幕張メッセの大きなホールに、無数のポスターが立ち並ぶ。地震、火山、気候変動、宇宙線、隕石――。日本地球惑星科学連合2026年大会(JpGU-AGU Joint Meeting 2026)の会場には、国内外の研究者たちが集まり、それぞれの研究成果について議論を交わしている。企業ブース、大学展示、パブリックセッションも同じ空間に並び、会場全体が巨大な「研究の街」のようだった。その一角で、中高生たちが研究者に囲まれていた。
ポスターの前に立ち、ノートPCを開きながら説明を続ける。相手は大学研究者や大学院生、専門分野の研究者たちだ。「この解析は?」「ノイズ処理は?」「なぜこの条件に?」――次々と飛んでくる質問に対し、彼らは考えながら慎重に答えを返していく。その光景に“高校生発表”特有の発表会的な空気はほとんどなかった。そこにあったのは、研究者同士の議論に近い緊張感だった。
今回、この学会に参加したのは、探究型科学教育プログラム「加速キッチン」で活動する中高生たちである。発表テーマは、流星群と宇宙線の相関、放射線測定器そのものの性能評価、気象条件によるミューオン検出頻度の変化――。テーマはそれぞれ異なるが、そこには共通する姿勢があった。
それは、「正しい答え」を探すことではなく、“どう測るか”を自分で考え、予想と違う結果でも受け止める姿勢だ。今、中高生たちが、“研究文化”の入口へ足を踏み入れ始めた。
1|「相関がなかった」ことにも意味があった
「“成功する実験”をするのが学校なんですけど、そうじゃなかったのでとても新鮮でした」
そう語るのは、流星群と宇宙線の相関を研究した、品川区立荏原第五中学校3年の齋藤碧音(みお)さんだった。ポスターセッションの一角で、齋藤さんは宇宙線測定器を手に、自らの研究について説明を続けていた。テーマは、「流星と宇宙線の相関関係」である。
流星は、宇宙空間から飛来した塵や微小な天体が大気中で発光する現象だ。齋藤さんは、そうした現象が大気中の粒子やイオン状態に何らかの変化を与え、それによって宇宙線の到来頻度にも影響が出るのではないかと考えた。
「流星は大気の中で発火して発光する現象なので、その際に大気中の粒子とかイオンが変わった時に、宇宙線の到来頻度が変わるのではないかという仮説を立てました」
きっかけは、もともと好きだった天文学だった。
「流星を見るのが好きだったんです。どうして光るのかとか、どうして燃えるのかとか。あと宇宙線について調べていく中で、磁場とか太陽フレアで宇宙線到来頻度が変わるらしいと知って、“だったら流星でも何かあるのかな”と思ったのが始まりでした」
流星群活動と宇宙線到来頻度の“相関”そのものを扱った先行研究は、齋藤さんが調べた範囲では見当たらなかったという。
「なかったんです。だから、“じゃあやってみよう”みたいな感じでした」
まっさらな状態からのスタートだった。観測には、加速キッチンから貸与された宇宙線測定器「CosmicWatch」を用いた。また、流星群データには既存観測データを利用し、自ら取得した宇宙線データとの比較を行った。しかし結果として、流星群活動と宇宙線到来頻度の間に、明確な相関は確認されなかった。それでも齋藤さんは、その結果を“失敗”とは受け止めなかった。
「流星って、太陽フレアとかに比べたらすごく微小な現象ではあるので、“そこまで影響はないか”という感じはありました。でも、それが分かっただけでも、流星とか宇宙線について1つ、自身の中での解明が進められたので、良かったなと思いました」
そこには、「仮説通りの結果が出なければ失敗」という学校実験的な感覚はなかった。むしろ彼女は、“期待通りではない結果”そのものに価値を見出していた。
「基本、学校の実験って成功するじゃないですか。でも研究はそうじゃない。それが逆に楽しかったです」
実際、ポスター発表では、多くの研究者から質問やコメントが寄せられた。
「“宇宙線と流星って本当に関係あるの?”という質問もありましたし、“流星群活動が強い時だけ少し上昇してるんじゃない?”っていう指摘もありました」
また、ある研究者からは、「グラフだけを見るんじゃなくて、どれくらい上昇したか数値で見ていくと、流星が降ってる時だけ若干上がってるんじゃない?」というアドバイスも受けたという。
「本当に、いろんな観点があるんだなと思いました。出て良かったです」
JpGUという場は、単に発表する場所ではない。むしろ、自分では思いつかなかった視点を次々と投げかけられ、“研究が他者との対話によって進んでいく”ことを体感する場だった。
現在、齋藤さんは次のテーマとして、8月のペルセウス座流星群に注目している。
