原子力産業新聞

老獪なドイツに学ぶべき日本のエネルギー戦略 後編

15 Sep 2020

ドイツのエネルギー・電力政策に関して、前編では「脱石炭政策」、「脱原子力政策」を取り上げた。温室効果ガスの排出量原単位を見ると、ドイツと日本の間に気の遠くなるような差があるわけではない。しかしながら、日本が温暖化対策で国際社会から批判されることが少なくない一方、ドイツが再生エネルギー大国として称賛されているのは、ドイツの政治・外交的老獪さに負うところが大きいだろう。

その再エネに関しても錯覚があるように思われる。2018年度における日本の電源構成で再エネのウェートは16.6%であり、ドイツが2019年に39.7%に達していたとの比べかなり見劣りすることは間違いない。もっとも、再エネで誰もがまず思い浮かべる太陽光の構成比率に関しては、日本の6.0%に対してドイツは7.6%であり、意外なほど差は小さいのである。何が違うのかと言えば、日本で0.7%の風力がドイツは20.7%に達していることだ。また、バイオマスについても、日本の2.2%に比べてドイツは7.4%と3倍を超えていた。問題は、この風力とバイオマスの日独の大きな違いが、政策的な問題に起因するか否かだろう。

 

風力発電を支える北海を吹く風

ドイツは16の州により構成された連邦国家だが、風力発電所は国土の北部に集中している。2019年末時点の総定格出力5,391万kWのうち、北海に面したニーダーザクセン州が1,133万kWと最大だ。これに北海、バルト海に挟まれたシューレスヴッヒ・ホルシュタイン州(出力670万kW)、バルト海沿岸のメクレンブルク=フォアポンメルン州(647万kW)を合計すれば2,179万kWであり、この北部沿海3州が風力発電設備全体の40.4%を有している。

国土の北側の地域に風力発電所が林立する背景は、風況が良いことだろう。北海に面したニーダーザクセン州の街、ハルレージールの平均風速は21.1km/時である(図表1)。一方、日本最大の風力発電所、ウィンドファームつがるが位置する津軽市は8.3km/時だ。強い風が安定的に吹くことが風力発電にとって最も重要な要素であるとすれば、北海沿岸は明らかな適地と言えるだろう。さらに、近年は北海海上において洋上風力発電所の開発も進んでいる。

ただし、日本ではあまり伝えられていないが、ドイツの風力発電は思わぬところで問題を引き起こしてきた。同国の首都ベルリンは、旧東独の一部であったブランデンブルグ州の中央に位置している。一方、経済の中心地、即ち電力の消費地は、中部、南部のケルン、フランクフルト、ミュンヘンなどの大都市だ。しかし、ドイツは南北の系統連携が不十分であり、北海に強風が吹いて風車が大量の電力を発電すると、余剰分が西隣のオランダ、東隣のポーランド、チェコなどへ流入する。これらの国では火力発電所の出力調節に追われるなど、その度に難しい対応を迫られて来た。

また、ドイツにとっても、再生可能エネルギー法(EEG)の下、高価格で買い取った電力を低価格で輸出せざるを得ないため、逆ザヤ状態に悩まされている。さらに、オランダに供給された電力はベルギー、フランス経由で、チェコ、ポーランド分はオーストリア経由で、結局はその一部がドイツ南部に流入しているのが実情だ。結果として、ドイツにおける再エネの主力である風力発電は、電力を巡る隣国との軋轢や、ドイツ国内における電力価格高止まりの要因になっている。

課題はそれだけではない。太陽光に比べ風力は供給が安定しているとは言え、昨年、ドイツにおける地上風力発電所の設備利用率は19.5%に留まった(図表2)。洋上風力だと32.0%まで高まるが、原子力発電所の場合は一般に設備利用率が70〜90%程度に達しており、その差は極めて大きい。「安定的」なのは、あくまで再エネのなかでの相対比較なのである。風の動向で出力が大きく変動することから、風力を活用する場合、現状、電力供給を一定に保つため出力調整の容易な火力発電と組み合わせが必須となる。

