キーワード:カーボンニュートラル
-
カーボンプライシング
昨年12月21日、菅義偉首相は官邸に梶山弘志経済産業相、小泉進次郎環境相の2人を呼び、「カーボンプライシング」の導入検討を指示した。10月26日の臨時国会初日、同首相は所信表明にて2050年までに実質ゼロエミッションを達成すると公約、具体策の策定を迫られている。そうしたなか、温室効果ガス排出に価格を付けるカーボンプライシングが、地球温暖化対策の柱として急浮上したのだろう。カーボンプライシングと言えば、EUの排出枠取引(EU-ETS:European Emission Trading)が代表例だ。最近、その価格が急騰している(図表1)。2017年は二酸化炭素換算での排出枠1トン当たり5ユーロ台での推移だったのだが、2019年7月23日に29.76ユーロへと上昇した。新型コロナ禍による国際金融市場の動揺で昨年3月18日に15.23ユーロまで下落したものの、足下は40ユーロ近辺で史上最高値圏を推移している。ちなみに、一般には「排出権」と呼ぶことが多いが、現在は「排出枠(Allowance)」で概ね統一された。温室効果ガスの排出は「権利ではない」との考えが定着したことが理由に他ならない。EU-ETSにおいては、温室効果ガス排出量が多い一定規模以上の燃料燃焼施設、産業施設26種類に関し、EUが施設毎に排出枠(キャップ)を定める(図表2)。ある施設の排出量がキャップを下回った場合、その部分を二酸化炭素換算で1トン当たり1クレジットとして市場で売却可能とした。一方、排出量が排出枠を超えてしまった施設は、市場でクレジットを購入し、排出枠を増やさなければならない。EU域内の排出枠の総量を毎年削って行けば、EUとして国際的に責任を負った排出削減目標を達成できるわけだ。この「キャップ・アンド・トレード」と言われる仕組みは、1997年12月に京都市で行われた第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)において新条約への導入が決まった。『京都議定書』である。国・地域毎に排出枠のキャップを設け、排出量の削減を実現しようとしたのだ。また、排出量削減の数値義務を負った先進国である「附属書I国」は、数値義務を負わない「非附属書I国」、即ち途上国における事業で温室効果ガス排出量削減に貢献した場合、その部分をクレジットとして受け取り、自国・地域の排出枠を増やすことができるクリーン開発メカニズム(CDM)も導入された。人類普遍のテーマである地球温暖化抑止へ市場原理に基づく制度を活用することについては、当時、様々な議論があったようだ。もっとも、京都議定書の先進性は、初の包括的な温室効果ガス抑制のための国際条約であったと同時に、実効性を上げる手段として経済的なインセンティブを導入した点と言えよう。ただし、議論の過程で排出枠取引に最も熱心だった米国は、中国、インドなど大量排出国が途上国として数値義務を課されなかったことから、2001年1月に就任したジョージ・W・ブッシュ大統領が批准見送りを決めた。その結果、京都議定書のインパクトが大きく低下した感は否めない。一方、域内の排出量削減にこのキャップ・アンド・トレードを活用したのがEUだったわけだ。 温室効果ガス削減を計画的に進めたEUEUは、定格熱入力20MWを超える燃料燃焼施設及び石油精製、鉄鋼、セメント、紙・パルプなど10業種を指定して排出枠を設定、2005年から「フェーズ1」としてEU-ETSを開始した(図表3)。2008~12年の「フェーズ2」では航空セクター、2013~18年の「フェーズ3」ではアルミニウム製造、非鉄金属製造、アンモニア製造など10業種が加えられ、域内の排出量の45%に相当する排出源をカバーしているとされる。2021年から始まった「フェーズ4」では、当初、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で40%削減するとの目標が掲げられていた。しかしながら、昨年12月11日、ブリュッセルで行われたEU首脳会議において、このターゲットは1990年比55%削減へ大幅に引き上げられている。EU-ETSにおけるキャップ引き下げのペースなど、フェーズ4に関する詳しい規定はまだ明らかになっていない。ただし、昨年の時点で、EUは既に1990年と比べ40%近い排出量削減を達成したと見られる。ここでさらに目標を引き上げ、地球温暖化対策において国際社会でのリーダーシップ確立を目指しているのだろう。欧州委員会は昨年9月17日にこの55%削減案を提示しており、それがEU-ETSにおける排出枠価格高騰の一因になったと考えられる。過去を振り返ると、EU-ETSが当初から上手く機能したわけではなく、価格が低迷し、取引がほとんど成り立たない時期もあった。しかしながら、EUは極めて計画的にキャップ・アンド・トレード方式を育ててきたことにより、温室効果ガスの排出削減に関し日米に比べ大きな成果を生んでいることは間違いない(図表4)。だからこそ、ESGについてもEUの鼻息は荒く、年金などの運用に際して投資先企業の温室効果ガスへの対応を強く意識するよう世界の機関投資家へ強く働きかけているだろう。1960年代の4大公害病、そして1970年代における2度の石油危機を経て、日本は世界で最も進んだ環境先進国になった。現在も原単位排出量で見れば日本は先頭集団に位置している。しかしながら、皮肉にも京都議定書のとりまとめを任じた1990年代以降、温室効果ガス排出量削減の取り組みは欧州に大きく後れをとってしまったようだ。