11月5日、ドイツのフリゲート艦「バイエルン」が東京港へ入港した。ドイツ海軍の艦艇が日本に寄港するのは20年ぶりのことだ。また、今年は英国海軍の空母「クイーン・エリザベス」、フランス海軍の攻撃型原子力潜水艦「エムロード」などが相次いでアジア太平洋地域を訪れ、周辺国を巻き込んだ米国と欧州主要国によるこの海域での洋上訓練も数多く行われた。さらに、第1次政権の際に安倍晋三元首相が提唱した日本、米国、オーストラリア、インドによる“QUAD(クアッド)”の連携が一段と強化され、米国、英国、オーストラリアの3か国首脳は9月15日のオンライン共同会見で“AUKUS(オーカス)”の新たな枠組みを表明している。
こうした日米欧にインド、オーストラリアなどを加えた安全保障上の結び付きは、明らかに中国を意識したものだろう。より具体的には、台湾情勢が影響しているのではないか。特に大きな特徴は、地理的には遠く離れた欧州が南シナ海、東シナ海、台湾海峡における中国の動きを強く牽制していることだ。政治的には民主主義国による価値観の共有、経済的には台湾企業の持つ半導体製造技術の中国への流出阻止──一般的にこの2つが主な理由とされている。
特に重視されているのは半導体だ。新型コロナ禍からの経済活動再開に当たり、世界の主要産業は半導体不足に直面、今やそれなくして経済が成り立たないことを再確認した。インテル、アップルなどから最先端半導体の製造を請け負っている台湾のTSMCは、世界で唯一10ナノメーター以下の微細加工技術を持つファウンドリに他ならない。このTSMCを中心に台湾メーカーは世界の半導体ファウンドリにおいて7割のシェアを有している(図表1)。AIや通信分野では既に最先端に近い技術を獲得した中国だが、半導体だと3、4世代遅れているのが実情だ。台湾の統一を成し遂げることは、即ち半導体製造技術でも同国がトップランナーになることを意味する。
今年4月16日、ワシントンを訪問した菅義偉首相(当時)とジョー・バイデン大統領による日米首脳会談を受けた共同声明には、「両国の安全及び繁栄に不可欠な重要技術を育成・保護しつつ、半導体を含む機微なサプライチェーンについても連携する」とあった。TSMCは、最先端の半導体工場をアリゾナ州フェニックスに建設中であり、先端半導体工場を熊本県菊池郡菊陽町に建設する計画を発表している。これは、TSMCにとっても、日米にとっても、台湾有事に備えたリスクヘッジの一環だろう。
もっとも、米欧主要国が台湾問題に深刻になっているのは、民主主義や半導体だけが理由ではない。より以上に緊迫した問題は安全保障である。それは、日本のエネルギー問題にも大きな影響を及ぼす可能性があるのではないか。
米国、欧州主要国は何を懸念しているのか?
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計によれば、昨年、世界のなかで最も国防費の支出が大きかったのは米国の7,782億ドルだ(図表2)。それに次ぐのが中国の2,523億ドルである。日本の防衛費が1990年代後半からほぼ横ばいなのに対し、中国は過去20年間に亘って年率12.9%の高い伸びを維持してきた。
その中国が最も重視しているのは海軍力及び空軍力の強化だろう。1927に創設された人民解放軍は、元々、抗日戦及び国民党軍との戦いが最大のミッションだった。また、1950年6月〜1953年7月の朝鮮戦争、1979年2〜3月にベトナムとの間で戦った中越戦争、インドやロシアとの国境を巡る緊張関係に関しても、中国が経験した主要な実戦の主戦場は陸だ。従って、1970年代まで、人民解放軍と言えば陸軍が主だった。
しかしながら、15世紀半ばに始まった大航海時代以降、ポルトガル、オランダ、英国、そして現在の米国を含め、制海権を握れる海軍力が覇権国になる上で鍵となる要素に他ならない。さらに、第2次大戦では空軍力、戦後は核戦力、そして今はサイバー空間と宇宙の重要性が急速に高まりつつある。
同時に抑止力とされているのが核弾頭を搭載できる大陸間弾道弾だ。中国は、なかでも衛星などから事前に発射準備を捕捉できる陸上発射型ではなく、海中から打ち上げることができる潜水艦発射型大陸間弾道弾(SLBM)の開発に注力している模様である。SLBMは高い技術力を要する一方で、発射の兆候が極めて捕捉し難く、迎撃が困難だからだろう。
