原子力産業新聞

台湾問題と日本のエネルギー政策

10 May 2021

米国においてジョー・バイデン大統領が就任してから4ヶ月以上が経過した。1月6日にドナルド・トランプ前大統領支持派の一部が連邦議会に乱入、警備に当たっていた警察官1人を含む5人が亡くなる事態になった際には、率直に言って政権移行が円滑に進むか不安が広がっていたと思う。しかしながら、むしろこの事件を契機としてトランプ前大統領への支持は失速したと言えそうだ。

トランプ時代が過去になりつつある背景には、バイデン政権の老獪な対応もあるだろう。実態不明の“QAnon”[1]「ディープ・ステート」などの秘密結社の存在を主張しているが唱える陰謀論は極端に過ぎたとしても、トランプ前大統領の熱烈な支持者だけでなく、消極的な支持者も含めてバイデン大統領に抱いていた懸念は、経済政策と対中外交の2点に集約される。“Make America Great Again(米国を再び偉大に)”を主張して就任したトランプ前大統領は、米国の経済成長を加速させ、中国に対しては厳しい姿勢で臨んだとの評価は少なくない。これに対して、バイデン大統領については、経済面で増税により米国景気を失速させるリスク、そして外交・安全保障で中国との協調路線を採る可能性が指摘されていた。

しかしながら、少なくともこれまでのところ、バイデン大統領は財政赤字の拡大に目を瞑り、連邦議会に1.9兆ドルの追加経済対策を迫った。新型コロナ禍の影響が残るなか、米国経済はどうやら回復を加速させているものの、それでもバイデン大統領は中低所得者層へのばらまき型とも言える財政政策に強い拘りを見せている。さらに、3月31日には、8年間で2兆ドルを投じるインフラ投資策を発表した。その具体策の柱は地球温暖化対策だ。大統領選挙の公約通り、温室効果ガス排出削減への研究開発・インフラ投資を通じて、米国経済が新型コロナ禍から本格的に立ち直る起爆剤にする考えと見られる。

バイデン大統領が景気に拘り、中低所得者へのばら撒き型とも言える経済政策を重視する理由の1つは、トランプ前大統領を意識してのことではないか。熱烈なトランプ支持層の存在は、2024年の大統領選挙を考えた場合、バイデン陣営にとって再選への大きな脅威になる可能性がある。そこで、思い切った財政支出を継続することにより、トランプ前大統領を「過去の人」にする戦略と考えれば説明がつき易い。財源としての法人税、キャピタルゲイン課税増税案は、格差の是正へ向けた強い姿勢を見せることを重視しているのだろう。こうした経済政策は事前にある程度予想されていた。

一方、意外感が強いのは外交政策である。特に中国への姿勢は非常に厳しい。この点についても、トランプ支持派の切り崩し策の面もあるのかもしれないが、バイデン政権の対中政策は、最早、そのレベルを大きく超えたものと言える。中長期的な影響は日本にも及び、それは日本のエネルギー政策にもインパクトを与えるものとなりそうだ。

 

確信犯としての対中強硬姿勢

バイデン政権発足以降、米中両国が実質的に最初の外交的接触を行ったのは、3月18日、アラスカで行われた外相会談である。米国側からアントニー・ブリケン国務長官、ジェイク・サリヴァン国家安全保障担当大統領補佐官、中国側から楊潔篪中国共産党中央政治局委員、王毅国務院外交部長(外相)が出席した。

ちなみに、日本人の感覚では、王毅外相こそが中国外交を代表する人物であり、楊氏よりも重い責任を負っていると考えるのが普通かもしれない。しかしながら、中国の実質的な外交トップは楊氏だ。この4者会談の写真でも、ブリケン国務長官の前に座っているのは楊氏だった。中国の外交の実権は政府ではなく共産党が握っており、その責任者が楊氏なのである。王外相は共産党中央委員204人中の1人に留まるのに対して、楊氏は25人しかいない党中央政治局委員であり、党内の序列は明らかに楊氏の方が上位なのだ。

この米中外交トップの面談による会談は、異例の厳しい応酬となったことが報道された。米国側は冒頭から新疆ウイグル自治区におけるウイグル族の人権問題、そして香港の中国本土化問題を取り上げ、中国側は内政干渉として米国の主張と真っ向から対立した模様だ。

