Vol.6
原子力の重要性を訴えてミス・アメリカ2023に輝いたグレース・スタンケさんは、ウィスコンシン大学マディソン校出身の原子力エンジニアだ。「原子力業界の顔」として世界中のイベントに登壇するだけでなく、ソーシャルメディアを駆使して幅広く次世代層に原子力をアピールしている。Instagramのフォロワー数が3万近いインフルエンサーでもあるスタンケさんに、Wall Street Journal紙が付けたニックネームは、“new face of nuclear energy”。
このほど来日し、日本の原子力施設を視察したスタンケさんに、話を聞いた。
24 November 2023
“New Face of Nuclear Energy”
なぜ原子力エンジニアになろうと思ったのですか?
グレース
最初は父に対する“理由なき反抗”でした。思春期にありがちな、ね(笑) 父は16歳だった私が原子力工学に進もうとすることを、とても嫌がっていましたから。ですが思春期を終えた今なお原子力に夢中な理由は、ちがいます。
私が学部生になりたての頃、がんに冒された父の命が二度も、放射線治療をはじめとする核医学の力で救われました。なんてクールなサイエンスなんだ、と心からそう思いました。そもそも米国の電力の2割は、原子力でまかなわれています。飛行機に乗れば放射線を浴びますし、花崗岩やバナナからも放射線は飛んできます。(イオン化式の)煙感知器は放射性物質を利用しています。私たちの周りは、原子力サイエンスにあふれているのです。それなのにどうして人々は原子力を忌み嫌うのでしょうか?
「私が原子力のすばらしさを世の中に広めてやろう!」、今はそう思って原子力エンジニアの道を邁進しています。
子供のころは、数学や科学の分野で何かをしたいと思っていました。私はおしゃべりなので、教師のような仕事もいいな、なんてね。ですが私が一番大切にしていることは、「私の父が原子力サイエンスに助けられたように、原子力の力で人々を助けたい」という強い思いです。そして今、大好きだった数学や科学に加えて、コミュニケーションのスキルも磨きながら、「ミス・アメリカ」を務めています。
原子力サポーターとしての「ミス・アメリカ」の活動について教えてください
グレース
政策決定者である政治家のみなさんにお会いすることはもちろん、幼稚園から老人ホームまで、どこへでも出掛けて、原子力サイエンスについて、原子力がどれだけ日常生活にかかわっているのかを語っています。もちろん大学の講義のように語るのではなく、コミュニケーションとして他愛もない会話からスタートさせていますよ。
コミュニケーションの基本は、会話を通して、原子力が彼らのどこにフィットするのか探っていくことです。私は特に子どもたちを相手に、彼らの情熱ややりたいことを見つけてあげることが大好きです。マーケティングに関心があるならば、原子力の分野で活かせないか考えてあげるのです。ほら、原子力プロジェクトにはマーケティングの観点も必要ですよね。
エンジニアリングに関心のある子どもには、原子力エンジニアの話を。溶接に関心がある子どもには、原子力グレードの高度な溶接技術について話します。政治に関心がある子どもには、政治参加を大いに勧めます。政界には原子力へのサポートが不足していますから。
このように、どんな人にとっても原子力分野には活躍の場があることを伝えています。これってエキサイティングで、とってもクールなことですよ。
もちろん小さい子どもには電気の話だけをします。ティーポットを加熱するホットプレートは、ウラン燃料代わりです。ティーポットの中では蒸気が発生し、プラスチック製の小さな風車をかざすと回転します。ええ、ティーポットがちょっとした小型炉兼蒸気発生器となり、風車=タービンを回転させるのです。簡易発電所の出来上がりです。
こうした簡単なステップを子どもたちに教えると、原子力サイエンスはそれほど恐ろしいものではないということがわかります。難しいことは何もなく、ただの沸騰したお湯なのです。蒸気を使ってキラキラと輝く風車を回転させれば、子どもたちは大興奮です。
こういった対面での活動に加え、ソーシャルメディアを活用して原子力の価値を発信しています。
グレースさんは普段からソーシャルメディアで発信されてますよね?