「今後は、一番エネルギー量が多いペルセウス座流星群を測りたいです。あと、多点観測もやってみたいです。できれば、遠い場所でも観測してみたいなと思っています」
さらに、オーロラなど他の天体現象への興味も広がっている。
「宇宙関係をもっと追求していきたいです」
加速キッチンに参加したのは、2025年のJpGUでブースを見かけたことがきっかけだった。
「高校生でもこんなことできるんだ、と思って。だったら自分にもできるんじゃないかなって」
その時は、まさか1年後に自分自身がこの場所で研究発表をするとは思っていなかったという。だが今、彼女は“相関がなかった”という結果さえ、自らの研究の一部として語っている。正しい答えを当てること。それだけが研究ではない。仮説を立て、測り、否定され、それでも次へ進む。齋藤さんの研究には、その“研究の作法”が確かに存在していた。
2|「測れた」だけでは不十分だった
福島県立福島高等学校3年の髙橋逞人(たくと)さんが取り組んでいたのは、放射線そのものではなく、「放射線をどう測るか」という研究だった。
タイトルは、「放射線測定器の性能に基づく検出エネルギーの評価」。一見すると地味にも見えるテーマだが、その本質は極めて深い。髙橋さんが向き合っていたのは、“測定値をどこまで信頼できるのか”という、計測科学そのものの問題だった。
髙橋さんはもともと、学校で放射線に関する研究を行っていたという。その中で、放射能分析には試料を採取し、大型装置で測定する必要があるという課題に直面した。
「流水中の測定では、試料を採取して測定しないと放射能分析ができないという問題がありました。そこで、その場でリアルタイムに測定できないかと思ったんです。そのためには、放射線検出器の性能とか、評価方法を学ぶ必要があると思って、この研究を始めました」
今回の研究では、加速キッチンから貸与された「CosmicWatch」を用い、回路の増幅率やノイズの影響を分析している。放射線がシンチレータに入射すると光が発生し、その光をSiPM(シリコン・フォトマルチプライヤー)が検出して電気信号に変換する。そして、その信号は最終的にADC値としてデジタル化される。しかし髙橋さんは、そこで得られた数値を、そのまま「放射線の量」とは受け取らなかった。
「これは強度を表しているもので、実際のエネルギー分析にはそのまま使われないんです。機械内部のノイズもあるので、数字だけを鵜呑みにせず、どう評価するかが重要だと思いました」
研究では、増幅率を変化させながら、宇宙線由来の信号とノイズを分離できるかを検証した。増幅率を上げることで、宇宙線由来のピークも大きくなる一方、ノイズそのものも増幅され、結果として両者が混ざり合ってしまう現象が見られた。
「ノイズも一緒に増幅されることが分かった時、増幅される前からノイズは電気信号として処理されているんだなと感じました」
特に難しかったのは、「本当の信号」と「ノイズ」をどう分けるかだったという。
「僕たちが使っているのは半導体なので、どうしても熱を持ってしまいます。冷えた環境で測定した方がいいという指摘も受けましたが、リアルタイム測定では環境温度にも左右されるので、その影響を受けない方法を模索することが大事だと分かりました」
つまり高橋さんは、“放射線を測る”以前に、「測定そのものをどう信頼するか」という問題へ踏み込んでいたのである。実験条件の設定も容易ではなかった。
「何を基準にどう変えればいいのかが分からなかったんです。あとで振り返ると、“この条件は間違っていたな”ということも多くて、ちゃんとした手法を見つけるまではトライアンドエラーの繰り返しでした」
田中先生が「ヒリヒリ感」と呼ぶ、条件設定の難しさについて尋ねると、髙橋さんは少し考えてからこう答えた。
「僕の場合は、ヒリヒリというより“モヤモヤ”に近かったです。何も分からない状態だと、どういう影響が出るのか、自分の考えの中で偏りが出てしまうので……」
その言葉には、“未知を扱う感覚”そのものがにじんでいた。
また、福島という土地で放射線研究を行う意味についても、彼は静かに語った。
「研究って、ひとつの問題をいろいろな観点から見られるものだと思うんです。結果は出ても、それをどう評価するかは人によって違う。だから、多くの意見を集めながら、ここにはこういうメリットがある、ここにはこういうデメリットがあるっていうのを整理していくことが大事なんだと思いました」
その感覚は、「測る」という行為そのものへの見方も変えた。
「今までは数値を見るだけでした。でも、それをどう分析するかには、研究者のマインドとか倫理も影響してくるんだと感じました」
