
近年、クラウドサービスやAI技術の進化に伴い、世界のデータセンター市場は急速に拡大している。データセンターは私たちの日常生活に欠かせない存在となり、スマートフォンのアプリやSNS、ECサイト、オンライン会議など、あらゆるデジタルサービスの基盤を支えている。しかし、その急成長の裏では、大量の電力を消費するデータセンターと慢性的な電力不足という深刻な課題が立ちはだかる。
データセンター事業者共通の課題に取り組み、行政と事業者を繋ぐ役割を果たしている業界団体・日本データセンター協会(JDCC)の増永直大・事務局長に、国内データセンター業界が直面する電力問題、AIの進化による需要の急増、そして今後の展望について詳しく伺った。待機状態の原子力発電所を10基以上抱え、さらにはカーボンニュートラルを目指すという日本だが、IT社会はそこまでの猶予を与えてくれないようだ。
データセンター市場の成長と現状
日本国内のデータセンター市場が、急成長しています。特に近年の成長の要因は何でしょうか?

増永事務局長:過去10~15年の間に市場は大きく変化しました。当初のデータセンターは、企業の基幹システムを預かり、管理・運用する役割が中心でしたが、クラウドサービスの拡大とともに、クラウド向けデータセンターの需要が急増しました。
さらに最近では、AI技術の発展がデータセンターのあり方を大きく変えています。特に生成AIなどの大規模言語モデル(LLM)を動かすためには、従来のデータセンターとは異なる構造が求められています。しかし、AI向けデータセンターの最適な形はまだ模索段階にあり、業界全体が試行錯誤している状況です。
海外市場と比較したとき、日本のデータセンター市場の強みや課題は?
増永事務局長:国内外で市場の状況はほぼ同じです。世界的に見て、データセンターが発展しているのは米国、中国、そして日本です。最近では日本は水をあけられてしまったかもしれませんが、先頭集団には入っているといった感じです。ただし日本では特に電力や土地確保の面で制約が多く、市場の拡大には限界があります。
また、日本のデータセンターの特徴として、高い安全基準と信頼性が挙げられます。耐震設計や電力の冗長化が徹底されており、災害時でも安定稼働する点は、日本の市場の強みです。一方で、土地や電力の制約、コストの高さなどが課題として挙げられます。
データセンター業界が、優先的に取り組んでいることは?

増永事務局長:AIがとにかく電気をたくさん使うようになってきました。これまでであれば、1台のラックで10kVA程度の電力を必要としていました。これは一般家庭3軒分強くらいです。ところがAIサーバーですと、高負荷な半導体チップを搭載しており、従来のおよそ10倍の電気が必要なのです。10倍の電気を使いますとその分、10倍発熱します。サーバーを冷却するという技術も、これまでのように空冷では追い付かなくなり、水冷が必要になってきます。これはかなり大きな変化ですので、建屋そのものを建て替える必要が出てくるのではないかと言われており、検討を重ねています。
北海道や北欧に立地したデータセンターが、冷却に有利というわけではない?
増永事務局長:ええ(笑) 冷えすぎというのも問題になります。あまり寒いところに建てると、今度は冷たい空気を直接あてるわけにはいきませんので、あたためなおさなくてはいけない。湿度も徹底して管理しなければなりませんし、海の近くでは塩害が発生しないように高価なフィルターが必要になります。トータルで考えるとどれがベストかということは、なかなか結論が出ません。
データセンターの立地と電力供給の課題
近年、千葉県印西市がデータセンターの立地エリアとして注目されています。その理由は?
増永事務局長:データセンターにとって最も重要なのは 電力の安定供給 です。加えて、通信インフラの充実も必要になります。印西市は、東京近郊に位置しながらも、複数の変電所と通信バックボーンを確保できる環境が整っているため、多くの事業者が進出しています。
現在、日本国内のデータセンターの約8割が東京・大阪圏に集中しています。特に東京圏が全体の約6割を占め、関西圏が2割程度となっています。東京近郊の電力供給エリアの中で、印西市は土地の確保が比較的容易で、電力・通信インフラが整っている点が選ばれる理由です。
社会インフラは必須ですか?