グレース
個人アカウントで実施しているソーシャルメディアは、すべて自分で管理しています。私のアカウントですから、誰の指図も受けません。自分で打ち込み、自分でポストします。
ソーシャルメディアは、私たちの世代の最大の強みなのだと思います。私たちの世代はクリック1つで、次々とつながることができます。メッセージをシェアし、ストーリーをシェアし、時にはミッションもシェアします。
同時にソーシャルメディアを通して、知らない分野のことを学ぶことができます。たとえばTikTokは私が知る由もないランダムなテーマについて、多くを教えてくれました。ソーシャルメディアのアルゴリズムには感謝しかありません(笑) これは実に画期的なツールで、若い世代は恐れることなく使いこなしています。
ほかの原子力サポーターたちとコラボすることはありますか?
グレース
北米原子力若手連絡会(NAYGN)、Mothers for Nuclear、米原子力学会(ANS)、Women in Nuclear(WiN)など、これまでもさまざまなグループと協力してきました。年末のCOP28では、映画監督のオリバー・ストーンさんや、原子力のファッションアイコンであるイザベル・ベメキさん[1]ブラジル出身のファッションモデル兼原子力インフルエンサーともご一緒する予定です。何か面白いコンテンツができるんじゃないかと、今からワクワクしています。
原子力には数多くのアピールポイントがありますが、若い世代にはどれが最も“刺さる”のでしょうか?
グレース
若い世代に「エネルギー・セキュリティ」のような国家規模のトピックを訴えても、たいして刺さらないと思います。若者に“刺さる”のは「電力」と「核医学」ではないでしょうか。
たとえ気候変動の防止にさほど関心がなくても、若者は(たとえばスマホの充電に必要な)安定した電力には夢中になります。気候変動と安定した電力の両方をみたすのは、ゼロ・カーボン電源であり、いつでも安定して電力を供給できる原子力というわけです。
それと前述したように、核医学は父を二度もがんから救いました。これは非常に身近なことであり、おそらく若い人なら誰しも身の周りに、がんと闘病中の方、がんを克服した方、がんで亡くなった方がいらっしゃることと思います。核医学と若者には、実は強い結びつきがあるのです。もちろん核医学は原子力サイエンスの一分野です。
将来のキャリアはどのようにお考えですか?
グレース
来年(2024年)の1月14日に「ミス・アメリカ」としての任期が満了します。3月からは米国最大の原子力発電事業者であるコンステレーション・エナジー社に勤務し、さまざまなタイプの原子炉の炉心設計を担当します。炉心をマッピングし、装荷した燃料のバランスを確認し、均一になるようにするのが炉心設計という分野です。
もちろん原子力サポーターとしての活動は続けますよ! ワシントンDCの政界だけでなく、学校の教室やコミュニティの会議室等で、原子力をサポートする活動を続けるつもりです。これまでのように最前線で原子力をサポートできることがうれしいです。原子力にとって、若者がサポートし、女性がサポートすることは、とても大事なのです。
福島第一サイトの印象は?
グレース
はい。まさか私が福島第一サイトに足を踏み入れるとは思っていませんでした。これまで福島第一事故のことは本で読みましたし、講義で学んでいました。ドキュメンタリー番組で観たこともあります。しかしこの事故が日本の皆さんにどれほどの影響を与えたか、私は全く理解していませんでした。
福島第一サイトで廃炉作業にあたっている人たちの途轍もない努力と責任感には、敬服するほかありません。エンジニアの皆さんがチームワークで、事故サイトでのマニュアルのないカスタムメイドなソリューションを模索し、実行していました。そして、社会の皆さんに対して「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にしていました。米国では企業が一般社会に対し謝罪することはあまりなく、私自身これまでも耳にしたことがなかった言葉だったので、驚きました。
六ヶ所再処理施設はいかがでしたか?