そうしたなか、米国ではジョー・バイデン政権が誕生し、ルールの設定、技術開発の両面において国際社会における主導権の確保を目指すだろう。日本も何とか追走しようと実質ゼロエミッション化を宣言したものの、中身を詰めるのはこれからだ。日本の場合、EUのような長期的にわたる計画的な政策を採っておらず、米国ほど国際社会への影響力があるわけではない。思い切った戦略の早期構築とその実施が求められているのではないか。 突き付けられる「国境炭素税」既にEUは新たな仕掛けを用意している。2019年12月1日、ドイツの国防相であったウルズラ・フォンデアライエン氏が第13代欧州委員会委員長に就任した。新委員長は、直後に行われた12月11日の欧州委員会において『EUグリーンニューディール』を発表したが、その柱の1つが温室効果ガス排出枠に関する「国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism)」の導入だ。この国境調整は、EU加盟国が排出規制を実施していない国から何かの製品を輸入する場合、EU域内で生産された製品が負担している排出枠購入コストを炭素税として課す制度に他ならない(図表5)。一方、EU域内製品を排出規制未実施の国へ輸出する際は、生産コストに含まれる排出枠の価格を還付する。EUは早期の導入を目指し、今年6月までに制度の具体案を提示する方針だ。温室効果ガスに関して国境調整が浮上した背景は、EU-ETSにおける排出枠価格の急騰だろう。EU域内で厳しい規制をクリアするため排出枠を購入すれば、製品価格が上昇する。結果として温室効果ガスの排出削減が進んでいない国からの輸入が増えた場合、EU域内の事業者が不利になる上、世界全体で見ると排出量は減らない。この国境調整によるカーボンプライシングは、既に主要国における共通の関心事になりつつある。米国では、与党となった民主党が「国境炭素調整費」の導入を主張しており、これはEUの国境調整メカニズムとほぼ同様の仕組みだろう。また、EUを離脱した英国のボリス・ジョンソン首相も、6月11~13日に英国西部の保養地であるコーンワルで開催するG7首脳会議において、議長国として国境調整に関する提案を行う意向であると報じられた。温室効果ガスに関する国境調整は、課題の多い制度であることも間違いない。WTOでは付加価値税に関しての国境調整は認められているものの、それは国による税率の違いが明確だからこそ可能なのだ。輸入品の製造時における温室効果ガス排出量を製品毎に正確に算出するのは難しく、課税対象国を絞れば無差別待遇を求めたWTOルールとの整合性を問われかねない。また、米欧のターゲットになる可能性の高い中国は猛反発するだろう。それでも、排出量の国境調整は、カーボンプライシングの1つの形として主要国の重要な検討対象になった。今年2月11日付け日本経済新聞は、日本政府が「『国境炭素税』の導入に向けた検討を始める」と伝えている。日本に国境調整の制度がなければ、日本企業が一方的に不利な扱いを受ける可能性があるからだ。もっとも、日本はまだ国境調整の前提となるカーボンプライシングの制度がないのが実情である。 環境省vs.経産省一口に「カーボンプライシング」と言っても、その方法は大きく分けて2つ存在する。1つはEUが導入した排出量取引であり、これは「数量アプローチ」と言われてきた(図表6)。排出量にキャップを設けることで目標達成を目指す方法であり、排出枠の価格は市場に委ねる。もう1つは、炭素税に他ならない。これは「価格アプローチ」と言われ、政府が排出量に対する税率を決定し、その税負担と排出削減コストを天秤に掛けることで、産業界は排出量の削減を判断する。数量アプローチは、確実に温室効果ガスの排出を抑制できるものの、社会全体が負担するトータルコストは事前に計算不能だ。一方、価格アプローチは、コストは税率により政策的に決まるが、排出量削減の効果が不透明である。また、排出量取引ならキャップを設ける対象事業所の選定とキャップを低下させるペース、税方式なら課税対象、税率で激しい対立が起こることは想像に難くない。そうしたなか、EUがEU-ETSによる数量アプローチを選択したのは、京都議定書との整合性を採りつつ、確実に排出量を削減する仕組みだからだろう。また、排出量取引ならば、お金はあくまで民間の間でのやり取りになるが、炭素税の場合、政府が新たな税収を手に入れ、必ずしも温室効果ガス削減に有効ではない政策の財源に利用される可能性は否定できない。日本政府内では、関係する環境省と経産省がカーボンプライシングの議論を進めてきた。しかし、炭素税を推す環境省と排出量取引を重視する経産省の対立は解けず、議論は収斂していないようだ。2012年には「地球温暖化対策のための税」(環境税)が導入され、化石燃料の使用量に応じて二酸化炭素排出量1トン当たり289円の税が課されている。しかしながら、EU-ETSにおける現在の排出枠価格は1トン当たり5,000円程度(40ユーロ)なので、この環境税が温室効果ガスの排出抑止に効果的な手段とは言えないだろう。菅義偉首相が2050年までの実質ゼロエミッション達成を国際公約した上、主要国で国境調整の議論が進んでいる以上、日本も本格的なカーボンプライシング導入を図らざるを得ないことは明らかだ。この問題は、正に菅首相の指導力の見せ所に他ならない。 福島第一の事故を乗り越える必要2019年度における日本の温室効果ガス排出量は12億1千3百万トンだった(図表7)。