□福田総理大臣が所感を表明
今回、現役首相として初めて福田康夫首相が原産年次大会に出席し、原子力の重要性について発言されました。開会セッションで、今年7月に自ら議長として開催するG8洞爺湖サミットに向けて、地球環境問題やエネルギー・セキュリティー問題を考えるとき、原子力発電を抜きにして実行ある対策を打ち出すことは極めて困難であることを強調。自ら同サミットで各国首脳に働きかけを行うことを力強く表明されました。
1月通常国会の施政方針演説では基本方針の中で、「地球環境や資源・エネルギー問題などにどのような処方箋で対応するのか」との問題提起を行ったものの、具体的には環境関連、省エネ、新エネなどの技術開発については言及しましたが、直接原子力についてはふれていませんでした。
福田首相は、「近年、エネルギー安全保障の確立と地球温暖化対策の観点から、世界的な原子力回帰の動きがあります。原子力ルネッサンスといわれるこうした動きは、わが国が一貫して原子力開発利用を進めてきたことが、決して間違いではなかったということの証左ではないかと存じております」とも述べられました。
動画はJaif Tvでご覧下さい。 http://www.jaif.or.jp/ja/jaiftv/index.html
□大会全般
日本原子力産業協会は15日と16日、東京・港区の東京プリンスホテルで第41回原産年次大会を開催し、「人類の持続的発展と原子力の果たすべき役割」を基調テーマに、世界各国から参加した代表と活発な意見・情報交換を行いました。大会には、日本を含む23か国・地域、3国際機関から約890人が参加しました。
まず開会セッションでは、今井敬・当協会会長が所信表明を行い、「原子力の利用は、地球温暖化対策のCO2削減に最も有効であり、日本だけでなく、世界に浸透させなければならないものであります」と協調し、原子力関係者は、「今、活躍すべき、大事な時であります。その責任は重大であることを肝に銘じていただきたいと思います」と訴えました。
次いで福田首相が所信表明を行い、原子力開発の重要性について初めてと言ってよいほど踏み込んだ発言を行いました。
セッション1「持続的発展への条件を問う」の議長を務めた茅陽一・東京大学名誉教授は、パチャウリIPCC議長が急遽今大会に出席できなくなったこともあり、今大会の基調となる特別講演を行い、「原子力発電は脱炭素対策のエース」と明言した上で、今後は発展途上国での拡大をどのように行っていくかが大きな課題だと指摘しました。
次いで、国際エネルギー機関(IEA)のF.グエン政策顧問が「世界のエネルギー需要の展望とエネルギー安全保障」、国際原子力機関(IAEA)のY.ソコロフ事務局次長が「持続可能な世界のための原子力発電の重要性」と題して講演しました。
両氏とも立場は異なるものの、国際社会から見て、原子力発電の重要性が今後ますます高まっていくことは明らかであり、その中でも日本などの果たす役割はさらに高まるだろうと期待感を示しました。
午後からのセッション2「環境とエネルギー――大規模原子力発電開発と台頭しつつある国の戦略とは」では、世界の原子力開発をリードする仏国、ロシア、米国、中国、インド、ブラジル、南アフリカ、日本の代表が熱く自国の原子力開発情況を語りました。
2日目の午前、セッション3「世界の原子力ルネッサンスは本物か」では、米国原子力規制委員会(NRC)のP.ライオンズ委員から「国際的な規制協力、安全と安全保障の支え――将来の課題に応える」との基調講演のあと、R.ウルセル・アレバNP社長、岡ア俊雄・日本原子力研究開発機構理事長、金鍾信(キム・ジョンシン)韓国水力原子力社長、A.カマルディノフ駐日カザフスタン特命全権大使、R.バンネーメン米国濃縮会社(USEC)上級副社長、I.レシュコフ・ロシア原子力庁長官補佐官がパネル討論を行いました。
動画はJaif Tvでご覧下さい。 http://www.jaif.or.jp/ja/jaiftv/index.html
