原子力産業新聞

国内NEWS

重粒子線がん治療の普及へ QSTがイオン入射装置を小型化

06 Sep 2023

QST関西研で統合試験が開始されたイオン入射装置の原型機(QST発表資料より引用)

量子科学技術研究開発機構(QST)は8月30日、重粒子線がん治療装置の小型化に向け、新型イオン入射装置の原型機を世界で初めて開発し統合試験を開始したと発表した。〈QST発表資料は こちら

QST 関西光量子科学研究所が、住友重機械工業、日立造船と共同で、それぞれが強みとする技術を組み合わせ開発に至ったもの。QSTでは、2016年の発足以来、初代理事長・平野俊夫氏の標榜する「がん死ゼロ健康長寿社会の実現」のもと、重粒子線がん治療装置の普及に向け、そのパイオニアである「HIMAC」と比べ、約40分の1(面積比)に小型化し既存の建屋内に設置可能とする次世代装置「量子メス」の開発に取り組んできた。

今回の開発成果は、一般的な重粒子線がん治療装置を構成する2つの加速器のうち、炭素イオンを発生させ光速の約9%にまで予備的に加速するイオン入射装置の新技術で、従来の加速器の数百万倍の強さを発揮する「レーザーイオン加速」の応用がポイント。これにより、加速距離が従来の15mから数ミクロン程度にまで短縮され、装置全体の大幅な小型化につながることとなる。

QSTでは1994年に重粒子線がん治療装置「HIMAC」による治療を開始。現在、国内7か所(千葉、兵庫、群馬、佐賀、神奈川、大阪、山形)で、重粒子線がん治療装置が稼働中だが、全施設を合わせても1年間で治療を受けられる患者数は約4,000人と、これは日本で年間に発生するがん患者の0.4%程度にとどまっており、治療装置の小型化による全国的な普及が不可欠だ。2010年に治療を開始した群馬大学の施設は、新たな加速器技術により建設・運用費や規模を「HIMAC」の約3分の1にできたが、今後の普及・治療成績向上にはさらなる低コスト化・高性能化が必要となる。

「量子メス」の実用化は2030年が目標。今回の原型機開発により、その実現に向けた設計が大きく前進することとなる。QSTでは、「低侵襲的ながん治療が広く普及すれば、現役世代に向けてはライフサイクルを乱さない日帰りがん治療が、高齢世代に向けては術後の体力回復に依存しないがん治療が、より一般的に提供可能になる」と、期待を寄せている。

cooperation