放射線を“測る”こと。それは単に数字を得ることではない。どの条件で測るのか。どの値を信頼するのか。どこまでをノイズとして扱うのか――その解釈には、人間の判断が介在する。髙橋さんの研究は、放射線そのものだけでなく、「その測定をどこまで信頼できるのか」という問いへ向かい始めていた。
現在、高校3年生の彼は、将来的に研究職へ進むことを目指している。
「博士課程まで進みたいと考えています。その研究を通じて、新しいものを発見したり、世の中に役立てるような進路を目指しています」
“測れた”だけでは満足しない。その数値が何を意味するのかを問い続ける。髙橋さんの研究には、計測科学の入り口に立ち始めた研究者の姿が、確かに現れていた。
3|「断定できない」を受け入れる
「相関はあるけど、直接の因果はないかもしれない――というのが、今の段階です」
そう冷静に語ったのは、共立女子高等学校1年の八反地由奈(はったんじ・ゆな)さんだった。
八反地さんが発表していたのは、「気象条件によってミュオン検出頻度はどう変わるのか」という研究である。テーマだけ見ればシンプルだが、その内容は想像以上に本格的だった。観測対象は、宇宙線が大気中で生成するミュオン。八反地さんは、気温、湿度、気圧、そして「雲量」との関係に注目した。
特に特徴的だったのは、「雲量」という着眼点だった。
「去年のJpGUで、水分子によってミューオンがどれくらい遮蔽されるのかという研究を見たんです。それを見て、“だったら雲でも遮蔽が起きるんじゃないか”と思ったのが始まりでした」
つまり彼女は、先行研究を読み、その“先”を探そうとしていたのである。
ただし、このテーマに最初からたどり着いたわけではなかった。もともとは、「山でも宇宙線は遮蔽されるのではないか」という発想から、筑波山での観測を試みていたという。
「最初は筑波山の山頂と中腹、麓でどれくらい変わるのかを調べようと思っていました。でも、ずっと通い続けるのが難しくて…」
何時間も山頂に滞在しながら測定を続けたものの、継続的な観測は現実的ではなかった。そこで田中先生から、「山にこだわる必要はないから、家でできることをやってみたらいい」と助言を受け、現在のテーマへ転換した。結果として、それが研究を大きく前進させることになる。
八反地さんは、自宅マンション7階の窓際に2台の測定器「CosmicWatch」を設置し、長期間の観測を開始した。2台を重ねることで、両方を通過したミューオンのみを測定し、自然放射線ノイズを低減している。さらに、測定器は45度傾けて設置されていた。これは、先輩研究者の研究成果を参考に、「到来頻度が増える角度」を選んだ結果だった。
観測条件には細かな工夫が詰め込まれていた。例えば、観測時間を8時から17時に限定したのは、学校生活との両立だけが理由ではない。
「(気象庁の)雲量データは夜間には出ないので、それを考慮して昼間に限定しました」
また、気温データには東京ではなく富士山のデータを使用している。
「宇宙線は大気上層で二次宇宙線になるので、より上層の気温データを使った方がいいという先行研究がありました。ただ東京の500ヘクトパスカル地点のデータがなかったので、富士山で代用しました」
こうした条件設計の積み重ねが、今回の研究を支えていた。そして観測の結果、気温や雲量との間に「弱い負の相関」が確認された。
「“来たな”って思いました」
八反地さんはニヤリと微笑みながら振り返る。
「気温が上がると、雲量や湿度も上がるので、それに伴ってミュオン数も減るんじゃないかと、うっすら考えていました」
しかし彼女は、その結果を“証明”とは呼ばなかった。
「決定係数を見ると、“かすかに見えるかな”ぐらいの値なんです。ただP値を見ると、偶然ではなさそうだったので、“Weak Negative Correlation”としました。でも、まだそこら辺の検証はできていません」
さらに彼女は、「疑似相関」という言葉まで使って説明した。
「例えば、温度とミュオン数だけを見ると関係があるように見えるんですけど、本当は別の原因が影響している可能性もあります」
ここには、“どこまでなら言えるのか”を慎重に考える研究者的感覚が既に現れている。実際、インタビューでは「断定できない結果を扱う難しさ」を率直に語っていた。
「それは感じまくりでした。どうしても“この相関はないんじゃないですか”って指摘は来るので、その説明がまだうまくできない悔しさもありました」
また、測定器自体の温度依存性についても意識している。
「SiPMは温度によって誤差が増えると言われているので、“宇宙線が変わった”のではなく、“測定器側が変化している”可能性もあります」