□レセプション、午餐会
同大会レセプションが15日夜、東京プリンスホテルで開かれ、渡海紀三朗・文部科学相、岸田文雄・科学技術担当相も駆けつけ、挨拶されたほか、大会参加者らが多数参加し、今井敬・原産協会会長、服部拓也・同理事長らと歓談しました。また、16日昼には、午餐会が、同ホテルで開かれ、徳川宗家第18代当主で徳川記念財団理事長の徳川恒孝氏(元日本郵船副社長)が「江戸に学ぶ環境問題」と題する講演を行いました。
レセプションで、渡海文科相は「原子力は私が初当選したころは下り坂で、世界でもやめていこうという(国がいくつもあった)ところだった」と振り返ったあと、「原子力こそ安全に使えばこれほど環境にやさしいものはない」と強調し、安全と信頼を勝ち得ていくことの重要性を指摘しました。
岸田担当相は、原子力の平和利用を図り、国際的な共通の認識を深めていかなければならないと述べ、「G8サミットでぜひ多くの国々と協力しながら進めていきたい」と語りました。
また、午餐会で講演した徳川氏は、「エコロジーの原点は平和」と指摘し、日本は江戸時代を通じて「260年にわたる平和を達成した世界唯一の国」と述べました。この間、全国的な治水工事を行い、壮大な新田開発が行われたことで、人口は1,200万人から元禄時代には3,000万人を超える増加となったと紹介。この間、城下町・街道の整備、貨幣の流通、法治国家の実現などのほか、大減税も行ったとしました。
18世紀、八代吉宗の時代には資源と人口のバランスが深刻に意識され、全国的な植林や不法伐採の禁止、里山・河川の汚染防止、鳥獣保護なども行った、と述べました。
江戸時代は「捨てるもののない世界で、あらゆるものをリサイクルしていた」として、豊饒な海の存在もあり、「完全な自給自足の社会を形成していた」と述べました。
同氏は、現在我々の直面する課題として、「お金があれば何でも買える時代の終焉」を挙げ、これからは「経済力・軍事力の世界から、文化力の世界へ」と向かうことの重要性を強調しました。
□高レベル対話集会
当協会では高レベル放射性廃棄物処分の理解活動の一環として、地域のオピニオンリーダの方々を対象に地層処分の必要性や安全性について意見交換を行う活動(対話集会)を実施中です。本活動は2006年の2月から始め、東北原子力懇談会等の協会の地方組織や電力総連等の外部団体のご協力を頂きながら、2008年3月までに43回開催しています。本年3月下旬に実施した水戸と高松で開いた2回の対話集会についてご紹介します。
対話集会は地層処分の必要性や安全性についての情報を分かり易く提供し、その後、自由に意見交換するものですが、対話集会に参加するメンバーや対話集会に割り当てられた時間により内容を工夫し行っています。また地層処分の話に直接入るのではなく、エネルギー問題や環境問題について、まずお話し、原子力発電の必要性を認識してもらった上で、地層処分の話に入ります。たまに原子力に批判的な方が参加しますが、そのような方が自分の主張を強く発言される場合は、残って頂き、対話集会終了後にお話するようにしています。
3月28日は茨城県の水戸で、協会の地方組織の1つである(社)茨城原子力協議会の理事会後の勉強会で実施しました。この勉強会は茨城原子力協議会の役員が原子力の抱える問題について、情報提供を受けた後、意見交換を行うものですが、大洗町連合女性会等、地域で活動するグループの幹部の他、東海村長、大洗町長、水戸市長、那珂市長、茨城町長等9人の首長さんが参加しました。この勉強会は質疑を含めて30分ということでしたので、地層処分の概念と閉じ込め性能についての基本的な情報のみを写真で紹介しました。
質問では「オクロの天然原子炉についてもう少し詳しく説明して欲しい」等、説明に関連した質問の他、「原子力発電所で使われるウラン燃料は何回ぐらい再処理が可能なのか」というサイクルに関する展望的質問も出ました。
