【第55回原産年次大会】セッション2「原子力発電の最大限活用に必要な事業環境とは」
13 Apr 2022
BEISのヘファー氏はオンラインで参加
初日のトリを飾るセッション2では、国内外から高名な有識者を迎え「原子力発電の最大限活用に必要な事業環境とはなにか?」をテーマに、原子力発電を取り巻く環境についてさまざまな観点から議論した。エネルギー政策を専門とする慶應義塾大学の遠藤典子特任教授が、モデレーターを務めた。
最初に日本電機工業会・原子力政策委員長の薄井秀和氏(東芝エネルギーシステムズ取締役)が登壇し、原子力プラントに携わるメーカーの立場から、日本の原子力産業を取り巻く環境について整理。多くの課題を浮き彫りにさせるとともに、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた、国への要望や産業界としての取り組みについて紹介した。
薄井氏 発言要旨
日本国内の既設原子力発電所が全て60年運転したとしても、2040年以降は大幅に設備容量が減少する。2030年の原子力シェア=22%を達成できたとしても、2050年カーボンニュートラル実現には、原子力発電所の新規建設が不可欠となる。原子力のプラント建設は長期的なプロジェクトであり、今から着手しなければならない。
一方、日本の原子力産業界はさまざまな課題を抱えている。第一にサプライチェーンの維持。原子力発電事業のライフサイクルは長く、それぞれのステージで多くの業種、企業の参画が必要だ。しかし、新規制基準向け安全対策工事やプラント再稼働対応のみが実施されている現状では、維持できる技術分野やサプライチェーンが偏っている。その結果、多くの企業で原子力特有技術の発注が途切れ、人材と製造ラインの維持が困難となり、事業撤退を検討している。原子力産業に欠かせない企業に事業を継続させるには、早期再稼働と新規建設の見通しを明確に示すことが必要不可欠である。
プラントメーカーにおいても幅広い技術と人材の確保は課題となっている。福島第一原子力発電所の廃炉や、再稼動対応のみでは、やはり技術分野が偏っており、原子力プラントの新規建設に必要な人材が確保できない。また高齢化により建設経験者も減少している。原子力産業を志望する学生については、数だけでなくその内訳も大きな問題である。震災以降、原子力系の学生は同程度を維持しているが、それ以外の機械系や電気系は大幅に減少している。電気、機械系の学生は就職先の選択肢が多く、業界に魅力がないと人が集まらない。
研究開発を支える設備・機会の喪失も課題である。原子力事業の先行きが不透明の中、民間での大型設備や研究設備を維持するのは困難だ。これらの設備は研究目的だけでなく、若手に実習を通じて教育する場としても重要な役割を担っている。海外の照射炉活用などの国際連携と並行して、国内の人材育成、国産技術の競争力強化のためにも国内インフラの整備は必要だ。
原子力発電は、現時点で実用段階にあるカーボンフリー電源として、脱炭素化に貢献する実績ある技術であり、2050年カーボンニュートラル実現に向け、国には新増設・リプレースの方針明確化を求めたい。国の方針が明確になることで、電力会社における新増設・リプレースの計画が具体化され、プラントメーカーやサプライチェーンにおいても、技術力の維持向上に向けた実効的な取組みが可能となる。さらに、学生の原子力産業への参入意欲が向上し、さらなる安全性向上や技術開発に必要な人材の拡充を見込むことができる。
加えて国には、核燃料サイクル実現に向けた高速炉開発推進も要望したい。使用済み燃料に含まれるプルトニウム利用/有害度低減は理論的に可能であり、バックエンド問題の解決にもつながる。これは国民の理解にもつながる。また高速炉開発は、学生や若い技術者が、革新的で夢のある開発に取り組む場の提供にもなる。高速炉のような長期開発には民間が投資しにくく、産官学・国際協力の枠組み構築や研究インフラの整備を国がリードしてほしい。
産業界においても2050年のカーボンニュートラルの実現に向け、さまざまな取り組みが行われている。次世代軽水炉は、世界最高水準の安全性と経済性を有し、再生可能エネルギーとも共存し、社会に受け入れられやすいプラントとして開発がすすめられている。小型軽水炉は近年、国内外で開発が活発化しているが、小型化により原子炉システムを単純にすることが可能であるため、建設時のイニシャルコストが抑えられる。高温ガス炉(HTGR)は発電の他、水素製造など、産業分野の脱炭素化への貢献が期待されている。