増永事務局長:データセンターは 、24時間365日変動せずに電気を消費し続けます。そのため、電力の安定供給が不可欠です。冬だからと言って電力の需要が減ったりすることもなく、需要の変動幅は年間わずか1%未満です。したがって、安定した電力が供給される必要があります。また、停電事故に対応するよう、複数系統の電源を確保することも求められます。
例えば、中国では、国家主導でデータセンターのためのインフラ整備が進められています。内モンゴルに新たな都市を建設し、発電所を含めた大規模なデータセンター群を整備する動きもあります。
日本国内のデータセンターの競争力を高めるためには、社会インフラの整った地域を計画的に開発することが重要です。現在、印西市や大阪府の京阪地域にデータセンターが集中していますが、これは元々社会インフラが整っていたことが大きいのです。しかし、これらの地域でも適地が減ってきており、国としてインフラを整え新たなエリアを作っていくことが求められています。
データセンターに必要な「高品質・安定電力」とは具体的にどういう要件でしょうか?
増永事務局長:データセンターは 、24時間365日変動せずに電気を消費し続けます。そのため、電力の安定供給が不可欠です。冬だからと言って電力の需要が減ったりすることもなく、需要の変動幅は年間わずか1%未満です。したがって、安定した電力が供給される必要があります。また、停電事故に対応するよう、複数系統の電源を確保することも求められます。
データセンターの電力需要の見通しは?
増永事務局長:これが、まったく見通せません。AIサーバーの登場で、AIを司る半導体チップが莫大な電力を消費します。技術革新のスピードを考えると、これまでの5倍、10倍、あるいはそれ以上の電力が求められるかもしれません。一方、光素子のような根本的な技術革新により、消費電力が圧倒的に小さくなる可能性もあります。現在、検討会のような場で、国を挙げて議論している状況です。
電力供給の面で、国内データセンターが直面している具体的な課題は?

増永事務局長:最大の課題は、2030年に向けては電力がまったく足りないことです。
たとえば、新しくデータセンターを建設しようとしても、電力会社に申し込んでから、変電所が整備され、実際に電力供給が始まるまで早くて6年。10年かかることもあります。データセンターの世界ではこのリードタイムは致命的です。つまり、電力の確保が事業計画のボトルネックになっています。
データセンターの電力需要は非常に大きく、最も小規模なものでも3万kWほど必要です。これは一般家庭約1万世帯分に相当する規模です。そのため、地方にデータセンターを新設しようとしても、既存の電力供給インフラでは対応できないケースが多く、まず変電所の整備から始める必要があるのです。
そして変電所の建設には高圧送電線の敷設が必要ですが、これは通常、10年単位の長期間を要します。しかし、IT業界の技術サイクルは短く、10年後には大きな変化が予測されるため、現実的には3年程度のスパンで計画を進めなければなりません。このインフラ整備と技術革新のスピードが合わないことが、大変な問題となっているのです。
電気を爆食するデータセンターの正体
データセンターは「電気を爆食する」と言われています
増永事務局長:では、なぜこれほどデータセンターが必要になったのか? という点を考えてみて下さい。
現代社会ではあらゆるサービスがシステム化され、ネットワークで相互に接続されています。データセンターなしには成り立たなくなっています。たとえば、私たちが毎日使っているスマートフォンのアプリ、SNS、動画ストリーミング、ECサイトなど、これらはすべてデータセンターのインフラの上に成り立っています。

若い人たちは数万枚という単位で、写真や動画を保存していらっしゃいます。ネット上のECサイトで買い物をすると、翌日には宅配便と連携され、品物が届き、決済もされています。これらはすべて、データセンターのサーバーで処理されています。みなさんが便利な生活を享受しているのは、すべてデータセンターのおかげなのです。
facebookは世界で日々30億人が使っていると言われています。この30億人のユーザーのデータを、名前さえわかれば検索して辿り着くことが出来る、という世界を作っているのがデータセンターなのです。10年前では考えられなかったことですが、みなさんが思っている以上に、データセンターはみなさんの生活に密接に結びついているのです。これが、データセンターが爆発的に必要とされる最大の理由です。
そして、誤解されている方が多いのですが、どんなに高性能を謳っても、スマホ単体ではほとんどの処理ができません。データセンターのサーバーに膨大な処理を依存しています。ですからスマホで動画を観ることもできますし、写真が何万枚あろうとも検索して呼び出すことができます。今やデータの保存だけでなく、処理能力そのものがデータセンターに移行しており、私たちの生活に欠かせないものとなっているのです。
データセンターで電気を爆食しているのは、みなさんのスマホやPCと考えていただいても過言ではありません。
データセンターの電力消費の内訳は?
増永事務局長:データセンターで、最も電力を消費するのはサーバーです。効率の良いデータセンターでは、PUE(Power Usage Effectiveness=電力使用効率)が 1.1~1.2 程度です。これは、サーバーの消費電力が 1 に対して、冷却などの周辺設備に使われるのは0.1〜0.2 ということです。
データセンターは怪しい建物ではなく、サーバーを収容した建物にすぎません。そして繰り返しになりますが、このサーバーはみなさんのスマホと連携し、便利な環境を提供しているわけです。ですからPUE=1.2のデータセンターにおける電力消費の内訳は、そのほとんどが、私たちが利用しているサービスのために使われているのです。

