原子力産業新聞

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インタビュー

山地 憲治 ヤマジ・ケンジ 東京大学 名誉教授

山地 憲治ヤマジ・ケンジ

東京大学 名誉教授

1950年香川県生まれ。1972年4月東京大学工学部原子力工学科卒業。1977年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。同年、電力中央研究所入所。同エネルギー研究室長等を経て、1994年東京大学教授(大学院工学系研究科電気工学専攻)、2010年より東京大学名誉教授。
総合資源エネルギー調査会・新エネルギー小委員会委員長、地球環境産業技術研究機構(RITE)副理事長・研究所長。

国民の信頼回復による原子力発電所の再稼働が大事な課題

福島の復興を通じて、事故の負のイメージを払拭する取り組みを

山地憲治東京大学名誉教授に、事故後10年を経た原子力発電の状況と課題、また再生可能エネルギーの大幅な導入など将来のエネルギーのあり方などに関してお話をうかがった。同氏は「事故によって崩れた信頼がいまだに回復できていない」とし、信頼回復のためには福島の復興が非常に重要との考えを強調した。また再生可能エネルギーが今後の主力電源として見込まれる一方で、適切なエネルギーミックスの実現が必要で、原子力発電について「国民の信頼を回復し、既存の原子力発電所の再稼働を進めることが最も大事」との認識を示した。

── 福島第一原子力発電所の事故後10年のご所感は?

山地 事故から10年が経ちましたが、やはり原子力に対する信頼が大きく崩れたということがあり、その崩れた信頼がいまだに回復できていない状況にあると思います。
信頼の回復というのは結局、安全と安心のうちの安心にかかわることだと思いますので、科学技術の論理だけでは、安心の回復は実現できないということでしょう。
改めて原子力の哲学というものをきちんと考えておかねばならないと思います。世界各国の人々が原子力に期待をして平和利用を始めた1950年代からは時代の状況がずいぶん変わっています。
物を作る科学的な合理性は重要です。しかし人間は主体的に考えるとか、自分の世界観とか、もう少し大きな認識力を持っています。人々が自分の内に持っている世界観のなかに原子力がきちんと入ってこなければいけないのですが、原子力は人間の想像力を超えた大きな力を持つゆえに理解の範囲を超えた存在と認識されているのではないでしょうか。
そもそも、原子力は核兵器として実用化されて、しかも核兵器というのは普通の兵器ではなくて人類の存亡にかかわる非常に大きな力を持っています。それを平和利用するということで、過去には大きな期待がかかりましたが、想像力を超える莫大なエネルギーが出ること自体に不安が生じます。また、高レベル放射性廃棄物の地層処分にしても、1万年、10万年というオーダーになり、人間の想像力を超えています。
いったん福島第一原子力発電所事故のような“恐い”ものを見せつけられてしまうと、人間の想像力、理解を超える存在である原子力が扱いきれないものだと思ってしまう。その意味で、やはり原子力の哲学というものを再構築する必要があると思います。

福島第一の事故は、限定された災害だと思いますが、原子力は核戦争を含めて、いわゆる“破局”という負のイメージを秘めているのは確かです。原子力発電所は重大事故などに対する安全対策を講じてきたわけですが、結局は想定外の事故を起こしてしまった。福島第一の事故は限定的な災害とはいえ、破局が避けられないというイメージが人々の気持ちの中に入ってしまっているのではないかと思います。
そうしたイメージを払拭するには、やはり福島をきちんと復興させることがものすごく重要なことです。放射線被ばくのリスクについてきちんとした認知ができていない現状もありますので、復興への取り組みのなかで福島における放射線被ばくのリスクはどうだったのか、事実に基づいてリスクコミュニケーションをきちんと行っていく必要があります。時間はかかると思いますが、そうした取り組みを通じて人々の信頼を回復していく必要があると考えます。

原子力を堅持し、産業化につながる再生可能エネの導入を

── 昨年公表された日本政府のグリーン成長戦略には、議論のための参考値として再エネの導入を2050年時点で約50-60%まで引き上げるという野心的な数字も示されていますが、この点についてどうお考えでしょうか?