翌日の29日の土曜日は香川県の高松で四国電力総連の勉強会の中で実施しました。この勉強会は、四国電力総連の幹部の他、航空業も含めた実に幅広い産業の労働組合の幹部が集まり勉強する特色のある集まりでした。対話集会の時間は質疑を含めて120分と十分有りましたので、「何故、ガラスで固めるのか」、「何故、貯蔵ではなく地層処分なのか」、「地層処分の安全性の仕組み」等について技術的に少し踏み込んだ話を絵を多用して説明しました。質問では「日本は火山国、地震国と言われるので、活断層の影響のある所は多いのではないか」、「ガラス固化体の中に放射性物質はどのような形で入っているのか」等の技術的質問の他、「処分場の誘致で県と当該地域がOKで周辺地域が反対の場合はどうなるのか」、「調査地域の確保は公募となっているが、他のアプローチは考えないのか」等、取り組みについての質問も出ました。
対話集会終了後、四国電力総連の会長さんから、地層処分についての説明は他でも聞いているが、今回は分かりやすかったとの評価を頂きました。
□「原子力平和利用推進と核不拡散強化のための提言」を町村官房長官に手渡す
当協会・服部理事長が委員として議論に参加している核不拡散問題検討会(委員長=柳井俊二・元駐米大使)は、「原子力平和利用推進と核不拡散強化のため の提言―地球温暖化とエネルギー安全保障の同時解決に向けて―」を取りまとめ、柳井委員長が4月15日、町村信孝官房長官に手渡したほか、4月16日に記者会見し、発表しました。
提言は外務省、経済産業省、文部科学省などにも提出し、原子力委員会には22日の定例会議で報告しました(柳井氏、服部当協会理事長他)。
同提言では、近年の核不拡散上の問題点として、核不拡散条約(NPT)に加盟していないインド、パキスタン、イスラエルの問題、NPTに加盟しながら核開発疑惑がもたれているイラクやイラン問題を指摘、さらには非国家主体が放射性物質を盗取し、ダーティ・ボム(汚い爆弾)としての使用することへの懸念も指摘しています。
そのため提言では、(1)国際原子力機関(IAEA)の検証機能の強化として、保障措置協定の「追加議定書」の締結条件化、(2)原子力供給国グループ (NSG)とIAEAが連携し、対象資機材や技術の最終用途や最終仕向け地の検証体制の創設、(3)核拡散の防止は第一義的には政治的努力の問題であり、技術のみで防ぐことはできないが、核拡散抵抗性のある技術開発の促進――などが重要としています。
また、NPT体制を補完する取組みの強化として、燃料供給保証構想の重要性を指摘した上で、06年のIAEA総会の特別イベント時になされた6か国提案やドイツ提案、日本提案、ロシア提案、英国提案などを、「いまやこれをG8等において統合的に検討し、具体化すべき時期に来ている」と訴えています。
□韓国から放射性廃棄物調査チームが来日
4月6日から9日まで、韓国の知識・経済部の放射性廃棄物担当官らによる放射性廃棄物管理の調査チームが来日し、日本の関係機関・施設を訪問しました。韓国では、放射性廃棄物管理全般を扱う「韓国放射性廃棄物管理公団」が来年1月に設立予定です。同調査チームは、その設立準備のため、実績のある日本の放射性廃棄物関連機関の組織体制や業務などを調査する目的のもので、当協会が受け入れ調整を行いました。
調査チームは、知識・経済部の放射性廃棄物担当官、韓国水力原子力(株)の放射性廃棄物管理改革室の専門家2名、韓国コンサルタント会社2名と通訳の計6名で構成。東京の原子力環境整備促進・資金管理センター、原燃輸送株式会社、原子力発電環境整備機構(NUMO)、および青森県のリサイクル燃料貯蔵(株)と日本原燃株式会社六ヶ所施設を訪問しました。
韓国に新設される「韓国放射性廃棄物管理公団」は、放射性廃棄物管理法の基づく特殊法人で、原子力発電所から出る低レベル廃棄物だけでなく、使用済み燃料やRI・放射線利用等から発生する低レベル廃棄物の貯蔵・処分も事業対象にしており、さらにそれらの輸送業務も行うことにしています。
