原子力産業新聞
識者に訊く

「わが国原子力産業界の進む道」

30 Jan 2020

「わが国原子力産業界の進む道」

文:保科俊彦  写真:冨野克彦

  • 「東京電力の安全文化は十分な準備が出来上がりつつある」(ジャッジ氏)
  • 「原子力技術の革新に日本の国際的な役割を期待」(レスター教授)

原子力産業新聞ではこのほど来日したバーバラ・ジャッジ氏(英国原子力公社名誉会長 東京電力原子力改革監視委員会副委員長)とリチャード・レスター教授(米国マサチューセッツ工科大学)に独占インタビュー。ジャッジ氏は「東京電力は安全文化について十分な準備が出来上がりつつある」とし、同社が原子力発電所を安全に稼働することが可能な段階に達しているとの見解を示した。またレスター教授は、日本が有する優れた原子力技術を高く評価し、気候変動問題の解決につながるイノベーション分野で「国際的な役割を果たしてもらいたい」と期待を示した。

──安全性を継続的に向上させるためには、安全な運転実績を積み重ねることが重要だと思うが、日本の多くの原子力発電所では規制当局による再稼働の審査手続きが延々と続けられており、安全運転の経験と実績を十分に積み重ねることができない現状にある。こうした状況の中で、安全性向上に向けてどう取り組んだらよいか?

ジャッジ氏  東京電力でこれまで実施してきたことが参考になると思うので紹介したい。東京電力では、福島第一原子力発電所事故の後、安全文化の欠如を認識し、新しいプログラムを策定して実行してきた。具体的には安全文化が何であるかを全社にむけて教育し、安全意識の向上をはかるプログラムである。まず経営のトップから始めて中間管理職、そして現場で実際の作業に携わる運転員など発電所の要員へと順番に、安全文化の教育を行ってきた。

なぜ経営のトップから始めるかというと、やはり経営層が「安全文化が極めて重要である」という強い信念を持っていなければ、安全意識の向上が必要とのメッセージが現場に届くことはないからである。

また外部の専門家を活用して安全文化とは何か、なぜ重要なのかを社内各層に啓蒙し、必要なカウンセリングを実施するなどの活動を行った。社員では少し聞きにくい質問も敢えて外部の方に聞いてもらう、言ってみれば隣の家をのぞくような形で社内の改革を進めたことは有益だった。同時に、原子力発電の安全性向上をはかる国際機関である世界原子力発電事業者協会(WANO)も安全文化の教育に継続的に関わってくれた。

並行して事故発生時の緊急時対応の手順等の内容を詰めて訓練を重ね、実際に現場でどう対応するかを明確化するなど、経営層から現場要員まで全社を挙げて安全意識の向上に取り組んできている。

そしてもうひとつ非常に重要なことは、東京電力では原子力安全監査室を設置し、独立的に原子力部門の活動を監視しているということだ。日常の行動やふるまいなどに着目して安全文化とは何かを研究し、そのうえで原子力部門の安全意識をモニタリングするなど、一連の改革の実効性をここで監視している。
このような監視活動は、社会の信頼回復にむけて国民の目線から自分たちのやり方が正しいのかどうかを検証するためで、大変重要な取り組みである。

──原子力規制委員会(NRA)も、安全性向上に向けた新たな検査制度を来春に開始する予定だ。

ジャッジ氏  NRAが新たな検査制度を開始し、現実的かつ一層改善された手順が構築されていくのは望ましいことだと思う。ただ、重要なのはNRAと原子力産業界が、互いに意見を述べ合うオープンな関係を作ることである。それがあってこそ、再稼働を含めて原子力発電の建設的な議論ができると考える。

──日本の原子力技術とそれを支える人材は過去には世界トップクラスと言われたが、福島第一の事故で社会の信頼を失った。その後、様々な改革を経たが、東京電力を含め日本の原子力発電事業者は原子力発電を稼働させるに足る安全文化を醸成することができているだろうか?

ジャッジ氏  安全文化というのは旅のようなもので、長い道のりをこれからも歩み続けて行かねばならないと思うが、東京電力ではその道のりを、これまでのところ順調に歩んできた。

様々な取り組みを実施すると同時に外部の専門家の調査や助言を受け、またNRAの視察を受け入れて各種の助言を得て、諸活動の改善に取り組んでいる。私の意見としては、東京電力は安全文化について十分な準備が出来上がりつつあり、原子力発電所を安全に稼働することが可能な段階に達していると考えるとはいえ、再稼働の最終的な決定は規制当局が行う。東京電力はいまもNRA等の規制を受けており、安全文化の醸成と同時に国の規制のもとで十分に安全な稼働が可能であることが国民から理解されることも重要である。

レスター氏  安全文化の概念は、日本に限らず原子力発電を行う国にとって非常に重要な概念であると考える。過去の東京電力の対応の仕方を振り返ると、過剰な自信によってこの安全文化が損なわれていたと言えるだろう。

安全文化の真価が試されるのは、これまでに経験したことのない状況に直面した時だと思う。安全文化を備えた組織であれば、そのような事態になっても自信をもってこれに対応できるものと考える。

──事故後の放射線影響については、根拠のない風評被害の問題が国内には根強く残っている。一方で海外でも日本産の食品輸入に消極的な国がある。被ばくの状況やその影響に関する情報発信や内外の理解促進に関して、どうお考えか?