中国は2016年頃にSLBM「JL-2(巨浪2号)を実戦配備したが、その射程は7,000km程度のようだ。中国近海の東シナ海、南シナ海、フィリピン海から発射して、インドを含むアジア全域を圏内に捉えられるレンジを持つ。しかしながら、この海域から米国東海岸までの距離は1万2,000㎞を超えるため、JL-2では米国全土を射程に捉えることはできない。
一方、現在、開発が最終段階にあると見られるJL-3(巨浪3号)は、射程が1万2,000㎞に達す見込みだ。台湾周辺からロンドンまでの距離は1万㎞なので、JL-3は米国のほぼ全土、欧州全域を射程内に収めることになりかねない(図表3)。
東シナ海、南シナ海、そしてフィリピン海の海中における中国潜水艦の行動をリアルタイムで把握できるのは、台湾のみと言われている。仮に台湾が中国に統一された場合、安全保障のバランスは大きく変化するだろう。米国、欧州が直接のSLBMによる脅威に晒されることになるからだ。米欧主要国が台湾問題に真剣にならざるを得ないのは、自らが軍事的リスクに直面しているからではないか。
もちろん、先制核攻撃は当然ながら報復攻撃を受けることになる。それは、世界が滅亡するシナリオに他ならない。従って、核保有国が非核保有国を攻撃する場合か、テロリストなど国家を持たない組織による攻撃以外、現代の戦争において核の使用は不可能と言えるのではないか。もっとも、このバランスはある大国が核兵器を保有することにより、他の大国に核兵器を使わせないとの戦略で成り立っている。中国のSLBMが米国全土、欧州全域を射程圏内に置くとすれば、それは中国の国際的な発言力に大きな影響を与えることになるだろう。
2024~27年に東アジアの緊張が高まるリスク
中国と台湾の間では、戦後、台湾海峡を挟んで今の2政治体制状態になって以降、深刻な軍事衝突になりかねない危機が3回あったと言われている。このうち、第1次は1954〜55年、第2次は1958年であり、いずれも1979年の米中国交正常化以前の事件だった。これに対して、第3次台湾海峡危機は1995〜96年であり、それほど遠い昔ではない。
1995年6月、独立派の李登輝総統(当時)が母校であるコーネル大学での講演のため米国を訪問、敏感に反応した中国人民解放軍は台湾周辺で大規模な軍事演習を行った。この圧力に対して、米国のビル・クリントン大統領は空母『ニミッツ』、『インデペンデンス』を中心とする2個の空母打撃群を台湾海峡へ派遣、一触即発の事態に至ったのだ。もっとも、当時、米国と中国の海・空軍力の差は歴然としており、結局、中国が矛を収めるかたちで危機は収束した。この苦い経験は、中国による海・空軍力強化の強い動機になり、1998年にウクライナから空母『ワリヤーグ』(現在は人民解放軍の空母『遼寧』)を購入したと言われている。
現在の中国の軍事力だが、今年6月17日、米国連邦議会上院歳出委員会の公聴会に出席したマーク・ミリー統合参謀本部議長は、「近い将来、中国が台湾を掌握するほどの軍事的能力を持つことはない」と語った。これが米軍制服組トップの現状認識だろう。一部のメディアは台湾海峡有事のリスクを強調するものの、日米欧の安全保障担当者の間で中国が軍事的に台湾を制圧するとの見方は少なく、恐れているのは全く別のシナリオなのではないか。
現在の蔡英文台湾総統の任期は2024年5月までだ。台湾は選挙により次期総統を選出するが、中国が目指すのは親中派の政治家を後継者に据えることだと考えられる。新たな台湾の政権が統一促進の政策を採れば、当然、独立維持派は強く反発し、反行政院(政府)運動が盛り上がる可能性は強い。一部が暴徒化して行政組織や議会へ乱入、空港を占拠するかもしれない。この時、新総統は中国に治安維持のため協力を要請、大陸から人民武装警察隊が派遣され、暴徒化した民主体制維持勢力を警察力により鎮圧、台湾の統一を内側から一気に進めるのだ。
これと似たシナリオを世界はつい先ごろ別の場所で目撃した。言うまでもなく香港である。
日米欧の対応が非常に難しいのは、これは法制上は中国の内政問題であるからに他ならない。日本は1972年9月の日中国交正常化、そして米国は1979年1月の米中国交正常化により、中国の主権が中華人民共和国にあり、台湾は中国の一部であると認めた。現在、台湾を国家として承認、国交関係を持つ国は15ヶ国しかなく、そのなかにG7をはじめとした先進国は含まれていない。
