[原子力産業新聞] 2000年1月20日 第2021号 <6面>

[レポート] 海外の研究炉の現状 =1=

基礎科学教育に必須

わが国には「研究炉」といわれている原子炉が11基ある。研究炉を通して核物理、核化学あるいは原子力の理論などを実体験でき、原子力について肌で感じ取る教育が行え、また放射線がどのようなものか、どの程度危険なレベルであるかなどを実感として学ぶことができるなど、その教育的役割は大きい。さらに中性子や放射線利用による工学・理学・医学・考古学などの研究にも広範囲に利用されている。しかし現在、特に私大の研究炉での運営維持の困難化、改造・修理の問題、周辺住民との問題、PAのあり方など、わが国の研究炉が抱える課題も多い。こうした状況を踏まえ、原産会議は1998年から「研究炉に関する検討懇談会」(委員長・秋山守東大名誉教授)を設置し、今後の研究炉のあり方について検討し、昨年5月に原子力委員会に対して中間報告を行った。その後、その内容の充実を深め、また未調査であった海外の状況を把握するため昨年11月に欧米諸国の研究炉を視察した。本誌では2回にわたって欧米諸国の研究炉の現状について紹介する。
【西郷正雄】

はじめに

今回の視察には研究炉検討懇の伊藤泰男東大原子力研究総合センター教授、代谷誠治京大原子力実験所教授(米国のみ参加)、清水清日立エンジニアリング顧問および筆者の4名が参加した。

訪問先は下表のように、1.仏サクレー研、2.独マインツ大、3.オーストリア・アトムインスティテュート、4.デンマーク・リゾ研、5.ノルウェー・ハルデン研、6.国際原子力機関(IAEA)、7.米ウイスコンシン大、8.米ミズーリ大、9.米オレゴン大−の九つの施設と機関。

訪問した施設の研究炉

施設研究炉炉型出力臨界年

サクレー研究所
オシリス炉プール70MW1996
オーフェー炉プール14MW1980
オーストリア
アトムインストティテュート
トリガマークII
VIENNA
トリガマークII250kW
(パルス250MW)
1962
デンマーク
リゾ研究所
DR-3タンク10MW1960
ノルウェー
ハルデン研究所
HBWR沸騰20MW1958設立

マインズ研究所
トリガマークIIトリガマークII100kW1965

ウィスコンシン大
UWNR
トリガーFLIP
プール1MW('67)
(パルス1,000MW)
1961

ミズーリ大
MURRプール内タンク10MW('74)1966

オレゴン大
トリガマークIIトリガマークII1.1MW
(パルス2.5MW)
1967

各施設では実際に研究炉の運営に携わっている担当者に直接会って、研究内容、教育のための利用方針などについて率直な意見を聞くことができた。

予算の概要

1.予算

欧州の研究炉は(ハルデン炉を例外として)国または州政府が予算の大半を出しているが、欧州連合(EU)からの支援の割合も少なくなく、後者は漸増している。

米国の研究炉も州政府の予算が中心であるが、エネルギー省(DOE)出資の「原子炉シェアリング・プログラム」による助成がある。ウィスコンシン大炉のような小さな研究炉ではこのプログラムへの依存度が大きい

欧州、米国とも基本的な予算額は人件費を除くと100キロワット〜1メガワットの炉で1,000万から6,000万円であり、日本の平均から見てやや少な目である。

またハルデン炉、オシリス炉、ミズーリ炉、リゾ炉、オレゴン炉、マンイツ炉など市場性を指向している研究炉が多く、それらは概してアクティビティ(事業に対する積極性)が高い。

日本の私大炉では、毎年億円単位の負担のために運営維持に困っているところもあるが、その一因として、国の支援が少ない上に、規制にまつわる管理費、人件費等の必要経費が、海外に比較して多いことがあるように見受けられる。

2.スタッフ

スタッフが数名のため、老齢化した時の後継者に心配があるとしたのはウィスコンシン大炉、マンイツ大炉であるが、当面両者とも目処がたっている。ウィスコンシン大炉では学生に運転させ、その報酬を営業収入によってまかなうというユニークな運営をしている。ミズーリ大などは、アクティビティを高めるためにスタッフを増やすことを考えている。

3.利用状況

○教育利用
10メガワットまでの研究炉では全て教育が目的の一つになっており、格別の努力を傾けているところが多い(リゾ研、アトムインスティテュート、マインツ大、ミズーリ大)。政府役人の教育プログラムを持っているアトムインスティテュートの例や、仏、独、オーストリアは民間従業員への教育・再教育のプログラムを持っていることなどは、日本にとって良い教訓である。