このうち、91.2%が二酸化炭素だ。1990年に比べて95.1%の水準であり、つまり削減率は4.9%に留まった。温室効果ガス排出量が想定通りに減らなかった理由の1つは、2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。より正確に言えば、この事故により、日本の原子力発電の安全性に技術、制度の両面から大きな疑問が生じた。国家行政組織法第3条に基づく独立性の高い原子力規制委員会が発足したものの、国民の信頼を回復するには至っていない。原子力発電所の停止、化石燃料発電の増加により、2011年度の温室効果ガス排出量は前年度比3.9%、2012年度3.2%、2013年度0.8%と3年連続で増加した。その結果、2009年度に1990年度比▲2.0%だった排出量は、2013年度には同+10.5%になっている。さらに、その後も原子力発電所の再稼働を進めることができないなか、EUとの間で大きな差が生じてしまった。2019年度の排出量を現在のEU-ETSによる排出枠価格で時価評価すると約6兆円(485億ユーロ)だが、濡れ雑巾と同じで絞れば絞るほど減らせる排出量は少なくなり、タイムリミットが近づけば近づくほど排出枠の価格は上昇するだろう。前倒しで排出量削減を進めなければ、コストの急拡大が経済に与えるダメージは大きくなりかねない。二酸化炭素の排出量をセクター別に見ると、製造業では鉄鋼が圧倒的に大きく、第3次産業、運輸も比率が高くなっている(図表8)。もっとも、企業・産業であれば排出枠取引の導入などで削減を計算することは可能だが、意外に難しいのは2019年度に14.3%を占めた家庭からの排出分だろう。経済的に見ても、政治的に見ても、個々の世帯の負担を重くしないためには、川上、つまり発電段階でのゼロエミッション化が極めて重要であることは明らかだ。いずれにせよ、カーボンプライシングに関しては、明らかにEUが先行した。米国はジョー・バイデン大統領がジョン・ケリー元国務長官を環境問題担当特使に任命、国際的なルール作りで主導権の奪還を目指すのではないか。それは、自国産業を有利にする道である一方、他国・地域にリーダーシップを委ねた場合、競争力に大きく影響する問題に成りかねないからだ。日本の場合、東日本大震災の余波、そして環境省と経産省の長年の対立もあって、この件には出遅れ感が否めない。ただし、国境調整の議論が加速していることからも、制度としてのカーボンプライシングの早期導入は避けられないだろう。そうしたなかで、供給サイドにおける再生可能エネルギーの拡大策、このところ注目を集めるアンモニアの活用策、そして原子力の議論を避けて通ることはできない。供給の大本で排出量を減らすことで、家庭を含めた需要段階での大幅な削減が見込めるからだ。特にEVの普及を本格化させる場合、ベースロード電源としては原子力との親和性が最も高い。東日本大震災から10年が経とうとしている。この間、被災地の復興、そして日本経済のデフレからの脱却に政策の軸足が置かれ、地球温暖化対策の優先順位は大きく低下した。もっとも、世界は着実に変化しており、日本は環境に関わる技術面でも取り残されかねない状況にある。固より福島第一の教訓を忘れてはならない。しかし、その真摯な反省の上に立って、原子力の活用を議論する時期に来ているのではないか。それを前提としない限り、カーボンプライシングの導入も覚束ないだろう。
- 12 Mar 2021
- STUDY
-
関経連など西日本の経済6団体、エネ基本計画見直しで意見書
関西経済連合会など、西日本の6つの経済団体(他、九州経済連合会、四国経済連合会、中国経済連合会、中部経済連合会、北陸経済連合会)は3月9日、総合資源エネルギー調査会で検討が行われているエネルギー基本計画の見直しに向けて連名による意見書を発表した。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、(1)研究開発戦略の明確化、(2)革新的イノベーションによる需要の高度化、(3)電源の低炭素化・脱炭素化、(4)適正な企業評価につながる情報開示の仕組み作り、(5)世界のCO2排出削減に対する貢献、(6)カーボンプライシング(温室効果ガス排出量に対し均一の価格を付けコスト意識を持たせる経済的手法)の慎重な議論、(7)国内外に向けたPR戦略の策定――を提言。革新的技術の研究開発戦略を明確化し、その成果をあらゆる部門に実装することで、最終エネルギーを電気または水素の利用に転換する「需要の高度化」に取り組むとともに、「電源の低炭素化・脱炭素化」を同時に進めるという考え。原子力発電については、「エネルギー安全保障の向上に加え、CO2フリー水素の安価で安定的な製造にも寄与する」と、重要性を改めて述べた上で、新増設・リプレースや次世代原子炉の開発・普及に取り組むことを明確に示すとともに、現行のエネルギー基本計画が掲げる「可能な限り原発依存度を低減する」との方針を見直すべきとしている。また、再稼働が進まぬ現状から、諸外国の事例や保全技術の進展などを踏まえ、運転期間延長認可制度の見直しにも言及した。意見書では、エネルギー政策に関する基本的考え方として、中長期的に「3E+S」(安定供給、経済効率性、環境適合性、安全性)を根幹とすることを第一にあげ、まずは2030年エネルギーミックスの達成に向け、原子力、再生可能エネルギー、石炭火力について取組を加速すべきことを強調。昨今の新型コロナ拡大による厳しい経済状況下、「再生可能エネルギーの大幅な積み上げによる温室効果ガス削減目標の上積みは、電力コストの上昇、わが国の産業競争力のき損につながる」と危惧し、今冬の電力需給ひっ迫にも鑑み、「3E+S」のうち、特に安定供給と経済効率性の重要性を訴えている。
