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米オクロ社 新たにDC企業2社へ電力供給へ
米国で先進炉開発を進めているオクロ社は11月13日、データセンター(DC)企業2社と最大75万kWの電力供給に関する基本合意書(LOI)を締結した。契約先の社名やスケジュールは、明らかにしていない。 オクロ社は、生成AIを用いたテキスト生成サービスである「Chat GPT」を開発した、米オープンAI社のS.アルトマンCEOが会長を務め、取締役には米国のトランプ次期大統領にエネルギー省(DOE)長官に指名されたC. ライト氏が名を連ねる。オクロ社はマイクロ炉「オーロラ(Aurora)」の開発を進めており、既に米国内の複数の企業との電力供給に関するLOIを締結している。今回の契約を含めると、同社が各契約先に供給する電力規模は合計で210万kWとなる見込み。また、米空軍省(DAF)が計画する、アラスカ州のアイルソン空軍基地へのマイクロ炉の設置について、同社が暫定的なベンダーとして選定されている。 また、オクロ社は初の商用オーロラ発電所をアイダホ国立研究所(INL)敷地内に2027年に設置することをめざしており、10月にはDOEが「オーロラ」向け燃料製造施設の概念安全設計報告書(CSDR)を承認した。 「オーロラ」は、燃料としてHALEU燃料((U235の濃縮度が5~20%の低濃縮ウラン))を使用する液体金属高速炉のマイクロ原子炉で、電気出力は0.15~5万kW。少なくとも20年間、燃料交換なしで熱電併給が可能なほか、放射性廃棄物をクリーン・エネルギーに転換することもできるという。データセンターの電力消費量が急増する中、原子力の活用を求める動きが活発化しており、米IT企業大手Google社が複数の先進炉導入による電力購入契約(PPA)を締結したほか、米大手テック企業のAmazon社もSMRプロジェクトへの出資を表明している。
- 27 Nov 2024
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米政府 2050年原子力3倍化に向けたロードマップを発表
ホワイトハウスは、アゼルバイジャンのバクーにおける第29回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP29、11月11日~24日)会期中の11月12日、今後の同国の原子力発電拡大に向けた目標と行動を示した「米国の原子力を安全かつ責任を持って拡大する:展開目標と行動に向けた枠組み(Safely and Responsibly Expanding U.S. Nuclear Energy: Deployment Targets and a Framework for Action)」を発表した。同資料によると、米国が2050年までに温室効果ガス排出量をネットゼロにするためには、出力規模でおよそ15億~20億kWのカーボンフリー電力が必要であり、このうちの約30~50%は原子力発電などのクリーンで安定した電源が必要、と分析。現在約1億kWが運転中の原子力発電については、2050年までにさらに2億kWを新規導入する目標を掲げ、これらを大型炉や小型モジュール炉(SMR)、マイクロ原子炉のさまざまなカテゴリーの、第三世代+(プラス)および第四世代原子炉の新規建設や既存炉の運転期間延長、出力増強、経済性を理由に閉鎖された原子炉の再稼働などでまかなうとしている。米政府はまた、より近い将来の目標として以下の、導入に向けた「時間軸」と「規模感」も併せて明記した。2035年までに3,500万kWの新規設備容量を稼働または着工し、原子力導入を活発化させる。2040年までに導入のペースを年間1,500万kWに拡大し、原子力導入能力を加速、国内外のプロジェクト展開を支援する。これらをふまえ米政府は、野心的な導入目標の達成に向け、国内の原子力導入を加速、拡大するための「9つの分野((①新規大型炉の建設、②SMRの建設、③マイクロ原子炉の建設、④許認可の改善、⑤既存炉の延長/拡大/再稼働、⑥労働力の育成、⑦コンポーネントサプライチェーンの開発、⑧燃料サイクルサプライチェーンの開発、⑨使用済み燃料管理))」を特定、個々の分野における「具体的な行動」を詳述した。具体的には、「新規大型炉の建設」や「SMRの建設」の分野では、①発電事業者に対する技術中立的クリーン電力生産税額控除とクリーン電力投資税額控除など、税額控除による原子力納入コストの削減、②エネルギー省(DOE)融資プログラム局(LPO)による、革新原子力プロジェクトや、閉鎖された化石燃料発電所を原子力発電所に転換するような、資産・インフラ転換への融資や融資保証の促進、③新規プロジェクトに対して電力会社とリスク分担が可能な電力需要顧客との連携――などを挙げた。そのほか、「既存炉の延長/拡大/再稼働」の分野では、2回目の運転認可更新(80年運転)申請に係る審査の効率化や、構造材料の継続的な健全性確保のための研究など、100年運転に向けた長期運転への備えを挙げている。さらに、経済性を理由に閉鎖した原子炉の再稼働の可能性を追求するなどとしている。
- 25 Nov 2024
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負けに不思議の負けなし──米大統領選と2025年の世界
少なくとも世界80か国で大統領選挙や総選挙が行われた空前の世界選挙年のハイライト、そして事実上のフィナーレ、ハリス副大統領 vs. トランプ前大統領のアメリカ大統領選挙は、事前の「世紀の大接戦」予想を覆し、トランプ氏の圧勝で終わった。11月5日(日本時間6日)の投開票で、最初に浮かんだのは野球の野村克也監督の名言だ。特に「負けに不思議の負けなし」はハリス氏のためにあるような文言だと得心した。後講釈を承知で言えば、脱バイデンの失敗、個性の弱さ、「ハリスWho」に応えるナラティブの欠如、予備選抜き、内政では移民とインフレ、外交ではウクライナとガザの2つの戦争はじめ喫緊の課題に対する問題解決能力への信頼感の不足…と敗因がたちどころに挙がる。そして最後はやっぱりガラスの天井ということになるだろうか。ただ個人的には、予備選があれば脱落していたに違いないハリス氏はそれでも精一杯やった。むしろ問われるべきは優柔不断のバイデン氏と、状況を傍観するだけの民主党指導部の責任ではないかと思う。接戦7州すべてを失い、総得票数でも20年ぶりに負けた民主党は解党的出直しが必要だが、再び有権者を惹きつけることが出来るか、今はまだ展望が見えないほど敗北は決定的で深刻だ。それではトランプ氏は「勝ちに不思議な勝ちあり」だったのだろうか。確かに一部は当たっている。特に前回大統領選の結果を「盗まれた」と最後まで認めず、また2021年1月6日の議会乱入事件への教唆や機密資料の持ち出しなど、民主主義や国家の根幹に関わるような事件も含む裁判(事件4、罪状91)を抱え、不利にならなかったどころか政争の犠牲者とする見方さえあったのは、不思議を通り越してオドロキだ。かつてなら候補者としてイエローカードどころか退場もあり得た所を、トランプ氏は勝利さえした。アメリカ社会が変わったのだと考えるしかない。アメリカ社会の潮流を中長期的に決定づけてきた最高裁が、トランプ法廷同然になっていることも無視出来ないだろう。しばしば言われるように、トランプ氏が大統領になってトランプ現象を作ったのではなく、社会のトランプ化がトランプ氏という政治家、大統領を誕生させたという解釈の方に私も同意する。トランプ化とは、自国第一主義、ポピュリズム、民主主義の後退と権威主義的傾向、移民排斥、さらに反多様性、反エリート主義なども指摘される。そしてこれがアメリカのみならず、今や世界の潮流、趨勢ともなりつつあることを示したのが、世界選挙年の各国の大統領選挙や総選挙だった。代表的事例が6月の欧州議会選挙だ。EU懐疑主義、反移民・難民、親ロシア、ウクライナ支援に消極的な右派ポピュリズム政党が伸長、トランプ氏のトモダチも増えた。ハリス陣営に味方してしまったスターマー英首相やショルツ独首相らは分が悪い。既にトランプ氏には世界中の指導者からお祝いの電話やSNSが相次ぎ、アフガニスタンのイスラム原理主義過激派タリバンまで期待を語っている。イランは、そしてハマスは電話をするだろうか。トランプ氏の言うように、ウクライナやガザ戦争がすぐにも終結するとは思わないが、トランプ氏は相当程度に本気だと思う。執念の大統領カムバックを果たし、自信と野心を深めたトランプ氏の次の目標がノーベル平和賞というのは、故安倍首相に推薦状を頼んだとされる経緯やオバマ元米大統領の受賞を考えると、意外でも何でもない。それに依然として世界最強国家の大統領が国際秩序構築に責任を担うのは当然だ。ただし今では空疎と化した「南北朝鮮の和解」のようなノーベル平和賞であっては困る。それにしても石破茂首相の電話会談5分はいかにも短く、「フレンドリーだった」の感想も心許ない。報道によればトランプ氏への配慮というが、配慮と国益とどっちが大切なのか。2025年の世界は不確実性を増し、予測不可能が常態化するやも知れず、石破首相は確たる存在感を示さないと、トランプ氏の視界から容易に消えてしまうだろう。
- 14 Nov 2024
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米国民の過半数が原子力を支持 米世論調査