つまり彼女は、“データが出た”ことよりも、そのデータをどこまで信用できるのかを考え始めているのである。今後は、夏季観測にも挑戦したいという。
「夏になると雷雨や積乱雲が増えるので、その影響を見たいんです。雲が厚ければ、その分ミュオンも減るんじゃないかなと思っています」
加速キッチンに参加したきっかけは、昨年のJpGUだった。
「高校生でもできるなら、自分にもできるんじゃないかと思って。負けず嫌いだったので(笑)」 「研究って、学校の数学で習った統計とかが、実際に使える場所なんだってわかって、ちょっとワクワクしました」
相関が見えても、断定はできない。結果が出ても、まだ分からないことが残る。その“分からなさ”を受け入れながら、次の仮説へ進んでいく。八反地さんの研究には、科学が本来持つ不確実さと、それでも前へ進もうとする研究者の姿勢が、確かに表れていた。
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「田中先生が語る、“研究文化”としての加速キッチン」
4|「小さなピース」をはめる
「研究って、人間が積み上げてきた膨大なピースの、すごく小さなピースをはめる作業なんですよ」
そう語るのは、「加速キッチン」を主宰する田中香津生先生(早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院准教授)だ。
幕張メッセで開催されたJpGU2026。会場には、地球科学、宇宙物理、気候、地震、火山など、幅広い分野の研究者が集まり、巨大なホールの中で無数のポスター発表が行われていた。今年のJpGUは、米国地球物理学連合(AGU)との合同開催でもあり、海外研究者の姿も目立った。田中先生によれば、こうした国際色の強い環境の中で、中高生たちが研究発表できること自体に大きな意味があるという。
「幕張メッセのような大きな場所で、本物の研究者がすぐ横でポスターを貼っていて、企業ブースもあって、パブリックセッションもある。学会の面白いものが全部ひとつのホールに集まっているんですよね。その中で発表できるというのは、“研究者のフィールドに入った”感じがすると思うんです」
今年はこれまでの高校生ポスターセションに加えて海外の中高生にも開かれた「International Poster Session for high school students」が新たに設けられ、中学生でも研究発表や見学を通じて参加しやすい環境になっていた。実際、八反地さんや齋藤さんは、前年のJpGUで加速キッチンのブースを見かけたことをきっかけに活動へ参加し、1年後には自ら研究発表を行う側へ回っている。
「当時、彼女たちは“まさか自分が来年ここで発表する”なんて思ってなかったと思うんです。でもその時に私が、“来年ここで喋ろうよ”って声をかけたんですよ」
加速キッチンの特徴は、「テーマを与える」ことではない。むしろ、自身の興味から出発することを徹底している。
「まず、“何に興味があるのか”を聞くんです。その興味と、我々が提供できる検出器や放射線をどう組み合わせるか、というところから始めていきます」
だからこそ、今回の研究テーマはそれぞれ全く違う。
「可能な限り、その子自身の興味の源泉につながるところからスタートさせる。そうすると自然に、みんな違うテーマになるんです」
今回のJpGU発表でも、その“源泉”はそれぞれ異なっていた。齋藤さんは、流星を見ることが好きだった。八反地さんは、前年のJpGUで見た研究に刺激を受けた。髙橋さんは、放射線を「正しく測る」ことへの疑問から出発した。だが、そうした違いにもかかわらず、3人の研究にはある共通点があった。それが、“研究の作法”だった。
- 仮説を立てること。
- 条件を設計すること。
- うまくいかなかった結果を受け止めること。
- そして、その意味を他者へ説明しようとすること。
田中先生は、その部分を最も重視していると語る。
「逆に言うと、私はそこしか伝えていないかもしれません。技術的なところは大学生メンターがかなり支えてくれているのですが、“うまくいかなかった時にどう考えるか”とか、“これをどう社会に伝えるか”みたいなところは、かなり意識して話すようにしています」
研究に初めて触れた中高生たちは、最初はもっと“大きな発見”を想像していることが多いという。しかし実際の研究とは、人類が積み上げてきた巨大な知識体系の中に、“小さなピース”をひとつずつはめていく作業だ。
「これがいかに人類にとって大事で、みんなが積み上げてきたものなのか。そこを自己認知してもらうことが、この活動を通して知ってほしいことなんです」