グレース
とてもクールでした。核燃料サイクルの輪の完結を間近に感じることができました。米国は直接処分政策を採っていますが、核燃料サイクルがしばしば話題に上がることも事実です。サイクルが完結すれば、エネルギー自給がますます高まるわけですから。
再処理施設を利用しリサイクルを継続する。ましてや福島第一事故を経た日本で、再処理施設が完成し、稼働するなんて本当に素晴らしいことだと思います。
核燃料サイクルを実現させた国として日本も名を刻むわけですから、この分野でグローバル・リーダーとして活躍することを求められることになると思います。
美浜原子力発電所の印象は?
グレース
米国と日本の原子力プラントに大きな共通点を見出しました。米国のプラントでは「excellent」であることが大変重視されています。原子力プラントを運転するには、ただ「good」で「great」な運転をするだけではダメなのです。「excellent」な運転をしなければなりません。
美浜発電所で私は「excellent」な運転状況を目にしました。日本では福島第一事故後に、すべての原子力プラントで過酷事故対策が見直されたわけですが、美浜発電所での自然災害対策は、エンジニアリングの観点から見て信じられないほど「excellent」でした。
「ああ、これなら大丈夫だ」と思いました。ここでは事故は起こらないとね。安全がすべてに優先されていることを実際に目の当たりにし、このプラントは「excellent」に運転されているな、と実感しました。
短い来日期間でしたが、ほかに印象に残ったことは?
グレース
原子力サイエンスに取り組んでいる若者や学生たち、そしてもちろん女性たちにお会いしました。言葉の壁なんて関係なく、大いに盛り上がりましたよ。彼らが取り組んでいることや、キャリアパス、STEM[2]「Science」(科学)、「Technology」(技術)、「Engineering」(工学)、「Mathematics」(数学)分野において女性が置かれている環境などについて、率直な意見交換ができました。
博士課程の学生や大学院生として、これから彼らが日本におけるロールモデルとなり、次世代の若い人たちに影響を与えていく存在になるのですから。
今回のCOP28にはどのような期待を?
グレース
今年こそ、気候変動へのソリューションとして、原子力がキチンと議題に上がるところを見届けたいですね。会議場の外では「原子力こそがソリューション!」と言いながらも、会議場のテーブルに着くと原子力についていっさい触れない、というこれまでの状況に、いい加減フラストレーションがたまります。
今こそ、胸を張って原子力をソリューションとして掲げる時だと思います。もちろん政策決定者がトップダウンで始めなければなりません。世間の皆さんが原子力支持に大いに傾いている様子を、日々目にしていますが、原子力はそうした世論のボトムアップだけでなく、政策決定者によるリーダーシップも欠かせないと私は思います。
国民からの原子力への支持はもちろん大切です。しかし原子力は簡単なものではありません。NIMBY問題を解決するためには、国のリーダーが意欲をもって最初の一歩を踏み出す必要があります。国家の安全保障上の問題が絡んでいることはもちろんですが、どの国であっても、原子力発電所の建設には政府からの支援が不可欠なのです。
私はCOP28の会場では主に、「ネットゼロ原子力(Net Zero Nuclear=NZN)」イニシアチブ[3] … Continue reading関連の活動を予定しています。そこで、原子力を誇りに思う多くの人々とともに、原子力が温暖化防止に貢献することを伝え、メディアを通して世界中に「原子力こそソリューションだ!」と発信されることをこの目で見たいです。それこそ最高ですよね!
脚注
↑1 | ブラジル出身のファッションモデル兼原子力インフルエンサー |
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↑2 | 「Science」(科学)、「Technology」(技術)、「Engineering」(工学)、「Mathematics」(数学) |
↑3 | 世界原子力協会(WNA)とアラブ首長国連邦(UAE)の首長国原子力会社(ENEC)が今年の9月に立ち上げたイニシアチブ。日本からは日本原子力産業協会(JAIF)らが参加。NZNは、国際原子力機関(IAEA)の同様のイニシアチブである「Atoms4NetZero」の協賛を得ている。 |