気候変動問題の解決に向けて活動する、米国の非営利団体であるエコアメリカ(ecoAmerica)が10月29日に発表した最新の世論調査「米国人の気候展望調査2024 (American Climate Perspectives Survey 2024, Vo.Ⅲ)」によると、米国民の半数以上が原子力発電を支持していることが分かった。同調査は、エコアメリカがオンラインアンケートのSurvey Monkeyを利用して、2024年7月24日から8月9日にかけて1,011人を対象として実施したもの。同調査によると、米国人の55%が原子力発電を「強く支持する」または「やや支持する」と回答、前年から支持が3ポイント上昇した。過去7年間に実施した調査で、米国人の半数以上が一貫して原子力発電を支持する結果となっている。支持政党別でみると、共和党支持者が原子力発電への支持が最も高く(61%)、民主党支持者と無党派層は半数強(各々52%と53%)にとどまった。性別でみると、男性を自認する米国人は原子力を強く支持する一方(67%)、女性を自認する米国人の支持は41%と男性と比べて低い結果となった。また、年齢層別で最も支持が高いのは65歳以上(71%)で、最も支持が低かったのは18歳から24歳(39%)であった。原子力発電への支持が高まっている理由として、回答者の70%が、原子力発電が経済成長と同時に、気候や健康に害を及ぼす汚染削減に役立つと回答。また、回答者の多くが、原子力発電所が安定して電力を供給し、米国の競争力とエネルギーの自立を維持している点を挙げた。さらに、70%が「低コストの再生可能エネルギーが利用可能になるまで」、あるいは、68%が「長期的に費用対効果が高い限り」、原子力発電所の運転を継続するべきと回答したほか、67%が「気候変動の原因となる汚染物質を排出しない」という点で、原子力発電を支持するとした。「研究開発費」に関する設問では、回答者の72%が「風力・太陽光により多くの研究開発費を費やすべき」と回答。次世代原子力エネルギーについても、風力・太陽光に次ぎ、半数以上(56%)が研究開発費の増額を支持、天然ガス(52%)、石油(42%)、石炭(30%)に対する支持を上回った。これらの調査結果により、エコアメリカは、石炭、石油、天然ガスからの移行加速に向けた、社会的条件が成熟しつつあると分析している。なお、支持政党別では、民主党支持者の56%が、共和党支持者の62%が、それぞれ「次世代原子力エネルギーに対する研究開発費の増額」を支持している。一方で、回答者の多くが、健康と安全(74%)、廃棄物処分(72%)、軍事利用(68%)など、原子力発電について何らかの懸念を表明しており、原子力発電に対する全体的な懸念は依然として高いことが判明。但し、懸念を表明する回答者の割合は、2018年の調査と比べ全般的に減少傾向にあることも分かった。
- 12 Nov 2024
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米DOE SMR初期導入に9億ドルを援助
米エネルギー省(DOE)は10月16日、バイデン大統領の「米国への投資(Investing in America)」アジェンダの一環として、第3世代+(プラス)の小型モジュール炉(SMR)の国内初期導入支援を目的とした、最大9億ドル(約1,359億円)の資金提供の申請プロセスを開始した。米国内での先進原子炉の導入促進や産業力強化のほか、後続の原子炉プロジェクトの支援に繋げることが狙い。資金は、2021年11月に成立した「超党派のインフラ投資・雇用法」から、2024年連結歳出法(Consolidated Appropriations Act of 2024)に割り当てられたものを活用する。 DOEによると、資金提供は2つのカテゴリーに分けて実施される。1つ目のカテゴリーとして先陣を切る、ファースト・ムーバー・チーム支援(First Mover Team Support)では、DOEは、同時に複数のSMRの受注促進を目的として、コンソーシアム・アプローチ、すなわち、電気事業者、原子炉ベンダー、建設業者、エンドユーザーなどがチームとして参加することを条件とし、最大2チームを支援する。支援額は最大で8億ドル(約1,208億円)。2つ目のカテゴリー、ファスト・フォロワー・導入支援(Fast Follower Deployment Support)では、設計、許認可申請、サイト準備など、国内原子力産業が直面する課題解決のため、計画中のSMR建設プロジェクトを主導する企業や、SMRのサプライチェーンの強化やコスト改善をめざす組織を支援する。支援額は最大で1億ドル(約151億円)。最新のDOEの「リフトオフ報告書」は、米国の原子力発電設備容量が、2024年の約1億kWから2050年までに約3億kWまで3倍になる可能性があると指摘。また、2050年ネットゼロ達成のためには、少なくとも7億~9億kWの追加のクリーンかつ信頼性の高い発電設備容量が必要としており、原子力は、これを大規模に達成できる数少ない実証済みのオプションの一つであると強調している。中でもSMRは、大型原子炉と比べて、発電コストが割高でも、閉鎖予定の小規模石炭火力発電所や高温熱を必要とする工業プロセスの代替となり得る点や、潜在的な立地、建設、およびコストなどの点で利点を有すると評価されている。今回の支援について、DOEのJ. グランホルム長官は、「米国の原子力部門の活性化は、カーボンフリーなエネルギーの供給量を増加し、AIやデータセンターから製造業、医療に至るまで、成長し続ける経済の需要を満たすためのカギとなる」とその意義を強調している。なお、支援金の申請期限は2025年1月17日まで。
- 25 Oct 2024
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スウェーデン 米国と原子力協力強化で覚書締結
スウェーデン政府は8月1日、米国と新たな原子力発電開発に向けた両国間の協力強化をめざし、了解覚書(MOU)を締結。スウェーデンのE. ブッシュ・エネルギー・ビジネス・産業大臣兼副首相と米国のJ. グランホルム・エネルギー省(DOE)長官が同覚書に署名した。両国は今後、サプライチェーン、資金調達モデル、次世代核燃料等に関わる政策、研究、革新的技術についてノウハウを共有する。 ブッシュ大臣は、「両国の原子力協力は、労働市場や競争力にとっても有益。今後の原子力分野での協力と知見の強化に期待している」とコメント。一方のグランホルム長官は、今回のMOUにより、サプライチェーンと核燃料供給の多様化、新規原子炉の展開、使用済み燃料管理の解決に向けて、両国の協力がさらに強化される、とその意義を強調した。なお、スウェーデンは英国ともSMR開発や規制、燃料多様化といった原子力分野で協力を行うことが、2023年10月に締結された戦略的パートナーシップでも明記されている。スウェーデンは脱原子力路線を撤回し、大規模な原子力発電開発に向け、大きく舵を切っている。2022年の総選挙によって誕生した中道右派連合の現政権は、40年ぶりに原子力を全面的に推進しており、2023年11月には、原子力発電の大規模な拡大をめざすロードマップを発表した。同ロードマップには、2035年までに少なくとも大型原子炉2基分、さらに2045年までに大型原子炉10基分を新設することなどが盛り込まれている。また、8月12日には、N. ウィクマン財務副大臣・金融市場大臣が、昨年12月に政府が任命したM. ディレン政府調査官とともに、新設のための資金調達とリスク管理について、国による補助金や差金決済(CfD)モデルの導入などを盛り込んだ報告書を発表。翌13日、国営電力のバッテンフォールがコメントを発表し、同報告書を歓迎する一方、建設リスクなど考慮すべき要素全てを反映しておらず、これから更に詳細な分析が必要と指摘した。スウェーデンでは現在、フォルスマルク、オスカーシャム、リングハルスの3サイトで計6基(718.4万kW)が運転中。2022年の原子力発電電力量は500.6億kWhで、総発電電力量に占める原子力の割合は約30%だった。同国では、1980年5月にオスカーシャム3号機(BWR、145.0万kW)が着工して以降、40年以上、原子力発電所は建設されていない。
- 16 Aug 2024
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大統領選に見る米国のダイナミズムと復元力
世界の人口の半分を超す45億人強が投票箱に向かう空前の選挙年前半戦は、番狂わせやサプライズが相次いだ。4〜5月のインド総選挙は、「400議席越え」をTシャツに印刷し、圧勝を目指したN.モディ首相率いるインド人民党(BJP)が、蓋を開ければ大量議席減で単独過半数を失った。6月の欧州議会選では極右・国民連合の躍進に危機感を覚えたE.マクロン仏大統領が、解散総選挙の賭けに打って出たものの、今度は急進左派の勝利を許してしまった。イランはE.ライシ大統領のヘリ墜落による事故死で予定にない大統領選挙を実施、決選投票で改革派が勝利する二重の想定外を生んだ。波乱万丈のレースは「事実は小説より奇なり」がピッタリだった。そして最後の最後に、前半戦最大のサプライズが待っていた。米大統領選挙の予備選で既に候補指名に必要な代議員数を確保していたJ.バイデン大統領が、D.トランプ前大統領とのテレビ討論に失敗、民主党重鎮や有力メディア、大口献金者らによる高まる辞任圧力にレースから撤退、アッという間にカマラ・ハリス副大統領へ候補がスイッチしたのだ。このニュースに有権者が「やっと大統領選が始まった気がする」とCNNで語っているのを見て、全米の多くの有権者の正直な気持ちではないかと感じた。私もまったく同感だ。1月から始まった予備選で、民主党はバイデン氏への挑戦者が現れず、共和党もトランプ氏の対抗馬は皆、早々と消え、予備選はあってないも同然だった。4年前と同じ顔触れは、「老々対決」とか「衰え隠せぬ老人 VS. 嘘つき重罪人」などと揶揄され、「ダブルヘイタ―(バイデン大統領VS.トランプ前大統領=どっちも嫌)」の戦いになることが避けられないとみられていた。それが今や対決の構図は一変。決めるのは米有権者だし、ハリス氏の大統領としての潜在能力も未知数だが、土壇場でのどんでん返しは、米大統領選の及ぼす影響力の大きさを思えば、世界にも決して悪くなかった。私は米国の最大の強みはダイナミズムと復元力にあると考えて来た。そしてその源泉が大統領選挙である。4年に一度、国を挙げて大統領選挙という名の長距離レースを行うことで、政治のダイナミズムや社会の活力を取り戻し、その長丁場をフェアに全力で戦い抜いた勝者だからこそ、変革と前進を担う指導者になることが出来ると思うのだ。「ようやく始まった」大統領選は、11月5日の投開票日まで3か月の短期決戦となった。この際、時間の短さには目を瞑る他ない。選挙戦が選挙戦らしくあることが肝心なのだから。今回はDEIとMAGAの戦いとも言われる。前者はDiversity(多様性)、Equity(公平性)& Inclusion(包括性)の略で、女性、アジア系、黒人のハリス氏(59歳)を体現する標語だ。後者はMake America Great Again(アメリカを再び偉大な国にする)の略で、トランプ氏(78歳)の専売特許である。共和党大会直前の銃撃事件で、血を流しながら拳を突きあげ強い指導者ぶりを示し、一躍優位に立ったトランプ氏に対して、DEIで女性や若者、無党派層にアピールするハリス氏も巻き返し、支持率は目下、拮抗している。ハリス氏がご祝儀相場を今後、本物に出来るかがカギだろう。最後は接戦7州(ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、ネバダ、アリゾナ、ノースカロライナ、ジョージア)が帰趨を決める構図に変わりはないのかもしれない。振り返って選挙年前半戦は、ロシアやベネズエラ大統領選、バングラデシュ総選挙に見るように、民主主義の悪用や形骸化による権威主義・独裁体制の増加を生んだ。また韓国やインド、欧州議会選挙に見るように分断・対立も一層拡大し深まった。米国も「老いの一徹の再選 VS. リベンジ権力奪還」という不毛の対決を回避出来たのは朗報だが、勝敗が社会の分断・対立を激化させる懸念は大きい。ハリス氏は勝ち負けどちらであれ初挑戦を糧に、トランプ氏には「寛容な勝者もしくは偉大な敗者」になってほしいものだ。その意味でダイナミズムと復元力を確かなものにするのは、これからに掛っている。
