復興再生の本格化、魅力ある地域作りへ
避難指示区域の解除や産業再生など着実に成果
復興庁福島復興局の戸邉千広次長に、事故後10年の福島県を中心とする復興再生の取り組みとその成果などについて話を聞いた。戸邉次長は、除染をはじめ、生活環境や産業の再生など様々な取り組みによって、昨年には帰還困難区域を除いて全て避難指示区域が解除に至った一方、「移住の促進等により、新しい人たちを地域に呼び込むという取り組みも必要」と強調。今後、移住・定住の促進を進める考えを明らかにした。さらに革新技術開発、新産業創出の拠点作りなど、魅力ある地域作りのための施策も強力に推進する姿勢を示した。
── 避難指示区域の現状と、避難者に対する生活再建・支援の状況について教えてください。
戸邉 福島第一原子力発電所の事故から10年経ちますが、その間、事故により被災した地域については放射線の量の差に応じて避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域と3つの区域に分けて、さまざまな復興施策に取り組んできています。
この3つの分類に基づく賠償などが行われ、国としても除染等の作業に鋭意取り組み、環境の再生などを進めてきたところです。
まずは放射線量の低いところから避難指示を解除することとし、避難指示準備解除区域から除染作業を行い、そのうえで生活や仕事、交通などのインフラ復旧を行ってきたわけです。
その結果として、昨年までに避難指示解除準備区域と居住制限区域については全て解除に至りました。
また帰還困難区域を有する6町村においても、そのなかに特定復興再生拠点を指定して早期に人々が戻ってこれるように、いま生活環境の整備をしているところです。帰還困難区域自体の解除には時間がかかるわけですが、拠点を設けて重点的に復興し早期の帰還を促進する取り組みを進めています。
被災地域においては、生活を再開するためのインフラ整備について、特に医療や介護、福祉に高いニーズがあり、子供の教育環境も重要ですから、これらの環境整備に優先して取り組んできました。それから生活を成り立たせるための働く場を作るために、産業団地を整備して企業の誘致を進めてきました。
また交通機関の整備については昨年、JR常磐線が全線開通しました。鉄道と同時に道路も常磐自動車道、東北中央自動車道(相馬福島道路)等の基幹道路をはじめ、生活道路の整備を進めています。さらに買い物ができる環境を作るために商業施設の整備にも取り組んできました。
こうした取り組みによって昨年3月に帰還困難区域を除いて全ての地域の避難指示が解除されたわけですが、避難指示が解除された区域に戻って来た居住者等は現状で14,000人です。住民基本台帳に記載されているのは7万人弱ですから、その意味では新たに移住された方も含めて居住者自体はまだ2割を少し超えたところで、なかなか難しい状況です。 原子力被災自治体の住民に帰還の意向を調査した結果を見ても、避難指示解除が早かったところは相当程度戻ってきているのですが、時間が経過するにつれて避難先で生活基盤が確立されているという事情もあり、「戻らない」と回答した住民の方が5〜6割にのぼった自治体もあります。
そこで元の住民の方に戻っていただくための環境整備にとどまらず、移住の促進等により、新しい人たちを地域に呼び込むという取り組みがこれからより一層必要になると考え、復興庁としては移住・定住の促進を大きな柱にして、必要な予算や制度の措置を進めていくことにしています。
来年度から第2期復興・創生期間が始まりますが、各自治体の復興のステージの違いを踏まえながら、復興への取り組みを進めてまいります。
── 原子力事故災害地域等の再生と回復に関して、これまでの成果と新たな課題は?