これらの新型炉は開発から実用化されるまでは、長期にわたるプロジェクトになり、国の明確な方針の下、産官学が連携して原子力産業界を魅力あるものにしていきたい。
原子力発電が幅広く社会から受け入れられるためには、福島第一の事故を教訓として再稼働プラントにおいて、安全/安定運転を実績として積み重ねていくことが重要だと考えている。そのためには、運転プラントの保全活動の品質を幅広く支えている産業基盤をしっかりと維持向上させていきたい。原子力の安全・安定運転を支えるとともに、今後の社会ニーズに応えることができる高度な技術基盤を維持向上/強化することは、プラントメーカーやサプライチェーンを含む原子力産業界の大きな責務と考える。再稼働/長期運転/新増設計画/革新炉開発計画など、国の長期的かつ明確な方針のもと、原子力プラントが社会に受け入れられ、有効に活用されるように、これからも真摯に取り組んでいく。
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続いて世界原子力協会の理事であり、ハントン・アンドリュース・カース外国法事務弁護士事務所のジョージ・ボロバス氏が、新規原子力プロジェクトに関してファイナンスの側面から考察。資金調達の際に重要となるリスクの考え方を整理した。
ボロバス氏 発言要旨
原子力プロジェクトを進める上で、ファイナンシング(資金調達)は非常に大切である。資金調達にあたってはリスクを考えなくてはならない。財務リスクとしては、これまでのプロジェクトの遅延やコスト超過、電力市場の将来見通しの不確実性、長期的な人材育成の必要性、莫大な初期投資と長期に及ぶ工期、原子力損害賠償責任ーー等が問題になってくる。またリスク解析にあたっては風評リスクも考えなければならない。原子力の負のイメージ、政治的なリスクやPA問題、福島第一事故のイメージ、核不拡散、バックエンド問題など、こうした風評リスクと呼ばれるものは、プロジェクトの遅延やコスト超過を招き、誰もが敬遠するものだ。
原子力ファイナンスの有効なモデルはなにか?と聞かれることが多いが、2022年現在、「単一の原子力ファイナンスモデルはコレ!」というものは存在しない。輸出信用機関(ECA)やベンダーが提供するファイナンスが中心になっているが、基準となるモデルはない。世界銀行のような多国籍の支援もない。
原子力プロジェクトのファイナンスを考えるとき、まずはリスクを最小化することが肝要だ。そのためにはプロジェクトの安全性を確実にすること、サプライチェーンを確保すること、経験豊富なベンダーによるマネジメント、所有者とベンダーが連携したプロジェクトマネジメントの実施、規制当局の能力、政府の支援体制、長期にわたる人材育成ーーなどが必要になってくる。
投資家にとってプロジェクトにおいて重要なことは、「テクノロジー」ではない。投資家が注目する点は、収益の確実性、政府の役割の明瞭性、規制体制の対応力、風評上の懸念、プロジェクトマネジメントのリスク、市場リスクなどである。こうした投資家にとっての信用補完措置としては、政府の保証が考えられる。原子力はプロジェクトファイナンスの対象になっておらず、政府による支援が不可欠なのだ。
しばしば他業界から「原子力がそんなに優秀ならば、なぜ原子力に政府の支援が必要なのか?」と問われる。答えは簡単だ。原子力が提供するメリット(エネルギー安全保障、気候変動の緩和、産業開発、教育レベルの向上、研究開発の促進など)は、社会的な価値であり、そのコストとメリットをプロジェクトファイナンスの分析に載せることはできないのだ。社会的なメリットがあるのだから、社会がサポートするべきなのだ。
しかし政府資金だけに依存すると、財政規律/アカウンタビリティ/効率性がなくなってしまう。政府からの資金は民間からの投資の“呼び水”として必要だと考えるべきだ。投資家に説明する際にはエンジニアの言葉ではなく投資家の言葉で説明しなければならない。「最新技術」を誇っても、投資家には「FOAKリスク」[1]first of a kind いわゆる初号機リスクとしか思えない。「コンソーシアム」を強調しても、投資家には「内部統制の複雑さ」しか想起されない。