- 07 Aug 2024
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シンガポール 米国と原子力協力協定を締結
シンガポールと米国は7月31日、原子力協力協定(通称123協定)を締結した。米国のA. ブリンケン国務長官のシンガポールへの公式訪問に合わせ、V. バラクリシュナン外相との間で調印された。本協定は米議会の承認後、2024年末までに発効する見込みで、30年間有効。輸出規制下にある米国から他国への核物質、設備、部品の輸出の他、教育・技術移転など、平和利用に限定した協力を可能にする。米国由来の部品や知的財産を含む原子力技術や設計を使用する他国とシンガポールが協力する場合にも必要となる。なお、ASEAN諸国で米国と協定を締結するのは、インドネシア(1981年発効)、ベトナム(2014年発効)の他、フィリピンとは今年7月に発効したばかりである。米国は、過去十年間にわたり、シンガポールによる先進的な原子力技術の安全性及び信頼性への理解促進と能力開発への取組みを支援。2017年以降、米原子力規制委員会(NRC)とシンガポール国家環境庁(NEA)は原子力安全分野で協力しており、今年7月に合同ワークショップを開催している。両国は今後、米国務省が主導する「小型モジュール炉(SMR)の責任ある利用のための基盤インフラ(FIRST)」プログラムなどの能力開発イニシアチブを通じて、SMRのような先進的な原子力技術がエネルギー需要のバランスをとりつつ、気候目標の達成をいかに潜在的に支援できるかについて、よりよく理解するため、民生用原子力協力をさらに強化する意向を示した。本協定締結を受け、ブリンケン国務長官は、「シンガポールはクリーンで安全な原子力の更なる探求に向け、FIRSTプログラムに参加する」と自身のソーシャルメディアに投稿。バラクリシュナン外相は、「シンガポールは原子力導入を決定していないが、決定にあたっては、我々の地域状況における原子力の安全性、信頼性、経済性、環境の持続可能性について詳細な研究が必要」とし、「従来の原子力技術はシンガポールには適さないが、民生用原子力技術の進歩を考えると、いかなるブレークスルーにも後れを取らないようにしなければならない。本協定は、米国の原子力情報や技術的専門知識へのアクセスを容易にし、米国の民生用原子力専門家との交流の深化を可能にする」とその意義を強調した。
- 02 Aug 2024
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米国 乾式貯蔵システムの耐震試験を完了
米エネルギー省(DOE)は7月22日、実物大の使用済み燃料乾式貯蔵システムの耐震試験を実施し、完了したことを明らかにした。カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らは、DOEから資金提供を受け、屋外振動台を使用した耐震試験を実施。重さ125トンの実物大の垂直キャスクと111トンの水平貯蔵システムを対象に、どちらもダミーの燃料集合体と240以上のセンサーを装着し、約40種類の地震のシミュレーションのデータを収集した。今回の試験で得られたデータにより、国内の70を超える原子力発電所サイトで安全に貯蔵されている使用済み燃料に対し、地震が与える潜在的な影響を詳細に評価し、将来の使用済み燃料貯蔵システムの設計と許認可に有用なデータを収集する。また、現在の貯蔵方法の改善や、国内の使用済み燃料の安全で、効率的、持続可能な管理にも資するという。耐震試験の様子はDOEのYouTubeチャンネルで視聴できる。
- 01 Aug 2024
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米国 TRISO製造をワイオミング州も計画
米国のワイオミング州エネルギー公社は7月18日、同州でのTRISO燃料製造施設の立地評価に向けて、BWXテクノロジーズ(BWXT)社の子会社であるBWXTアドバンスド・テクノロジーズ社と協力協定を締結した。今後、約1年半かけて、州内の建設候補地や施設の設計、コスト、人材、サプライチェーン、許認可などの観点から、立地評価を実施する予定。ワイオミング州は米国最大のウラン埋蔵量を誇り、今年3月には米ウル・エナジー社が同州に、新たにシャーリー・ベイスン鉱山の建設を決定。また2022年に同州に隣接するアイダホ州のアイダホ国立研究所(INL)と先進的原子力技術の開発等に関する覚書を締結しており、原子力分野に力を入れている。今回の協力協定について、同州のM. ゴードン知事は、「原子力は、ワイオミングのエネルギー・ポートフォリオの中核。ワイオミング州で採掘されたウランを、ワイオミング州で加工し、ワイオミング州で使用することができる。いわば三位一体の構造だ」と強調した。BWXT社とワイオミング州は、2023年から同州でのBWXT社製マイクロ原子炉「BANR」(HTGR、1,000~5,000kWe)の建設、配備に向けた実行可能性を検討中だ。両者は今年6月に、BANR導入実現に向けた可能性評価に関する新たな契約を締結、7月にはBWXT社がBANRの設計、システム開発および周辺機器などで、カンザス州の建設会社バーンズ&マクドネル社と協力協定を締結している。 BWXT社は2022年12月、国防総省(DOD)が軍事用に建設を計画している米国初の可搬式マイクロ原子炉用の燃料として、TRISOの製造をバージニア州リンチバーグの施設で開始した。HALEU燃料((U235の濃縮度が5~20%の低濃縮ウラン))を3重に被覆した粒子燃料であるTRISO燃料について、米エネルギー省(DOE)は高温に耐え、腐食に強いTRISOを「地球上で最も堅牢な核燃料」と高く評価している。なお、現在テネシー州で計画されている米Xエナジー社のTRISO燃料工場建設プロジェクトを対象に、1億4,850万ドル(約230億円)の連邦税額控除の適用が今年4月に明らかになっている。
- 26 Jul 2024
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米国 燃料サプライチェーン強化に27億ドル拠出
米エネルギー省(DOE)は6月27日、米国内産の低濃縮ウラン(LEU)購入に関する「提案依頼書(RFP)」を発行した。RFPは、J. バイデン大統領の「米国への投資(Investing in America)」アジェンダから27億ドル(約4,363億円)を支援するもので、ロシア産LEUへの依存脱却に向け、米国内のウラン濃縮能力を強化し、商業用核燃料の供給源の多様化や安定供給を図ることが狙い。DOEは今回のRFPを通じて、新規の濃縮施設や既存の濃縮施設の拡張プロジェクトなど、新たな供給源と2件以上の契約を締結する予定だ。今回の発表について、J. グランホルムDOE長官は、DOEが国家安全保障の強化と国内原子力産業の成長に不可欠な、米国内のウラン供給力を強化しているとしたうえで、「原子力業界の世界的リーダーであり続けるという米国の決意を示すもの」と表明。また、A. ザイディ大統領補佐官兼国家気候アドバイザーは、バイデン政権下で進められてきたクリーンエネルギーの拡大促進が、高賃金な雇用を生み、なおかつエネルギー安全保障を高めてきたとこれまでの実績を強調した。ウランの調達をめぐっては、バイデン大統領が5月13日、ロシア産LEUの米国への輸入を禁止した「ロシア産ウラン輸入禁止法」に署名、来月8月11日に施行される。同法は、2040年まで有効。DOEによると、原子炉や米国の原子力関連企業の継続的な運営を維持するために、代替となるLEUの供給源がない、あるいは、LEUの輸入が国益にかなうと判断した場合は、輸入禁止の免除が可能。ただし、その場合もLEUの輸入量は限られ、いかなる免除も2028年1月1日までに終了しなければならない。DOEエネルギー情報局(EIA)が6月に発表した最新のウラン市況年次報告書(2023 Uranium Marketing Annual Report)によると、ロシアは米国の商業用原子力発電所向けLEUの27%を供給しており、米国に次ぐ第2位のシェアを占めている。現在、LEUの購入において、米国では全体の約72%が海外調達となっている。
- 03 Jul 2024
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米国民の7割以上が原子力支持 米世論調査
米国のビスコンティ・リサーチ社が6月10日に発表した世論調査結果によると、米国の原子力支持の割合が4年連続で過去最高レベルを記録した。同調査はビスコンティ・リサーチ社が4月30日から5月2日までの3日間、1,000人を対象に調査を実施。同調査によれば、米国民の4分の3以上にあたる77%が原子力利用を支持する結果となった。過去約10年間、電力供給の方法として原子力を「強く支持する」、または「やや支持する」とした人の割合は60%台で横ばいに推移していたが、2021年にこの数字が76%に増加した後、2022年に77%、2023年に76%、今年は77%と引き続き高い水準を維持している。「原子力発電所の運転認可更新」について、回答者全体の88%が、安全基準を満たしている限り運転認可を更新することに賛同。ビスコンティ・リサーチ社は、現在90を超える米国の原子力発電所が運転認可を更新している現状をふまえ、運転免許証の更新と同様、安全運転が可能な場合、原子力発電所の運転認可は更新されるべき、との米国民の意識の表れとの見方を示している。また、「将来の新規建設」について、回答者全体の71%が支持し、3年連続で70%を超えた。また、ビスコンティ・リサーチ社は、「強く支持する」と回答した人の割合は、「強く反対する」と回答した人の5倍に上るとした一方で、米国民の約3分の2が原子力に対して「やや支持する」「やや反対する」と答えた点に着目し、大多数が強い意見を持っていない「中立派」であると分析。女性の約4分の3が「中立派」であるとし、年齢層では、Z世代(1990年代後半から2000年代に生まれた世代)とX世代(1965年から1970年代に生まれた世代)が最も中立的な意見を持つ人々が多い層であると指摘した。また、知識量が多い人ほど原子力を支持する傾向にあり、知識量が非常に多いとされる人々の70%が原子力を「強く支持」していた一方、「強く反対する」と回答した人はわずか1%に過ぎなかったとしている。
- 17 Jun 2024
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米中の戦いは地上から宇宙へ?!