長期的には、1)大型のバッテリーを開発、強風の際に蓄電する、2)風力発電による電力で水素を製造し、燃料電池に活用する━━などの対策が期待できるだろう。しかし、今の技術はそこまでには達しておらず、供給平準化のための仕組みが必要だ。ドイツが石炭火力発電を継続してきた背景には、自国の褐炭産業保護と同時に、再エネの宿命である供給の不安定さを調整する意味もあるだろう。つまり、原子力と比べた場合、トータルで見れば温室効果ガスの排出量が高止まりするわけだ。

ちなみに、電力に関する報道や識者のコメントにおいて、「原発X基分」との表現に触れることは少なくない。例えば、今年8月20日付け毎日新聞に掲載されていた『日本の脱炭素シフト 再エネ拡大にかじを』との記事には、洋上風力発電所について、「原発1基分に相当する出力100万キロワット級の発電所を目指す計画もある」と書かれていた。原子力発電所の原子炉は、比較的新しい炉だと1基の定格出力が100万kW級かそれ以上のものが多い。そこで、「100万」は語呂が良いことに加え、原子力との対比を強調する上で、他の電源を語る際に敢えて「原発X基分」とするのだろう。

しかし、これは大きな誤解を生みかねない表現だ。言い換えれば、「W(ワット)」と「Wh(ワットアワー)」の区別がなされていない。原子力産業新聞の読者の方々には釈迦に説法だが、発電電力量(kWh)は「定格出力(kW)×稼働時間×設備利用率」である。定格出力100万kWの洋上風力発電所を設備利用率32%で1年間運転した場合、計算上、年間発電総量は2,803GWhだ。一方、定格出力100万kWの原子力発電所の総発電量は、設備利用率を75%とすると6,570GWh、洋上風力の2.3倍になる。

つまり、定格出力による単純比較は極めて問題が多く、「W」と「Wh」の違いを理解せずに「原発X基分」と表現しているなら不勉強の謗りを免れない。知っているにも関わらず敢えて定格出力をもって「原発X基分」としているなら、それは反原子力の確信犯だろう。反原子力は構わない。民主主義国の日本では、様々な意見があって然るべきだし、厳しい批判に晒されるからこそ原子力の安全性が強化されるのではないか。しかし、権威によって強い影響力を持つ確信犯が敢えて世論をミスリードしようとしているならば、それは民主主義に対する挑戦に他ならない。

いずれにしても、ドイツにおいて再エネの主力である風力発電は、北海の強く安定した風を大前提としている。また、現在のところ隣国も含めた火力発電による供給の調整が必要だ。この点へのしっかりとした認識がなければ、ドイツの事例を日本の参考とすることはできないだろう。

 

ノルドストリーム2が示すドイツの外交姿勢

国連加盟国のなかで、ドイツの国土の広さが何番目かをご存知だろうか。35万7,578㎢で62番目である。それでは、61番目はと言うと、37万7,975㎢の日本なのだ。このことを知った時、恥ずかしながら驚いた。欧州の地図を見るとドイツは真ん中にあり、とても大きく感じる。島国の日本と比べた場合、圧倒的に広い国だと思っていたが、全くの勘違いだったわけだ。

国土面積の似通った日独の大きな違いは耕作地に他ならない。ドイツの場合、国土の47.9%に達しており、11.3%の日本とは大差がある。これは、平地面積に大きく依存しており、日本国民の努力では如何ともし難いだろう。そしてこの耕作地面積の差は、電力事情にも大きく影響している。農業の盛んなドイツでは、バイオマス発電の燃料調達が容易だ。従って、2019年の総発電量のうち、バイオマスが太陽光に匹敵する7.4%のウェートを占めたのである。衰退しつつある林業から発生した木質チップに多くを依存する日本のバイオマス発電とは、圧倒的な差があるも止むを得ないのではないか。

