原子力でスモッグが
劇的に改善
──カナダでは原子力に対して世論が好意的だ。
ブルース・パワー社ではオンタリオ州全体を対象に、これまで多くの世論調査を実施してきました。特に知りたいのは、既存原子力発電プラントのリプレースや運転期間延長についての反応です。調査結果により、原子力に対する支持は常に8割程度あることが分かっています。
原子力への支持率が高い理由としてはいくつかの要因があります。原子力はクリーンで、供給安定性が高く、安全であり、そしてオンタリオ州の州民に手頃な価格のエネルギーを提供しているからです。中でも環境面でのベネフィットは大きいでしょう。
2013年に、オンタリオ州政府は州内の石炭火力発電プラントを廃止し、私たちは2基の原子炉を再稼働させました。いずれも、1990年代後半にオンタリオ・パワー・ジェネレーション(OPG)社や旧オンタリオハイドロ(OH)社などの財政難により、休止させていたプラントです。
石炭火力の全廃によって、トロントの大気汚染は劇的に改善されました。2005年ごろには、年間最大80日間の「スモッグ日」が記録されていました。ご存知ないでしょうが「スモッグ日」とは、喘息患者の場合、呼吸困難になる可能性があり外出できなくなるぐらいヒドいものです。しかしブルース原子力発電所が再稼働したため、2015年から2019年の間に、スモッグは数日単位ではなく数時間単位で測定するまでに減少しました。原子力が大気汚染の浄化に、多大な貢献をしたのです。
オンタリオ州は脱炭素化の世界的リーダーとして、気候変動の対策を取ってきました。電力部門では一般的に、脱炭素化の定義は1MWh(1000kWh)当たりの炭素排出量が50g未満であると考えられています。「脱炭素のリーダー」を自称しているドイツは、(1MWh当たり)約500gです。同じく「脱炭素のリーダー」とみなされている米国カリフォルニア州は約250gであり、それに対してここオンタリオ州はわずか45gなのです。つまりオンタリオ州はすでにかなり脱炭素化されており、それを手頃な価格で実現しています。オンタリオ州の一般家庭の電気料金は、1kWh当たり12.5カナダ・セント※ですからね。米カリフォルニア州の場合は20カナダ・セント以上ですし、ドイツはそれよりはるかに高いでしょう。これはオンタリオ州のエネルギーミックスのおかげです。オンタリオ州のエネルギーミックスは原子力が60%、水力発電は25%、再生可能エネルギーは7%です。
※日本のおよそ半額程度。
オンタリオ州では、再生可能エネルギーに対する税制上の補助金がありません。ですので、納税者からの支援は受けていませんが、電気料金にコストが直接反映されます。オンタリオ州の電気料金を管理するオンタリオ・エネルギー委員会によると、電源別コストは、太陽光が1kWh当たり48カナダ・セント、風力が15カナダ・セント、天然ガスが13カナダ・セント、原子力が7.5カナダ・セント、水力が6カナダ・セントです。オンタリオ州の電気料金がリーズナブルなのは、水力発電と原子力のおかげです。そしてこの組み合わせのおかげで、私たちは脱炭素化だけでなく気候変動にも取り組む最高のポジションにいるのです。
ブルース・パワー社は再生可能エネルギーにも注力しており、風力発電プラントを先ごろ完成させたばかりです。風力発電とベースロード電源(原子力)の組み合わせは、非常にうまく機能していると考えています。それでも、すべてのエネルギー源が必要だという観点から、責任を持って対応しなければなりません。すべての人にとって安全で、クリーンで、供給安定性が高く、手頃な価格の電力を提供することが使命です。
原子力発電所が
「がん治療」に貢献
──原子力の有用性をもっとアピールしたい。
原子力産業は、世界屈指の安全産業と言えます。たとえ汚染を発生させたとしても非常に少ない量です。たとえば、ブルース・パワー社の原子力発電所で発生したすべての物質は、サイト内でキャニスタなどで管理されています。他の業界では考えられないことでしょう。他業界では自社製品や副産物が、それこそそこら中にほったらかしです。プラスチックは海にも、道路沿いにも捨てられています。自動車の排気ガスは世界中でスモッグを発生させ、二酸化炭素を排出しています。原子力はそんなことがありません。今後そういうストーリーを強調していこうと考えています。
ブルース原子力発電所