先頃開催された中国の全国人民代表大会(全人代)で、大きな扱いではないけれど気になるニュースがあった。習近平国家主席が軍の代表団の会議に出席し、海洋や宇宙、サイバー空間など新たな領域で戦略的能力を引き上げ、軍事力の強化を指示したというものだ。今年の全人代は安全保障に留まらず、外交、経済、内政と万事で「国家安全」が強調された大会だった(日本経済新聞3月12日付社説「中国は過度な『国家安全』重視を見直せ」参照)。李強首相のデビューとなるはずの全人代恒例の記者会見が廃止されたのも、国家安全のためと言えなくもない。不都合な真実に触れられる機会は出来るだけ少ない方がよいからだ。活動報告に登場した「安全」の言葉は29回、習政権12年余で最多頻度だったとか。裏返せば不安が一杯ということだろう。冒頭のニュースが目に留まったのも、そうした国家安全にとって宇宙という新領域の重要性がますます増していることを物語っていたからだった。中国は安全保障の領域を既に宇宙へと広げ、2030年には「宇宙強国」を目指して、米国、ロシアとしのぎを削る。だから習氏の人民解放軍代表たちへの指示はその先、宇宙競争で米国を凌駕せよとの檄とも読めるのだ。日本科学技術振興機構が運営するScience Portal Chinaの「中国の宇宙開発動向」によれば、2023年の世界のロケット打ち上げ回数は223回(失敗11回)で、このうち中国は過去最多の67回(同1回)、米国は107回(同5回)、ロシアは19回だった。中国は衛星打ち上げ数でも211機と過去最多を記録し、前年比25機増だった。また第4四半期のロケット打ち上げ回数を見ると、30回の米国には及ばないものの、中国は過去最多に並ぶ22回を記録し、自国衛星46機、外国衛星1機を打ち上げた。衛星の内訳は地球観測衛星22機、航行測位衛星2機、通信放送衛星9機、有人宇宙船1機、宇宙科学衛星1機、技術試験衛星10機、宇宙往還機1機となっている。ちなみに日本は僅か3機(失敗1回)である。宇宙強国かどうかはともかく、数字からはロシアを遥か後方に、中国が宇宙競争で米国と肩を並べる日もそう遠くない勢いを感じさせる。ところでロケット・衛星は、当然ながら打ち上げただけではミッションは終わらない。その後の追跡、通信、観測などこそ重要であり、それには世界各地に基地を持つことが必要だ。2008年、赤道に近い南太平洋の島嶼国キリバスを訪れた際に興味深い光景に遭遇した。当時のキリバスは外交関係を中国から台湾に変えていて、首都タラワに台湾の援助で作られた亜熱帯農業試験場は、中国の元人工衛星追跡基地の跡地だった。ロケット・衛星の打ち上げ場所は一般に赤道に近いほど良い。その点でキリバスは申し分ない上に、米国のミサイル防衛や宇宙開発施設があるマーシャル諸島クワジェリン環礁まで1,000kmという戦略的要衝だ。中国が外交関係を失ったダメージは大きかったが、2019年にキリバスは再び中国と国交を結ぶ。翌年、訪中したマーマウ大統領は習主席に台湾断交を称賛されたという。緑の畑も再び宇宙追跡基地に戻ったことだろう。中国は世界中で基地確保に余念がない。ウクライナ戦争の緒戦で、ウクライナがイーロン・マスク氏のスペースXが所有するスターリンクで目覚ましい成果を挙げたことは良く知られている。軍事専門家によれば、これからは宇宙に配備された衛星群が地上戦の雌雄をも決する要因になりつつあるそうで、ことは重大である。米国も最近は中国による宇宙領域での安全保障の脅威の可能性に気付き、連邦下院議会やメディアが警告を発している。一方で夢を掻き立てる存在でもある宇宙は、決して野放しではない。通称「宇宙条約」(国連総会決議2222号、1966年採択、67年発効)は宇宙空間の利用や探査はすべての国の利益のために行うこと、如何なる国も領有禁止などを謳っている。各国とりわけ米中は法の支配と秩序が宇宙にも及んでいることを肝に銘じて欲しいものだ。
- 02 Apr 2024
- COLUMN
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コンステレーション社 原子力向けにグリーンボンドを発行 米国初
米国最大のカーボンフリー電力の発電事業者であるコンステレーション・エナジー社(以下、コンステレーション社)は3月18日、同社の原子力プロジェクトの資金調達向けに9億米ドル(約1,350億円)相当の環境債(グリーンボンド)を発行したと発表した。同社は今後、調達した資金をCO2の削減やクリーンで信頼性の高い原子力発電の維持/拡大、運転期間延長などの投資に充てる予定。グリーンボンドは、地球温暖化対策や再生可能エネルギーなど、環境分野への取組に特化した資金を調達するために発行される債券で、私企業による原子力プロジェクトの資金調達に利用できるものとしては米国初。最近では、グリーンボンドは、持続可能なプロジェクトへの投資を求める投資家の間で人気が高まっているという。今回のグリーンボンド発行について、コンステレーション社取締役副社長兼CFOのD. エガース氏は、「市場の大きな反響は、原子力が今後数十年にわたって重要な役割を果たすユニークなクリーン・エネルギー技術であり、投資家が安全で長期的な投資であると認識している証左」とコメント、原子力への投資は、長期的な持続可能性への投資であることを強調している。グリーンボンドをめぐっては、カナダのブルース・パワー社が2021年11月、原子力発電向けに世界で初めてグリーンボンドを発行、これまでに3回の募集で累計17億加ドル(約1,900億円)のグリーンボンドを発行している。さらに、カナダの州営電力であるオンタリオ・パワー・ジェネレーション(OPG)社も2022年7月、ダーリントン原子力発電所(CANDU-850×4基)の改造工事の資金調達用に3億加ドル(約340億円)のグリーンボンドを発行しているほか、フランスでは2023年11月、フランス電力(EDF)が既存の原子力発電所の資金調達に特化した10億ユーロ(約1,600億円)のシニアグリーンボンド(低リスクの債権)を発行している。メリーランド州・バルチモアに拠点を置くコンステレーション・エナジー社は全米で14サイト・計21基、1,900万kW以上の原子力発電設備容量を保有する電力会社。同社によれば、原子力発電のほか、水力、風力、太陽光による発電事業により、米国の1,600万世帯以上の家庭や企業に電力を供給し、米国全体で生産するカーボンフリー電力の約10%を賄っている。
- 25 Mar 2024
- NEWS
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スロベニアのSMR導入 米国が支援
J. ハープートリアン駐スロベニア米国大使は2月6日、小型モジュール炉(SMR)の国内建設を検討しているスロベニアに対し、米国がSMRの実行可能性調査(F/S)や技術支援などに資金提供を行うとした書簡をスロベニアのT. セルセン環境・気候・エネルギー省副大臣に手交した。今回の決定は、米国が主導する石炭火力発電所からSMRによる原子力への転換プログラムである「プロジェクト・フェニックス(Project Phoenix)」の一環。スロベニアは2023年6月、環境・気候・エネルギー省が中心となり、国内唯一のクルスコ原子力発電所(PWR×1基、72.7万kW)を所有する国営電力のGENエネルギア社、国営スロベニア電力ホールディング(HSE)、コンサルティング企業のハッチ社などの協力を得て、同プロジェクトへの助成金申請を行っていた。これまでに、同プロジェクトの支援対象となっている国は、チェコ、スロバキア、ポーランド、ルーマニアの計4か国。プロジェクト・フェニックスは、欧州での石炭火力発電所からSMRへの移行を加速させると同時に、プラント・スタッフの再訓練を通じて地元の雇用を維持する計画で、中・東欧諸国の脱炭素化とエネルギーセキュリティを支援するために、F/Sや技術支援などを米国が直接支援する。2022年11月、J. ケリー米気候問題担当大統領特使が、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)で同プロジェクトを発表、米国務省の国際支援プログラム「SMR技術の責任ある活用に向けた基本インフラ(FIRST)」の下、安全性やセキュリティ、核不拡散の最高水準に基づいて、パートナー国の能力開発支援が行われる。また、国務省は、技術、コンサルティング支援に米エンジニアリング企業のサージェント&ランディ社(Sargent & Lundy, L.L.C.)をプロジェクトの実施パートナーとして選定している。今回の米国の決定について、セルセン副大臣は、「プロジェクト・フェニックスへの参加は、スロベニアの国家エネルギー・気候計画の国際公約遵守に向けた取組に資するもの」として歓迎している。なお、欧州委員会(EC)の資料によると、2021年のスロベニアの電源構成は、再生可能エネルギー(バイオマス等含む)38%、原子力37%、化石燃料23%、天然ガス2%となっている。スロベニアは現在、既存のクルスコ原子力発電所の隣接サイトで最大240万kWの原子炉増設を計画中(JEKプロジェクト)。JEKプロジェクトをめぐっては、増設の是非を問う国民投票が今年後半にも実施される予定である。一方、既にプロジェクト・フェニックスの助成対象に選ばれているスロバキアのスロバキア電力(SE)は14日、サージェント&ランディ社のスタッフが同国を訪問し、F/S実施に向けた初期の現地調査を開始したことを明らかにした。スロバキア電力によると、2025年までにF/Sを終え、2029年までに環境影響評価(EIA)を含むSMRの初期設計と許認可手続きを完了し、2035年の運転開始をめざしている。
- 19 Feb 2024
- NEWS
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米オクロの「オーロラ」建設計画が進展