SMRは原子力業界で今最もエキサイティングな話題だ。SMRには数多くのメリットがあるがFOAKリスクは免れない。規制構造も実証されていない。したがって資金調達は容易ではないだろう。ただ長期的に見れば、先行者利益を得る機会が存在することは間違いない。
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続いて英ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)の原子力・廃炉部長クリス・ヘファー氏が、英国のエネルギー政策について発表。原子力分野で日英が協力して、エネルギー安全保障の確保やネットゼロの実現に取り組んでいきたいと強い意欲を示した。
ヘファー氏 発言要旨
第55回原産年次大会は世界にとってとても重要な時期に開催されている。 現在のウクライナにおける悲劇と国際的な化石燃料価格の上昇は、エネルギーの自立と安全の必要性を浮き彫りにしている。脱炭素化とエネルギー安全保障の両面から、迅速なクリーンエネルギーへの移行は、日英両国にとって不可欠であり、英国は原子力を重要な手段と見なしている。現在英国は、大型炉とSMRの両方を新規プロジェクトとして進めることに注力している。英国と日本には、長年にわたる原子力協力の歴史がある。今後もエネルギー安全保障の確保やネットゼロの実現など、共通の課題に取り組んでいきたい。
過去数年間で、英国の原子力政策にはいくつかのエキサイティングな進展があった。B.ジョンソン首相の「10ポイント計画」と「エネルギー白書」のどちらも、クリーンエネルギー源として原子力を推進するという政府の目標を強調している。大小の原子炉開発支援のため最大5億2500万ポンドがコミットされている。また、サイズウェルC原子力発電所プロジェクトについて交渉が開始され、本議会会期中に少なくとも1つの単独プロジェクトを最終投資決定(FID)に持っていくことを支援するために170万ポンドが手当てされた。サイズウェルCは、600万世帯に電力を供給するのに十分な約320万kWの電力を発電し、年間約900万トンの二酸化炭素排出量を削減する。事業者との交渉は来年春に完了する予定である。
昨年10月には、新規原子力プロジェクトへの規制資産ベース(RAB)の資金調達モデルの来年実施を目標とし、「原子力融資法案」が議会に提出された。また、将来の原子力参入への支援を提供する1億2,000万ポンドの「将来の原子力開発を可能にするための基金(Future Nuclear Enabling Fund)」を公表した。さらに、本年後半には、将来の英国が必要とする大型炉あるいは先進炉に絞った原子力ロードマップを公表する予定だ。
ウクライナの情勢は、英国のエネルギー安全保障戦略に影響を与えている。
2016年、政府はヒンクリーポイントC原子力発電所(HPC)の支援を決定。これにより2基の欧州加圧水型炉(EPR)が運転を開始する。HPCは、地域経済と英国経済の両方に大きな影響を与え、25,000人以上の新規雇用を創出する。初号機は2026年6月に運開予定だ。HPCが完成するとロンドン全体の約2倍にあたる600万世帯に相当する電力が供給可能となる。これは、英国が2050年のネットゼロの目標を達成するためのカギとなる。
2016年、政府はHPCの差金決済(CfD)契約を決定した。これは、当時の状況に鑑みると適切な資金調達のモデルだった。 CfD契約では、消費者は発電所の発電開始まで一切のコスト負担がない。しかしその後、RABモデルの大規模単一資産プロジェクトへの有効性が証明され、既存のサプライチェーンや最近のプロジェクト建設によって積み上げられた専門知識を利用することで、さらに費用対効果を向上できることがわかった。
「原子力融資法案」は、将来の原子力発電プロジェクトのための規制資産ベースのモデルの使用を可能にし、RABモデルの範囲で、事業者が効果的な方法で新しいプロジェクトを推進するインセンティブとなる。 RABモデルにより、投資家はプロジェクトの建設リスクの一部を消費者とシェアすることができる。このモデルは、消費者の支払を建設中においてもプロジェクト費用に充当でき、あらゆるリスクが消費者、投資家と事業者の間で分担され、資金調達コストを引き下げることになるだろう。それにより電気料金も下がることになる。