つまり、スマホで動画を見たり、大量の写真を保存したり、オンライン会議をしたりすることで、データセンターに負荷がかかり、その結果として電力消費が増大しているのです。
海外ではデータセンター専用のPPA(Power Purchase Agreement=電力供給契約)も登場しているようですが、日本では?
増永事務局長:日本でも、個別の再エネ利用に向けたPPAへの要求は出てきています。
電力供給の新たな選択肢として、原子力発電がデータセンター向けの電源として注目される可能性はありますか?
増永事務局長:とにかく電力が圧倒的に不足しています。データセンター事業者としては電源を選択している猶予はないのです。安定して電気が供給されるのであれば、なんでも結構という意味では考えられます。
今後、再生可能エネルギーや原子力を含め、長期的な安定供給の選択肢として検討が進む可能性はあるでしょう。私たちとしては「もっと電気をください!」というスタンスです。
今後の展望
今後、国内データセンター市場はどのように発展していくとお考えですか?
増永事務局長:市場の拡大は続くでしょう。特に AIの進化に伴うデータセンター需要の急増が今後の鍵になります。また、地方分散化の流れも加速するでしょう。現在、北海道や九州などでデータセンターの新設計画が進んでおり、電力・通信インフラが整えば地方への展開も進んでいくと思います。
データセンターの運営は、距離的な観点から国内が良いのですか?
増永事務局長:距離の問題ではありません。日本のデータを処理するデータセンターは、国家安全保障の観点から国内にある方が望ましいのです。
もっとも現在のところ、日本の近隣諸国には、コストやインフラ面で適した立地が少ないため、現時点では日本国内にデータセンターを立地するしかないというのが正直なところです。しかし、将来的にフィリピンやインドネシアなどの国力が向上し、社会インフラが整えば、国内のデータセンターが海外へ移転していく可能性は十分にあります。
データセンターに関わる人材は?
増永事務局長:データセンターは、巨大な設備産業ですので、空調・電気・冷却設備の維持管理が不可欠です。日々のメンテナンスを担う保守員が常に出入りし、点検を行っています。そのため、データセンターに勤務する従業員の数はそれほど多くなくても、実際に関わる人材の数は非常に多くなります。
そしてデータセンター業界でも、人材不足は深刻な課題です。設計技術者や運用管理者の確保は世界中で競争が激化しており奪い合いですね。日本国内でも同様の状況です。適切な人材育成と確保が不可欠となっています。
原子力産業界へ期待することは?

増永事務局長:申し上げた通り、ITの世界は技術革新のスピードが非常に速く、10年前のサーバーや機器はほぼ使い物になりません。継続的な更新と進化が必要です。私は原子力のことはまったくわかりませんが、1日でも早く、新しい安全な原子力発電所を作っていただきたいですね。何度も言いますが、電気は全く足りてないんですよ。
送電網の考え方に関しても、これまでとは全く違う考えで構わないと思います。データセンターは自家発電設備を持っておりますので、災害時にはすぐに電力供給を止めて頂いても構いません。半日後に発電を再開して下さればいい。その代わり、データセンター向けの特別な割引価格帯を作っていただきたい(笑) 24時間365日、大量の電気を消費し続けますので、発電効率はかなり高いと思いますよ。
送電網のコストも馬鹿になりませんので、データセンターの近くに小型モジュール炉(SMR)を設置するような動きも米国では出てきているようですが、まだ課題も多いと聞いています。
以前に冗談で、米軍の原子力空母を払い下げてもらって、そこにデータセンターを作るのが一番いいという議論もしました。災害にも強いですし。こうしたいろいろなアイデアを、原子力産業界のみならず日本全体で、真面目に議論して欲しいんです。地震に強いプールに浮かべる浮体式原発なんて、日本なら作れるんじゃないでしょうか? こうした議論をもっと活発にしていただいて、一刻も早く電力の供給力向上を望んでいます。