原子力産業新聞
データマイニングの世界

エンターテイメントを変えたデータマイニングのインパクト

text:石井敬之

新たな視聴スタイルの定着

Netflixのオススメは、ユーザーが「今まで気づかなかった好み」に自然と出会える機会を増やしただけでなく、その作品選択プロセス自体を大きく変化させたといえる。もともと視聴者は、あらかじめ認知していた作品や興味を持っていたジャンルに偏って消費しやすいものであった。しかし、膨大なデータに基づくオススメ一覧がトップページに並ぶことで、ユーザーはジャンルを跨いだ多様な作品候補を手軽に目にするようになったのである。

さらに、Netflixがオススメする作品を「好きか嫌いか」は視聴してみないと判断できないため、ユーザーは気になったタイトルをとりあえず再生するという行動に出やすくなった。この「とりあえず視聴してみる」敷居の低さは、従来の映画館やDVDレンタルのようなコスト・手間を要する体験にはなかった特徴である。結果として、意外な作品にハマったり、もともと接点のなかったジャンルを開拓したりするケースが増え、ユーザーの好みや感性の幅が広がることにつながった。

このような多彩な作品との出会いは、ユーザーの視聴スタイルにも大きな影響をもたらした。イッキ見(binge watching)は、その最たる例である。ストリーミングによって次のエピソードを即座に再生できる環境が整備されたことで、数日にわたってシーズン全話をイッキに視聴する行動が定着したのである。さらに、モバイル端末での視聴が一般化した結果、通勤・通学中や休憩時間など、テレビの前に腰を落ち着ける必要がない時間や場所でも映像コンテンツを楽しめるようになった。映画館やテレビ放送中心だったエンターテイメント消費構造が、こうした個人主導の視聴スタイルによって、革命的に変化したと評価してよいだろう。

加えて、ビッグデータや機械学習を駆使したオススメは、ユーザーの体験そのものをパーソナライズするだけでなく、各ユーザーの嗜好や履歴に合わせて作品のサムネイルや紹介テキストまでも変化させるようになった。これにより、ユーザーごとに「興味をそそる作品像」が提示され、作品に対する第一印象が個別最適化されるため、視聴行動への誘導がさらに強まる結果となっている。こうした個別最適化と自由度の高い視聴環境が組み合わさることで、ユーザーの視聴パターンや消費時間はますます増加し、エンターテイメント業界の収益構造にも大きなインパクトを与えているのである。

他産業への影響と競合の台頭

Netflixの成功を目の当たりにした他社プラットフォームも、同様にデータマイニングやAIを活用したオススメの高度化に取り組むようになった。Amazon Prime VideoやDisney+は、自社グループ内に蓄積される購買データ/キャラクターIP/テーマパークの運営データなどを掛け合わせて、より精緻な顧客分析を行っているとされる。それらのプラットフォームもまた、視聴履歴だけではなく検索履歴や関連グッズの購入履歴、ソーシャルメディアでの発言など、多面的なデータを組み合わせて「ユーザーが何を求めているのか」を読み解こうとしているのである。

音楽業界においては、Spotifyが類似のアルゴリズムを活用してユーザーごとにパーソナライズされたプレイリストを提供するという手法を確立した。Spotifyのオススメ手法は、協調フィルタリングや自然言語処理、音響データの解析などを取り入れることで、ユーザーの好みだけでなく、曲そのものが持つ特徴を分析し、新しいアーティストやジャンルとのマッチングを図っているという。このアプローチによって、リスナーは「自分でも気づかなかった好みの音楽」と巡り会う機会が飛躍的に増えた。私もこれまでだったらまず聴かなかったアーティストに、気軽に触れてドップリと浸かるようになった。もちろんアーティスト側にとっては、従来リーチできなかった潜在的ファン層を獲得しやすくなったといえる。

こうした動きは、単にコンテンツの制作手法やマーケティングのやり方を変革しただけでなく、視聴者(ユーザー)とのコミュニケーションの在り方そのものにも影響を及ぼしている。従来のマスメディア型ビジネスでは、企業が提示するコンテンツを受け手が一方向的に消費する構造であった。しかし、データマイニングの進歩とオススメ技術の浸透によって、ユーザーは常に「自分が何を見ているか」「何が好みに合うか」をプラットフォームにフィードバックし、その結果としてさらに精度の高いオススメが返ってくるという、双方向的な関係が当たり前になりつつある。