また、より根本的に地政学的観点からドイツが日本と異なるのは、隣国と陸続きであることだろう。歴史的な欧州大陸内の厳しい民族、国家間の闘争の中に身を置くドイツは、近代に入って2度の世界大戦を引き起こし、いずれも敗北した。戦後は西欧と東欧の中間地点として国家が分断され、旧西独は旧ソ連の脅威に晒され続けてきたのである。もっとも、欧州連合(EU)結成ではフランスと共に主導的役割を担い、ユーロへの通貨統合において経済的に半ば一人勝ちした。

大陸の中にあることは、エネルギー政策にも大きな影響を与えている。既に触れたように、北海に強風が吹き電力が過剰になると、逆ザヤとは言え隣国に余剰電力を放出することが可能だ。逆に電力が不足する場合、西隣の原子力大国・フランスから供給を受けることができる。ドイツの再エネ強化や脱原子力、脱石炭化政策は、この国の地理的な存立基盤に依存していると考えなければならない。四方を海に囲まれた島国の日本とは、そもそもの条件が異なるのである。

そしてもう1つ、ドイツの持つ切り札は「ノルドストリーム」だ。この存在を知る日本人は多くないだろう。ロシアのレニングラード州ヴィボルグからドイツのグライフスヴァルトを結ぶ全長1,224kmの天然ガスパイプラインに他ならない。事業主体であるノルドストリームAGには、ロシアのガスプロム、ドイツのウインターシャル、スイスのPEGなどが出資している。ロシアの天然ガス輸出量の4分の1に相当する年間550億㎥の輸送量を持つノルドストリームの特徴は、バルト海の海底に敷設されていることだ。陸上のパイプラインは、ウクライナやバルト3国を通過するため、外交関係の影響を受ける上、巨額の輸送料の支払が必要である。しかし、ノルドストリームの場合はそうした問題が少ない。

さらに、2018年8月19日、クレムリン宮殿を訪れたドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ロシアのウラジミール・プーチン大統領と「ノルドストリーム2」の建設で合意した。両首脳がゴーサインを出したノルドストリーム2は、ナルヴァ湾からバルト海の海底を通りグライフスヴァルトへ通じるパイプラインで、ノルドストリームと同様に年間550億㎥の輸送量を有する(図表3)。ガスプロムの他、フランスのエンジー、オーストリアのOMV、オランダのロイヤル・ダッチ・シェル、ドイツのユニバー、ウィンターシャル・ホールディングスが出資した。パイプラインが領海、もしくは排他的経済水域を通過するフィンランド、スウェーデン、デンマークの3国も既に敷設を許可している。

一方、米国はこの動きを厳しく牽制してきた。2018年7月11日、ドナルド・トランプ大統領は、イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長と会談した際、ノルドストリーム2によりドイツがロシアから大量に天然ガスを購入することに対し、「ロシアの捕虜のようなものだ」と痛烈に批判している。ドイツは即座に反論、先述の通りその1ヶ月後にメルケル首相がモスクワを訪問した。独露両国が譲らないことに業を煮やした米国は、連邦議会が国防権限法案と一体化したノルドストリーム2の敷設事業に参加する企業への制裁法案を可決、2019年12月20日にトランプ大統領が署名して同法は成立している。シェールガス・シェールオイルの事業者が価格下落で苦しむ米国としては、天然ガスに関するドイツと欧州の接近が許容できないのだろう。ストルテンベルグ事務総長との会談で、トランプ大統領が「米国はドイツをロシアの脅威から守るため巨額のコストを負担しているが、ドイツはその相手に巨額の資金を払おうとしている」と語ったことが報じられた。

米国の制裁措置により、敷設作業に従事していたスイスのオールシーズが作業を停止したことから、工程の94%まで進捗した状態でノルドストリーム2の工事は実質的に中断している。しかし、ドイツにはこの件で米国に妥協する気はないようだ。今年9月1日、ノルドストリーム2の終点であるグライスヴァルトに近い都市、シュトラールズントを訪問したメルケル首相は、米国による制裁を「治外法権」と批判した上で、「パイプラインは完成されるべき」と主張した。ロシア反体制派の指導者であるアレクセイ・ナワリヌイ氏が毒物により重篤な状態に陥っていることに関しては、「(ノルドストリーム2と)関連付けるべきではない」と語り、現段階では建設中止を求めない姿勢を示している。ガスプロムは残り160kmの工事を進めつつあり、当初の予定より1年程度遅れるものの、2021年春には稼働が見込める状況になった。

