原子力産業新聞
London Calling

gig #3

“Two steps backwards”

26 Dec 2020

4年前、英国民は国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を選択した。その時多くの国民がEU離脱(Brexit)を名案だと考えていた。だが私の見るところ、「いよいよ離脱」というこの間際になって、それまで約束されていた「Brexitのメリット」などどこにもありはしないことが明らかになってきている。英国はこれまで築いてきた数多(あまた)の海外パートナーとの経済的、政治的、文化的な絆を断ち切ろうとしているが、一体なんのためなのか? そして新年1月1日から始まる英国を取り巻く貿易新秩序が、未だ全く見通せていない。この原稿を書いている時点でわかっていることは、前より悪くなるということだけだ。

Brexitのどこが名案なのかさっぱりわからないが、それは本稿の趣旨から逸れるので置くとして、本稿ではベルギーで差し迫る原子力発電所の強制閉鎖問題を例に、国家が時として「聞こえはいいが無意味な政策」をとることがあることを明らかにしたい。

強い独立国でありたいと願うのと同様に、脱原子力というスローガンは人々を惹きつけるようだ。

2003年の国民投票の時、ベルギーの政治家たちは「運転開始から40年経った原子力発電所を順次閉鎖し、再生可能エネルギーで代替していく」と国民を説得した。これは難しいことではなかった。当時の政治家たちは力強く約束したのだ。これは価値あるゴールであり、技術的にも実現可能なのだと。なぜなら実際に脱原子力を実施することになるのは、後の世代の政治家たちだったからだ。

こうしてベルギーでは、原子力がパブリック・エネミーと認定されたことで、ありとあらゆる問題を原子力のせいにして非難することが可能となった。2009年には年間2億ユーロが原子力発電に課税されただけでなく、再生可能エネルギーおよびエネルギー効率の促進のために、原子力発電事業者は年間5億ユーロを拠出することになった。

これほどの金額を投じたにもかかわらず、今日のベルギーで総発電電力量に占める割合は、太陽光が6.5%、風力が8%にとどまっている。これはそもそもベルギーが、それほど日照時間がなく、さほど風も吹かず、人口密度が高いからなのだが、ベルギーの政治家たちはそうした事実には目をつぶる。そして叫ぶのだ。「再生可能エネルギーの発展を妨げているのは原子力部門だ」と。原子力発電が存在するからこそ、再生可能エネルギーが阻害されるのだ、と。だからこそ原子力部門は(再生可能エネルギー促進のための費用を)もっと支払うべきだ、と。

しかし現実には抗えず、ベルギーは2012年、2015年に迫ったチアンジュ1号機とドール1,2号機の閉鎖を、2025年まで10年延期した。これは再生可能エネルギーで代替するまでの猶予期間と説明されたが、実際は3基が好調な運転実績を叩き出している所為だとは誰も言及しなかった。

同じようにBrexitは当初、2018年半ばには完了している筈だった。しかしその作業量が膨大かつ複雑で、EUとの交渉は二度も延期されたのが現実だ。英国政府は、二つの選択肢に直面したのだ。EUルールの遵守を継続するか、世界貿易機関(WTO)のルールへ変更するかだ。前者は政治的に受け入れられないであろうし、後者は経済的自滅に等しい[1] … Continue reading。この解決は見出せておらず、再度なんらかの延長措置が不可欠であることは明らかだ。

ベルギーでは、原子力を再生可能エネルギーで代替する良案がいまだに生まれていない。出てくるのは悪手ばかりだ。エネルギー大臣であるティネ・バン・デ・ストラーテン女史は「及び腰の政策の日々を終わりにしましょう。エネルギー政策を私たちの手に取り戻すのです」と発言したが、これがどういうことかと言うと、2025年までに閉鎖される原子力発電所の計7基590万kWを、新設する計390万kWのガス火力発電所で代替しようと言うのだ。

ベルギー政府の悪手はさらに続く。政府が言うには、電力会社はガス火力を経済的と判断していないため、政府がガス火力促進のために、出力に応じて年間9億4000万ユーロを支払うというのだ。つまりベルギーはクリーンで償却済みの原子力発電所を閉鎖して、CO2を排出するガス火力に補助金を与えて代替させるというわけだ。

これにはさすがの英国人もビックリだ。バン・デ・ストラーテン女史は言う。「自宅の改築のようなものです。より良くなるためには、一時的に悪い状態に置かれるのです。ですが最後には幸せになるのです」。だが現実は彼女の自宅だけの問題ではない。隣人たちにも相談しなければならない。EU加盟国は共通のルールに則った国際電力市場を形成している。政府によるなんらかの補助金は、EUレベルで正当性が承認されなければならない(英国政府のヒンクリーポイントCプロジェクトへの支援策も2014年に、このEUによる審査をパスしなければならなかった)。ベルギー政府は9月、正式に欧州委員会に対し、この化石燃料電源への支援策を承認するよう申し入れたのだった。この御時世に驚くべきことだ。

しかもスケジュールは極めてタイトだ。2021年に新設ガス火力の作業を開始するためには、できる限り早い段階でEUから承認されなければならない。反原子力のドイツがYESと言うのはわかっているが、EUがNOと言ったらどうするつもりなのだろう? ちなみにグリーンピースもバン・デ・ストラーテン女史の味方だ。グリーンピースは4月、「ガス火力発電所への支援メカニズムは必要悪だ」と声明を発表。気候変動よりも原子力がキライとの本音を明らかにした。

もはや英国でもベルギーでも、現下進行中の政策が有益だとは誰も考えていない。明らかなことは、英国もベルギーも未来へ向けて小さな一歩を踏み出すどころか、大きく二歩退がってしまったということだ。少なくともベルギーでは、影響は電力部門に限られ、英国のように経済全体へ影響することはない。それにしても、そもそも変える必要もないことを、むしろなんの落ち度もなかったことを、国家が自滅しながらも変革しようとする姿を目にし、戦慄を覚えざるをえない。神よ許し給へ。

文:ジェレミー・ゴードン
訳:石井敬之

脚注

脚注
1 英国はEUとの通商協定が成立しない場合、WTOルールに則って貿易を実施することになるが、WTOルールではこれまでのような関税優遇措置がなくなってしまう

ジェレミー・ゴードン Jeremy Gordon

エネルギーを専門とするコミュニケーション・コンサルタント。コンサルティング・ファーム “Fluent in Energy” 代表。
“Nuclear Engineering International” 誌の副編集長を経て、2006年に世界原子力協会(WNA)へ加入。ニュースサービスである”World Nuclear News” を立ち上げ、原子力業界のトップメディアへ押し上げた。同時に、WNAのマネジメント・チームの一員として ”Harmony Programme” の立案などにも参画。
ウェストミンスター大学卒。ロンドン生まれ、ロンドン育ち。

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