- 10 Mar 2021
- NEWS
-
新井理事長、福島第一事故から10年を前に所感
原産協会の新井史朗理事長は2月26日、月例のプレスブリーフィングを行い、同日発表の理事長メッセージ「福島第一原子力発電所事故から10年を迎えるにあたって」を配布し説明(=写真)。改めて被災者の方々への見舞いの言葉とともに、復興・再生に向け尽力する多くの方々への敬意・謝意を述べた。事故発生から10年を迎えるのを間近に、復興が着実に進展し生活環境の整備や産業の再生などの取組が期待される「ふくしまの今」を伝える情報発信サイトを紹介。原子力産業界として、「福島第一原子力発電所事故の反省と教訓をしっかりと受け止め、二度とこのような事故を起こさないとの固い誓いのもと、たゆまぬ安全性向上に取り組んでいく」とした。また、昨夏東京電力より現職に就いた新井理事長は、福島第一原子力発電所に配属された新入社員当時を振り返りながら、「私を育ててくれた場所、思い出がたくさん詰まった場所」と思いをはせたほか、発災後、富岡町における被災住宅の家財整理など、復旧支援活動に係わった経験に触れ、「住民の方々の生活が事故によって奪われたことに対し誠に申し訳ない」と、深く陳謝。福島第一原子力発電所の廃炉に向けて「現地の社員たちが最後までやり遂げてくれると信じている」とした上で、「1日も早い福島の復興を願ってやまない」と述べた。将来福島第一原子力発電所事故を知らない世代が原子力産業界に入ってくる、「事故の風化」への懸念について問われたのに対し、新井理事長は、会員企業・団体を対象とした現地見学会などの取組を例に、「まず現場を見てもらい肌で感じてもらう」重要性を強調。事故を踏まえた安全性向上の取組に関しては、「一般の人たちにわかりやすく広報していく必要がある」などと述べた。また、2050年カーボンニュートラルを見据えたエネルギー政策の議論については、「まず再稼働プラントの基数が増えていくこと」と、既存炉を徹底活用する必要性を強調。経済団体から新増設やリプレースを求める声が出ていることに対しては、「60年運転まで考えてもやはり足りなくなる」などと、首肯する見方を示した。
- 01 Mar 2021
- NEWS
-
EV化を目指すなら原子力の利用は不可避
昨年10月26日の臨時国会招集日、初めての所信表明演説に臨んだ菅義偉首相は、「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」と公式に宣言した。さらに、政府は「2030年代半ば以降は新車販売を全て電動車にする」との公約を掲げている。2019年度におけるエネルギー起源の温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で10億2,900万トンであり、このうちの20.1%に相当する2億700万トンが自動車を中心とする運輸部門に由来していた。パリ協定の基準年である2013年度との比較では、総排出量が16.7%減少したのに対し、運輸部門は7.7%減に留まっている。エコカーの普及により自動車の排出量削減を目指すのは当然だろう。ただし、自動車の電動化は、日本経済に2つの大きな課題を投げ掛けている。その1つは、日本経済を牽引してきた自動車産業が、大きな岐路に立たされることだ。ガソリンを燃料とする内燃機関は、正に日本の自動車メーカーの競争力の源泉に他ならない。これがモーターに置き換わることは、実質的な参入障壁が大きく低下することを意味し、世界の自動車産業に劇的な変化を迫ることになる。それは、日本経済にとって大きな衝撃なのではないか。そしてもう1つの課題は、ゼロエミッション電源の安定的な確保である。厳しい寒波の到来により、今冬の電力需給は全国的に逼迫傾向だ。結果としてスポット価格は急騰している。さらに、自動車用バッテリーへの充電が電力インフラへ新たな負荷を掛ける場合、供給と価格の安定が阻害される可能性は否定できない。米国のジョー・バイデン新大統領がゼロエミッションを選挙公約に掲げて当選したことにより、国際社会は一気に地球温暖化抑止へ向け舵を切りつつある。菅政権もその潮流に乗り遅れまいと排出量ゼロ化を政策の柱とした。しかしながら、今後の道程についてしっかりした計画があるわけではなく、取り敢えず結論を先に打ち出した感は否めない。それでも、地球温暖化抑止は今や世界共通の課題だ。その対策をコストと考えるのではなく、成長戦略に結び付ける工夫が必要であることは言うまでもない。 EV化へ進む世界、そして日本日本政府の「電動車」の定義は、内燃機関とモーターを併用するハイブリッド車(HV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)を含む。つまり、HV、PHV、電気自動車(EV)、そして燃料電池車(FCV)が、日本において現状想定される「電動車」だ。これは日本の自動車産業、そして関連産業の現状を考慮した現実的な判断と言えるだろう。2016~2020年の5年間、国内において電動車は549万台販売されたが、そのうちの96.3%に相当する529万台がHVだった(図表1)。特にトヨタのHV販売台数は304万台に達し、ガソリン車の370万台と比肩して主力車の一角を構成している。