先進的原子炉開発を進めている米国のオクロ社は2月1日、「オハイオ州南部の多様化イニシアチブ(SODI)」と土地権利契約を締結、土地購入のオプションと優先交渉権を獲得したことを明らかにした。オクロ社は2023年5月、同社製マイクロ高速炉「オーロラ(Aurora)」の建設サイトとしてオハイオ州南部を選定、同地域の4郡で構成されるSODIと土地利用に関する拘束力のない合意文書を交わしている。今回の土地権利契約締結は、クリーンで信頼性が高く、手頃な価格でエネルギー供給を目指すオクロ社にとって大きな前進であり、同社は同地域を、米国原子力産業界の将来を担う重要ハブとする考えだ。SODIの4郡のうち、パイク郡には、2001年まで米エネルギー省(DOE)のポーツマス・ガス拡散法ウラン濃縮施設が稼働しており、SODIは同サイトの未使用の土地や施設の再利用を通じ、4郡の市民生活向上を目指している。また、オクロ社は1月31日、DOEがアイダホ国立研究所(INL)敷地内にあるオーロラ燃料製造施設の安全設計戦略(SDS)を審査・承認したと発表した。オーロラ燃料製造施設では、閉鎖された高速実験炉EBR-Ⅱの使用済み燃料から回収したウランを再利用し、HALEU燃料((U235の濃縮度が5~20%の低濃縮ウラン))を製造する。「オーロラ」はHALEU燃料を使用する液体金属高速炉のマイクロ原子炉で、電気出力は0.15~5万kW。少なくとも20年間、燃料交換なしで熱電併給が可能なほか、放射性廃棄物をクリーン・エネルギーに転換することもできる。DOEは2019年12月、先進的原子力技術の商業化を支援するイニシアチブ「原子力の技術革新を加速するゲートウェイ(GAIN)」の一環として、INL敷地内で「オーロラ」の建設を許可。これを受けてオクロ社は翌2020年3月、原子力規制委員会(NRC)に「オーロラ」初号機の建設・運転一括認可(COL)を申請したが、NRCは、審査の主要トピックスに関する情報がオクロ社から十分に得られないとして、2022年1月に同社の申請を却下した。オクロ社は同年9月、「オーロラ」の将来的な許認可手続きが効率的かつ効果的に進められるよう、NRCとの事前協議を提案する「許認可プロジェクト計画(LPP)」をNRCに提出している。
- 14 Feb 2024
- NEWS
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米国大統領選挙が後押しする日中関係改善、処理水問題
正月の祝賀気分に浸る間もなく元日に令和6年能登半島地震が発災、翌2日には羽田空港で日本航空516便と海上保安庁の『MA722みずなぎ1号』が接触する大規模な事故があった。海保機は新潟空港へ支援物資を輸送する途上とのことで、実質的には震災の2次災害と考えなければならない。予想もしなかった荒々しい新年の船出だが、被災された方々の救済、被災地の復旧と復興が迅速に行われ、2024年が昇る龍の如く尻上がりに良い年となることを祈念したい。さて、その2024年における国際社会の最大のイベントは11月5日の米国大統領選挙だろう。現段階におけるこの選挙の主役は明らかに共和党の最有力候補であるドナルド・トランプ前大統領だ。同前大統領が返り咲けば、国際関係は大きく変化せざるを得ないのではないか。トランプ前大統領は、2017年1月20日の就任早々、TPP交渉や地球温暖化に関するパリ協定から離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しをメキシコ、カナダに迫った。また、韓国、EU、そして中国が特異な通商政策、安全保障政策で翻弄されたことは記憶に新しい。一時は北大西洋条約機構(NATO)も半ば機能不全に陥りかけた。さらに、エルサレムをイスラエルの首都と認め、歴代の米国大統領が慎重に回避してきた米国大使館の移転にも踏み切ったのである。そうしたなか、唯一、主要国でトランプ砲の被弾を免れたのが日本ではないか。通商交渉で大きな譲歩はせず、トランプ前大統領が選挙で訴えていた在日米軍駐留経費も増額を回避した。それは、安倍晋三首相(当時)の外交力によるものであることに疑問の余地はない。トランプ大統領の就任から21日目となった2017年2月10日、訪米した同首相との共同会見において、同大統領は「私はこの機会を利用して安倍首相、日本国民に米軍を受け入れてくれたことへのお礼を申し述べたい」と語り、全世界を驚かせた。2020年8月28日、同首相の退任表明に際し、トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏はワシントンポストへ寄稿、「東京とワシントンにおいてそれほどの重要性を持たない通商と投資に関する論争を避けることについて、安倍首相はトランプ大統領にある種の魔法をかけた」と称賛している。安倍首相が亡くなられたなかで、「トランプ大統領」が再登板した場合、その照準は日本に向けられる可能性が強い。岸田文雄首相のみならず、誰が日本のリーダーであっても、相当の被弾は免れないだろう。特に在日米軍駐留経費、通商問題などで厳しい交渉を覚悟しなければならない。そうしたなか、「トランプ大統領」と渡り合う上で、日本政府にとり数少ない手札の1枚となり得るのは「中国カード」ではないか。もちろん、政治体制の前提となる人権、主権、自由に対する根本的な哲学の違いから、中国が同じ自由主義社会を奉ずる同盟国の米国の代替とはなり得ない。ただし、日中両国の接近は経済・通商、安全保障の多方面において、米国のインド太平洋戦略にとり大きな懸念となるだろう。それ故、米国のゴリ押しに対抗する上での防御策となる可能性が強い。 経済交流は維持されている日中関係の改善を図る上で、乗り越えるべき障害が幾つかある。取り敢えず喫緊のハードルは福島第一原子力発電所の処理水の問題に他ならない。財務省の貿易統計によれば、2022年における日本から中国及び香港への魚介類の輸出額は1,339億円だった。中国・香港合計で同年の魚介類輸出の39.8%を占め、1か月平均では112億円に達していたのだが、昨年11月、中国向けはゼロになっている(図表1)。香港向けは前年同月比19.9%減に踏み止まっているものの、日本の水産事業者には大打撃となった。多核種除去設備(ALPS: Advanced Liquid Processing System)で処理した水の海洋放出は、国際原子力機関(IAEA)が強く求めてきたものだ。トリチウムは正常に稼働している原子炉なら日常的に排出しており、福島第一原子力発電所の廃炉を考えた場合、処理水タンクの縮減が喫緊の課題だからである。習近平中国共産党総書記(国家主席)を含め、中国の高官、メディアが科学的な根拠を示さずに処理水を「核汚染水」と呼び、日本からの魚介類の輸入を一方的に停止したのは明らかな言い掛かりだ。中国側も処理水の海洋放出に対する批判が合理的でないことは十分に認識していると見られる。つまり、確信犯だ。インド太平洋戦略で米国との連携を強化、台湾問題、経済安全保障で西側の結束を重視する日本に対し、中国の強い不快感を明らかにする意図だろう。中国側が姿勢を変化させることで、この問題が前に進まない限り、岸田首相が中国と歩み寄るのは是が非でも避けるべきであり、現実的に困難と言える。もっとも、日々の報道から受けるイメージとは大きく異なり、処理水の問題を除けば、これまでのところ日中両国の経済関係に大きな変化が生じているわけではない。例えば、日本の輸出入額に占める中国向けのシェアを見ると、2022年は輸出23.8%、輸入21.1%だった(図表2)。2023年は11月までの累計で輸出22.1%、輸入22.6%である。2022年における日本の中国・香港への輸出総額は23兆3,612億円、水産物はその0.6%だ。過去10年以上にわたり輸出入総額に占める中国のウェートは20%台前半で推移しており、外交的には逆風が吹くものの、一部の例外を除けば今も安定した通商取引が行われている。ちなみに、経済安全保障の象徴となった感のある半導体製造装置だが、2023年の対中輸出は香港を含め11月までの累計で前年同期比22.8%増加した。韓国向けは同17.1%、台湾向けも38.5%、さらに米国向けは17.5%減少しており、世界全体でも12.7%減になっている。そうしたなか、主要取引相手国としては中国が唯一の輸出増であり、日本の半導体製造装置輸出に占める中国・香港のウェートは、2022年の29.1%から40.9%へ大きく拡大した(図表3)。2023年は新型コロナ期におけるリモート需要が一巡、世界の半導体産業は投資を絞り込んだものの、中国国内の半導体工場はむしろ投資を拡大したのだろう。日本の関連企業にとり、最先端半導体の関連製造装置は輸出が難しいとしても、それ以外について中国の需要が売上高を下支える役割を果たしたと言える。 再び注目される戦略的互恵関係昨年11月7日、中国政府はレアアースの輸出管理強化策を発表した。また、中国商務省と税関総署は、12月1日、輸出管理法、対外貿易法、税関法に基づき、グラファイト(黒鉛)のうち高純度・高強度・高密度の品目に関して新たな輸出管理の実施に踏み切っている。高品質のグラファイトはリチウムイオン電池の負極材などに使われる重要鉱物資源に他ならない。米国地質調査所(USGS)によると、2022年における天然黒鉛産出量のうち、中国のシェアは65.4%だった。ただし、世界の精錬設備は中国に集中しており、今年1-11月の日本の鱗片状黒鉛輸入量の87.3%を同国が占めている(図表4)。半導体製造装置などで米国、日本などが活用してきた『関税及び貿易に関する一般協定』(GATT)第21条、即ち「安全保障のための例外規定」を逆手にとり、西側諸国へ揺さぶりを掛ける意図だろう。世界貿易機構(WTO)のルールにより、加盟国による恣意的な貿易管理は厳しく規制されてきた。もっとも、国毎に事情が異なる安全保障は例外的な扱いをされており、それぞれの加盟国に広範な裁量権が与えられている。2010年9月7日、尖閣諸島における日本の領海で操業していた中国の漁船が海上保安庁の巡視船「みずき」、「よなくに」へ故意に衝突、拿捕された上で船長が那覇地方検察庁石垣支部へ送検される事件が起こった。これに反発した中国は、資源保護を理由にレアアースの輸出管理を実質的に強化したのである。日本政府は、2012年3月、米国、EUと連名でこの問題をWTOへ提訴、結局、2014年8月に日本の勝訴が確定した。日米欧の半導体製造装置に関する輸出規制管理に加え、この苦い経験が中国にGATT第21条の活用を促しているのだろう。昨年7月3日には、白色ダイオードに欠かせないガリウムの輸出管理強化を発表するなど、中国はこちらの痛いところを相次いで狙い撃ちするようになった。代替調達先の確保にはかなりの時間とコストを要すると想定され、少なくとも当面、日本は中国からの輸入継続へ向け交渉の努力をしなければならない。他方、足下において中国経済は明らかに大きな問題を抱えている。不動産市況には底入れのメドが立たず、金融機関が巨額の不良債権を抱え込んでいるリスクが高まった。最早、財政政策と金融緩和で対応するのは難しく、抜本的な構造改革が必要なのではないか。加えて、昨年7月に反スパイ法が強化されたこともあり、外資系企業は中国からの資金の引き上げに動きつつあるようだ。昨年7-9月期における対中国直接投資は、この統計が公表されるようになった1998年以降で初となる118億ドルの流出超過になった(図表5)。IMFの最新の見通しによれば、中国の実質成長率は2023年が5.0%、2026年は4.2%であり、最早、高度経済成長を遂げて来た新興国の雄ではない。