山地 これは2050年時点を議論するものなので、野心的な数字であるとは思いません(笑)
昨年、菅政権になって2050年にカーボンニュートラルを実現すると表明しましたが、米国では当時、次期大統領候補だった民主党のバイデン氏が環境問題を重視する姿勢で、2050年までのカーボンニュートラル実現を打ち出していました。また大きな動きとして、中国の習近平国家主席が国連総会で2060年のカーボンニュートラル実現を表明したということもありました。そのような世界の流れから見れば、日本政府が2050年におけるカーボンニュートラル宣言をしたことは政治的に正しいことだと思います。
2050年時点のエネルギーミックスを考えると、原子力発電が現在のような状況であれば、当然、再生可能エネルギーに大きく頼らざるを得ないでしょう。ほかにゼロエミッション火力なども含めたとしても、電源構成で再生可能エネルギーが50%ないし60%を占めるというのは、特に驚くような数字ではないと思います。
原子力発電は当然ながら、選択肢のなかに維持しておく必要があります。原子力が信頼回復によって使えるようになれば、もっと原子力を利用できると思いますが、この10年で信頼が十分回復しなかった深刻さを踏まえて考えると、かつて原子力発電への依存は30%台でしたが、その30%台を回復するのも相当難しい。私は個人的には原子力発電は30~40%の間くらいが適切だと考えているのですが、カーボンニュートラルを実現するとなれば、原子力発電が仮に30~40%の間になったとしても、残りを再エネ電力とゼロエミ火力でまかなうわけです。したがって、2050年に再エネ発電50~60%というのは驚くような数値ではないと思います。
太陽光発電は国内で現在すでに6,000万kW近くになっておりますから、再生可能エネルギーの主力です。また太陽光パネルが安くなっており、1,000kWの発電所でもパネルは1,500kWのものが使われている、つまりほとんどの発電所でパネルが過積載な状態になっています。その結果、日本の気象等の条件ですと設備利用率は12%程度と考えられていたのですが、現状18%程度の発電所もあり、コストも安くなってきています。ただ、産業化という点では日本は2005年頃までは世界をリードしていたのに、量産段階に入った途端に中国に完全に負けてしまいました。2010年の時点では日本に設置された太陽光パネルは80%以上が国産でしたが、2019年には逆に80%以上が輸入になってしまった。産業化に失敗したわけです。実に残念でした。
次に注目されている洋上風力発電ですが、これは風車を作るだけではなく洋上に設置する必要がありますから、設置工事用の特殊な船や電力系統につなぐケーブルも必要ですし、港も必要ということになり、裾野の広い産業になりうる。私は原子力産業並みになりうるのではないかと思っています。
洋上風力発電関連の産業をきちんと国内に作ることになれば、多少コスト高で国民負担となったとしても、国内経済に還流ができるということです。これならば受け入れてもよいと思いませんか?
現在の発電量やコストは太陽光がまだ圧倒的に優位ですが、今後の伸びを考えると、その次に位置するのが洋上風力発電です。
再生可能エネルギーはここ10年で世界的にも大きく飛躍し、日本でも普及しています。ただ、ご承知のように、太陽光や風力発電には調整力が必要です。今は火力と揚水で調整していますが、今後は需要側の活用や蓄電池による調整など、調整力の脱炭素化も必要だと私は考えています。
それから、安いオプションの非化石電源はやはり既存の原子力発電です。安全対策もほとんど済んでいる大規模電源ですから、きちんと再稼働させるということが一丁目一番地であると思っています。

── 再エネを中心とする福島県のエネルギー開発への期待についてはいかがでしょうか?

山地 福島の復興の一環として、今後期待される再生可能エネルギーの技術開発を推進することは、適切な取り組みであると考えます。福島県が再生可能エネルギー開発に、特別に条件が良い土地ということではないと思いますが、先にも申し上げたように福島の復興は何よりも重要なことです。その復興の一環で、未来志向の取り組みとして浜通りの地域に関連産業が根づくことは、意義のあることだと思います。

── 世界的に大幅な再エネの導入が見込まれるなかで、各国ともに国家を支えるエネルギーインフラとして原子力発電を含む安定電源の役割が重要になります。再エネとの共存という共通課題について、いかがお考えでしょうか?

