」が腑に落ちる時代になってきた。プーチン氏へ。敵は多く、手強い。
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