戸邉 地震・津波からの復興施策の柱は、福島だけでなく岩手や宮城など東北地域全体で実施していますが、原子力災害からの復興・再生は福島特有の課題です。まずやはり事故収束が必要ですから、廃炉・汚染水対策、また放射性物質の除去を進めています。とくに廃炉に向けた取り組みについては、中長期ロードマップに基づき、国も前面に立って安全かつ着実に進めているところです。
また、帰還困難区域における特定復興再生拠点の整備については、それぞれの町村で異なりますが、おおむね2022年の春、あるいは2023年の春というタイミングを目標にして、戻って来られる方々の生活環境整備を各自治体がしていますので、国としてもしっかりサポートしたいと考えています。
── 除染作業の今後の進め方は?
戸邉 避難指示を解除して人々が帰還し居住するという時の、一番の前提になるのが除染作業です。これまでの除染作業で放射性物質を含む土壌とか廃棄物が大量に発生しており、仮置き場に置いていたものを大熊町と双葉町に設けた中間貯蔵施設に一時的に運び込む作業を進めています。
福島県内で除染によって除去する土壌は全体で約1,400万立方メートルと見込まれており、現在までに運び込まれたのは1,000万立方メートル強、74%の進捗状況です。来年度までにおおむね終えるスケジュールで、予定通りに進んでいます。
なお、作業にあたってはダンプトラックが一日何千台と運搬作業を行いますから、事故など起こさぬようオペレーションをしっかりとして、地元の方々にご迷惑をかけないよう万全な対策をしています。コロナ禍で心配された作業の遅れもなく、現在までに順調に作業が進んでいます。
浜通りに国際教育研究拠点を
── 特に原子力災害地域における産業や生業の再生(福島イノベーション・コースト構想等)について、
今後どのように取り組むお考えですか?
戸邉 福島県の製造品出荷額を見ると、2018年度において震災前を上回る103%まで回復しています。ただ全国平均は115%なので、いまだに全国平均を下回っています。とくに原子力災害地域にある12市町村を見ると、回復はまだ8割程度です。こうした現状から、我々は福島県の産業再生が引き続き重要な課題であると認識しています。
原子力災害地域がある福島県の浜通りエリアは従来、電気・ガスなどのエネルギー関係の事業が多かったので、これが大幅に縮小したのが落ち込みの要因です。先ほど申し上げた除染作業や復興事業が、これらの産業にとって代わって大きなウエイトを占めています。ただ、復興事業は津波や地震対策のインフラ整備の事業で、終了しつつあります。原子力災害関係の復興事業はまだ続きますが、そういった復興事業も今後、縮小していきますので、新たな産業基盤を構築する必要があります。もちろんそれを支える人材も育成していかなければなりません。 またこの地域は従前より農業や水産業が盛んでしたので、「農林水産業の再生」が課題です。これは土地などの自然環境に大きく依存しますので、企業を誘致して工場を立地するよりも時間がかかります。農業はまだ震災前に比べて3割しか営農再開ができておらず、水産業も2012年から試験操業を開始していますが、水揚げは回復基調にあるとはいえ、まだ2割に満たない状況です。復興庁としても引き続き農林水産業の再生をしっかりとサポートしていかなくてはならないと考えています。
こうした現状を踏まえ、新しい産業・雇用を創出しようというのが福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想です。先に申し上げた企業立地や農林水産業の再生に加えて、いま進められている廃炉や、またロボット、エネルギー・環境・リサイクル、医療、航空宇宙などの分野で、技術開発を通じて新しい産業を創出する取り組みを進めます。
すでに浜通りエリアには廃炉作業に必要な実証試験を行う楢葉遠隔技術開発センターや、陸海空でのロボットの使用環境を再現する福島ロボットテストフィールドなどの施設があり、技術開発が進んでいます。
部品や製品を単に作るだけでなく、新しい産業を創出することをめざし、それを担う人材を呼び込んだり、あるいは育成する。加えて、地元の企業と先端技術分野の新しい企業が連携して地元企業がそうした企業に製品を納める、必要な人材を供給するといったことを、この構想によって実現したいと考えています。