この伏線は、3月16日に東京で開催された日米安全保障協議委員会(2プラス2)に既に示されていた。米国からブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官、日本から茂木敏充外相、岸信夫防衛相が出席したこの協議では、共同発表において「中国による既存の国際秩序と合致しない行動は、日米同盟及び国際社会に対する政治的、経済的、軍事的及び技術的な課題を提起している」と中国を名指しで批判している。当然、中国側は激しく反応し、今や煽情的な受け答えで世界的にも有名になった外交部の趙立堅報道官は、17日の定例会見で「日本はオオカミを引き入れた」、「米国に従属している」と強い調子で日本の姿勢を批判した。

なお、バイデン政権の厳しい外交姿勢は中国だけではなくロシアにも向けられている。バイデン大統領は、3月17日、ABCのジョージ・ステファノポウス氏の単独インタビューにおいて、ロシアのプーチン大統領に関する「彼を殺人者だと思うか」との質問に”I do(そう思う)”と答えて世界を驚かせた。同大統領は、このインタビューで1月26日のプーチン大統領との初の電話首脳会談の際、米国大統領選挙に対するロシアの介入に強く抗議したことも明らかにしている。

外交面で価値観より実利、即ち貿易収支の不均衡是正を極端なまでに重視したトランプ前大統領は、中国にとって、そして多分ロシアにとっても、実は与し易い相手だったかもしれない。対中外交において、同前大統領が新疆ウイグル自治区の人権問題、そして香港の民主勢力弾圧を批判することはほとんどなかった。クリミア・セヴァストポリの併合によりG8首脳会議から追われたプーチン大統領についても、トランプ前大統領は2020年に米国で開催される予定だったG7首脳会議への招待を考えていたようだ。

一方、バイデン大統領が「親中的」であるとのレッテルは正当なものではなかった。OECDによれば、中国の企業によるIT部門の研究開発投資額は、購買力平価で見ると既に米国に追い付いている(図表1)。もっとも、中国では、売上高上位500社のうち約半数が国営、公営だ。バイデン大統領が中国を「米国に対する唯一の挑戦者」とするのは、国家主導で研究開発を進め、次世代のIT技術で覇権国を目指す中国に対して、米国社会が抱く強い懸念を象徴しているだろう。従って、民主党、共和党の党派に関わりなく、米国の政治的ムードは中国に対して極めて厳しいものとなった。つまり、バイデン政権になると「親中路線になる」とのトランプ支持派の主張は、そもそも的を射ているとは言えなかったのである。

ただし、政権発足からわずか2ヶ月を経たこの時期、米国の新大統領がここまで厳しい対中姿勢を採るのも珍しい。バイデン大統領の経歴を改めて振り返ると、36年間に亘り連邦上院議員を務め、うち4年間は外交委員会の委員長だった。また、副大統領としてバラク・オバマ大統領を支えた老練な政治家である。民主党中道派の重鎮である同大統領にとって、国際機関を利用し、同盟国との関係を重視するのは米国外交の伝統的な王道だ。さらに、中国への対決姿勢を鮮明にしたのは、場当たり的な対応ではなく確信犯と言えるだろう。そのバイデン政権が最も警戒しているのは、台湾情勢なのではないか。

 

高まる台湾有事のリスク

3月26日付け日本経済新聞には、『「台湾有事、想定より近い」 米軍次期司令官、上院で証言 中国軍事力は最大の懸念』と記事があった。内容は、3月23日、米国連邦上院軍事委員会の公聴会に出席したジョン・アキリーノ海軍大将が、中国の台湾侵攻に関して、「私見では、大半の人の想定よりもかなり近い時期だと考えている」と語ったことを伝えたものだ。現在、米国海軍太平洋艦隊司令官である同大将は、バイデン大統領によりインド太平洋軍の次期司令官に指名されている。正式な就任には上院の承認を得る必要があり、この日、公聴会に出席したのだった。当該記事には、『米中が意識する防衛ライン』との地図があり、地図上には「第1列島線」、「第2列島線」が記されていた。