ブルース・パワー社が生産している医療用アイソトープは、人命を毎日救っています。こうした側面が社会であまりにも過小評価されていますよね。実は、ブルース原子力発電所で生産されているコバルト60は、世界中の使用済み医療器具の4割を消毒しているんです。あなたが世界のどこで病院や歯科医院にかかっても、そこで使用された医療器具を消毒するコバルト60は、オンタリオ州南西部のブルース原子力発電所で生産された可能性が高いということです(笑)
OPG社のピッカリング原子力発電所でも
コバルト60を生産している
また、脳腫瘍の新しい治療法も開発しています。ブルース・パワー社では、メスを使わずに脳腫瘍を攻撃する「ガンマナイフ」と呼ばれる装置に力を入れています。最先端の生産システムを導入し、これまでにはなかった規模でアイソトープを大量生産できるよう準備を進めています。医療分野ではこれまで、がん治療に有効なアイソトープを特定するところまできていますが、肝心のアイソトープが量産出来ませんでした。量産できれば一般の患者さんでも手頃な費用でこの最先端治療を受けることができるでしょう。私たちはそうした治療が可能になるよう、量産体制を整えつつあります。裕福な患者さんだけでなく、すべての人のための治療になるのです。うまくいけば2021年か2022年ごろに、新しい生産システムが導入されます。
ブルース原子力発電所
OPG社のピッカリング原子力発電所でも
コバルト60を生産している
──医療分野に進出する契機は何だったのか?
そもそもカナダは歴史的にも、医療用アイソトープ生産の最先端を走っていました。
おぼえていらっしゃるか分かりませんが、数年前にチョークリバー研究所の原子炉「NRU」に問題が起き※、モリブデン99の生産が停止されたことがありました。これが国際的な供給不足を引き起こしてしまいました。ちょっと考えてみてください。もしもあなたが治療を必要としている患者で、アイソトープの在庫が底をついているために突然治療を受けられなくなったらどうでしょうか? ブルース・パワー社はそうした事情を鑑み、医療分野に進出することにしました。
※2009年、同研究所のNRU炉(熱出力135MW、1957年初臨界)がトラブルで運転を停止し、モリブデン99の供給が世界的に停止した。核医学検査に使うアイソトープのなかでもっとも多く使われているのがテクネチウム99だが、その原料となる親核種がモリブデン99だった。
そもそもNRUは老朽化しており、2016年に閉鎖することになっていたので、ブルース原子力発電所の設備に改良を加え、今ではNRU炉に替わってブルース発電所が、これらのアイソトープを生産できるようになりました。もっと多くのアイソトープを作る余裕がありますので、今後も市場の動向を見ながら、ニーズがあれば率先してそのニーズを満たすように努力していくつもりです。
ブルース3号機では改修プロジェクトが進行中だ
ブルース3号機では改修プロジェクトが進行中だ
「原子力が安全であることを 肌で感じています」
- 回答者
- キンカーディン市長
アン・イーディー
私たちは五大湖の一つであるヒューロン湖沿いのコミュニティであり、原子力発電所にとっては理想的な立地点です。1970年代にブルースAとブルースBが着工され続々と運転を開始しました。今では世界最大の(稼働中の)原子力発電所です。私たち自治体はホスト・コミュニティとして、原子力を誇りに思い、原子力の未来を信じています。クリーンなエネルギーである原子力は、オンタリオ州の約3分の1の電力を供給しているだけでなく、世界中に医療用アイソトープを供給しているのです。
この地域が初めて入植者のために開放されてから、私たちの祖先がイギリスとアイルランドから渡ってきて農民になりました。私たちはヒューロン湖が大好きです。環境面での最大の関心事は、湖が健全かどうかなんです。ですから、私がコミュニティの代表になったとき(最初は市議として、次に副市長として、最後に市長として)、私は原子力に関するすべてのことを知りたくなりました。いいことも、悪いことも、全て知りたかったのです。
今、私は原子力の強力なサポーターです(笑)
原子力のおかげで、地元のオンタリオ州だけでなく、全世界的にスモッグの日数が減っていると思います。アイソトープという(がん治療の)解決策も提供されています。他にもSMRがあります。これは非常にワクワクする技術です。また、気候変動との闘いにおいて原子力が果たす役割も忘れてはなりません。