山地 やはり何かひとつの電源種に特化してしまうことは、リスクを抱えてしまうことになります。
太陽光、風力のような再生可能エネルギーは自然条件に左右されますから、水力や火力、原子力など、多様な電源を持っておく必要があります。
また洋上風力発電は特にそうですが、電力供給のネットワークを強化していくことが非常に大事な課題です。再生可能エネルギーは今後新しい場所に建設することになります。その意味で電力供給ネットワークをきちんとしておく必要があります。洋上風力発電はおそらく、海底ケーブルを敷設し系統につなぐことになるでしょうが、直流海底ケーブルなどの技術開発が展開され海外との電力系統連系などに発展していく可能性もあります。
それから、出力が自然変動する太陽光や風力発電は調整力が必要になりますが、火力や水力で調整できるし、原子力発電も調整運転は可能です。原子力発電を一定出力で動かすのは、燃料費が安いという経済合理性によるものです。技術的には原子力にも変動吸収力があります。また、蓄電池や電解水素製造などを活用する必要もあるでしょう。
そして、もうひとつ重要な視点は供給側だけでなく、需要側を考えるということです。
今の世の中は、コロナ禍によるテレワークの普及といった例を考えても情報通信技術で成り立っているわけで、需要側を聖域にして供給側だけで調整していくというのはあまり合理的ではないと思います。
もちろん、人に被害が出るような需要調整はできませんが、需要を少しばかり削っても辛抱できる程度の調整はできます。これからは需要側にも柔軟性を持たせるということが非常に重要な考え方です。それは今の情報通信技術を使えばできると考えます。

原子力の再稼働を

── 日米欧とも環境問題への対応に本腰を入れる情勢下、日本における原子力発電は今後、どのような位置づけであるべきでしょうか?

山地 原子力発電が引き続き基幹電源としての役割を持つのは当然だと思います。安定的で出力をコントロールできて燃料費が安い電源という意味で、ベースロード負荷対応の電源だからです。言い換えれば、ベースロードの需要に対して一番経済的に、また技術的に合理的に供給できるものは何かと言うと、それは原子力発電です。

原子力は、基幹電源としての役割は必ず残るのですが、冒頭申し上げたように、国民は不安をまだまだ抱えています。今後、そこをクリアしないとベースロード電源としての良さは、技術・経済的には合理的であっても、国民の理解という点で十分に発揮できないでしょう。
国民の信頼を回復すること、極端な言い方をすればどうやって原子力産業が生き残るかを考えなければなりません。技術・経済的には当然、原子力技術は価値のあるものですが、国民の信頼をどう回復するか、冒頭言ったことに戻りますが、それがカギになると思います。
この10年で安全対策はかなりの部分で実施済みです。国民の信頼を回復させて2020年代に既存の原子力発電を再稼働させ、復帰させるということが一番大事な課題であると考えます。まるで40年運転が既定路線のようになっていますが、せめて稼働していない期間は、40年に含めないことにしないといけません。おかしなことはおかしいとハッキリ主張するべきです。

── 小型モジュール炉(SMR)の開発など新規・リプレースを含めて原子力発電が今後、期待される役割を果たすために、わが国の原子力産業がどう取り組むべきでしょうか?

山地 国内外の新規案件がほとんどないという現在の状況は、正直なところ予想外のことでした。人材と技術を存続させないと原子力産業は生き残れませんから、非常にクリティカルなところに来ているように思います。
産業界を維持するための市場をどう確保するかが課題です。SMRは研究開発によって人材をある程度維持はできますが、産業化にすぐ結び付けることができるかとなると、課題も多いでしょう。米国やロシアなど、航空母艦、潜水艦、砕氷船などの舶用炉の開発に長年経験を有する国は、小型の軽水炉開発の経験と技術の蓄積があり、ハードルは比較的低いと思いますが、日本ではどうでしょうか。
その意味で、わが国の原子力産業が取り組むべき課題も、まずは国民の信頼を回復し、既存の原子力発電所を再稼働することだと思います。

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