さらに、競合が台頭する中で、各プラットフォームは優秀なデータサイエンティストやAIエンジニアを招聘し、新たな機能や分析技術の開発を競っている。たとえばユーザー体験をリアルタイムで最適化する強化学習的なアルゴリズムや、複数のジャンルを横断して潜在的な興味を推定するクラスタリング技術などが次々と登場している。これらの技術が十分に成熟すれば、今後は「オススメされて初めて出会うコンテンツ」がますます増え、視聴者はより受動的に自分好みの作品に出会うようになる可能性がある。そうした意味で、データマイニングによるパーソナライズが、エンターテイメントの消費スタイルを大きく変革するという流れはさらに加速していくだろう。

コンテンツ配信サービスや音楽ストリーミングサービスに限らず、書籍/ニュース/SNSなど、あらゆる情報産業においてオススメ技術が取り入れられる傾向が強まっている。ユーザーからすれば、自分に合ったコンテンツを簡単に見つけられる利点がある一方で、アルゴリズムが提示する範囲に限定され、視野が狭まる「フィルターバブル」への懸念も指摘されている。企業側としては、ユーザーエンゲージメントを高めるためにオススメ精度を追求する一方、パーソナライズと多様性のバランスをどこまで保てるかが課題になりつつある。

このように、Netflixが牽引したデータマイニングとAI活用の潮流は、エンターテイメント領域を超えて他産業にも波及し、サービス提供のあり方や競争軸そのものを再構築している。特に「コンテンツをどう作り、誰に届けるか」という問題設定から「ユーザーが今、何を求めているかをいかに正確に把握し、提示するか」というユーザー中心の発想へとパラダイムが移行した点は、データ技術がもたらした最大のインパクトといえるであろう。

オリジナル作品制作に活用されるデータ

Netflixは世界190か国以上で2億人近い会員を擁しているとされ、その視聴データは分単位・クリック単位まで詳細に記録されている。たとえば「誰がどの作品をどのくらいの時間視聴したか」「どのシーンで一時停止や早送りをしたか」「どの作品をイッキ見したか」といった行動データが蓄積されており、こうした情報が視聴者の嗜好やトレンドを把握する手がかりとなっている。また、単にプラットフォーム内のデータのみならず、SNS上での話題や検索エンジンのトレンド、他国サービスの視聴動向など、外部データも考慮に入れることで、多角的な分析を行っている。

具体的にNetflixが収集しているデータの例としては、視聴履歴、評価、検索キーワードといったユーザー行動を中心に、作品そのものに関するメタデータも大量に存在する。作品が持つジャンル、トーン、主要キャラクターやテーマ要素などのタグ付け作業は、人力と機械学習の両面から継続的に行われている。これにより、作品同士の類似度をより精度高く算出することが可能であり、新たな作品の潜在的な視聴者層を見極める際の重要な材料となっている。

『ハウス・オブ・カード』の成功とデータドリブン制作

2013年に配信が開始された『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、Netflixにおけるオリジナルコンテンツ制作の象徴的な作品である。Netflixはこの作品にあたり、パイロット版の制作を経ずに2シーズン分を一度に発注した。これはデータ分析から「ケビン・スペイシー主演」「デヴィッド・フィンチャー監督」「政治サスペンス」という要素の組み合わせが高い視聴需要を見込めると判断したためであるといわれる。

結果として、『ハウス・オブ・カード』は配信開始早々から大きな話題を集め、Netflixの加入者を増やす原動力となった。この成功事例はNetflix内部に「データが示す方向性に思い切った投資を行う」という文化を定着させ、オリジナル作品路線の加速につながった。

データドリブン制作の近年の事例

『ストレンジャー・シングス』(2016)

Netflixが2016年に配信を開始した『ストレンジャー・シングス』は、無名の子役俳優や新人クリエイターが手がけたにもかかわらず、世界的に大ヒットを記録した作品である。80年代のノスタルジー、SFホラー、少年少女の冒険といった人気要素が絶妙に組み合わさっていることが成功の要因とされるが、その背景にはNetflixのデータ分析があったといわれる。配信開始当初から、ジャンルや出演者の好み、あるいは視聴履歴に応じたトップ画面やサムネイルの表示を最適化し、視聴者に作品を届ける手法を徹底した結果、口コミを交えて急速に人気が拡大したのである。