習近平政権としては、消費主導型経済への転換を図る一方で、外資系企業の誘致を積極化せざるを得ないだろう。そうしたなか、トランプ前大統領の再登板となれば、通商摩擦のリスクが再燃するものの、台湾問題を含むインド太平洋地域の安全保障、そして経済安全保障に関する米国政府の関心は低下すると見られ、中国にとってはバイデン政権よりも対話の可能性は拡大するかもしれない。それでも、「トランプ政権」の政策は予見性が極めて低く、中国は米国と渡り合う上でこれ以上の外交的孤立を避けたいのではないか。さらに、対外的な強面だけで国内景気を立て直し、指導力を維持することは難しく、習近平政権にも日本との関係改善を模索する明確な理由があるのではないか。実際に変化の兆しが見えるようになった。その最初の兆候は、昨年10月23日、北京の釣魚台迎賓館で開催された日中平和友好条約締結45周年の記念式典だった模様だ。垂秀夫駐中国大使(当時)がスピーチで「日中両国には戦略的互恵関係の再構築が必要」と語った際、衆目のなかで王毅中国共産党中央政治局委員が歩み寄り、このスピーチを高く評価した姿が注目を集めたと報じられた。今は国務院外交部長(外相)を兼務する王毅氏は、2004年9月から2007年9月まで駐日大使を務めた知日派である。流暢な日本語を操ることで知られる生粋の外交官である一方、離任後は厳しい対日姿勢を堅持、共産党の外交トップへと昇り詰めた。秦剛前外交部長が在任7か月で解任される非常事態の下、2度目の外相に就任している。ちなみに、戦略的互恵関係とは、「歴史認識、領土問題など両国に対立点はあっても、経済や文化などお互いのメリットになる分野は積極的に協力する」との概念だ。2006年8月15日、退任間際の小泉純一郎首相(当時)が靖国神社を参拝、日中関係が極度に悪化するなか、同年10月8日の人民大会堂における胡錦涛国家主席(当時)との会談で、就任したばかりの安倍晋三首相(同)が提唱した。胡錦涛主席がこれを受け入れたことで、日中関係を象徴する言葉とされてきたのである。後に初代国家安全保障局事務局長となる谷内正太郎外務次官(当時)の指示により、この言葉を考案したのが外務省国際情報統括官付国際情報官時代の垂前大使であることは周知の事実だろう。民主党政権時代を含め、日中両国は節目、節目で戦略的互恵関係を再確認してきた。国家の在り方、政治体制、経済システムの大きく異なる日中両国が、一致点を見出す上で極めて適格な目標だったからだろう。現実主義的な外交を展開した安倍元首相を象徴する言葉と言えるかもしれない。もっとも、第2次安倍政権下の2018年10月26日、日中国交正常化40周年に際し北京を訪問した安倍首相は、習近平国家主席と「新たな時代の日中関係」で一致、それ以降、戦略的互恵関係が両国の外交イベントにおいて使われることはなくなったのである。しかしながら、日中両国に戦略的互恵関係の重要性を再認識させたのは、皮肉にも米国の大統領選挙が一因と言えるだろう。「トランプ大統領」に対抗する上で日本は中国カードを必要としており、中国も経済を立て直し、外交の孤立を避ける上で日本との関係改善が課題となりつつあるのではないか。 最初の関門となる処理水問題昨年11月16日、サンフランシスコで開催されたAPEC首脳会議に伴い、岸田首相と習近平国家主席による日中首脳会談が行われたが、そこでは5年ぶりに戦略的互恵関係が改めて確認された。また、福島第一原子力発電所の処理水について、習主席は「核汚染水」との表現を変えなかったものの、専門家のレベルで科学的な議論を行い、「建設的な態度をもって協議と対話を通じて問題を解決する方法を見出す」(外務省)ことで岸田首相と一致したと伝えられている。その直後の11月23日、訪中した公明党の山口那津男代表と会談した王毅共産党政治局委員は、処理水に関し中国が独自にモニタリングの機会を得られるよう求めている。これは、処理水問題と日本産魚介類の禁輸措置について、中国側が打開策を模索する動きと言えるだろう。昨年12月28日付けの朝日新聞は、「日中両政府は専門家を交えた議論を年明けに開催する方向で調整に入った」と報じた。IAEAによる厳格なモニタリングを受けつつ、処理水の海洋放出を進めて来た岸田政権は、これまでのところ大局観において慎重且つ適切に対応してきたと思う。韓国において尹錫悦大統領が就任、この問題に理解を示す幸運もあった。ただし、風評被害を懸念してきた漁業、水産業関係者の方々にとって、中国の実質的な輸入禁止措置は大きな打撃である。政府は、放出開始前の段階において、国際社会の目に見える形で中国政府に対し政府高官や科学者、技術者など専門家の派遣を求め、積極的に福島第一原子力発電所の現状を公開すべきだったのではないか。中国側がそうしたプロセスを明確に拒否すれば、非は中国にあることが国際社会に明らかとなっていたはずだ。他方、専門家が現状を確認した上で「核汚染水」とするのであれば、中国がその根拠を科学的に説明する責任を負っていただろう。この点に関して、政府の対応は課題を残し、事業者は水産物輸出の4割を占めていた市場を失った。もっとも、日中首脳会談において専門家による科学的な議論で一致、中国共産党・政府の外交トップである王毅氏が「独自のモニタリング」を求めた意味は大きい。習近平政権は、戦略的互恵関係の概念により対日関係改善を目指す上で、処理水問題が最初の関門となることは十分に認識しているだろう。ただし、自国の国民を煽っただけに、振り上げた拳を振り下ろす上でそれなりの理屈が必要なのではないか。科学的根拠のないまま日本を批判してきた相手に対し、こちらが譲歩するのは腹立たしいものの、モニタリングや情報公開であれば許容される範囲内と考えられる。そもそも内閣支持率が低迷している上、自民党の派閥によるパーティー券売上の還流問題に直面する岸田首相は、何等かの目に見える成果を挙げ、政権浮揚を図りたいところだろう。仮に中国が部分的にせよ魚介類の輸入規制を緩和すれば、それは政権にとって久々の朗報に他ならない。日本は「トランプ大統領」への備えと政権の目に見える成果、そして中国はインド太平洋外交の再構築と経済のテコ入れ… 岸田首相、習近平国家主席は共に関係改善を必要としているように見える。米国の大統領選挙は、処理水問題を含め、日中両国の対話への触媒になる可能性がありそうだ。
- 18 Jan 2024
- STUDY
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米国 HALEU国内生産の提案を募集
米エネルギー省(DOE)は1月9日、J.バイデン大統領の「米国への投資(Investing in America)」アジェンダの一環として、HALEU燃料((U235の濃縮度が5~20%の低濃縮ウラン))の国内での大規模供給体制を確立するため、濃縮サービスに関する提案依頼書(Request for Proposals:RFP)を発行した。DOEのJ.グランホルム長官は、「原子力は現在、国内のカーボンフリー電力のほぼ半分を供給しており、今後もクリーンエネルギーへの移行において重要な役割を果たし続ける」と強調した。HALEUは、現在開発中の多くの先進的原子炉に採用されている新型燃料で、先進的原子炉の展開は、バイデン大統領の掲げる2050年までのCO2排出量実質ゼロ(ネットゼロ)の達成、エネルギー安全保障の強化、高賃金の雇用の創出、米国の経済競争力の強化に貢献する。また、HALEU燃料の利用により炉心寿命は長くなり、安全性、効率向上が期待できる。現在、米国に拠点を置く供給事業者からHALEU燃料の商業的規模の供給はなく、原子力発電事業での積極的活用上の懸念材料となっていることから、国内供給が増加すれば、米国における先進的原子炉の開発と配備が促進されると見込まれている。バイデン大統領のインフレ抑制法は、2026年9月までとの期限付きの総額7億ドル(約1,015億円)を限度とする「HALEU利用プログラム」により国内にHALEUサプライチェーンを確立することを目的としている。今回のRFPで採択されるHALEU濃縮契約と昨年11月に発表されたRFPによる別契約(濃縮されたウランを先進的原子炉向けの金属、酸化物等の形態に再転換するサービス)に最大5億ドル(約725億円)の拠出が予定されている。DOEの原子力局は、国内のウラン濃縮事業者とHALEU燃料製造の契約を複数締結する計画だ。濃縮されたHALEUは、再転換事業者に出荷する必要があるまで製造サイトで保管する。最大契約期間10年のHALEU濃縮契約に基づき、政府は各ウラン濃縮事業者に対し最低発注金額として200万ドル(約2.9億円)を保証する。濃縮および貯蔵活動は米国本土で行われ、国家環境政策法に準拠する必要がある。今回のRFPによる提案提出の期限は3月8日。このRFPには、昨年6月に発行されたRFP草案に対する業界からのコメントに基づく修正がされている。DOEは、政府所有の研究炉の使用済み燃料のリサイクルを含む、先進的商業炉のHALEUサプライチェーンを拡大するための活動を支援している。DOEの予測では、2035年までに100%のクリーンな電力、2050年までにネットゼロの達成という政府目標の達成のためには、2020年代末までに先進的原子炉用にHALEU燃料40トン以上が必要であり、毎年、さらにこれを上回る燃料を製造しなければならない。昨年11月、DOEはHALEU燃料の実証製造プロジェクトにおいて重要なマイルストーンを達成した。米国のウラン濃縮事業者のセントラス・エナジー社(旧・USEC)が国内初となるHALEU燃料を20kg製造。なお、DOEは今後3年間で世界のウラン濃縮と転換能力を拡大し、ロシアの影響を受けない強靱なウラン供給市場の確立をめざし、官民セクターの投資促進のために有志国と連携を深めている。昨年12月7日、COP28の会期中に開催された第1回ネットゼロ原子力(NZN)サミットの場で、米国、カナダ、フランス、日本、英国は合同で、安全で確実な原子力エネルギーのサプライチェーンを確立するために政府主導の拠出42億ドル(約6,090億円)を動員する共同計画を発表した。これは、COP28における、日本をはじめとする米英仏加など25か国による、世界の原子力発電設備容量を2020年比の3倍に増加させるという宣言文書の具体化である。
- 15 Jan 2024
- NEWS
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「トランプ再登場」に覚悟と備えの年
