[原子力産業新聞] 2000年3月30日 第2031号 <5面>

[レポート] 電力自由化と原子力発電

 昨年6月から審議がスタートした原子力長期計画の策定作業が5、6月頃の分科会中間取りまとめに向け、長期計画策定会議の6つの分科会での審議が大詰めを迎えている。今回の長計では、どの審議においても原子力平和利用のあり方について原点に戻り、その理念や役割を問い直し、長期的展望の下でのビジョンを描いていく方向で議論が進められているようだ。

 その中で、「電力市場の自由化と原子力」というテーマについて議論がクローズアップされている。その論点の中心は「電力の自由化が必然化する中にあって、国は原子力発電計画に関与せず、電力会社の自主的選択に任せるべき。環境問題やセキュリティの観点から炭素税やセキュリティ税を設ければ自由化の下での公益目的は達成できる」というものだ。要するに原子力(発電)事業は国が面接コントロールせす、市場メカニズム――民間の自由な選択に委ねるべきで、国はエネルギーの安定確保や安全性確保の観点から税制や財政措置などを講じるに留めるべきだとする意見である。

 この議論は、FBRや核燃料サイクルを論じる以前の「原子力発電が電力自由化の中でどうなっていくか」という原子力(開発)の根本的問題を問いかけたものとして注目される。今まではこうした議論は現実的な意味合いをさほど持たず、真剣に議論されたことは余りなかったようだが、電力市場の部分自由化か現実的なものとなった昨今では、長期計画策定会議・分科会のメンバーである九州大教授の吉岡斉委員、東大教授の八田達夫委員、評論家の田中直毅委員らを中心に強く主張されるようになってきた。

民間が原子力発電の選択を

 さる13日に開かれた長期計画策定会議の第2分科会の第7回会合で、八田委員は「電力自由化と使用済み燃料」と題したプレゼンテーションで持論を展開した。

 ここで八田氏は、英国や北欧での電力自由化は電力技術の進歩をもたらし、電力価格を引き下げたと論じ、送・配電会社の独占は認める一方、発電は自由参入にするという電力自由化が必然化するとの見解を示した。その上で@懸念される電力会社の公益目的の後退は、炭素税などを導入すればCO2を使わないインセンティブを与えるAエネルギーセキュリティのために、電源の使用に対してエネセキュリティ税をかける。寡占的な石油価格決定戦略への対抗措置として用いるならば原子力発電所の建設より遥かに有効――などの対策を講じていけばよいと述べた。また同氏は、電力会社がどの発電を選択するかは政府か決めるべきことではなく、電力会社が自ら自由に決め、政府の役割は「競争のための環境作りであり、その税率を決めることだ」とし、さらに原子力長計は原子力の基礎研究計画策定のみに専念すべきだと主張した。

 この会合には、策定会議のメンバーである吉岡委員も「エネルギー政策の中の原子力利用のあり方について」と題する参考資料を提出しており、そこで、安全確保および核不拡散という2つの課題を除けば、民間での原子力産業に対する政府の介入は排除されるべきだと論じている。

 これを同じような意見を第6分科会の共同座長の一人である田中委員は15日の同分科会の第7回会合で行っている。同氏は電力料金は需要家によって変わっていくものであり、自由に価格を決めるようなシステムが望ましいとし、こうしたシステムでは原子力は不利であるとの見方を示した。しかし長期的に見ると原子力はコストは安いのではないかとし、長期的なエネルギー政策の必要性は否定しなかった。 これらの意見には、原子力開発体制など誤解に基づく議論もみられるが、基本的には国民経済の血液ともいわれるエネルギー供給といえども、民間・市場に委ねるべきというのが趣旨である。論理としてはさほど目新たらしい訳ではないが時代の流れが自由化、グローバル化に向いている現状では、この主張の持つ意味は大きく、「電力供給体制の根幹を揺るがす話」(青木輝行中部電力副社長)であり、今後の電力由由化の流れの中での原子力発電開発のあり方について一石を投じたものだ。

安定確保やセキュリティにも配慮必要

 しかしこの議論は、現在のエネルギー資源が安価に不自由なく手に入り、そういう状況が相当長期にわたって維持されるだろうという暗黙の前提と、エネルギー供給構造や地政学的な状況が大きく異なる日本と欧米諸国との相違をあまり考慮しているとは言えず、当然各委員から見解を異にする意見も出ている。

 第2分科会では、東電常務の榎本聡明委員が電力自由化は電力の信頼性、安定確保、セキュリティなども考慮しなければならないと述べ、八田氏の主張は電力の完全自由化と配送電の自由化を前提としたもので、我が国での電力の完全宙由化は現実的には困難視されており、飛躍した議論だと論じているし、京大教授の神田啓冶委員は、自由化が進むと環境保全が進まなくなったり、電力供給が不安定になるなど、電力自由化が進んでいる欧米のマイナス面の事例を紹介した。サイクル機構副理事長の中神靖雄委員もこうしたことの無念を示すとともに、IPPと環境は相いれない現実があること、炭素税は産業の競争力を弱める可能性があること、完全自由化では太陽光発電や風力発電の拡大も困難となることなどを指摘している。

新規原発建設は不可能に?佐和氏が両論折衷案

 電力供給(原子力発電も含む)を自由市場に任せるべきか、そうでなく別個の視点からエネルギー問題を見ることも重要だとする相反する議論に対して、京大教授の佐和隆光委員は「電力自由化の下で、合理的な企業が原子力発電所を新増設することは、まずあり得ないと考えるのが道理だ」とし、我が国のエネルギー政策が、一方で原子力推進をうたいつつ、他方で電力自由化を推進するのは矛盾したことと論じた。そこで同氏は@30〜40年間の期間の下で原子力発電は必要なのかA原子力技術のレベル、技術者、産業技術は、今後、数十年間、原子力発電所の新増設がなくても維持できるのか――が問われなければならないと述べ、これらの答えを出した上で、電力産業の産業組織のあり方、電力自由化のあり方、政府の役割などの検討を行うべきだと主張した。

電カ会社の使命は安価・安全で高品質な電カ供給

 第2分科会のメンバーである原産常務理事の宅間正夫委員は、電力会社の使命は@今の世代に安価で品質の優れた安全な電力を過不足なく供給することA後の世代にもこうした電力を供給していくこと――だと強調する。こうした観点点から電力はこれまで自らの責任で原子力を選択したのであって、一部の人が主張するように、国によって押しつけられて原子力発電をやっている訳ではなく、市場経済に基づいて民策民営でやってきたという。ただ今まで電需要が伸び続けた時代では、電力供給責任を持つ電力の方策と国のエネルギー政策とが合致し、現象的には国策民営とみられていた面はあったが、これからは市場の伸びが余り期待できない状況が予想され、体制の再編成は避けられず、原子力発電の導入には市場にマッチした技術的イノベーションも必須となろうと同氏は見ている。一方で、電力には公共性の部分もあり、国がエネルギー政策に原子力を必要とするならば、財政的支援や法律的支援が必要となるとも指摘する。

問われる原子力発電の開発体制

 いずれにしても、電力の自由化が今後とも進むと、電力会社としては立地から建設・運転までリードタイムが長く、他電源と比べ巨額の投資を必要とする新規の原子力発電の選択の余地は少なくなることは確かだとする意見が多い。今回の原子力長期計画では、将来の電力自由化の成り行きも見据えながら、本当に原子力発電が必要なのか、必要であるとしたらどのように開発を進めていくことが国民の利益となるのかという問いにも答えていく必要がありそうだ。(三浦研造)


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