中国が軍隊を使うミスを犯せば米国は再び台湾海峡に空母打撃群を派遣、欧州も協力して全力でその動きを阻止すると考えられる。しかしながら、警察力による治安維持の場合、反民主的であると抗議し、経済制裁を課すことが精一杯であり、実力を持って阻止するのが極めて難しいことは香港で証明された。つまり、習近平中国国家主席にとり、香港は台湾の統一へ向けた格好のシミュレーションだったと言えるだろう。そして、日米欧は外交的な抗議以外にこれに手出しができず、香港にアジアの拠点を置く先進国の金融機関は1社もこの地域から撤退していない。
中国人民解放軍は、2027年8月1日に建軍100周年を迎える。また、中国共産党による1期5年2期までの内規を改正し、3期目に突入すると見られる習近平共産党中央委員会総書記(国家主席)の任期は2027年11月までだ。つまり、中国にとって2027年は非常に重要な年になる。
習主席は、薄熙来共産党中央政治局委員兼重慶市党委員長にはじまり、腐敗撲滅運動の下で数々の政敵を失脚させてきた。このなかには、周永康共産党政治局常務委員や令計画人民協商会議副主席など超大物の政治家の他、徐才厚上将(共産党中央軍事委員会副主席兼党中央政治局委員)、郭伯雄上将(党軍事委員会第一副主席兼党中央政治局委員)など、人民解放軍の制服組トップも含まれている。
中国共産党には江沢民元国家主席に連なる上海閥、胡錦涛前国家主席、李克強現国務院総理などが属する共青団(共産主義青年団)、そして革命期の元老の子孫である太子党・・・3つの派閥があるとされてきた。共産党八大元老の1人である習仲勲党中央政治局委員を父に持つ習主席は、一般的に太子党と見られている。共産党総書記に就任した当初、習主席は共青団系と組んで上海閥の弱体化を図り、それを成し遂げて以降は共青団を追い落すことで自らの権力基盤を強化してきたと言えるだろう。
しかしながら、9千万人の団員を持つとされる共青団は中国の権力基盤に浸透した強固な組織であり、人民解放軍と共にその力は依然として強いと考えられる。粛清には恨みや怒りが付き物であることから、習主席が仕返しを心配せず引退するためには、もう1期を全うして建国以来の悲願である台湾統一を達成する必要があるのかもしれない。
つまり、蔡英文台湾総統が退任する2024年から、習近平中国国家主席が第一線を退く2027年まで、東アジアの緊張感が極めて高くなる可能性がある。その中心にあるのが台湾だ。このシナリオが大きく間違っていないとすれば、その影響は東アジア地域だけでなく世界全体に及ぶことが予想される。緊張と分断は経済にとって大きなリスクであり、日本は有事に備える必があるのではないか。
原子力の平和利用が安全保障を担保する
中国人民解放軍が海・空軍力を強化しているのは、台湾を軍事力により制圧するためではなく、治安維持のための警察力によって統一した台湾を防衛するためと考えれば納得できる。米国全土、欧州全域を射程圏内に捉えるSLBMの開発も、台湾への主権を認めさせるためのツールなのではないか。
日本にとって台湾が経済的に重要な意味を持つのは、半導体だけが理由ではない。日本が輸入している石油、石炭、天然ガスを含む多くの資源が、南シナ海から台湾沖を通って東シナ海へ抜けるルートを通過するからだ。即ち、台湾は日本にとってのシーレーンのど真ん中に位置している。仮に台湾が中国に統一され、日米欧と中国の緊張関係が高まれば、日本はシーレーンが寸断されることにより、資源確保で極めて厳しい状況に陥る可能性があるだろう。
エネルギーに関して、再エネの拡大は自給率を上げる上での重要な対応策の1つと言える。もっとも、今年、異常気象に見舞われたスペインで風不足から風力発電が機能しなかったように、再エネの普及には安定的な電源によるバックアップが欠かせない。地球温暖化問題だけでなく、安全保障上の脅威を考えた場合、天然資源に恵まれない日本では原子力の活用が必要だ。
岸田文雄首相は経済安全保障を重視、担当大臣を置いた。しかしながら、10月22日に閣議決定された『第6次エネルギー基本計画』は、率直に言って安全保障の概念が抜け落ち、極めて中途半端なものとなった感が否めない。国際情勢と内政・外交をしっかり連動させないと、国民の安全と安心は守れないだろう。