[原子力産業新聞] 2000年5月18日 第2038号 <4面>

[レポート] 欧米諸国 電力市場自由化の現状

海外電力調査会
調査部 主管研究員 井上寛

日本で今年の3月21日から大口特高需要家を対象とした電力小売市場の部分自由化がスタートした。日本に先行して電力自由化に移行した欧米諸国、とりわけ英国、ドイツ、米国の一部の州ではすでに全面自由化に移行、それなりの成果とともに問題点も指摘されている。以下、主要各国における電力自由化の現状を紹介する。

[米国]−州単位で自由化進む

米国の電力小売自由化はこれまでのところ州単位で進んでおり、国家(連邦)としての電力再編法はまだ成立していない。全米50州のうち、自由化を決定している州が4月現在で25州、うち13州で全面ないし部分自由化に移行している。全面自由化に移行している州はロードアイランド、マサチューセッツ、カリフォルニア、ニュージャージー、ペンシルベニア、メインの6州。いずれの州も電気料金は全米平均を大きく上回っている。

様々な所有形態の3,000余の電気事業者が存在するなか、現在進められている小売自由化は、州規制下にある私営電力会社を中心に事業構造を再編して競争市場を導入、消費 者に供給事業者の選択を認めようとするものである。

新たな市場構造

電力自由化といっても需要に応じて発電所で発電された電気が送配電線を通って消費者に送られる物理的な電気の流れは変わらない。変わったのは発電所から消費者までの間に登場した様々なプレーヤーの競争取引による金銭の流れ。各州とも電気事業再編に対するアプローチ、自由化市場のルールや仕組みは若干異なるが、概略次のとおりである。

競争が導入されたのは基本的に発電と小売供給部門。発電市場では発電設備を所有する地元電力会社、他地域の電力会社、独立系発電事業者(IPP)、地元電力会社から発電設備を購入した発電事業者などが競う。発電所からの電力は競争入札を通して卸市場で取引される場合や、小売供給事業者あるいは需要家に直接供給される場合もある。需要家は新規小売供給事業者あるいは発電事業者を選択するか、そうでなければ従来どおリ地元電力会社から小売供給を受ける。

新規供給事業者はパワーマーケター、ブローカー、アグリケーターなど様々。パワーマーケターは自ら発電設備を所有せず、他のマーケターや電力会社を相手に電力売買を繰り返し、競争市場における価格変動リスクを需要家に代わって管理する役割も粟たす。ブローカーやアグリケーターは、需要家に情報サービスを提供したり、需要家をグループ化して契約交渉を代行する。

送電線は連邦の政策に従いすべての利用者に平等な条件で開放、所有権を電力会社に残したまま運用制御機能は新たに設立された中立非営利の独立系統運用事業者(ISO)に移管されている。卸取引市場の運営管理はIS0が兼務する場合と、別途設立された電力取引所(PX)が担当する場合とある。例えばカリフォルニアでは、ISOとPX別形態。

公正な競争市場の実現に向けて

競争市場への移行に際して電力会社が最も危慎した問題の一つは、従来の規制システム下で回収を前提としていた投資費用が回収できなくなるかもしれないという問題。端的な例は競争市場で経済性を失う発電所であり、その地積み立て未了廃炉費用、割高な長期電力・燃料購入契約など。自由化決定済みの州の大部分は、競争移行期間を設定、そうした費用の回収を原則認めている。

また市場支配力低減の観点から、大部分の州が電力会社に発電設備の売却を義務付けたり強く要請。1999年半ばまでに私営電力会社総発電設備の1割に相当する約6,000万kWの化石燃料火力発電所が売却された。主な購入者は大手電力の発電子会社や大手IPP。

これを機に発電事業から撤退、送配電事業(ワイヤビジネス)への特化を図る電力会社がある一方、発電子会社を通じて他地域で売りに出された発電設備を購入、発電ビジネスの全国展開を図る会社もある。原子力発電についても優秀な運転実績を持つ電力会社が原子力を競争電源の主力として位置付け、他社の原子力発電所を買収するケースも見られる。また競争市場における生き残り方策としてここ数年間急増している電力会社同士あるいはガス会社との合併・買収も大規模化、戦略化している。