調査チームの一番の関心事は、日本の一連の放射性廃棄物管理業務をどの機関がどのように分担し、各機関がどのような組織構成を持ち、それぞれ人員は何名で、その専門分野は何かという、きわめて実務的で細かいものでありました。しかし、人員については、日本の各機関は電力会社などからの出向者が多いが、韓国には出向制度がなく、それを理解するのに苦労していました。
2009年1月1日に設立される新公団は、本社と事業所と放射性廃棄物研究センターからなります。現在、韓国水力原子力(株)が建設中の中低レベル放射性廃棄物処分施設(月城原子力環境管理センター)は、事業所として同公団に引継がれる。設立当初の人員は240名で、段階的に360名まで拡大予定。
□中国原子力産業協会の代表が年次大会参加、原産協会と意見交換
中国で昨年設立された「中国原子力産業協会(中国核能行業協会)」事務局次長のフェン・イー氏が第41回原産年次大会で講演し、原産協会と意見交換しました。
中国では現在、運転中の912万kWの原子力発電所が全発電量の2%を供給していますが、さらに2,300万kW を増設し、2020年には4,000万kWの原子力発電規模で全発電量の4%とする意欲的な開発計画をもっています。これは増大する電力需要に対応するとともに、地球環境問題にも配慮したものです。
中国の原子力発電会社やその他の関連企業、研究機関などが会費を出しあい、政策提言、政府と会員間また会員相互の情報交換と相互発展を図ることを目的に、全国規模の「中国原子力産業協会」が昨年4月、北京で正式に設立されました。理事長は、元 国防科学技術工業委員会副主任、中国国家原子力機構主任の張華祝 氏です。100会員でスタートした協会ですが、会員数はすでに180になりました。約20名の事務局職員が、会員ネットワーク、データベース作りなどの相互連携、情報提供作業などに追われています。今年5月には、「2008年年会」と「中国の原子力エネルギーの持続的発展フォーラム」をあわせて北京で開催するため準備中です。原子力の安全確保と情報共有に力を注ぎ、事故情報を発電所間ネットワークに掲載するシステムを作っています。
「中国原子力産業協会」から原産協会に対し、同じ民間非営利団体として、両者の交流、協力について積極的な意向が表明され、原産協会幹部の年内の中国訪問が招請されました。原産協会としても、会員各位のニーズにあった交流の実現に力を注ぎたいと考えています。
□台湾訪日団一行 原産年次大会参加、廃棄物・緊急時対応調査
台湾原子力委員会 邱賜聰 主任秘書を団長とし、放射性物質管理局、国防省、屏東縣消防署、核能研究所、台湾電力から成る7名の訪日団が、第41回原産年次大会に参加し、原産協会幹部と懇談するとともに、日本の放射性廃棄物管理、原子力緊急時対応の現状調査のため関係先を訪問しました。
一行は、福田首相の大会スピーチ原稿を入手できたことは収穫と話しました。また、六ヶ所村の日本原燃、東海村の原子力機構、東京消防庁、消防博物館を訪問し、関心事項について意見交換するとともに、施設を見学しました。
台湾では、今年3月の総統選挙で国民党が政権を取り戻しましたので、これからの原子力発電開発に追い風となることが期待されます。
□輸送貯蔵専門調査会の会員募集について
原産協会では人材育成活動として1987年に「輸送・貯蔵専門調査会」(旧輸送問題ワークショップ)を設置し、現在、40名の会員と輸送・貯蔵関連分野の情報・知見の提供、業界相互の交流、関連産業の育成などを目的とする業際活動を行っておりますが、ただ今、2008年度の会員の募集しております。
放射性物質輸送は、使用済み燃料の中間貯蔵、MOX燃料製造、原子炉廃止措置などの諸情勢の新展開に対し、所要の機器やシステムの研究開発、および技術的対応、規格基準の整備など、的確に対応していくことが求められているとともに、国際標準や国際条約の要件を満たすことも必要であり、また、燃料、廃棄物の貯蔵とのインターフェイスが重視され、システムとしての技術開発も重要になっています。