ジャッジ氏  私見を交えてお話しするが、昨年、私は福島にうかがった折に梨をいただいた。非常においしかったことを今も鮮明に覚えている。また多くの地元の方とお会いする機会に恵まれ、食事も大変おいしくいただいた。

私のように、なるべく多くの人たちが現地に足を運んでくださり、そしてその多くの人のなかには、例えば科学者であったり、教師であったり、子供を持つお母さんであったり、あるいは映画スターのような方がおられるのも良いと思う。なるべく多くの人たちに実際に福島に足を運んでいただいて、現地のものを食べていただく。そしてそのおいしさを理解したうえで、友人や知人にこれを実際に伝える。これが何よりも情報の伝達方法としては良いのだと思う。また政府や地方自治体などが、正しい情報を広めることを政策的に支援することも有益なことだろう。

それから、これはあくまで個人的な見方であるが、風評被害の背景には国際的な関係において、何らかの政治的な意図が介在するような不幸な状況も見受けられる。その点については懸念を持っている。

──日本国内では「事故を起こした東京電力は原子力発電を自粛すべし」との極端な意見もある。一方で、原子力発電は地域に支えられた産業であり、先行きが不透明なままで立地地域を含めて希望を見出せない現実がある。政府が原子力政策の展望を具体的に示す必要があるのではないか?

ジャッジ氏  多くの国で立地地域の地元住民としては原子力発電所を歓迎していることは間違いない。経済は活性化され、就業の機会も増える。地域の文化は豊かになり、また教育の機会も増える。電力会社などの企業が立地地域に存在することで、企業が地域の良き一員になっている事例は多く見られる。

日本政府は現在、気候変動の問題に関して対策をどうするか検討する一方で、最適なエネルギーミックスを追求している段階にあると思うが、環境負荷とエネルギー供給の両面を同時に解決するには、原子力の存在は不可欠である。

ここで重要になってくるのが政治のリーダーシップであり、地方自治体のリーダーの役割である。原子力発電所の再稼働について自分たちの意見をはっきり示すべきだと思う。

むろん、エネルギー供給は原子力発電だけでなく、太陽光や風力、石油や天然ガスなどを適切に組み合わせる必要がある。そのなかで原子力は24時間稼働し続けるベース電源として非常に重要であり、エネルギーの最適な組み合わせの中で不可欠な存在であることは間違いない。

太陽は常に照らしているわけではないし、風も常に吹いているわけではない。環境負荷の面も考え合わせれば原子力発電は重要な電源であり、とくに地元自治体のリーダーには原子力発電の特長を理解して意見を表明してもらいたいと思う。

また、これは日本に限ったことではないが、原子力発電に対する厳しい見方をすることが多いのは女性で、家族や友人にとって、さらには地域や国にとって原子力発電が重要であるかを彼女たちにきちんと理解してもらうよう啓蒙することが必要だと考える。

──原子力の環境優位性や効率性については、残念ながら日本ではほとんど議論がなされていない現状にある。日本の原子力技術が安全性や技術革新において国際的な役割を果たすためにも日本国内で安全や新型炉の研究開発を継続する必要があるのではないか?

レスター氏 日本では福島第一原子力発電所の事故以降、原子力に関して消極的な姿勢に陥ってしまったと感じる。しかしながら世界を見渡すと気候変動に関して大きな議論が展開されており、その一端を担っているのは技術革新の議論である。

技術の革新によって、より経済性に優れた原子力発電技術が提供できるのではないか、より競争力が高まるのではないかとの議論もなされている。

重要なのは、日本が消極的な姿勢ではなく積極的に国際的な役割を果たすために、そうした議論の中に飛び込んでいくことだと考える。

日本は関連分野の技術で十分な能力を有し、技術革新などを実現するための資金的なリソースもある。日本の原子力技術は国際的に高いレベルにあり、日本特有の経験を蓄積していることからも、むしろ原子力施設や技術基盤をひとつの資産ととらえ、国際的な役割を果たしてもらいたい。その意味で、気候変動の議論にも積極的に加わってもらいたいと思う。■

cooperation