自由化に移行したどの州もまだ移行期間の途中であり、回収不能費用の回収費用やその他公益目的の基金が電気料金とともに徴収されていることもあって顕著な料金値下がり効果はまだない。新規供給事業者の競争力は、既存電力会社にとどまる需要家向け電気料金のレベル次第。需要家による供給事業者の変更実績は需要種別、電力会社あるいは州によってまちまち。総じて住宅需要家の変更率は低い。

しかし例えば、ペンシルベニア州のある電力会社供給区域では産業需要家の変更率が7割近く(負荷ベース)している。

競争進展による事業構造の急速な変化を受け、現在提案されているのが地域送電機関(RTO)という新たな系統運用組織構想。これは統一的に系統運用を行う範囲を従来の電力会社やISO単位からさらに地域的に拡大、技術的、経済的により効率的な送電線利用を実現しようとするもの。RTOは競争市場の今後の健全な発展にとって重要な鍵となリそう。

需要家による供給事業者変更実績(米国)
電力自由化実施時期需要家数負荷ベース
カリフォルニア1998年3月全面自由化住宅住宅2.2%
大口産業大口産業33.3%
全需要家全需要家14.5%
マサチューセッツ1998年3月全面自由化住宅0.1%住宅0.2%
大口産業11.0%大口産業18.9%
全需要家0.2%全需要家8.3%
ペンシルベニア1999年1月部分自由化住宅15.3%住宅17.4%
2000年1月全面自由化商業29.7%商業44.7%
産業62.3%産業63.5%
全需要家16.8%全需要家41.8%
注:カリフォルニア州は2000年2月末現在(カリフォルニア州公衆事業委員会)。
マサチューセッツ州は2000年2月末現在(マサチューセッツ州エネルギー資源局)
ペンシルベニア州は2000年3月末現在のPECO社実績(ペンシルベニア州消費者保護局)

[英国]−問題ある「プール制」

英国イングランド・ウェールズでは国有電気事業者の分割民営化によって1990年に自由化がスタート。90年、94年、98年と3段階に分けて自由化範囲が拡大され、最終的に99年5月、全面自由化に移行した。発電、送電、配電部門を水平分離、送配電部門をコモンキャリア化するとともにプールと呼ばれる卸電力市場を創設した。プール取引を運営管理しているのは国有中央発電局(CEGB)から分離独立、送電系統を所有・運用するナショナル・グリッド社。電気事業全般を規制するのは民営化時に設置された電気事業局(現在はガス規制局と統合してガス電力市場局)。送電線料金、配電線料金および小売料金の一部に上限価格規制が適用されている。

CEGBの発電部門が3分割されたナショナル・パワー、パワージェンの火力発電2社と原子力発電1社、さらに新規参入した30社を超えるIPPが発電市場を形成、毎日の競争入札により発電される電力のすべてがプールで取引される。最近はガス火力が急増、総発国電力量の4割近くを賄っている。民営化された12配電会社および新規小売供給事業者はこのプールで電力を調達し小売供給を競っている。

当該30分帯に提示される最も高い価格に需給バランスを反映した価格要素を加味してプール購入価格を決定。それに系統信頼度維持に要する費用を加えたものがプール販売価格となる。発電会社と配電会社、小売供給事業者はプール価格を指標とする差額支払い契約を結びこのプール価格の変動リスクをヘッジしている。

1999年現在、1,000kW超需要家で7割強、100kW超で5割、住宅需要家で13%が供給事業者を変更。電気料金は大口需要家および住宅需要家ともに実質的に値下がりしている。電気料金低下は競争導入による効率向上も一因であるが、電力民営化当初残っていた国内炭・原子力保護政策が徐々に縮小されてきていること、また送配電線使用料金が大幅に引き下げられた点が大きい。

