[原子力産業新聞] 2000年5月11日 第2037号 <1面>

[インタビュー] 松浦原子力安全委員長に聞く

4月から総理府に移管し、事務局機能が強化された原子力安全委員会の委員長に、7日付けで就任した松浦祥次郎氏は、このほど本紙のインタビューに応じ、国民に代わって原子力の安全を監視し、また「安全目標の設定」など幾多の課題にも取り組んでいく姿勢を示した。

−まず抱負は。

松浦委員長
正直言って自分の中でそのようなものをまとめる域にまだ達していないが、まずは「安全目標の設定」。私が委員になる以前からも考えていたがこれは非常に大きい問題だ。具体的な課題としては安全指針の改定など、すぐに取り上げないといけないだろう。

−新しい事務局体制でどのようなことを望むか。

松浦委員長
今回事務局機能が強化され、安全委の「庶務から補佐へ」とはっきりと変わることとなった。今までの20人程度のマンパワーではとても不可能だったことにも、今後は100人体制で、個人として組織としての能力を、安全確保の仕事に最高度に発揮してもらいたい。そして何よりも、「技術参与」という色々な分野の専門家たちの知見を活用することが大きな力になろう。

−当面の安全委として取り組むべき課題は。

松浦委員長
安全審査指針類の整備、規制調査等の推進、安全目標の策定、緊急時対応の改善、情報公開推進、専門部会の再編成、そして安全委自身の自己点検など。大変な仕事が持っている。

−「安全目標の明示化」についての考えは。

松浦委員長
今簡単に言える状況にあるわけではない。ただ非常に大雑把に言って、私は「安全目標」というのは、一つは人間が生活していく上でこれで心配ないという「極楽浄土」のような状態、もう一つはリスクと利益とのバランスの上で「我慢できる限度の不安全の限界」というレベル、この二つの視点があるようで、これを認識することから始まると思う。世界的にもまだどこも取り組んでいないが、自分のIAEAでの経験も生かして議論していきたいと思う。やはり原子力のリスクというと、放射線に関するリスクをどう考えるかということが一番ポイントになる。

−情報公開についてはどう考えているか。

松浦委員長
言いっ放しではなく、やはり公開して伝えたものがしっかりと受け止められているかどうかも見ていかないといけない。

−専門家のいう「安全」と一般の人たちのいう「安心」との乖離がよく言われるが、それを埋めていくのに安全委として何ができるか。

松浦委員長
これは難しいことだと思う。確かに一切事故・故障が起きなければ一般の人々は安心するだろうが、実際はなかなかできない。安全委は非常に高いレベルの最新の知見を持っていると思う。ただし、安全確保において現場や組織の中を見るとき、一般国民の目線で見て「これで大丈夫か」ということを一度反省してみる。それによって、一般の人々から「安全委は我々の見方で見てくれている」と考えてもらえる。「安心」というのは、人間の心の奥底の「自分の存在理由をどう守るか」ということで、理性も感性も全部含めた総合的な物の受け取り方だと思う。人によってずいぶんと違うし、社会全体ということになるとますます難しい。「安全」と「安心」というのはアプローチの仕方が違うようだ。

−もう少し具体的に言うと。

松浦委員長
私はよく山へ行く。岩登りをしていて危険な思いもしたが、「不安」は感じたことがない。一方、山の帰り道に崖っぷちを走るバスに乗るととても恐怖感を覚える。でも定期路線のバスが崖から落ちるなんて滅多にあるはずない。確率論的に考えたら岩登りの方が危険性は遥かに高い。だけど自分自身は岩登りよリバスの方が遥かに怖く感じる。「安全」と「安心」とは決定的にどこかが違うということだ。安全に関して、岩登りは自分が制御している。ところがバスの方は乗客の自分では一切制御できない。人はこういう場合に不安を感じる。同じように原子力の安全確保においても一般の人々は何もできない。だから安全委は、一般の人々に代わって原子力の安全をしっかり監視していることを示さないといけないと思う。


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