『ペーパー・ハウス』(La casa de papel)(2017)

スペイン発の『ペーパー・ハウス』は、もともとスペイン国内で放送されていたドラマであり、一度は打ち切りになったものの、Netflixが世界配信を開始すると瞬く間に国際的な注目を集めた。Netflixは視聴データを分析し、本作がグローバル市場でヒットする可能性を見出したとされる。エピソードの長さや構成、タイトルやサムネイルの工夫など、ローカル作品を国際向けに最適化して再編集し、さらにアルゴリズムによる推薦を駆使することで大きな成功を収めた。現在では続編やスピンオフが制作されるほどの大ヒット作に成長している。

オリジナルコンテンツ制作におけるAI・機械学習の活用

Netflixは機械学習やAI技術を、企画/制作/配信/ローカライズといった各工程で積極的に活用している。企画段階では類似コンテンツの需要予測モデルや視聴ターゲットの推定に役立ち、撮影後は映像解析や翻訳支援、吹き替え時のリップシンク技術などに応用される。さらに、配信段階ではオススメ・アルゴリズムやA/Bテスト、サムネイル最適化などを高度な機械学習プラットフォーム上で実行している。

特に近年では「コンテンツそのものを理解するAI」の研究が進んでいる。映像内のキャラクターや感情、撮影手法などを自動解析し、作品タグの精度向上や効果的なハイライト動画の作成を支援する技術も導入が進んでいるという。このように、Netflixはクリエイティブとテクノロジーを融合させる方針を持ち、データを基盤としつつ人間の創造性を最大化する取り組みを行っているとされる。

『ハウス・オブ・カード』以降は、単純なユーザー評価の相関分析を超えて、SNSや外部トレンドを含む包括的な分析や、AIによるコンテンツ理解・需要予測へと進化を遂げている。特に『ストレンジャー・シングス』や『ペーパー・ハウス』などの成功は、データがクリエイティブな意思決定をより確度の高いものにし、かつグローバル規模の展開を視野に入れた柔軟な編集やプロモーションを可能にすることを示した事例である。

もっとも、Netflixのデータ活用戦略は、創造性を支援するツールとしての役割を担うものである。公式ブログ(Netflix Technology Blog)や幹部の発言からも明らかなように、Netflixはデータ分析を創造的決定を補助する手段と位置づけており、創造的判断を代替するものとは捉えていない。最終的な作品づくりの決定権はクリエイターやプロデューサーが握り、データは彼らの創造性をサポートする存在であるとされている。今後もAI技術のさらなる進歩に伴い、コンテンツ制作やマーケティング手法の可能性は一層広がっていくであろう。Netflixがいかに先端のデータ分析とクリエイティブを融合させ続けるかが、エンターテインメント産業全体の方向性を左右する要素の一つになりつつある。

まとめ

データマイニングは、エンターテイメント業界全体の作品発見や視聴行動を大きく変革してきた。特にNetflixなどのストリーミングサービスが普及したことで、ユーザーの視聴データがより詳細に蓄積されるようになり、個々の好みに合わせたパーソナライズされたオススメ機能が当たり前となっている。これにより、ユーザーは自分が知らなかったジャンルや新作にスムーズに出会えるようになり、エンターテイメントの消費スタイルそのものが大きく変わった。

さらに、データマイニングの進歩はコンテンツ制作にも波及しており、視聴者の嗜好や行動ログを分析することで、脚本・キャラクター設定・編集の段階から作品を最適化することが可能になった。たとえば、どのような展開が視聴を最後まで引きつけるか、どの俳優・監督がどの地域で人気を得やすいか、といった情報をもとに企画を立案できる。結果として、制作コストとリスクの削減だけでなく、作品そのものの質を高め、新たなファン層を取り込むことにもつながっている。

一方、ユーザーの興味に特化したコンテンツばかりを表示するフィルターバブルのリスクや、オススメ・システムによる多様性の損失といった懸念も指摘されている。そのため、運営側はあえて人気作品だけでなく、ニッチなジャンルや多様な価値観を含む作品も提案するなど、バランスをとる施策を模索し始めている。今後はテクノロジーの発展とともに、さらに高度な個人最適化が進む一方で、いかに文化的多様性や未知の発見を保証し、ユーザーが豊かな体験を得られるようにするかが、エンターテイメント業界全体の重要課題となっていくだろう。

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