その“小さなピース”には、当然、失敗も含まれる。実際、加速キッチンでは、期待通りの結果が出ない研究の方が多いという。
「むしろ失敗の連続です。私の場合、100回実験をやっても99回は失敗しています。ですから中高生も1年、2年やって、目的通りの結果が得られなかった、というケースの方が多いです。むしろ、そこを意識しています」
学校の理科実験では、基本的に“成功する”よう設計されている。だが研究では、予想と違う結果が出ることの方が自然だ。しかし中高生たちは、最初はそれを「失敗」と捉えてしまう。
「みんな、“予想と違ったから失敗だ”って言うんですよ。でも、そうじゃなくて、“こういうやり方をすると、予想と違うことが起こった”ということを後世に伝えられるんだよ、という話を繰り返ししています」
その言葉には、“否定結果にも価値がある”という研究文化の感覚がにじんでいた。
また、田中先生は、加速キッチンが“レールを敷きすぎない”ことも意識している。
「もっとレールを敷いてあげることもできるんです。でも、どれぐらいレールが敷かれているかで、主体性って変わると思うんです」
だからこそ、加速キッチンでは「自分の足で踏みしめながらやってください」というスタイルを取っている。八反地さんが筑波山へ通い詰め、そこで行き詰まり、最終的に自宅観測へ転換したエピソードについても、田中先生は独特の見方をしていた。一般的に見れば、「継続できない観測」は非効率に見えるかもしれない。しかし田中先生は、そこにこそ教育的価値があると考えている。
「中高生の研究を考える時に、私は“サステナブル”、つまり“継続可能性”を意識しすぎないことが大事だと思っています」
そう語った上で、こう続けた。
「効率を意識しすぎると、中高生って何もできなくなるんですよ。“時間も限られてるし、机に座って勉強してた方がいいや”って、最後はそっちに行ってしまう。でも、非合理なことでも、“気になるからやってみる”というところからしか生まれないものがあるんです」
筑波山へ実際に登り、観測し、これでは継続できないことを体感したからこそ、八反地さんは「では家で継続的に観測するにはどうすればいいか」という次の発想へたどり着いた。
「彼女自身は、“合理的な方法にたどり着いた”と思っていると思うんです。でも、メタ目線で見ると、そのプロセス自体に教育価値があるんですよ」
遠回りに見える試行錯誤。効率が悪く見える観測。しかし、そうした経験の中でしか得られない感覚がある。
条件を自分で決めること。うまくいかない理由を考えること。そして、自分なりの方法へたどり着くこと。──加速キッチンが育てようとしているのは、単なる知識ではなく、そうした「自分の足で踏みしめながら進む感覚」なのかもしれない。
そして、そうした研究を「教育」と「研究」に分けて考えないことも、田中先生の特徴だった。
「研究って何だろうって考えると、そんな定義ないんですよね。“これは研究”“これは勉強”って、大人側が分けちゃいけないと思ってるんです」
JpGUという場についても、田中先生は大きな意味を感じていた。幕張メッセの巨大ホールでは、大学研究者も、高校生も、同じ空間でポスター発表をしている。
「研究者って、学生だろうが大先生だろうが、フラットな目線で話さないと議論にならないんです。これはもう絶対のルールです。でも、学校の中ってあまりそういうルールがない」
だからこそ、中高生たちにとって、学会という空間そのものが重要になる。
「最初は“自分が測りたい”から始まるんです。でも、発表を経験すると、“もっと多くの人に伝えたい”“もっと世の中の役に立つことをしたい”って、少しずつ変わっていくんですよね」
自分の興味から始まった研究が、やがて他者へ開かれていく。それは、単なる理科教育ではない。“研究文化”そのものを、次の世代へ手渡していく営みなのだ。
5|“ヒリヒリする科学”は、その先へ続いていく
JpGU2026の会場では、ポスターセッション終了間際になっても、中高生たちの前に研究者が集まり続けていた。
「宇宙線と流星群って、本当に関係あるの?」
「その相関は、まだ偶然の可能性もあるんじゃない?」
「ノイズ処理を変えれば、別の見え方もあるかもしれない」
――研究者たちからは、そんな問いが次々と投げかけられていた。
問いは鋭く、ときに厳しい。
だが、中高生たちは、その問いから逃げようとはしなかった。ポスターを指差しながら、自分の考えを説明し、「まだ分からない」と答え、ときには「次に調べたい」と語っていた。
問いを受け止め、考え直し、また次の仮説へ進もうとする――。幕張メッセの巨大なホールで、中高生たちは確かに“研究の世界”へ足を踏み入れ始めていた。


















