原子力産業新聞

2025.12.19

text:石井敬之

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1分でわかるサマリー

大阪府吹田市の佐竹台小学校で行われたNプロジェクトの授業に、在大阪・神戸米国総領事館のワリド・ザファル領事が参加した。体育館での「日米クイズ」や教室での科学授業を通じて、高校生が小学生に教えるというNプロならではのスタイルと、そのエネルギーが子どもたちの好奇心を引き出す様子を目の当たりにしたザファル領事は、STEAM教育を通じて若い世代の科学的理解と探究心を育てることが、日米関係を支えてきた科学技術協力の土台となると強調する。

科学は国境や言語を超えて共有できる「共通言語」であり、英語はその実践のためのツールだ。高校生が学び、それを自分の言葉で次の世代に伝えるNプロの取り組みは、地域の学校現場から未来のグローバル人材と日米協力の基盤を静かに育てている。領事は、そうした現場を支援することは領事館にとっての「責務」でもあると語る。

Nプロ×在大阪・神戸米国総領事館

大阪府吹田市の佐竹台小学校で12月15日、在大阪・神戸米国総領事館のワリド・ザファル広報文化交流担当領事が、Nプロジェクトの授業に参加した。体育館で行われた「日米クイズ」には全校児童約520人が集まり、高校生とともに米国に関する設問に挑戦した。教室では、大阪高校の生徒が小学生に対して、気象や放射線を題材とした授業を行った。

ザファル領事は冒頭、「今日は、こんなに元気な皆さんにお話しできることを、とても楽しみにしていました」とあいさつし、山田校長や吹田市、自治会、そしてプログラムを準備した大阪高校の生徒たちに感謝を述べた。自らの仕事についても「学生と話し、アメリカのこと、日米がなぜ“良いパートナー”なのかを語ることができる“最高の仕事”だ」と紹介し、子どもたちとの対話の場そのものに喜びを示した。

外交官が小学校の授業に参加する光景は決して日常的ではない。しかしザファル領事は、この場に立つことを「極めて自然なこと」だと語る。なぜなら、Nプロジェクトが目指すもの――若い世代の科学的好奇心を育て、社会とつなぐこと――は、米国が日本との関係の中で重視してきた価値そのものだからである。

「Nプロジェクトが行っている、若い子どもたちにSTEAM教育を届けるという取り組みは、日本との関係の中で私たちが目指していること、すなわち若者の科学的理解や好奇心を育てるという目的と見事に合致しています」(ザファル領事)

ザファル領事はそう語り、今回の参加が単なる“イベント対応”ではないことを強調した。

米国総領事館がNプロジェクトに関心を持ったきっかけは、万博関連イベントでの偶然の出会いだったという。総領事館のスタッフが高校生とともにクイズに参加し、その熱量と教育的効果に強い印象を受けた。

「万博の際に、領事館のスタッフが学生たちと一緒にクイズに参加する機会がありました。それが、この協力関係を続けたいという気持ちを強くしてくれました」

ザファル領事は「Wonderful relationship」と表現し、Expoで芽生えた協働を“継続すべき関係”と位置づけた。高校生が主体となり、小学生や地域社会に向けて科学を伝える。その往復運動が「私たちの目指す『若者の科学的理解と好奇心を育てる』目的と一致している」と強調する。教える側・教えられる側の双方に変化をもたらすダイナミズムを、米国外交官が「続けたい」と感じたこと自体が、Nプロの価値を示している。

これまでのNプロジェクトが、主に高校生自身の学びと発信に軸足を置いていたのに対し、今回の取り組みでは高校生が小学生に教えるという“次の段階”に踏み出した。Nプロジェクトの現在形を象徴するのが、この「高校生が小学生に教える」授業の構造だ。ザファル領事は、この形式について率直に語る。

「大人を見ると“ただの年上”に感じる子もいますが、兄や姉のような高校生が教えると科学がもっとリアルに、実用的に響きます。私は多くの学校を訪れてきましたが、高校生のエネルギーは大人には到底真似できません」

大人がいくら丁寧に説明しても、子どもにとっては“遠い世界”に感じられることがある。しかし、年齢の近い先輩が語る科学は、生活感を伴った「自分ごと」になる。高校生の“兄姉的存在”としての距離感と、あふれるエネルギーが、子どもたちの理解を加速させるとザファル領事は見る。