ただし、軽自動車を含む乗用車全体で見ると、2020年の総販売台数420万台のうち、電動車は95万台で構成比は22.6%に留まった(図表2)。特に大きな課題は、日本独自の車種である軽自動車が40.9%を占めていることだろう。軽自動車は相対的には低燃費だがガソリン車であり、温室効果ガスを排出することに違いはない。ちなみに、軽自動車のなかでも燃費が良いとされるスズキ「アルト」は、カタログによればJC08モードでの燃費が37.0㎞/ℓだ。一方、トヨタの主力車種であるカローラの場合、ガソリン車の「アクシオ1.5 G」の燃費は23.4㎞/ℓ、同グレードのHV「アクシオ ハイブリッドG」は34.4㎞/ℓである。つまり、極めて単純化すれば、ガソリン車に対してHVの燃料効率は47%、軽自動車は58%上回るわけだ。HVと軽自動車が新車販売の62.8%を占めていることにより、日本の自動車部門は温室効果ガス排出量の抑制では国際的に見て優等生と言える。ただし、当然ながらゼロエミッションには程遠い。2050年までに日本全体の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする計画の上で、自動車による削減量はまだ明らかにされていないものの、冷静に考えれば国内を走る自動車がHVや軽自動車中心だと、目標達成には無理がある。また、燃料電池を動力とするFCVへの期待は大きいが、燃料である水素の調達を海外に依存せざるを得ない上、水素ステーションなど供給網の整備へ向けた負担は重い。FCVの普及に向けたハードルが低くない以上、現実的にはEVを主力とせざるを得ないだろう。昨年12月20日付け日本経済新聞には、韓国の現代自動車がEV、FCVで日本市場に再参入する意向との記事があった。1980年代後半以降、日本の自動車産業はガソリン車で圧倒的な競争力を発揮、2001年に日本市場に参入した現代は2009年に早くも撤退に追い込まれている。しかしながら、EV、FCVとなれば全く違う土俵の戦いとなるため、勝算ありと判断したのではないか。他方、日本の自動車メーカーにとって、収益の観点から見た場合、国内市場は最早主戦場ではなく、米国、そして中国が収益の柱であることは間違いない。国内ではHVを含めたガソリン車に拘るトヨタだが、中国ではBYDと組むなどしてEVを積極展開する強かさを見せている。ただ、参入障壁がガソリン車に比べ格段に低いEVの場合、世界の競合は極めて手強い。今年1月2日、米国のEV大手であるテスラは、2020年の世界市場における同社の販売台数が前年比35.9%増の49万9,550台に達したと発表した。新型コロナ禍にも関わらず、年初計画の50万台に迫る強い数字だ。イーロン・マスク氏率いる同社の将来性には様々な見方が存在するものの、ここまでの成長は目を見張るものがある。逸早くEVの将来性に目を付け、市場を開拓した成果が明らかに数字に表れはじめた。また、ドイツのフォルクスワーゲンは、2030年までにグループ全体で生産する電動車を2,600万台とした上で、そのうちの1,900万台をEVとする計画を発表した。温室効果ガスの排出量を実質的にゼロとするため、日本政府は政策の舵をEVに切らざるを得ないのではないか。地球温暖化対策と同時に、根幹産業の国際競争力を確保しなければならないからだ。内燃機関が主役の座を降りるとすれば、いつまでもそれにしがみつくことはできないだろう。 求められる「エネルギー政策の大変革」EVの普及により運輸部門の温室効果ガスを劇的に削減する上では、電源構成においてゼロエミッション化を進めなければならない。EVそのものは運転時に温室効果ガスを排出しないとしても、発電時に化石燃料を使えばあまり意味がないからである。また、EVを普及させるためには、安定した電源の確保が極めて重要だ。特に夜間のベースロードが鍵を握るだろう。昨年12月17日、記者会見に臨んだ日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車CEO)は、「エネルギー政策の大変革なしに(ゼロエミッション)はできない」と語り、目標だけを一人歩きさせている政府を強く牽制した。ちなみに、ガソリン車に関して燃料1ℓで走行可能な距離は「燃費」だが、EVの場合、電力1kWhで走行可能な距離を「電費」と呼ぶ。この電費に関し、日本公正取引協議会は平均値として6㎞/kWhとの数字を示した。環境省の『グリーンボンドガイドライン2020年改訂版』でも、この「6㎞/kWh」が使われている。より現実的な電費を求めるため、Electric Vehicle Databaseの公開データを使い、世界34社の120車種について、バッテリーの容量と推定実質航続距離の関係を統計的に見ると、一次回帰直線の傾き、即ち平均の電費は5.0699㎞/kWhとの結果が得られた(図表3)。日本政府の公式数字を16%下回るが、実態を反映した合理性のある数字と言えるだろう。他方、国土交通省の『自動車燃料消費量調査』によれば、2019年度における日本国内でのガソリン車の総走行距離は6,191億kmだった(図表4)。このうち、自家用小型車(旅客用)の燃費を基準に各用途、車種の燃費をウェート付けし、5.0699㎞/kWhの電費を使ってEV代替時に導かれる必要電力量を算出すると1,195億kWhになる。さらに、軽油、LPG車両なども同じように計算した場合、総計は1,434億kWhだった。この数字は、100%のEV化を前提とした場合、大雑把ながら必要な電力量を示している。