この日経の記事にはやや不完全と思われる部分がある。アキリーノ大将への公聴会を控えた3月9日、アダム・デビッドソン現インド太平洋軍司令官が上院軍事委員会において証言し、「中国は2050年までに米国の覇権に取って代わろうとの野望を加速させている」、「台湾はその前段階の明確な野心の1つであり、この10年間、実際には次の6年間に明確になる脅威と考えている」との見解を述べていた。23日の公聴会では、このデビッドソン司令官の発言に関して、共和党のトム・コットン上院議員がアキリーノ大将へ意見を求めたのだ。これに対し、同大将は「大方想定よりもかなり早い時期」と指摘したのである。つまり、デビッドソン現インド太平洋軍司令官は2027年まで、アリキーノ次期司令官はそれよりもかなり以前に中国が台湾に侵攻する可能性を指摘したのだった。

ちなみに、中国人民解放軍が創設されたのは1927年8月1日とされている。つまり、2027年は軍創設100周年に当たる祝賀の年に他ならない。中国はこうした節目を重視することで知られており、米国は中国がこの年までに台湾の中国本土化を目指すと想定しているのだろう。これは非常に驚くべきことではないか。中国の台湾進攻に関して米軍最高幹部が高いリスクを指摘し、それは日本人のイメージとは大きく異なるものだからだ。軍人故の過剰な危機感もあるかもしれないが、両海軍大将は共に連邦上院において非常に切迫した見解を述べたのである。

もっとも、そうした目で中国を見ると、極めて計画的に物事を進めていると考えざるを得ない。好例が日経の記事の地図上にあった第1・第2列島線だ。第1列島線とは、鹿児島から沖縄諸島、尖閣諸島の西側、台湾の東側(つまり東シナ海の東側)、そしてフィリピン諸島の西側を通り、ブルネイの西側から南沙諸島を囲むようにベトナムの東方沖に達する架空の線に他ならない(図表2)。第2列島線は、東京の沖合から南東方向へ向かい、小笠原諸島、テニアン島、ガム島の東側を抜けて南西に方向を変え、パラオ島近海から南へ向かってインドネシアの西パプアに至るルートだ。

この第1列島線、第2列島線の概念は、1982年、中国共産党軍事委員会主席であった鄧小平氏が、人民解放軍の劉華清海軍司令官に命じて作成した軍近代化計画において示された。同計画は、中国が同盟国を有する覇権国家に成長するため、その基盤としての海軍建設へ向けた長期的指針を示している。既に計画策定から40年が経とうしているが、細部を微調整しつつ、中国はこのラインに従って海洋政策を進め、人民解放軍の充実を図ってきた。例えば南沙諸島に人工島を建設、軍事拠点化したのは第1列島線の南端の確保が目的だろうし、空母を中心とする機動部隊の整備を進めているのは、第2列島線内において将来の制海権を確立するためだろう。

一方、米国は以前よりこの中国の計画に強い警戒感を示している。2011年 1 月 27 日、連邦議会上院の公聴会において、米国外交問題評議会(CFR : Council on Foreign Relations)の軍事フェローであるステーシー・ペドロゾ海軍大佐は、「中国人民解放軍は、第1 列島線内の支配権を2020 年までに確立した上で、小笠原諸島やグアムを結ぶ第 2 列島線内に空母数隻を中心とする軍事力を配備して、2040 年をメドに西太平洋とインド洋の米軍の支配に終止符を打ち、制海権の獲得を目指している」と発言した。さらに、同年11月、米国連邦議会の中立的諮問機関である「米中経済及び安全保障再検討委員会(“U.S.-China  Economic and Security Review Commission”)」がまとめた『2011年連邦議会向け年次報告(”2011 Report to Congress”)』は、東アジア有事の際、中国が第1列島線に防衛ラインを構築する可能性を指摘している。

今から10年前に米国の専門家・専門機関が示した懸念は、概ね的を射ていたと言えるのではないか。その延長線上に立って考えると、現在、台湾は非常に大きな脅威に晒されていると見るべきだろう。中国が香港の中国化を進めているのは、国際社会の反応を見ることを含め、将来、台湾を完全な影響下に置く上での演習とも言えそうだ。日米欧は、香港問題で中国を厳しく批判しているものの、結局のところ民主化勢力への弾圧を止められていない。これは、中国にとり台湾問題を考える上での重要な参考と言えるのではないか。

 