「高校生が持つエネルギーは、大人には到底真似できません。そのエネルギー自体が、若い子どもたちにとって強い刺激になります」

この「エネルギー」という言葉は、インタビューを通じて何度も繰り返された。

なぜ、若者が科学を学び、さらにそれを他者に伝えることが重要なのか。ザファル領事は、非常に個人的なエピソードを交えて説明した。

「科学への愛情は、とても幼い頃から始まります。子どもは自然に『どうして?』『なぜ?』と疑問を持つものです。私自身の息子も保育園に通っていますが、その年齢でも、月はなぜ夜に見えるのか、太陽はなぜ昼に出るのか、といった問いを学び始めています」

こうした“なぜ”に火がつくのは、保育園児のころからだという。早い段階で好奇心が育まれれば、科学への関心は一生続く。Nプロジェクトは、まさにその「芽」を守り、循環させる仕組みを持つ。高校生が学び、それを言葉にして小学生へ伝える過程は、好奇心のエンジンを世代間で回し続ける装置として機能している。米国が来年、建国250周年という節目を迎えることを思えば、こうした次世代の科学・外交リテラシーを育てる場の意味は、いっそう重みを増していると言える。

科学教育が支える日米関係

ザファル領事は、科学教育を「外交の基盤」として捉えている。日米関係は安全保障や経済だけでなく、科学技術分野での協力によって支えられてきた。

「日米関係は非常に基盤的な関係です。あらゆる場面で協力していますが、特に強いのが科学技術、とりわけ宇宙です。NASAとJAXAが一緒に宇宙の研究や探査を続けていることは、日米協力を象徴する例です」(同)

国境を越えた科学協力は、単なる研究成果にとどまらず、相互理解と信頼を深める役割を果たしてきた。世界を変える次世代技術の開発でも日米は連携し、経済パートナーシップを強化している。

「次世代の科学者を育てることは、技術だけでなく、日米の協力関係をさらに豊かにすることにつながります」

Nプロジェクトは単なる教育実践ではなく、将来の日米関係を支える“人材基盤づくり”として位置づけられている。

早朝の体育館でのあいさつで、ザファル領事は日本語で、小学生にも分かる言葉で日米関係の本質を伝えた。

「アメリカと日本は、とても仲がいい国同士です。今は、今までで一番仲がいいと言われています。それは、国と国だけではなく、人と人が友だちだからです」

“国と国”より先に“人と人”の友だち関係を強調するこのメッセージは、後のインタビューで語られた「科学教育は外交の基盤」という言葉とも響き合う。

さらに、「アメリカは科学やイノベーションが得意で、日本は技術がとても優れています。だから一緒になると、とても強いパートナーになります」と語り、宇宙分野にとどまらない日米協力の可能性を、小学生にもイメージできるかたちで示した。科学と技術をめぐる日米の連携が、「友だち」の感覚から始まることを体現したスピーチだったと言える。

子どもたちへのメッセージも一貫している。

「これからたくさん勉強します。でも、いちばん大事なのは、『自分が好きなこと』『自分が興味をもっていること』を大切にすることです」

高校生へのインタビューで語られた「情熱に合わない進路に押し込められないでほしい」という言葉と、同じ思想が小学生向けのわかりやすい日本語に置き換えられている。Nプロジェクトの現場で、外交官は“科学”と同時に“自分の好きなことを大切にする姿勢”そのものを伝えていた。

STEAM教育(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)は、米国発祥の教育概念である。ザファル領事は、その背景にある価値観をこう説明する。

「米国が世界で最も革新的な経済を持っているのは偶然ではありません。教育制度を支えるイノベーションの精神があるからです。独立した思考、好奇心、情熱を探究する自由が学生にリスクを取る力を与え、それが起業家精神につながっています」

米国の学校では“やらねばならないこと”だけでなく“学びたいこと”を選び、挑戦する文化がある。このリスクテイクの体験が、革新的な経済を支える人材を育ててきた。STEMに「Arts(創造性・表現)」が加わったSTEAMは、知識と技術を社会に実装するための総合力を育てる教育体系である。

なぜ、21世紀の教育において創造性が不可欠なのか。ザファル氏は、経済構造の変化を指摘する。

「多くの先進国で、経済は製造業中心から創造型経済へと移行しています。サービス産業への依存が高まる中で、人々の生活や体験をより良くするには創造性が必要になります。技術やイノベーションを通じて、新しい体験を提供することが求められるからです」