英国の民生用原子力施設の安全な廃止措置とクリーンアップは国の優先事項である。英国は、しっかりとした費用対効果の高いクリーンアップと廃止措置の計画と、すべての放射性廃棄物を安全に管理および処分する能力を有している。このタスクの重要性は、年間約30億ポンドに維持されているNDAの予算に反映されており、英国は、原子力発電所やその他のセクターから発生する放射性廃棄物を何十年にもわたって管理してきた。廃棄物の約94%は放射能が低く、既存の施設で安全に処分されている。残りの高レベル廃棄物は、現在、英国内の施設で安全かつ確実に保管されており、地層処分施設(GDF)で最終処分する計画だ。イングランドとウェールズではGDFに適した候補地の調査が進行中であり、4サイトが選定プロセスに入っている。
SMRやGDFのような革新的な原子力技術の開発を目指すとき、国民の間で原子力発電が認知されていることが重要である。英国がCOP26 でホストを務める際、英国は国民の原子力への認識を克服するという重大な課題を抱えていた。2021年3月時点で、英国民の原子力発電への支持は38%にすぎなかった。にも関わらず、COP 26で原子力は非常に大きな存在感を示すことができた。COP26では、2週間にわたって多数の興味深く魅力的なイベントが行われ、原子力について話し合う若者の多様な声が、前向きな議論をもたらした。
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最後にモデレーターの遠藤氏が「原子力発電とエネルギー安全保障」と題して講演。日本及び世界の原子力をめぐる状況を概観し、あらためて課題を洗い出した。
遠藤氏 発言要旨
ロシアによるウクライナ侵略により世界は一変した。しかも日本は電力市場自由化というプロセスを経て、発送電が分離され、非常に需給が逼迫している。そこにウクライナの問題が起き、ロシアからのガス/石油の調達が途絶える。これは特に欧州を中心に起こっているのだが、グローバルマーケットの中で日本にも大きな影響を与えている。これまで欧州は石炭を焚くことに否定的だったが、石炭も必要だとなった。天然ガスについてはパイプラインを通じた生ガスではなく、LNGを調達するようになった。これによりこれまで世界第二位のLNG調達国であった日本にも大きな影響を与えようとしている。
それに対して日本政府は、12日の衆議院の本会議で岸田首相がようやく「原子力を含めあらゆるエネルギー源が必要である」と発言した。それまではどうしても政府は選挙のタイミングになると、原子力に関する発言が少なくなる傾向にあり、昨年のエネルギー基本計画でもリプレースが言及されなかった。
原子力事業を持続可能なものにするときの留意点は、エネルギー安全保障に寄与できるかどうかだ。電化やDXの進展によって、需要が圧倒的に膨らむ世の中がやってきている。2030年の日本の電源構成目標は原子力シェアが20-22%と実現が危ぶまれている。それと2050年以降も原子力が必要だということになると、当然リプレースが必要になる。それが可能なのかどうなのか?リプレースをするときに、どういう事業体がリプレースをするのか?どういう炉でリプレースをするのか?そして資金調達をはじめとする政策的な支援であるとか、民間事業としての存立の可能性。そういったものを検討しなくてはならない。
各電力会社共通の課題である廃炉の実施についても、廃炉を単独でやっていくのか?連携してやっていくのか?あらためて考える必要がある。
そしてグローバル市場の開拓。国内で2030年代に建つ原子炉はゼロであり、日本は海外のマーケットに対して西側諸国の一員としてどう貢献できるのかということも考えていかなくてはならない。
日本では、原子力がベースロード電源としてkWh不足(電力不足)の問題に寄与できていない。これは電力市場自由化に伴う構造的な問題である。震災前の2009年の数字では原子力シェアは31%。2021年になると原子力はわずか3%で、ベースロードにほとんど入っていない。カーボンニュートラル、グリーンエネルギーと唱えながらも、石炭を焚き、LNGがベースロードの役割を果たすような状況になっているのが日本の現状だ。