私はこれまで何度もCNSCの公聴会へ足を運んだり、原子力発電所の見学会に参加してきましたが、カナダの原子力安全レベルは非常に高いものです。他業界は原子力の安全文化から学ぶところが実に多いと思います。私は農場で育ち、毎日の仕事を無事に終わらせることが主な関心でした。私たちは農業の仕事こそが安全だと思っていましたが、原子力と比較したら、農業その他の業界は安全性という点では原子力の足元にも及びません。原子力から多くのことを学べると思います。
キンカーディンの夕陽
私自身はこのキンカーディンで一生を過ごしてきましたし、原子力が安全であることを肌で感じています。キンカーディンに遊びに来てください。原子力産業をしっかりとサポートしています。ブルース原子力発電所のスタッフの約3人に1人はキンカーディンの出身であり、残りは周辺地域からです。今は本当にワクワクする(刺激的な)時代です。経済的にも、私たちは非常に恵まれています。原子力発電所の運転期間を延長させるための改修作業のために、大勢の人々がやってきていますからね(笑)
キンカーディンの夕陽
事業者から見た許認可体制
──カナダはスムーズな許認可体制で有名だ。
規制当局であるカナダ原子力安全委員会(CNSC)は、何十年もの間、現在に至るまで、世界的には規制分野のリーダー的存在であると思います。CNSCの行うプロセスは、非常にオープンであると同時に、科学的事実に基づいていると言えます。そして、CNSCは政治と独立した規制当局であるため、業界の見解、一般世論、科学者の意見、他の政府機関の意見などを考慮に入れて決定や結論を導き出しています。しかし同時にCNSCは、安全に基づいている機関であるので、必ずしも当時の政治的・経済的な雰囲気に左右されません。そのおかげで現在誇っている世界的評判が確立できたのでしょう。
CNSCのルミナ・ヴェルシ委員長は、IAEAの原子力安全基準の策定担当にも就任しました。これは、彼女の属しているCNSC、そしてCNSCが維持している水準が高く評価された成果だと思います。
SMRが原子力業界だけでなく
世界を変える
──カナダは、SMRにかなり力を入れている。
その背景やモチベーションは何か?
気候変動対策として、他のクリーンエネルギーに多大の資金が投資されているにもかかわらず、それに見合うほどの進歩がないことは明らかでしょう。世界中で数兆ドルの投資が行われてから、今年のCO2排出量はようやく横ばいになりましたが、それまでの過去数年間は増加する一方でした。また、各国政府による安価な石炭火力発電所の建設の動きが見られ、CO2排出削減をなおさら困難にしています。
X-エナジー社の「Xe-100」設計 ©X-energy
日本の状況は大変遺憾なことです。CO2排出量の削減に真剣に取り組むなら、原子力こそが一定の役割を果たさなければならないと考えています。
誰もがクリーンで手頃な価格で供給安定性の高い電気を必要としています。SMRは、より多くの国が利用できる、原子力分野での技術革新だと思います。また、既存の原子力プラントとは本質的な違いがあるため、各国はSMRによって原子力発電を容易に導入できるようになるのです。
X-エナジー社の「Xe-100」設計
「BWRX-300」の断面図
現在稼働している原子炉、そして現在導入している様々な技術革新は、10年前の状況とは大きく異なっているではありませんか。今後SMRの技術革新が進むにつれて、世界中にあらゆるクリーン・エネルギーの可能性・機会が提供されるだろうと思います。
「BWRX-300」の断面図©GE パワー社
──SMR開発に必要な資金はどうやって確保を?
ご存知のように、SMRの新設計には多くのベンチャーキャピタルが関心を寄せています。環境問題と気候変動は現実のものであり、高度な原子炉設計などの技術的ソリューションが重要な変化をもたらすと考えられています。技術開発へ多くの投資家が出資しています。原子力が一つのクリーンエネルギーとして認められれば、クリーンエネルギーやグリーンを対象とした融資を受けられるようになります。SMRなどの小型原子炉を支援/推進し、世界に革新をもたらすのです。それによって世界が直面しているさまざまな環境問題に対処する、より多くのドアが開かれるでしょう。
奥はジョン・ピーバース広報部長
奥はジョン・ピーバース広報部長
──SMRのコスト、特に発電コストは、他電源と競合できるか?
