
世界を動かすビッグデータとAI。SNSやクラウドから生まれる膨大な情報を、休むことなく支え続けるのが「データセンター」だ。データセンターの心臓部と呼ばれるのが大容量ストレージ。そこでは私たちの身近にあるSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)やHDD(ハード・ディスク・ドライブ)、はたまた懐かしい磁気テープが活躍している。中でもHDDはトータルでのコストパフォーマンスに優れ、データセンターの主力とも呼ばれる。
世界のHDDメーカー3社のうち、唯一の日本メーカーで、HDDの開発・供給で世界をリードする東芝デバイス&ストレージ社の徳島敬芳さんから、私たちが想像する以上に進化を続けるHDDテクノロジーの最先端をお聞きした。
Q1. データセンターとの関わり
東芝と言えば歴史の長い総合電機メーカーですが、その中でデータセンター向け
製品はいつ頃から手掛けていらっしゃるのでしょうか?

徳島:HDD自体は1967年から開発を続けています。1990年代には業界でも先駆けて、2.5型HDDの製品化に取り組みました。当時は3.5型HDDが主流でしたが、当社は早くから小型化に注力していました。小型化は、筐体が小さくなるというだけでなく、堅牢性が向上するという利点があるのです。2000年代に入るとノートパソコン市場の拡大に伴い、2.5型HDDの需要が急伸し、当社はシェアを大きく拡大しました。
そして2009年、当社は当時富士通が手掛けていたHDD事業を統合しました。これにより、3.5型HDDをはじめとするエンタープライズ向けHDD技術や顧客基盤が加わり、事業領域が拡大されたのです。この「エンタープライズ向け」とは、企業・法人(エンタープライズ)が導入する高信頼性のサーバーやストレージシステムを指します。24時間365日の常時稼働、高負荷なアクセスに耐える設計、冷却や振動への高い耐性など、一般のコンシューマー向けHDDに比べてはるかに高い信頼性を持っています。ちなみに私は富士通出身です。
ここ10年ほどの間に、クラウドサービスやSNS、動画配信などでデータ量が急増しましたよね。その流れで「データセンターに大量のHDDが必要だ」というニーズが一気に高まったんです。そこから本格的に、大容量・高信頼性が求められるHDDをデータセンター向けに強化してきました。今では唯一の日本メーカーとして、当社は米シーゲイト、米ウェスタンデジタルと肩を並べています。
まさに時代の要請に応えられたわけですね。最近のノートパソコンの中に入っているストレージは、
HDDではなくSSDを搭載していると思うのですが、データセンターでもSSDが主流になりませんか?

徳島:大容量データの保管に限っていえば、HDDはまだまだ主力です。確かにSSDは速さで勝りますが、容量単価(1TBあたりのコスト)がどうしても高くなります。皆さんがお使いになっているパソコンであればちょっと多めにコストを支払うだけですが、データセンターともなると何十万台という膨大なボリュームになりますのでコストも膨大です。そうなるとHDDを中心にストレージを構築していくのが、合理的なのです。
また、24時間365日常時稼働の3.5型HDDと言っても、大きく分けて2種類あります。1つは監視カメラの記録用のHDD。こちらは、HDDとして求められる通常の信頼性を提供しています。それに対しデータセンター向けともなると、高い信頼性が求められるようになります。
Q2. データセンター向け「Nearline HDD」とは?
なるほど。では、データセンター向けのHDDには、どんな特徴があるのでしょうか。
徳島:私たちはデータセンターに、3.5型の「Nearline(ニアライン)HDD」を供給しています。高速かつ頻繁にアクセスされるストレージを「ホット」と呼びますが、これはSSDが担っています。一方、ほとんどアクセスされないバックアップ領域のストレージを「コールド」と呼び、ここには磁気テープなどが使われています。
このホットとコールドの中間に位置するのが「ニアライン」です。ホットほどではありませんが、そこそこアクセスされる領域ですね。大容量かつ24時間365日休まず動く高信頼性が要求されます。
磁気テープがバックアップ役として活躍している話は、聞いたことがあります。
ですが、テープですと読み書きのスピードは間違いなく遅い。
一方、SSDはアクセススピードは速いけれども容量単価が高い。ちょうど間を埋めるのがHDDですか?