ちょうど1年前の1月、当コラムは「2023年の世界は2024年で動く」と書いた。台湾総統選挙から米国大統領選挙まで2024年は大統領選挙や総選挙ラッシュ。《2023年の国際情勢は2024年の影響の下で動いて行くし、行かざるを得ない》と考えたからだ。しかし2024年の世界はもう2025年では動かない。2024年それ自体で動く。主役は米大統領選である。中国やグローバルサウス(GS)の台頭が著しいとは言え、米国の力は侮れない。世界の政治経済は米大統領が依然として帰趨を握っている。民主党はバイデン大統領が再選を目指す。一方共和党は台湾総統・立法院選挙の2日後、1月15日のアイオワ州党員集会から始まる。本来なら7月の共和党全国大会までの長距離レースだが、今回は支持率で独走するトランプ前大統領が、10数州の予備選が行われる3月5日のスーパーチューズデーには、候補者に決まりとなる公算が高い。さらに今や本選で勝利の観測まで出ている。だからであろう。昨年後半から欧米主要紙は相次ぎ「トランプ再登場」の世界をシミュレーション。独裁政治の到来、同盟・多国間協調の崩壊、ロシア優位のウクライナ戦争の終わり、北大西洋条約機構(NATO)からの米国脱退などを予測、論調は総じて悲観的だった。かつてネオコン(新保守主義)で鳴らした歴史学者ケーガンは、ワシントンポスト紙11月30日付「トランプの独裁政治は不可避。誰も止められない」で、独裁と反トランプ陣営へのリベンジ政治が始まると言い、英フィナンシャルタイムズ紙12月6日付「世界がトランプにヘッジを掛けることは不可能」も、同紙コラムニストがトランプ復帰は西側にとって最初の時よりも悪く、《アジアの同盟国や友邦国は米国が安全保障を保証することのない世界に適応しなければならない》とした。そうした状況を「パニック状態」と言ったのは、米国際政治学者のルトワック氏だ。米国社会は今やトランプ支持派と徹底排除派に二分され、今回は前者が勝敗の行方を決めそうだからである(産経新聞12月22日付)。振り返れば世界は第1次トランプ政権で気まぐれや思いつきの予測不可能政治に翻弄された。もし第2次政権が現実となり独裁とリベンジ政治が加われば、世界はどこまで理不尽なものになるか、それこそ予測不可能だ。もっとも今このように書きつつ「トランプ再登場」には実は半信半疑でもある。ちょっと前のめりしすぎではないか。政治の世界が一寸先は闇、選挙が水物なのは万国共通だし、少なくともバイデン氏には高齢の、トランプ氏には連邦・州裁での4つの裁判のリスクがある。11月5日の投票日まで何が起きるか分からないし、何が起きても不思議ではない。世界はますます予見困難になっている。このことは昨年10月7日のパレスチナのイスラム原理主義武装組織ハマスによる奇襲攻撃の一事を見ても明らかだ。世界はもちろん、当のイスラエルにも寝耳に水。それが結果的にはバイデン氏、ひいてはウクライナのゼレンスキー大統領を窮地に追い込み、トランプ氏を利している。しかし日本や世界が今から怯え、パニック状態に陥るのは賢明とは言えない。むしろここは冷静に、2024年を「トランプ的世界」への覚悟と備えの年とする方が建設的だろう。最優先課題はやはりウクライナだ。ウクライナ支援反対を明言しているトランプ氏が再登場する前に、ウクライナ優位の停戦に向け西側は挙げて最大限の支援をし、戦況を変える。ロシアの勝利はプーチン大統領の野心と挑戦を増大させ、国際秩序にとって危険極まりない。ガザ攻撃停止に向けイスラエルへの圧力強化も緊急を要する。停戦は人気のないネタニヤフ首相の退陣に道を開くかもしれない。ウクライナとガザの紛争に出口が見えただけでも、世界は相当身軽になる。経済、エネルギー、食糧事情が好転するのは間違いない。これは米国第一主義が信条のトランプ氏にとっても内政に専念出来るので悪くないはずだ。2024年は国際紛争に解決の糸口を見つけることが最大の課題である。日本も率先して汗をかき、知恵を出したい。
- 05 Jan 2024
- COLUMN
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COP28 復活する原子力
Transitioning away from fossil fuels in energy systems, in a just, orderly and equitable manner, accelerating action in this critical decade, so as to achieve net zero by 2050 in keeping with the science.(正義、秩序、公平な方法でエネルギーシステムにおける化石燃料からの移行を進め、科学に沿って2050年までにネットゼロを達成するために、この重要な10年間の行動を加速する。)第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)は、『最初の地球規模の見直しに関する成果』と題した合意文書を発表、予定より23時間遅れて13日に閉会した。産油国であるアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催され、議長がスルタン・アル・ジャベールUAE産業・先端技術相であったことから、当初、この会議に関してはかなり懐疑的な見方が強かったと言える。『不都合な真実』でノーベル平和賞を受賞した米国のアルバート・ゴア元副大統領は、UAEが議長国であることを「馬鹿げている」と批判していた。アル・ジャベール氏は形の上でUAEの大臣ではあるものの、本業は国営アブダビ石油会社のCEOであり、化石燃料を守る立場と見られても止むを得ないだろう。しかしながら、この合意文書が発表されると、13日付けフィナンシャルタイムズ(電子版)が“Countries reach ‘historic’ COP28 deal to transition from fossil fuels(参加国は化石燃料からの移行に関しCOP28で「歴史的な」合意を達成)”と評価を一変させている。当初、合意案には化石燃料からの“phaseout(脱却)”が盛り込まれていた。これにはサウジアラビアなど化石燃料の産出国が異議を唱えて“phaseout”の表現が消えた段階で、COP28の成果にはかなりの懸念が生じたことは間違いない。もっとも、最終合意案には“transition away(移行を進める)”との表現が盛り込まれ、COPの歴史で初めて化石燃料へ明確な言及がなされたのだった。12月14日付けの日本経済新聞が「化石燃料『廃止』消える 中東反対、妥協の色濃く COP28成果文書 実効性は見通せず」と批判していた通り、今回のCOPの結果が全面的に支持されているわけではないだろう。しかしながら、脱化石燃料へ向けた方向性を示したことで、「歴史的」との表現は間違っていないのではないか。会議をまとめたアル・ジャベール産業・先端技術相への評価も一変した。COP29はアゼルバイジャンの首都バクーで開催されることが決まっている。同国は旧ソ連を構成するが、ナゴルノ・カラバフの領有を巡りアルメニアを支援するロシアとは一線を画してきた。実はカスピ海沿岸の油田による石油収入で経済を支えて来た産油国でもある。第2のスルタン・アル・ジャベールが登場するか、注目されるところだろう。 対立が解けない先進国 vs 新興国・途上国2015年にパリで開催されたCOP21では、京都議定書の後継として『パリ協定』が採択された。気候変動枠組条約に加盟した196か国全てが参加したこの条約は、産業革命前からの世界の気温上昇幅を2℃未満に抑え、1.5℃未満を目指すことをミッションとしている。さらに、2021年におけるグラスゴー(英国)でのCOP26において、パリ協定から一歩踏み込んで「産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求する」ことが決まった。その実現には、温室効果ガス排出量を2030年までに2010年と比べて45%減らし、2050年には実質ゼロ、即ちカーボンニュートラルの達成が必要とされている。世界の先陣を切った英国の産業革命の時期は、一般に1760年代から1830年代と定義されているだろう。英国のハドレー気候予測研究センターによれば、1961~1990年までの30年間を基準とした場合、信頼できるデータのある1850~99年までの平均はそれを0.36℃下回っていた(図表1)。一方、2004~2023年までの30年間だと、基準値を0.71℃上回っている。 つまり、既に産業革命期から1.07℃の上昇となったわけだ。世界的に高温となった今年の場合、現時点での推計値で19世紀後半の平均を1.36℃上回っており、1.5℃は目前に迫っている。世界的に大規模な天災が頻発し、かなり危機感の強い状況でCOP28が開催されたことは間違いない。ちなみに、COPにおける温暖化抑止のベースとなる科学的検証を提供しているのが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)だ。ジュネーブに事務局を置くIPCCは、1988年に、国連環境機関(UNEP)と世界気象機関(WMO)により専門家集団として設立された。昨年5月に公表された『第6次評価報告書第1作業部会報告書』(以下、「第1作業部会報告書」)では、「1750年頃以降に観測された温室効果ガス(GHG)の濃度増加は、人間活動によって引き起こされたことに疑う余地がない」とした上で、「1850~1900年から2010~2019年までの人為的な世界平均気温上昇は 0.8~1.3℃の可能性が高く、最良推定値は 1.07℃である」と結論している。少なくとも1850年以降の170年間、急速に増加した温室効果ガス排出量に連動して、世界の気温は上昇した(図表2)。温室効果ガス排出量の削減に関しては、米国のドナルド・トランプ前大統領やブラジルのジャイール・ボルソナロ前大統領など例外的な政治家を除けば、既に世界のコンセンサスと言えるだろう。問題は誰が温室効果ガスを削減し、誰がそのコストを負担するかである。直近20年間を見ると、世界の温室効果ガスの排出量の増加率は年1.4%であり、なかでも中国は同4.8%、インドも同3.3%に達した(図表3)。一方、日本は▲0.8%、米国▲0.7%、ドイツ▲1.5%、ドイツを除くEUは▲1.2%だ。新興国の排出量が急速に伸びているのに対し、先進国は軒並み抑制を実現してきた。結果として、2021年における世界の排出量では、中国が28.0%を占め、新興国・途上国全体で68.5%と3分の2を超えている(図表4)。2001年3月28日、米国のジョージ・ブッシュ大統領(当時)は、京都議定書から離脱する意向を表明した。地球温暖化と温室効果ガスの因果関係を認めつつも、1)温室効果ガスの排出削減が米国経済の成長力を阻害すること、2)排出量の大きな中国など途上国に削減目標が設けられなかったこと──の2点が理由だ。また、パリ協定についても、2017年6月1日、米国のドナルド・トランプ大統領(当時)が離脱を表明した。