2019年度における国内の総発電量は1兆278億kWhだ。電源構成を見ると、石炭31.9%、天然ガス37.1%、石油6.8%であり、化石燃料比率が75.8%に達する(図表5)。一方、温室効果ガスを排出しない電源は、原子力が6.2%、再生可能エネルギーは水力も含めて17.9%に過ぎない。エネルギー起源の温室効果ガス排出削減には、そもそもこの電源構成の大幅な変革が求められる。さらに、EV化を前提とした場合、現在の総発電量の14.0%に相当する新たな電力需要が発生するわけだ。それもゼロエミッション電源で賄うとすれば、豊田自工会会長の指摘は極めて正鵠を得たものと言えるだろう。エネルギー政策の大変革なしに効果的なEVの普及が不可能であることは容易に想像できる。特に重要なことは、EVの充電の特性をイメージすることではないか。多くのケースにおいて、家庭や事業所でのバッテリーへの充電は夜間に集中するだろう。電力の安定供給を前提とする以上、発電インフラは日負荷変動のピーク時において十分な供給ができるよう整備されなければならない。つまり、最重点課題は夏季の昼過ぎの供給確保であり、それは太陽光発電の効率が最も良い時間帯だ(図表6)。一方、季節を問わず夜間は電力需要が減少するが、ソーラーが使えない時間でもある。そこにEVの充電が集中する場合、ベースロードの頑健性を問われることになるのではないか。温室効果ガスを大量に排出する火力が使えないなかで、十分な夜間ベースロードを確保するには、再生可能エネルギーなら洋上を含めた風力、そして原子力の活用が必要だ。言い換えれば、ゼロエミッションで時間を問わず安定的に電力を供給可能なインフラを整えない限り、EVの普及を促進することはできない。その現実的な解が原子力であり、EVとは最も親和性の高い電源と言えるだろう。 カッコ良い約束だけでは前に進めない菅内閣が発足してから4ヶ月が経過した。新型コロナ禍への対応などを見る限り、率直なところ場当たり的な姿勢が目立ち、政策に明確な優先順位をつけ、計画的に実施しているようには見えない。「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」との国際公約も、具体的な工程表があるわけではないようだ。ただし、近年における自然災害の多発、生態系の激変に鑑みれば、地球温暖化抑止は人類共通の課題であるし、日本も公約した以上は淡々と実現へ向け歩んでゆかなければならない。EV化の課題は、ゼロエミッション電源の確保、自動車産業の競争力維持だけではなさそうだ。例えば、2020年3月末、日本全国には2万9,637ヶ所の給油所(ガソリンスタンド)が存在する(図表7)。ピークだった1994年の半分以下になったとは言え、自動車関連産業として多くの雇用を抱えているだろう。EVが普及すれば、給油所は順次その役割を終えることになるが、それは豊田自工会会長の言う「エネルギー政策の大改革」の一環とも言える。菅政権には、政治家が語りたがるゼロエミッションのポジティブなイメージだけでなく、負の側面に対する対応を期待したい。また、2012年12月に第2次安倍内閣が発足してから8年が経過したが、原子力政策は未だに腰が定まっていない。しかし、実質ゼロエミッションを達成するためには、原子力の活用は欠かせないのではないか。もちろん、東京電力福島第一原子力発電所の事故は余りにも重く、今も避難生活を余儀なくされている方は少なくない。しかし、地球温暖化を止める世界共通の目標を達成する上で、日本には原子力が必要であることを政府はしっかりと国民に説明すべきだろう。
- 03 Feb 2021
- STUDY
-
菅首相が施政方針演説、2050年カーボンニュートラル実現に向けた施策など
菅義偉首相は1月18日、通常国会の開会に際し施政方針演説を行った。菅首相はまず、新型コロナウイルス感染症の早急な終息に向けて、様々なソーシャルワーカーらに対する謝意を述べるとともに、自身も戦いの最前線に立ち、自治体関係者とも連携しながら「難局を乗り越えていく決意」を強調。3月に東日本大震災発生から10年を迎えることに関しては、改めて犠牲となった方々への冥福を祈り被災したすべての方々への見舞いの言葉を述べた上で、心のケアも含めたきめ細やかな取組を継続するとともに、福島については、2023年春の一部開所を見込む浜通り地域の復興・再生を目指した「国際教育研究拠点」などを通じ、「復興の総仕上げに向け全力を尽くす」と述べた。また、10月の所信表明演説で掲げた2050年カーボンニュートラルについては、「環境対策は経済の制約ではなく、世界経済を大きく変革し、投資を促し、生産性を向上させ、産業構造の大転換、力強い成長を生みだすカギとなるもの」と強調し、今後所要の予算措置を図っていくことを明言。さらに、次世代太陽光発電、低コストの蓄電池、カーボンリサイクル他、野心的なイノベーションに挑戦する企業を支援し最先端技術の開発・実用化を加速するとともに、水素や洋上風力発電などの再生可能エネルギーの拡充、送電網の増強、安全最優先での原子力政策を進めることで、「安定的なエネルギー供給を確立する」とした。この他、科学技術政策の関連で、12月の小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセルの地球帰還を称賛した上で、「未来を担う若手科学者の育成」に意欲を示し、昨今の都市部から地方への人の流れを踏まえ、ポストコロナを見据えたテレワーク環境の整備や地方移住への後押しなど、地方創生や働き方改革の取組にも言及。米国バイデン政権の発足に関しては、「日米同盟はわが国外交・安全保障の基軸」などと述べ、バイデン次期大統領と早い時期に会い日米の結束強化を確認し、新型コロナ対策や気候変動などの共通課題に取り組んでいくとした。今夏の東京オリンピックについては、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会とすべく、感染対策を万全なものとして、世界中に希望と勇気を届ける大会」となるよう準備を進めていくと述べた。