徳島:そういうことです。データセンターのサーバーラックの引き出しには、3.5型のHDDが整然と並んでおり、それを何万台、何十万台と一括管理しています。ここに膨大なデータを入れておいて、必要があればすぐにアクセスする。テープほど遅くもなく、SSDほどコストが高くもないのがポイントですね。ざっくりですが、HDDのTBあたりの単価はSSDの1/10程度なのです。
今は世界的にストレージ需要が爆発的に高まっています。高性能だからと大量のSSDでストレージを組もうとすると、データセンターなどの需要側にはTBあたりの高単価として跳ね返ってきます。一方でSSD供給側であるフラッシュメーカーとしても、需要に応えるには増産体制を組まなければなりませんが、SSDの設備投資額はHDDに比べても莫大で、何十兆と言う世界ですから、とても合理的とは思えません。HDDが必要とされるのもおわかりになるかと思います。
なお各データセンターのストレージ構成は、重大な機密事項です。私たちにも一切知らされません。今後はサステナブルの観点からデータ漏洩を防ぎながら保証期間が過ぎたドライブを材料レベルで再利用することなどもお客様と考えていきたいです。
Q3. HDDと消費電力の関係は?
データセンターは莫大な電力を消費すると言われています。
徳島:HDD1台であれば数W~十数W程度なのですが、データセンターでは何万台、何十万台を一挙に稼働させます。PUE(Power Usage Effectiveness=電力使用効率)はデータセンターごとに異なりますし、多くは機密事項ですので一概には言えませんが、HDD以外にもCPUやGPU、冷却設備などが必要ですから、トータルで見ると相当な電力消費量になると思います。
なるほど。そうなると、確かに安定した電源が必要になりそうですね。
米国でGoogleやAmazonが「原子力発電所から買電する」という動きは、
やはり大容量のベースロード電力を確実に入手したいということでしょうか?

徳島:電源を選ぶのはデータセンター事業者さんですので、私たちがあれこれ言うことはできません。電力の周波数が多少変動する程度では、当社のHDDはビクともしません。ですが急な電源の瞬断や大きな変動はHDDの動作に影響を与える可能性があります。安定電源を確保したい、というのはデータセンター事業者さんの切実なニーズでしょうね。
データセンター事業者さんから消費電力の目標値を示されることがあり、私たちもそれを目指して消費電力を下げるべく取り組んでいます。大きく電力を消費するのは、HDDではSoCなどの電子部品なのですが、それを低消費電力化することで、HDD単体の消費電力を低く抑えようと必死に取り組んでいます。
ですがそれにも限界があり、私たちは同時にHDDの大容量化を進めています。消費電力の観点から言うと、大容量化するということは、1Wの電力で記憶できるデータ量が増えるということなのです。そうなると逆算して、データ量あたりの消費電力は下がるということになりますから。
Q4. 世界規模のHDD供給量
世界的にデータセンター需要が増えているようですが、HDDの供給量も増えていますか?
徳島:特にこの1~2年、データセンター需要が大きく増えたことは間違いありません。AIやクラウドの需要拡大が一気に加速していると感じています。現在、世界のHDD出荷台数は年間1億2,000万台とも言われ、その中で約半分の6,000万台がデータセンター向けとして占められています。
それに伴いHDDも劇的に変わってきました。私たちが昨年試算した5年間(2023年〜2028年)の見通しでは、今後5年間でデータ量は毎年20%増えていくと見込まれています。もちろんHDDも年々大容量化しており、それこそ「追いつけ、追い越せ」状態なんです。台数ベースでも毎年15%前後のペースで伸びると見込んでいます。

需要に応えるべくトータルのHDD容量が年率20%上昇する必要がある一方で、HDDの台数は年率15%の上昇に止まっていると試算されていることが、HDDの大容量化を表しているわけです。台数を上回るペースで大容量化しています。私たちのHDDラインナップの最大容量は、1〜2年前までは20TBでしたが、今では28TBですから。毎年確実に容量が増えているのです。
Q5. 容量をどんどん拡大できる理由は? 「HAMR技術」とは?
毎年着実にHDDの最大容量が進化していますが、どうしてそのようなことが可能なのですか?
職人さんの匠の技のようなものがあるのでしょうか?
徳島:設計で容量を大きくしていっています。要は、磁気ディスクのトラックピッチを狭めたり、磁気ビットをどんどん小さくするんです。小さくすればするほど容量は増えていきます。
昔は1TBのHDDでも「大きい!」と言われましたが、今は20TB前後が当たり前になっています。実際に28TBのHDDも出ましたし、今後さらに30TB、40TB、50TBと大容量化していく見込みです。