技術と創造性が結びつくことで、イノベーションは人々の生活に具体的な価値をもたらす。STEAM教育は、そのための基盤づくりでもある。

NプロジェクトとSTEAM教育の共通点について、ザファル領事は「コミュニケーション」を挙げた。

「科学や技術が好きであることは大切ですが、最終的にはそれを人に伝えられなければなりません。コミュニケーションは科学教育の大きな要素です」

高校生がスケッチブックを用いて小学生に説明する姿は、知識を共有する行為であり、STEAMの理念を体現している。科学理解だけでなく、“伝える力”を鍛える点がNプロの核だ。

体育館で行われた日米クイズについて、ザファル領事は率直に驚きを語った。

「朝早い時間にもかかわらず、子どもたちはとても元気で、クイズに参加することを心から楽しんでいました。正解したい、友だちに示したいという競争心が学びを後押ししていました」

競争心と好奇心が結びつくことで学びは活性化する。早朝の体育館に響いた歓声が、科学への動機づけそのものだった。

高校生についても、ザファル領事は高く評価する。

「高校生たちは、この活動を『やらされている』のではなく、本当に小学生に教えたいという思いから取り組んでいます」

“教えたい”という内発的動機と、実際のクイズで見せた本気度が、Nプロジェクトの核心を形作っている。

大阪・関西地域には、多くの大学や研究機関が集積している。京都大学をはじめノーベル賞受賞者を多数輩出してきた研究拠点が集まるこのエリアだからこそ、在大阪・神戸米国総領事館では教育を最優先事項の一つに位置づけている。

「大学の知が大学内にとどまらず、高校生や小学生へと広がっていくモデルは理想的です。私たちは、そうした取り組みを支援したいと考えています」

ザファル領事は、中村秀仁助教の活動をその好例として挙げ、大学と地域を結ぶNプロジェクトの意義を強調した。総領事館が“支援する責務”を感じていることも明言している。

ザファル領事は、Nプロのような取り組みが「コミュニケーション力、共感力、異文化理解といったグローバル人材としての力を育む」と評価する。

「学生が他の学生の話を聞き、私のように他国から来た人と話す機会を持つことが大切です。英語を学んでも話す機会が少ないと忘れてしまう。こうした場が“続けて学びたい”という内発的な意欲を育てます」

英語は今も世界の科学の共通言語であり、実際に使う場を持つことが重要だと繰り返した。最後に、ザファル領事は日本の高校生へメッセージを送った。

「好奇心を持ち続けてください。進路で自分の情熱と合わない道に押し込められないでほしい」

そして情熱は「生まれつき持っているものではなく、見つけていくものだ」とも語り、小学生に向けて述べた「自分が好きなこと、興味を持てることを大切にしてほしい」というメッセージと地続きのメッセージとなっている。分からないことがあればどんどん質問し、間違えることを恐れないでほしい。

「間違えることは、ぜんぜん恥ずかしいことではありません。間違えることで、人は成長できます」と、失敗を通じた成長の価値も強調した。そして、英語を“武器”にする具体的な勧めも続く。

「英語を話す機会を見つけ、アメリカ人と出会い、大阪の総領事館とも関わり続けてください。英語は科学の主要な言語です。スキルをポケットに入れておくことは必ず役立ちます」

ザファル領事の言葉を通じて浮かび上がるのは、科学が国境を越える共通言語であり、教育が外交の基盤であるという認識である。Nプロジェクトは、その理念を小学校の教室という最も身近な場所で体現している。高校生が学び、教え、小学生が応え、その姿を外交官が見守る。そこには、未来の日米関係を支える静かな土台が築かれている。

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高校生の“意識変容“を科学する ――Nプロ×INSS共同研究が始動

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世代をつなぐ科学のバトン
――津雲台小学校に広がるNプロジェクトの挑戦

10月22日、吹田市立津雲台小学校の教室に、にぎやかな声が響いていた。スケッチブックを手に笑顔で立つのは、教師でも科学者でもなく、高校生たちである。京都大学の中村秀仁助教が主導する「Nプロジェクト」は、科学を"教わる"から"伝える"へと転換する学びの実践として、万博での発信を経て地域の教育現場へと広がっている。この日は「放射線」をテーマに、55名の高校生が小学生たちに科学の面白さを伝える特別授業を行った。

「科学を共通言語にした対話型学習」の新展開
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真夏の万博に 科学の声が響いた

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三菱重工神戸造船所の現場で原子力を学ぶ
——「安全」と「迫力」を同時に体得する一日

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公立SSH校で初の「Nプロ」始動
千里高校キックオフ授業ルポ

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