同前大統領は地球温暖化そのものに懐疑的だったが、やはり中国が排出量を急速に増加させるなかで、米国の産業が不利益を被りかねない状況を指摘したのである。もっとも、米国はジョー・バイデン大統領が就任して直後の2021年2月19日、正式にパリ協定へ復帰した。一方、1970年時点での排出量のシェアを振り返ると、中国6.5%、インド3.4%に対し、米国19.7%、ドイツ4.4%、日本3.2%とかなり足下とは異なる。従って、産業革命以降、温室効果ガスを大量に排出して豊かになった先進国が、資金と技術を供与すべきと新興国・途上国は主張している。この点が、先進国と新興国・途上国の大きな対立点となり、COPの議論は集約が難しくなった。昨年のCOP27でもこの対立が最大の論点であり、干ばつや洪水など気候変動による「損失と被害」に対し、最終段階で辛うじて合意が成立、新興国・途上国が求めていた基金の創設が決まった。新基金に関する合意の部分には「この資金面での措置(基金を含む)の運用化に関して、COP28に向けて勧告を作成するため、移行委員会を設置する」と書かれている。議論が集約したとは言えないものの、12月1、2日のCOP28首脳級会合では、加盟国から総額約4億ドルの資金拠出の申し出があった。もっとも、それは途上国を納得させ、温室効果ガスの排出抑制を達成するのに十分な規模とは到底言えないだろう。また、今回の首脳級会合には、世界最大の排出国である中国の習近平国家主席は姿を見せず、パレスチナ問題を理由に米国のバイデン大統領も出席していない。そうしたなか、岸田文雄首相は、1日、首脳級会合で短い演説を行い、「排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していく」と明言した。それでも、脱石炭の年限を明らかにしなかったことに加え、「アジアゼロエミッション共同体(AZEC)の枠組みの下で各国との協働を進め」、石炭火力発電所について「各国の事情に応じたそれぞれのネットゼロへの道筋の中で取り組まれるべき」と述べたことで、世界のNGOが参加する『気候行動ネットワーク』より恒例の「化石賞」を受賞している。同じく石炭・褐炭を依然として活用しているドイツが高く評価されているのに対し、日本への酷評が続くのは、情報発信力の問題が大きいだろう。 再確認された原子力の役割今回のCOP28において、温暖化対策の主役の1つとして改めて脚光を浴びつつあるのは原子力ではないか。12月2日、ドバイにおいて、“Declaration Recognizes the Key Role of Nuclear Energy in Keeping Within Reach the Goal of Limiting Temperature Rise to 1.5 Degrees Celsius(気温を1.5度上昇に止める目標へ到達するための原子力の重要な役割を認識する宣言)”が22の有志国により採択された。米国が発案したこの宣言に参加したのは、日本、フランス、韓国、オランダ、英国などだ。2050年までに原子力発電の設備容量を2020年比で3倍とすることに加え、小型モジュール炉(SMR)の開発加速や原子力を活用した水素の製造などが盛り込まれた。2011年3月の福島第一原子力発電所の事故以降、国際的に厳しい見方が拡大していたが、温室効果ガス排出抑止と経済成長の両立に向けた現実的な解決策として、原子力が見直されつつあると言えるだろう。日本を含む多くの国が2021年秋に英国のグラスゴーで開催されたCOP26において、2050年までのカーボンニュートラルを宣言した。世界な異常気象により大規模災害が頻発したことに加え、この年の1月20日、米国で温暖化問題を重視するジョー・バイデン大統領が就任したことも大きかったと言える。カーボンニュートラルを実現する現実的な方法としては、EVに象徴されるように末端のエネルギー供給を電力とした上で、発電時に化石燃料を使わず、化石燃料の利用が止むを得ない場合は森林(植林)やCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・地中貯留)により吸収することが主流になると見られる。また、水素の活用、即ち燃料電池として発電するか、直接、もしくはアンモニアを生成して燃やして発電するか、これも中長期的な課題に他ならない。カーボンフリーの発電方法として、再生可能エネルギーが主役であることは万人の認めるところだろう。2022年までの20年間で見ると、世界の総発電量は年率3.0%のペースで増加した(図表5)。太陽光、風力、バイオマス、その他の再生可能エネルギーは年率14.8%で伸びており、総発電量に占めるシェアは2002年の1.7%が2022年には14.7%になっている。この間、太陽光は年率39.4%、風量も同20.4%の高い成長率を記録した(図表6)。一方、当該20年間では、原子力による発電量は横ばいになっている。2011年3月の東日本大震災を原因とする福島第一原子力発電所の事故は、日本国内だけでなく、世界の原子力に大きな影響を与えてしまった。安全性を向上させるためのコストが急増、米国では原子炉の建設計画が相次いで白紙になった。今年4月にはドイツが原子力発電から脱却したが、これは福島第一の事故直後の2011年6月8日、アンゲラ・メルケル首相(当時)が稼働していた原子炉17基の段階的廃炉を決めたことが背景だ。結果として、脱化石燃料を実現する上で原子力は主役の座を降り、再エネの拡大が国際社会の大きな課題とされた。もっとも、2022年の段階で、世界の総発電量の35.7%を石炭火力、22.1%をガス火力が担っている(図表7)。そうしたなか、EVの普及、そしてIT化を強化する上でのデータセンターなどへのニーズを考えれば、省エネ化が進むとしても、世界の電力需要は趨勢的に伸びる可能性が強まった。一方で脱化石燃料化を進め、同時に電力需要の拡大への対応を迫られるなか、再生可能エネルギーだけでは限界があることは明らかだろう。また、化石燃料のなかでは最も温室効果ガス排出量が少ない天然ガスは、カーボンニュートラルへ向けた重要なカードの1枚だったと言える。しかしながら、最大の供給国であるロシアが2022年2月にウクライナへ侵攻、西側諸国にとり調達のハードルは確実に上がった。バルト海の海底に敷設したパイプライン、『ノルドストリーム』、『ノルドストリーム2』を活用したロシア産天然ガスの調達を脱原子力、脱石炭の代替と想定してきたドイツにとり、ウクライナ戦争は極めて大きな誤算ではないか。ドイツの電気料金は高騰し、家計、企業の重い負担となっている。COP28が開催されているドバイにおいて、2日、22か国が原子力の役割を再認識する宣言を採択したのは、再エネと共に原子力の活用を拡大しない限り、カーボンニュートラルと電力供給の拡大の両方のニーズを満たすことが困難との現実的な認識があるだろう。 背景にある先行する中国への危機感世界最初の発電用原子炉が稼働したのは、1954年6月27日、旧ソ連のオブニンスク発電所だった。国際原子力機関(IAEA)によれば、それ以降、632基が運転を開始し、現在は412基が稼働している(図表8)。稼働時期別に見ると、1984、85年の33基がこれまでのピークだった。1960年代に先進国が高度経済成長期を迎えてエネルギー消費量が急拡大したことに加え、1973~75年の第1次石油危機が各国に原子力の平和利用を迫ったのだ。しかしながら、1986年4月26日に旧ソ連でチェルノブイリ(チョルノービリ)原子力発電所の事故が起こり、1990年代に入って原油、天然ガスなど化石燃料価格が低位安定化したことから、発電用原子炉の建設ラッシュも一段落した。このところ、原子炉の稼働がやや増える傾向にあるのは、中国が牽引しているからだ。同国では、2015年以降に商業運転を開始した炉が33基に達した。この間、世界で稼働した発電用原子炉は56基なので、その58.9%を中国が占めていることになる。人口が14億人を超える中国では、経済成長に伴い電力需要が急増している上、温室効果ガスの排出量削減が喫緊の課題として浮上した。中国広核集団(CGN)と中国核工業集団(CNNC)が共同で第3世代の加圧水型原子炉(PWR)『華龍一号』を開発、これまで3基が商業運転を開始している。国家的な原子力シフトへの努力により、2022年の原子力による発電量は3,954億kWhに達し、発電量ベースではフランスを追い越し、米国に次ぐ世界第2位の原子力大国となった。もっとも、総発電量に占める原子力の比率はまだ5.0%に過ぎない(図表9)。習近平政権は、さらに原子力に注力し、これまでの発電の主流であった石炭火力のウェートを低下させる方針を示している。現在、世界で建設中の発電用原子炉は58基だが、うち20基が中国だ(図表10)。中国は国内での実績をテコに外国への売り込みも強化、既にパキスタンのカラチ原子力発電所で2基が運転している他、アルゼンチンでも受注契約に至った。22か国による原子力強化の宣言は、米国、日本、フランス、英国、韓国などが牽引しており、中国は加わっていない。2050年までに原子力発電の設備容量を3倍に引き上げる野心的な目標は、電力需要拡大下でカーボンニュートラルを達成することに加え、国際的な原子力商戦における中国との競争を意識していると言えるだろう。いずれにしても、カーボンニュートラルを達成する上での主役は、再エネと原子力、それに水素(アンモニア)となることが確実な情勢だ。 第7次エネ基へ向けて福島第一原子力発電所の事故は、原子力に大きな教訓を残した。この事故で人生が変わってしまった方、未だに故郷へ帰還できない方も少なくない。その事実を忘れてはならないだろう。その上で、国際社会は、現実的な選択肢として再び原子力をカーボンニュートラルの中核に据えようとしている。日本国内においても、福島第一からの処理水の海洋放出が始まり、長期に亘る廃炉計画は1つの節目を迎えた。また、原子力規制委員会は、福島第一の事故の当事者である東京電力が保有、運営する柏崎刈羽原子力発電所6、7号機に関し、規制基準に則って運転禁止命令の解除へ向けたプロセスを進めている模様だ。規制委員会が正式に運転禁止命令を解除した場合、そこから先は政治の分野となるだろう。柏崎刈羽6、7号機の再稼働は、日本の原子力発電にとって大きな転機となり得る。次のステップは、廃炉が決まった原子炉のリプレースに他ならない。多様な目標を打ち上げるものの、具体策の決定が遅いと批判される岸田政権だが、原子力関係に関しては、思い切った判断を下してきた。COP28は、岸田政権のエネルギー政策が国際社会の潮流に沿ったものであることを示したと言える。2024年は『第7次エネルギー基本計画』策定の年だ。地球温暖化抑止へ向け、政治がさらに一歩、二歩、前に踏み込むことに期待したい。
- 22 Dec 2023
- STUDY