「輸送・貯蔵専門調査会」では、原子燃料物質等の輸送、および貯蔵に関する研究・技術開発動向、ならびに関連法令や技術基準の国際動向などの現状、および将来見通し、課題・対策などに関して、講演、パネル討論、関連施設の見学、意見交換を通じ、専門情報の提供・交流による活動を実施しています。
【コーディネーター】 有冨正憲 氏 東京工業大学原子炉工学研究所所長
【副コーディネーター】 広瀬 誠 氏 原燃輸送(株)技術部マネジャー
【活動内容】
参加会員から希望テーマ(講演・見学先)の具体的提案を受けた上で、それに基づき
企画し、年間7〜8回程度の定例会を実施。
【テーマ】
@IAEAを中心とする国際動向および国内法令、規則等の改定動向
A国内、および海外における使用済み燃料の中間貯蔵、および原子燃料物質の
輸送の現状と将来の課題
B学会、および民間基準策定の動向と課題
C原子燃料サイクル施設と輸送問題の検討
D廃炉や設備更新に伴う大型放射性廃棄物の処分に関する輸送の課題他
【会費】
1機関につきお1人様
日本原子力産業協会会員・・・・・・・・ 162,750円(消費税 5% を含みます)
会員外・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 252,000円(消費税 5% を含みます)
【お問い合せ先】
当協会 国際産業基盤強化本部 石井
TEL:03-6812-7109(代) FAX:03-6812-7110
E-mail:t-ishii@jaif.or.jp
■げんさんな人達(原産協会役・職員によるショートエッセー)
“息子と親父”、“親父と息子”
父親が亡くなった時は、火葬場の待合室から抜け出し、ご苦労様でしたとの思いで煙突の煙を一人で見ていた記憶がある。母親の時はただ、ただ、涙が止まらなかった。
私は父を尊敬しているが、常に批判の対象であった。批判の対象とは、自分は父のようにはしない、とか、この部分は父を認めようとか、将来に向かっての進むべき方向性の身近な確認の対象という意味である。また私の父に対する尊敬とは父と同じ様な歳になった時とか、同じ様な環境になった時の父との比較の中で生まれる後追い的な尊敬の念であり、60歳を超えた今でも頭が下がる時がある。母は病弱だったこともあり、中学の頃から私にとって守らなければならない存在であった。このようなことから、私の父への思いは外なる世界に働き、母への思いは内なる世界に働いたように思う。
父親になって息子との関係を考えると、いとおしさを注ぐ対象だけではなく、父親にとっての息子は、真っ当に育て世に送り出す責任を意識させる、いわば師弟関係の師的思いを伴った関係のように思う。そして息子へのいとおしさは、母親の子供に対する体温的いとおしさではなく、時間の重みを引き継いで欲しいとする期待の中にあるように思う。
父は私が大学に入っても門限等些細なことにも厳しく、窮屈な思いをした。この経験から、私は息子たちが中学を卒業するまでは、誤ったことをすれば、夜中にたたき起こし近所のお寺の木に縛り付ける等、厳しく接したが、高校に入ってからは本人の責任のもとに好きなようにやらせた。長男が高校2年の時、酒を飲み酔っ払って動けなくなり電話をかけてきたことがあった。迎えに出かけ、私は路上で座り込んでいる息子を見つけ、背負って帰ってきた。このことについても、何も言わなかったが、長男はその日を境に酒を口にしなくなった。その理由をはっきりと言わなかったが、親父の背中で感じたものがあったようである。
二人の息子もすでに30前後の歳になり、それぞれの分野で頑張っている。息子たちの人生は息子たちのものと割り切っているが、願わくば“ジイジと孫”の関係を体験させてもらいたいと思っている。孫は目に入れても痛くないとの話を良く聞くが、目に入れても痛くない程のいとおしさとはどのようなものなのか、未知との遭遇を楽しみにしている。(楠木 秀)