- 18 Jan 2021
- NEWS
-
エネ調基本政策分科会が原子力利用に関し議論、新増設・リプレースの検討を求める意見も
総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会(分科会長=白石隆・熊本県立大学理事長)は12月21日、2050年カーボンニュートラルに向けた火力発電と原子力利用のあり方について議論した。同分科会では、10月末の菅首相による2050年カーボンニュートラルの表明を受け、エネルギー起源CO2削減の観点から、11月よりエネルギー基本計画見直しの検討を本格化。前回12月14日の会合では、再生可能エネルギー導入拡大に向けた課題と対応に関し電力中央研究所などからヒアリングを行った。今回会合では、原子力政策を巡り、資源エネルギー庁が、世界の動向や、福島第一原子力発電所廃炉の取組、原子力の持つ3E(安定供給、経済効率性、環境適合)特性などを説明。新規制基準適合性に係る設置変更許可を受けたが再稼働に至っていない7基、審査中の11基の状況についても具体的に示した。その上で、課題と対応の方向性について、(1)安全性の追求、(2)立地地域との共生、(3)持続的なバックエンドシステムの確立、(4)自由化した市場の中での事業性向上、(5)人材・技術・産業基盤の維持・強化と原子力イノベーション――に整理。これら課題を乗り越え、「国民からの信頼回復」に取り組んでいくことが必要だとしている。〈エネ庁説明資料は こちら〉また、火力については水素発電・アンモニア発電を有望な非化石電力源としてあげた上で、今後のエネルギーミックスの議論に向けて、2050年における各電源を、「確立した脱炭素電源」(再生可能エネルギー、原子力)と「イノベーションが必要な電源」(火力)に大別。発電電力量のうち、再生可能エネルギーで約5、6割を、原子力については、化石燃料とCCUS(CO2回収・有効利用・貯留)/カーボンリサイクルと合わせ約3、4割を賄うといった「参考値」を示し、今後複数のシナリオ分析を行っていくこととなった。資源エネルギー庁がまとめた今世紀後半に向けた原子力発電設備容量の推移で、60年までの運転期間延長を仮定しても、2040年代以降、大幅に減少する見通しが示され、委員からは、新増設・リプレースに関する意見が多く出された。立地地域の立場から、杉本達治氏(福井県知事)は、40年超運転や大飯発電所行政訴訟による県民の不安の高まりなど、直面する課題を述べ、研究開発・人材基盤の整備や国民理解の促進も含め、「長期的な原子力利用の道筋を早く示して欲しい」と訴えた。また、隅修三氏(東京海上日動火災相談役)は、「60~80年の運転期間延長は必須」としたほか、高速炉や高温ガス炉への開発投資に取り組む必要性を強調。この他、原子力については、コスト評価、事故の反省、事業環境に関する意見や、組織・体制に対する不信感から慎重な姿勢をとる人の意見も検証すべきといった声もあった。また、今後のシナリオ分析については、2050年以降や需要サイドの想定も含めた検討を求める意見があった。*参考 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会情報は こちら
- 22 Dec 2020
- NEWS
-
三菱重工、2050年カーボンニュートラルに向けた戦略「エナジートランジション」を発表
三菱重工業は11月30日、2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)の実現に向けて同社グループが総力を結集し取り組むプロジェクト「エナジートランジション」を発表した。エネルギー・環境分野の新事業創出を通じ、2030年度までに売上3,000億円規模までの拡大を目指す成長エンジンとなるもの。「エナジートランジション」の展望として、エナジードメイン長の細見健太郎氏は説明会で、「火力発電の脱炭素化と原子力によるCO2削減」を第1ステップとする2050年カーボンニュートラル達成への道筋を披露。三菱重工グループが海外企業との協力も通じ積極的に取り組んでいる水素利用に関しては、製鉄業界への供給も視野に高温ガス炉による大量かつ安定的な水素製造の可能性もあげた。また、原子力セグメント長の加藤顕彦氏は、「2050年カーボンニュートラルの達成に向け、将来にわたって原子力の活用は必須」とした上で、既設プラントの再稼働推進の他、多様化する社会ニーズに応じた小型炉・高温ガス炉・高速炉の開発・実用化、ITER(国際熱核融合実験炉)計画への参画など、脱炭素に向けた原子力事業の展望について説明。当面の取組としては、60年までの運転期間延長を見据え、蒸気発生器取替などの大型保全工事を計画的に実施しプラントの安全・安定運転につなげるとともに、六ヶ所再処理工場やMOX燃料加工工場の早期しゅん工対応を始め、使用済燃料の輸送・貯蔵兼用キャスクの設計・製造により核燃料サイクルの確立を図るとした。将来に向けては、2030年代半ばの実用化を目標に経済性・安全性に優れた次世代軽水炉の研究開発を推進していることなどをあげ、「原子力産業のリーディングカンパニーとして、脱炭素化の取組を着実に進めていく」と強調した。