まだわかりません。ブルース・パワー社は現在、SMRを検討しながらそれを見極めようとしています。
オンタリオ州は、連邦政府から1トンあたり約50ドルの炭素税が課せられています。再生可能エネルギーなどのクリーンエネルギーは、補助金の対象になっていません。オンタリオ州政府委員会は、消費者に課される料金を次のように試算しています。太陽光は1kWhあたり約48カナダ・セント、風力は同約15カナダ・セント、ガスも同約15カナダ・セント、原子力は同約7.5カナダ・セント、水力発電は同約6カナダ・セントです。
もしこの中で、特定の電源を支援するための税補助が導入されたら、市場が歪んでしまうと私は思います。政治家は補助金で敗者と勝者を選ぼうとしますが、どうしても市場の歪みが生じる傾向があると思っています。
しかし次世代炉を設計しているベンチャー企業にとって、補助金のあるなしは、設計の一部として検討しなければならないほど重要な事項でしょう。電気を手頃な価格で維持するために、一定のコストに合わせて設計しなければならないからです。
「SMR-160」の完成予想図
世界中から優秀な人材を原子力業界へ
──SMR以外に十分な規模または大きさの
原子力プロジェクトはあるか?
ええ、カナダでは、CANDU炉がもう1基建つ可能性があります。ここオンタリオ州では、電力の余剰があり、数年間は現状のままで順調だと思いますが、今後、きっともう1基のCANDU炉を検討するでしょう。CANDU炉の出力は約80万~90万kWですが、SMRは10万~30万kW程度、さらに小型なマイクロ原子炉は0.5万~5万kW程度です。ですから、幅広い需要に対応が可能であり、CANDU炉が除外されているわけではありません。
また今後も既存炉の運転期間延長は続くでしょう。カナダではほとんどの既存炉が運転期間を延長しています。OPG社のダーリントン原子力発電所(CANDU×4基)では、運転期間延長へ向けた作業が進行中ですし、ブルース・パワー社でも同様の運転期間延長へ向けたプログラムを実施しています。
──CANDU炉の運転期間延長は、経済性が高いのか?
経済的には非常に効果的です。だからこそ実施しています。オンタリオ州政府の会計検査院が2018年に、原子力反対派からの依頼を受けて実施した調査では、オンタリオ州で必要な電力を効果的かつ手頃な価格でクリーンに提供できる技術は、原子力のほかにない、と結論付けています。
──多くの企業がSMR開発でシノギを削っている。
必要な人材をどのように確保するのか?
カナダの大学は数多くの優秀な若いエンジニアを輩出しており、SMR分野には多くのニューカマーが参入し、アイデアを競っています。今はエキサイティングな時代で、原子力分野に世界中から最も優秀な人材を引き入れるよう、数多くの機会が提供されています。
原子力業界に入ってくる新しい人材は、ただモノを作るということだけではなく、環境・社会を大きく改善していくことになるのです。ミレニアル世代やこれから学校に入ろうとしている子供たちは、そのことを十分にわかっていると思います。彼らは世界に有意義な変化をもたらすことを望んでおり、原子力発電は彼らに革新と創造をする機会を与えています。同時に、彼ら自身のキャリア形成にも効果的に作用するでしょう。
──カナダの大学と原子力産業は、
良好な関係が維持されているか?
運転期間延長プログラムの実施に伴い、現在新規採用を行っていますが、人事担当副社長によると、ブルース・パワー社に過去3年間で41,000名の応募が殺到しているそうです。学生にとって何が魅力なのか調査させたところ、それは学生が「自らのスキルと才能を生かして世界に変化をもたらしたい」と考えていることでした。なおかつ高所得ですしね(笑)
ブルース・パワー社は従業員にとって、毎日仕事に行くことができ、学生ローンがあるならばそれを完済するのに十分な収入があり、子供を育て、快適で安全な生活が確保できる場所です。同時に、世の中の人々の生活を改善していることも大きな魅力なのです。