また、原発を持たないオーストリア、デンマークの研究炉においても、基礎科学教育のための手段に必須のものとして捉えられている。米国では民間の従業員に対する教育・再教育は行われておらず企業内教育に委ねているところは日本に似ているが、今後、研究炉存立の理由付けとして「民間教育への利用」は重要だとの認識を持っている。

研究への利用
小さな研究炉では一様に放射化分析、中性子ラジオグラフィー、フィッショントラック法が利用されている。これらの利用で研究炉を維持できる程ではないものの、放射化分析への期待はやや高まっているように見える。放射化分析を営業方針に組み込んだミズーリ大は、ICP-MS(プラズマを用いた非核の好感度元素分析手段の一つ)と組み合わせて多元素分析センターとして成り立たせようという積極的な意志が見られる。

大きな研究炉では中性子散乱が研究炉の意義を主張できるものとみなされている。

○医用、民生利用
医用RI(放射性同位体)製造利用は、それが可能なところ(約1メガワット以上)ではどこでも行われており(ハルデン炉は例外)、営業トップの実績である。高品質のn型半導体製造のシリコン(Si)ドーピングも10メガワット以上の炉で多く行われているが、どこでも日本が上顧客である。白トパーズに高速中性子を照射してブルートパーズに着色させて営業しているミズーリ大炉の礼は特異である。Siドーピング、トパーズ着色いずれの場合も、残留放射能への規制の緩い(仏国:40ベクレル/グラム以下持ち出し可能)ことが影響していると思われる。

脳腫瘍治療のための「ホウ素中性子捕捉療法」(BNCT)に対する関心は高い。オレゴン大炉は実施することを検討している。しかし、医療関係者との連携を固める必要があることと、BNCTは加速器中性子源の方が良いという見方もあって、取りつきにくいようであった。

4.共同利用

どの研究炉もなんらかの形で共同利用されている。欧州の研究炉はEU内の相互乗り入れ利用が常識になっている。大学の利用は無償、企業の利用は有償というのが一般的である。

米国では原子炉シェアリングプログラムが75年から行われている。これは研究炉を所有しない大学が大学所属の研究炉をすること、あるいは小型研究炉関係者がより大型の研究炉を利用することを助成するものであり、わが国の文部省の「原子力施設共同利用」に似ている。ウィスコンシン大炉のように小さなところはこの資金に依存するところが大きいが、ミズーリ大炉のような大きな炉ではこの資金の割合は僅かである。

なお、米国にはTRTRという組織があり、政府、大学、国立研究所、民間の研究炉に横断して、教育、基礎・応用研究、民生利用、米国の国際競争力強化を目的として76年から活動している(前身は小さな技術者集団であったという)。主な活動は定例会議と刊行物による情報交換であるが、会員組織に対して専門的な技術支援を行っている。また、1998年にDOEでは、原子力研究助成プログラムを強化して大学の原子力工学科と放射線科学科を維持支援する方針を打ち出した。

5.規制

欧州の研究炉はIAEA発行の「研究炉の安全基準」に従って点検保守が行われている。運転認可(ライセンス)に期間制限がつけられておらず1年に1回程度の自主点検が共通的となっているが、日常、毎月の自主点検をこまめに行っていることを強調しているところ(アトムインスティテュート)もある。部品交換・修理・改造等の保守は施設担当者の自主的な判断で行われており、官庁は報告を受けるのみである。どの施設も良好な管理状態にあり、この運用システムが良く機能していると見受けられた。

米国の研究炉は20年ごとに運転認可更新(リライセンス)される。このリライセンスではバックフィット(規制の改定に伴うフォローアップ)対応も必要となり、公聴会なども行われるので、対応は厳しいようである。運転期間中は年1回程度の自主点検保守と原子力規制委員会(NRC)の検査を受けている。NRCには研究炉に熟知したグループが担当しているので、規制当局と施設側との関係は良好である。

6.バックエンド

使用済み燃料は、DOEに引渡すことで処理可能な分(2006年までに申告、2008年頃までに引渡し)については、共通にその方向で進められている。それ以降について方針は明確になっていないが、研究炉では施設内保管を考えているところが多い(アトムインスティテュート、リゾ研、マインツ大、ウィスコンシン大)。ドイツでは最終処分地として具体的に考えられているサイトが北部にある。

廃炉については、フランスでは解体の方針が明確になっている。しかし、発電炉用の最終処分場は研究炉の廃炉に使うことができず、今後の課題(国の責任)として残されている。(つづく)


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