そして再稼働の遅れ。原子力規制委員会発足時は、審査期間は5か月程度だと言われていた。最初に新規制基準に適合した川内1号機は、申請から767日かかっている。その後審査期間は延び続け、最近では5年近くかかっている。日本は資源を輸入で調達しており、その間の日本の逸失利益は4.7兆円[2]日本エネルギー経済研究所による試算に上る。これに炭素価格を上積みすると11兆円になるとの試算もある。
世界を見ると原子力発電所の新設は、ほとんど中露の炉型に限定されている。これは核不拡散上の問題なのだが、なかなか西側の炉が流通しない。原子力は着工から廃炉まで80年のプロジェクトになる。その資金を中国の国家が手当てし、いわば相手国を借金漬けにする、といった関係の固定化が危惧されている。SMRに米英が注力している背景には、中露のビジネスモデルを転換していくという意図もあるのではないかと感じている。
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パネルディスカッション
遠藤氏 電力市場自由化によって日本は総括原価方式を失ったが、英国のRABモデルを通して、原子力がどうやってファイナンスがついて、事業の予見性があって、維持できるのか、日本が学ぶべき点は多いと思う。
ヘファー氏 RABモデル適用は始まったばかり。HPCではCfDモデルを用いた。これはFOAKリスクに起因するコスト超過のリスクを負担させるものだ。HPCは英国のプロジェクトというよりも、フランスと中国の国家プロジェクトと言っていいだろう。リスクを消費者と事業者との間で負担するより良い方策を模索し、RABモデルが出てきた。これはこれまで高速道路やトンネル工事のような建設プロジェクトに用いられていたものだ。RABモデルでは、負担の仕方が変わる。政府がプロジェクトに対して個別に出資するということだ。英国は色々な政策モデルを試すのが好きなのだ。
遠藤氏 CfDによるストライクプライスが高値になってしまった反省から、RABモデルでは総括原価方式のように固定化し、安定性を保とうとするのが主眼だと思うが、建設中から資金負担を利用者に求めるというのは理解を得られるのだろうか?
ボロバス氏 日本の場合、英国の経験を見ることがとても大切だと思う。英国は長年こうしたモデルを使っており、また検討も長年やっている。こうしたファイナンスモデルを開発するというプロセスそのものから学べることは多い。
英国政府であろうと日本政府であろうと、建設リスクは全く負担したくないものだ。民間企業が発電所を作りたいのならば作ればいい。発電を開始したならば、保証価格で買い取るぞと。そうすると事業者は初期段階で大きなリスクを抱えることになる。それでもプロジェクトを遂行するには2つのことが必要だ。まず、政府がプロジェクトをバックアップしているという保証。それと高いプライスを組み込んで、リスクに見合うものを手当てすること。
基本的にこれは英国のプロジェクトであり、英国民のものであると。全てのリスクを1当事者のみにかけるのは現実的ではない。したがってリスクシェアリングが必要になってくる。なぜそれが必要なのか、長期的にそれが節約につながるのだと、きちんと説明しないと国民の理解は得られないだろう。実際に米フロリダ州では、失敗したケースがある。フロリダには裕福な高齢者が多く、生きてもいない将来のために負担したくないという考えが強かったようだ。ウクライナ危機を通じて、今はエネルギー安全保障等について納得してもらえる環境になりつつあるのではないか。
遠藤氏 ウクライナ危機でエネルギー安全保障が社会的課題として浮上してきた。もう一つカーボンニュートラルの問題もある。どちらかというと公がコントロールする側面が大きくなってきて民の部分が小さくなっている。国の原子力政策に対する責任のあり方はどうあるべきか?
薄井氏 国が長期的な研究開発の投資や明確な方針を示すことで、産業界も具体的な計画を立てられる。最終的には人材が大事であり、人材は欲しいからといってすぐに育つものではない。原子力産業が魅力ある産業になっていかなければならない。
ボロバス氏 それに加えてPPPモデル(官民のパートナーシップモデル)で考えなければならない。これはインフラの根幹を担う問題で、経済の土台になるものだということをみんなで認識し、官民で一緒にやるしかないと思う。
ヘファー氏 また原子力開発は政府がやるべきことだと思われる。英国にはまだ公的な関与が薄い。財務リスクも公で担う部分が増えていくだろう。
遠藤氏 新型炉はなぜこれほどまでにトレンドなのか?