- 01 Dec 2020
- NEWS
-
原子力機構報告会でトークセッション、コロナを踏まえた今後の期待など
日本原子力研究開発機構は11月17日、研究成果を発表する報告会をオンラインにて開催した。今回の報告会は、「Shaping Innovation ~新たな変革に向けて」と題し、研究成果発表とともに、伊藤聡氏(計算科学技術振興財団チーフコーディネータ)、柿沼志津子氏(量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所副所長)、崎田裕子氏(ジャーナリスト)、高嶋哲夫氏(作家)の登壇によるトークセッションを設定。新型コロナウイルス感染症の拡大、菅首相による2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)実現の表明など、昨今の情勢を背景とした原子力機構への今後の期待に関してディスカッションが行われた。崎田氏市民との対話活動に取り組む崎田氏は、「放射能と新型コロナウイルスは、両方とも目に見えないという共通点がある。社会はゼロリスクを求めようとするが、どのようにリスクと一緒に暮らしていくか」と、将来に向けた課題を提起。その上で、原子力機構の取組に対し、「地球規模で考えると大変重要な分野。自分の研究が社会でどう活かされているのか、イメージを持ちながら思いを語れることが重要」と述べ、社会とのコミュニケーションを軸足とした研究開発が進められることを期待した。柿沼氏新たな研究領域「量子生命科学」に挑んでいるという柿沼氏は、重粒子線がん治療の普及に向け、レーザー、加速器など、装置の小型化を図るための要素技術開発の取組を紹介。量研機構では、放射線分野の他、核融合エネルギーの研究開発も行われており、同氏は、今後も原子力機構と相互に協力していきたいと述べた。伊藤氏また、民間企業の経験から、「ピンチをチャンスに」と強調する伊藤氏は、感染症情勢により増えつつあるイベントのオンライン開催やバーチャルツアーに関し、「情報は伝わっても色々なものが落ちている。香りをどう伝えるのか。これではイノベーションとはいえない」と指摘した上で、研究機関が「総合力」を発揮しイノベーション創出に結び付くよう強く期待した。高嶋氏「首都感染」(強力なインフルエンザのまん延により東京が封鎖される危機を描いたフィクション、2010年)を著した高嶋氏は、ペスト、コレラ、スペイン風邪などにより数千万単位の死者が発生してきた感染症に関わる人類の歴史に言及。阪神淡路大震災を実体験したと話す同氏は、自然災害への対応も振り返りながら、「日本は過去の経験から学ぶことが欠けている。感染症もまた何年か後に新たに起きるだろう。新型コロナウイルス拡大を貴重な経験として活かして欲しい」と述べた。また、学生時代に核融合に魅せられ、かつて日本原子力研究所(原子力機構の前身)で研究に関わった経験にも触れ、「2050年カーボンニュートラルに向けて、世界のどこにもない考え方を示し、若い人たちが夢のあるテーマを見つけるようになれば」と、原子力機構の今後に期待を寄せた。※写真は、いずれもオンライン中継より撮影。
- 20 Nov 2020
- NEWS
-
2019年度エネルギー需給実績、CO2排出量は6年連続で減少
資源エネルギー庁は11月18日、2019年度のエネルギー需給実績(速報)を発表した。最終エネルギー消費は前年度比2.0%減の12,959PJ(ペタジュール)。一次エネルギー国内供給は、全体で同3.1%減の19,104PJとなり、化石燃料は6年連続で減少する一方、非化石エネルギー(再生可能エネルギー、原子力など)は7年連続で増加した。原子力は、再稼働が始まった2015年度以降、毎年増加し続けていたが、2019年度は前年度比3.2%減となった。再生可能エネルギーは同7.6%増で、ここ数年で最も小さい伸び率に留まった。発電電力量は前年度比2.2%減の1兆277億kWhで、非化石電源の割合は同1.2ポイント増の24.2%。発電電力量の構成は、再生可能エネルギーが18.0%(前年度比1.2ポイント増)、原子力が6.2%(同横ばい)、火力(バイオマスを除く)が75.8%(同1.2ポイント減)となった。 また、エネルギー起源CO2排出量は、前年度比3.4%減の10.3億トンで、6年連続の減少となり、2013年度比で16.7%減。電力のCO2排出原単位(使用端)は、0.47kg-CO2/kWhで前年度より2.6%改善した。 11月17日の総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会では、菅首相が10月の所信表明演説で宣言した2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)の実現に関し議論がなされた。次期エネルギー基本計画においては、「S+3E」(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)のバランスを踏まえ、「再生可能エネルギー、原子力など、使えるものは最大限活用する」といった考えのもと、2050年のカーボンニュートラルに向けた道筋・政策が示されることとなる。
- 18 Nov 2020
- NEWS