28TBからさらに40TB、50TB……同じ3.5型の筐体サイズで、そんなに大きくなるものなのですか?
徳島:そこが「HAMR(ハマー)技術」と呼ばれる新しい方式のポイントです。従来は磁気ヘッドでデータを記録していましたが、HAMR(Heat Assisted Magnetic Recording)ではレーザーによる加熱を利用して、より細かい部分に安定的にデータを記録できるようにする、という手法で記録密度を飛躍的に高めています。この技術を使えば、更なる容量の拡大が可能であると考えています。
レーザーを当ててデータを書き込むから「熱アシスト」なのですね。そうすると消費電力が増えるのではないでしょうか?
徳島:もちろん技術的な工夫は必要ですが、逆に「容量あたりの消費電力」は低減する方向です。たとえば1台を20TB→40TBに大容量化すれば、単純計算では同じ台数あたりのデータ保存量が大きく増えるので、全体としての電力コストは相対的に下がるわけです。
供給体制は大丈夫ですか? 部品が足りなくなることは?
徳島:HDDにはたくさんの部品が使われており、磁気ディスク、ヘッド、モーター、制御回路などいろいろな部品ベンダーさんと協業しています。当社はフィリピンと中国に生産拠点があり、生産キャパシティを拡大しながら、部品ベンダーさんにも増産していただく連携を進めています。
Q6. 競合他社との差別化
HDDメーカーは世界に3社と伺いました。その中で東芝ならではの強みは何でしょうか?
徳島:競合2社は米国の企業で、当社だけが日本発という立ち位置です。米国企業は自社で多くの部分を担っていますが、私たちは「水平分業」方式で日本の部品ベンダーさんと緊密に連携して開発しています。超精密な磁気ヘッドやメディアを一緒に開発しているパートナー企業が、国内に複数存在しており、密接に連携することで高い品質と開発スピードを実現しています。
また当社の事業が多様であることも強みだと言えるでしょう。例えば、最新のHDDでは筐体内にヘリウムを充填しています。ヘリウムは、空気よりも分子の質量が小さいため空気抵抗が少なく、ディスクを高速で回転させてもヘッドを支えるサスペンションやディスク自体の揺れを抑えることができるので、アクチュエータの位置決め性能が改善され、高い記録密度化につながるのです。磁気ヘッドと磁気ディスクの間の隙間も狭くすることができ、大容量化に繋がります。モーターの省電力化も可能となり、消費電力の低減も期待できます。この充填したヘリウムを、筐体にレーザー溶接で密封するのですが、これは当社のコーポレートラボである生産技術センターが、リチウム電池向けに開発した技術を応用したものです。
加えて、生産工場をフィリピンと中国の2拠点に分散しており、地政学的リスクやパンデミックなどに対しても、ある程度リスクを分散できる体制になっています。そうしたところが「日本らしいきめ細かさ」と評価される部分でもありますね。
Q7. 再生エネルギーやCO₂削減への取り組み
最近はどの業界でもESGやサステナビリティが注目されます。
HDDの製造においても、カーボンフットプリントを求められることもあるのでしょうか?

徳島:お客さまから「このHDDを作るのにどれだけのCO₂を排出していますか?」と聞かれるケースが増えています。大手IT企業さんほど厳しくチェックされる印象ですね。
当社としても、製造工程の電力をできる限り再生可能エネルギーに切り替えたり、部品サプライヤーのCO₂排出量を管理したり、環境負荷低減の取り組みを進めています。また、HDD自体の消費電力を下げる工夫は、CO₂削減にも直結しますので、重点的にやっています。
Q8. 国内のデータセンター展望
日本でも続々とデータセンターが建設されていますが、土地や電力がネックになっているとも聞きます。
国内市場をどうご覧になっていますか?
徳島:日本は災害リスクなど課題がありますが、自動車産業などの高度データ活用や、機密データを国内で管理したいというニーズも大きく、引き続き国内のデータセンターへの投資は続くでしょう。
ただ、電力コストは欧米と比べてやや高く、地震対策も厳重にする必要があります。大規模なデータセンターを電力や土地のコストが安い海外に設置し、日本国内では災害対策やデータ保護のために、中規模のデータセンターを分散配置してバックアップ体制を強化するという展開は十分ありうると思います。
実際に海外のデータセンター運営企業が「安定した電気を確保するため」に、原子力発電所至近の立地を検討する話は耳にします。日本でどこまで広がるかはわかりませんが、少なくとも「データセンターは安定電源が不可欠」であることは間違いないのです。
Q9. 今後の成長分野と展望
これからのHDD市場の展望は?

徳島:やはりAIや自動運転関連がますます進展すると考えています。AIは膨大なデータを分析・学習しますし、自動運転も車両からのセンサー情報を大量に集めます。そうしたビッグデータを安全に保管するニーズが、今後さらに高まるはずです。HDDに求められる大容量化と低消費電力化を達成しつつ、確実に需要に応えて供給する体制を整えていきたいと思っています。
一方で「どこまで容量が必要になるのか」「どのタイミングでSSDや他の新技術に置き換わるのか」という話は常に語られますが、私たちはHAMRなどの次世代技術を用いて、HDDがまだまだ伸びることを確信しています。