優れた人材を集め育成するために今動いている大きな構想が、国際教育研究拠点です。原子力災害で甚大な被害を受けた浜通りの地域に国内外の叡智を結集して、環境の回復であるとか、新産業の創造であるとか、創造的な復興に不可欠な研究や人材育成を行って、また経験とか成果を世界に発信・共有していく。そしてその結果として、日本の産業力の強化や世界にも共通する課題解決につなげるという趣旨で具体化を検討しています。
何を研究し、必要な人材をどう集めるか、そこをまずはきちんと考えて、関係者も巻き込んで経済界や大学、あるいは当然、地元住民も含めてしっかりと議論し、来年度に基本構想を固めたいと考えています。
産業や生業の再生に関して更に申し上げますと、地道に取り組んで成果を上げている「福島相双復興合同官民チーム」の活動があります。国、県、民間からなる合同チームで、浜通りにも支所があり、事業を再開しようとする事業者さんを個別に訪問し、コンサルティングなどをして支援しています。この支援活動によって、現状で商工業者さんで言うと2,700社が再開にこぎつけています。営農再開支援にも取り組んでおり、2,100の農業者に対し総訪問回数は6,200回に及んでいます。1対1のきめ細かな対応で、成果が目に見えて上がってきているところです。
風評払拭の動画コンテンツ 100万超ビュー
── 風評被害への対策にどのように取り組んでいらっしゃいますか? 福島県産食品の安全の現状は?
戸邉 風評対策は重要ですから、これまでさまざまなメディアで情報を発信するなどの取り組みを進めてきました。
事故発生の当時は、放射性物質を理由に福島県産品の購入をためらう人が2割ほどおられたのですが、直近の2020年3月の調査では1割ほどに低下し、過去最小になっています。いろいろな情報発信の効果があったものと思いますが、残念ながら未だ1割ほど不安を持つ方がおられます。
そうした不安を完全に払拭するのは難しい面もあるかもしれませんが、我々は「知ってもらう」、「食べてもらう」、「来てもらう」、この3つの観点から工夫を凝らし、情報発信を行っています。親しみやすい漫画やYouTube動画でわかりやすい情報を発信していますが、お米や福島牛などについてインフルエンサーの方にもご協力いただき、動画配信は既に100万回以上の再生回数を数えています。
福島県産の食品など農林水産物の安全に関しては、厳しい基準を超えたものは市場に流通させない方針として、食の安全と安心の確保につとめています。直近の検査ではお米をはじめとして野菜、畜産物、きのこ、海産魚介類など主要な食品に基準を超過した産品はありませんでした。
なお、日本の基準はキログラムあたり100ベクレルです。欧米やコーデックス委員会(国際食品規格の策定等を行う政府間機関)のものに比べて10倍程度の厳しい基準で検査を行っています。
食品安全については非常に厳格な基準で検査、確認がなされているのです。
── 「新しい東北」の創造を掲げていらっしゃいますが、どのような取り組みを?
戸邉 少子高齢化や人口減少は東北のみならず、日本の各地域が抱える構造的な課題ですが、震災からの復興、原子力災害からの復興にむけた取り組みのなかで、こうした構造的な課題自体にも取り組み、魅力的で、にぎわいのある地域の創造を目指すという趣旨で取り組んでいます。
被災地の住民、自治体、NPO、企業、また被災地に関わった人や企業などの連携・協働によって、産業・生業の再生や地域社会・コミュニティの形成などを進めるために「新しい東北」官民連携推進協議会を設立して活動しています。約1,300の団体を中心に交流会の実施、積極的に取り組んでいる人を表彰する顕彰制度の実施、またネットワークを使って新たな付加価値を付ける、ビジネスコンテストを開く、コンサルティングなども進めているところです。
復興庁としては、福島を含めてこのような新しい東北構想を着実に進めていく方針です。そして繰り返しになりますが、新しい人の移住・定住、交流人口・関係人口の拡大にしっかりと取り組んでいきたいと考えています。