このノルドストリーム2を巡るドイツの姿勢は、日本の置かれた立場との大きな違いを浮き彫りにしている。端的に言えば米国との関係だ。先頃退任した安倍晋三首相は、トランプ大統領との個人的な信頼関係を巧みに活用し、日米通商協議を日本にとって不利なものとしない方向へ導くなど、高い外交能力を示してきた。それでも、安全保障の多くを米国に依存している日本の首脳にとって、メルケル首相ほど明確に米国を批判することは難しい。あくまで仮定の話だが、サハリンから北海道へのパイプラインの敷設工事が進んでいるとして、米国がその中止を求めれば、日本政府に拒むことはできないだろう。

ドイツが2038年までに脱石炭化を実現するとの方針を示したのは、再エネのさらなる活用と共に、ロシアからの天然ガスの購入拡大の見通しが背景にあると考えられる。ロシアとの関係維持は、同じ大陸に位置するドイツにとり経済上の問題のみならず安全保障上の重要な課題だ。ノルドストリーム2の開業にメルケル首相が拘るのは、欧州大陸の複雑な事情を反映していると考えられる。

 

異なる日本とドイツの最適解

ドイツが再生可能エネルギーの拡大に注力する一方、脱原子力、脱石炭化政策を打ち出すことができたのは、地理的・地政学的な背景があるだろう。北海には強風が吹き、国土の約半分が耕作地でバイオマス燃料が豊富だ。そして不安定な再エネを補完する上で火力発電を活用し、陸続きの隣国との間で電力の需給調整を行ってきた。さらに、ロシアと結ばれた天然ガスのパイプラインを強化し、それに対する米国の批判を外交力で押し返そうとしている。また、脱原子力にせよ、脱石炭化にせよ、十分な猶予期間を設けた上で、状況によっては中断、もしくは後戻り可能な仕組みを制度設計において滑り込ませているのだ。それを巧みな外交力と情報発信力で巧妙に覆い、再エネに積極的な環境優等生として世界に認知された。

原単位から見た日本の温室効果ガス排出量は、ドイツに大きく劣っているわけではない。また、日本には日本の地理的・地政学的独自性があり、エネルギー政策をドイツと一致させることはできないし、してはならないだろう。経済だけでなく、国民生活、そして安全保障に密接に関連するエネルギー政策は、ドイツにはドイツの最適解があり、そして日本には日本の最適解があって、それぞれの最適解は必ずしも一致しないのである。

ただし、日本政府は、ドイツの広報戦略には真摯に学ぶ必要がありそうだ。間違ったレッテルを貼られると、日本の産業競争力にもマイナスの影響が及んでしまう。「W」と「Wh」の区別もつかないメディアに対しては、丁寧に啓蒙活動を続けて誤解を解き、悪意のある間違った情報の流布を抑止することが肝要だ。また、英語での情報発信を増やすことで、世界最大の環境NGO、気候行動ネットワーク(CAN)から「化石賞」を贈呈されるような事態は避けなければならない。その上で、日本独自のエネルギー・環境政策を進めて、好敵手であるドイツと温暖化抑止の効果を競い合うべきだろう。

市川眞一  Shinichi Ichikawa

株式会社ストラテジック・アソシエイツ・ジャパン 代表取締役
1963年東京都出身 明治大学卒。投資信託会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年にクレディ・リヨネ証券にて調査部長兼ストラテジスト。2000年12月、クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券(現クレディ・スイス証券)にてチーフ・ストラテジスト、2010年よりクレディ・スイス証券チーフ・マーケット・ストラテジスト。この間、小泉純一郎内閣にて初代の構造改革特区評価委員、民主党政権下で規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者(仕分け人)など公職を多数歴任。テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」への出演で、お茶の間でも有名。
2019年9月、個人事務所として株式会社ストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを設立した。

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