ボロバス氏 確かに新型炉やSMRには勢いがある。工期が短く、安全性も高い。だが原子力のプロジェクトは電力を供給しなければならない。エンジニアは独自技術を高めていくことに熱心だが、グリッドへの売電に漕ぎつけねばならない。どんなに優れたテクノロジーでも発電まで辿り着かないと意味がない。また既存の規制の体系が新型炉に合っていないかもしれない、というリスクも忘れてはならない。
遠藤氏 米国で、規制との連携によってコストが下がるという指摘を聞いた。日本ではNuScaleへの出資というニュースもあるが、国内においては、小型炉を建設するということは現実的ではないとの声もある。
薄井氏 SMRは早い安い安全性高いというのがメリットだが、日本はどうか。一概には言えないが、日本はグリッドが大きく、立地候補点が限られている。一般的には小型炉は大型炉に比べると経済性が低いはずである。初期コストが低いとはいえ、限られた立地点に建設する際に小型炉が選ばれるか疑問だ。何が一番経済性に優れているかという観点で考えるべきで、SMRありきというのは行き過ぎだと思う。
ヘファー氏 新型炉にエンジニアはワクワクしてる。夢に溢れている。問題はどれくらい早く進められるか?SMRはメリットもあるが原子力特有の核セキュリティやバックエンドという逃れられない負の側面もある。私見ではSMRも大型炉と変わらないコストになってしまうのではと思う。しかしプロジェクトの規模が小さいので失敗しても影響は少ないだろう。この分野は国際協力がとても大事になってくる。SMRをグローバル市場にすれば、コストやリスクもシェアできる。経済性は今後変わってくる。まずは地元の同意を得てSMRを建設することだ。それと地元経済に資する面も否定できない。
遠藤氏 高温ガス炉はどうか?どう考えても水素を遠方から運ぶよりも効率が良いと思うが。
薄井氏 さまざまな選択肢ができることはいいこと。それが業界の魅力を高めることにもなる。そのうちの一つが高温ガス炉だ。水素製造や産業への熱源供給に期待できる。日本では産業のためのエネルギー消費が大きい。高温ガス炉に限らずSMRは夢がある。開発に多くの方が関わって活性化すればいいと思う。
遠藤氏 これからサプライチェーンを考える際、中国/ロシアに対抗した西側の連携が大切になるのでは?
ボロバス氏 おっしゃる通りで、中露のモデルの標語は政府が全面的に負担する。ワンストップショップで済むのが魅力的だ、だがそれは現実ではない。ワンストップショップでは済まない。西側は十分に対抗できる。ただしプロジェクト遅延、コスト超過、どんな民間企業もそのリスクを負担することはできない。政府がそこを管理する必要がある。民間企業が国際的に中露モデルと対抗できる環境を整備する必要がある。
遠藤氏 「政府の方針を決める=社会の合意を得る」だと思うが、原子力を事業として維持するための負担を国民に求めることに理解は得られるか?
ボロバス氏 世界を見回すと、原子力発電所の地元は原子力を支持している。情報も多いし、メリットも感じている。こうしたメリットを伝えることが大切だ。安全の話をすることは大切だが、安全の話しかしていない気がしている。安全が一番だと言うが、一番の優先事項は「安全な原子力発電の運転」である。飛行機が安全に飛ぶ理屈を説明する航空会社はない。テスラもカッコいいからみんなが関わりたがる。そうやって魅力を感じるものだ。
遠藤氏 原子力の国有化のメリットはあるのか?弊害は?
ボロバス氏 初号機を作る段階であれば国有化もアリだが、効率が悪くなっていく例を数多く見てきた。4-5号機目以降は民間もリスクを取るべきだろう。同じものを何回も使うことが大事。ツマラないかもしれないが同じ技術を使い続ける(シリーズ建設する)ことで、民間でも可能になってくるのではないだろうか。
薄井氏 FOAKリスクを国がとるのは効果があるかもしれない。同じ炉型をシリーズ建設するのも有効だろう。
ヘファー氏 ツマラないかもしれないが同じ炉型を作り続けるのは効果的だ。英国政府は多くのリスクを負担する覚悟はあるが、民間による競争の果たす役割も大きいと思う。