日本に求められる自前のエネルギー

先述の米国上院軍事委員会の証言において、アキリーノ次期インド太平洋軍司令官は、中国が台湾に重きを置く理由について「中国共産党の若返り問題」と「台湾の戦略的な位置」と説明した。前者については、共産党内における世代交代への圧力を抑止するため、習近平共産党中央委員会総書記(国家主席)が大きな実績を必要としているとの見方を示したものだろう。一方、後者については、日本にとっても極めて重要な問題に他ならない。台湾は東アジアにおいて南北の中央に位置している。日本のシーレーン上の要衝だけに、仮に中国が支配すれば、日本は経済的にも安全保障上の面からも大きな問題を抱えかねないからだ。

さらに、台湾にはTSMCやUMCと言った世界有数の半導体ファウンドリ[2] … Continue readingがある。トレンドフォースは、2021年1-3月期における世界のファウンドリ売上高上位10社に関して、TSMCのシェアが57.1%に達する見込みであると発表した(図表3)。UMCなどを合わせれば、台湾勢のシェアは67.1%に達している。この半導体の製造技術は、米国との技術競争で凌ぎを削っている今の中国にとっては正に垂涎の的だろう。

最近、EUが域内の半導体企業の世界シェア20%を目指すと発表したが、単なるビジネス上の事情だけでなく、これは台湾を含む安全保障上の問題も含まれていると考えられる。日本にとっても、台湾情勢は多くの点において極めて深刻な問題に他ならない。

バイデン大統領は、対面による就任後初の首脳会談の相手に菅義偉首相を選んだ。その背景には、東アジアにおける中国の台頭を強く意識した上で、日本の役割を重視する考えがあるのではないか。3月27日、自民党新潟県連のセミナーで講演した安倍晋三前首相は、「米国の外交・安保戦略上の重要地域がインド太平洋に移った」とした上で、「日米安全保障条約が本当に重要になってきた」と語っている。これは、東西冷戦における最前線がドイツを中心とした欧州だったのに対し、米中の覇権争いでは東アジアが最前線になることを指摘したと言えよう。安倍前首相の念頭には、台湾問題があると考えられる。

蔡英文台湾総統の任期は2024年5月までだ。独立維持への強い姿勢を維持し、住民に人気のある同総統の退任後、中国人民解放軍の創建100周年に当たる2027年にかけ、台湾情勢が緊迫する可能性は否定できない。台湾が中国の直接支配下に置かれる場合、日本のシーレーン上における安全保障は大きな影響を受けるだろう。2050年に向けて温室効果ガスの実質ゼロエミッション化を目指すに当たり、化石燃料の輸入が劇的に減少したとしても、カーボンフリーの代替エネルギー源として、日本はオーストラリア、中東などから水素・アンモニアの輸入拡大を図る可能性が強い。

その際、南沙諸島や台湾の周辺海域において緊張感が高まると、エネルギーの安定的な確保に大きな支障が生じるリスクがある。

従って、安全保障上の観点から見ると、日本が自前のエネルギーを持つことは極めて重要だ。具体的には、再生可能エネルギー、そして原子力と言えるだろう。仮に化石燃料、もしくは水素・アンモニアの輸入が滞っても、再エネと原子力で日本のエネルギー供給が十分に賄えるとすれば、誰にとっても敢えてシーレーンにおける日本への燃料輸送を妨害する意味がない。つまり、自前のエネルギーは、究極の安全保障措置なのである。

今後、米中覇権戦争の最前線となる東アジアは、長期に亘り高い緊張状態が続く可能性が強い。そうした前提に立てば、日本は、実質ゼロエミッションの達成だけでなく、エネルギー安全保障の確保に最善を尽くすべきではないか。原子力は、その切り札の1つと言えそうだ。

脚注

脚注
1 「ディープ・ステート」などの秘密結社の存在を主張している
2 半導体メーカーは、①回路の設計を手掛けるファブレス、②その設計図を基に製造するファウンドリ、③設計と製造の両方を行うIMD--の3つに大別される

市川眞一  Shinichi Ichikawa

株式会社ストラテジック・アソシエイツ・ジャパン 代表取締役
1963年東京都出身 明治大学卒。投資信託会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年にクレディ・リヨネ証券にて調査部長兼ストラテジスト。2000年12月、クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券(現クレディ・スイス証券)にてチーフ・ストラテジスト、2010年よりクレディ・スイス証券チーフ・マーケット・ストラテジスト。この間、小泉純一郎内閣にて初代の構造改革特区評価委員、民主党政権下で規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者(仕分け人)など公職を多数歴任。テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」への出演で、お茶の間でも有名。
2019年9月、個人事務所として株式会社ストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを設立した。

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