1995年に配電会社の株式取得が自由化されたこともあって12配電会社の大半が米国電力会社あるいは英国公益企業によって買収された。その結果、発電と配電小売供給が結びついた垂直統合形態の会社が形成されたり、複合公益企業が登場。今後はさらに配電会社同士あるいは配電会社の小売供給部門同士の合併も予想されている。

1990年の自由化から10年を経過した英国のプール制度であるが、2大発電会社によるプール価格決定への影響力行使、発電部門におけるコスト削減がプール価格に反映されにくい点、需要家側からの競箏入札がない片側市場であることなどの問題点が指摘され、現在全面見直しが行われている。

予定では2000年10月末に現行の強制プール制を廃止、代わって先渡/売物市場、スポット(現物)取引形態をとる短期契約市場、系統の安定的運用を目的とした需給調整市場、電力需給の計画値と実績値の偏差分を清算するインバランス決済からなる新たな御電力市場に移行することになっている。

[ドイツ] 需要家獲得競争で合併買収に拍車

ドイツでは1998年4月末、新たなエネルギー法の発効を受け、従来の電気事業体制のまま全面自由化をスタートした。ドイツ電気事業を構成するのは大半が公私混合営の8大電力会社、地域エネルギー供給会社、地方自治体営主体の小規模配電会社等約1,000社の電気事業者。8大電力会社はドイツ総発電設備の約70%と220キロボルト以上の超高圧送電線を所有・運用し、相互に資本を保有しあうカルテル型の事業体制をとっている。

垂直統合形態の電気事業者は自由化に際し、送電事業と他部門との会計および経営分離が義務付けられたが、系統運用について中立・独立的な系統運用組織は設立されていない。一部電力会社には純粋持株会社を設立、その傘下に送電部門を別会社化している。旧東ドイツ地域については、褐炭産業の保護と雇用確保を目的として2003年まで第3社による系統アクセスが制限されている。

これまで事業多角化経営を進めてきた電力各社は電気事業を核にエネルギー供給事業に重点を置く経営に方向転換、経営資源の集中化を図るとともに、不採算関連企業の売却、人員整理など競争力確保のための合理化に取り組んでいる。

自由化当初、当事者間の相対契約によリ決定される送電料金が競争を抑制する方向に働いたこと、また電力会社間で競争対象を大口産業需要家に限定するとの暗黙の了解があったことから、需要家による供給事業者変更の動きはそれほど活発ではなかった。しかし、1999年8月、RWEエネルギー社が全国の住宅需要家に対し他事業者より約20%安い料金を提示したことから、住宅需要家も含めた本格的な需要家獲得競争に突入した。

料金値下げ競争は競争力確保のために大手電力会社の合併買収競争に発展。1999年の9月から10月にかけてドイツ2位のプロイセン電力と3位のバイエルン電力、1位RWEと6位VEWの合併計画が次々発表され、2000年中にも2大グルーブが出現する見込み。

自由化後、電気料金は産業用で平均20%、住宅用で10〜20%値下がりした。これはここ10数年大規模な設備投資がなく電力会社がかなりの内部留保を抱えていたことや低コストの燃料調達が可能となったことなどが大きな要因であり、自由化との直接的な因果関係は薄いと指摘する向きもある。いずれにしろ確認できたのは、一旦競争の火蓋が切られるや電力会社同士の需要家獲得競争が一気に本格化したという事実であった。

[フランス] 国外市場に焦点

フランスでは欧州連合(EU)電力自由化指令の国内法化期限から約1年遅れて2000年2月1日、電力自由化法が成立した。フランス電力公社(EDF)は発送配電一貫体制を保持するものの、送電系統については中立性を保つために他部門から独立したかたちで運用されることになった。

供給事業者を選択できる需要家の要件は未定であるが、大筋EU電力指令が定める市場開放率に沿ったかたちで2003年まで当面年間消費電力量2,000万kWh前後の需要家に落ち着きそう(開放率30%)。EDFの今後の競争相手としては国内IPPあるいは国外からの電気事業者が予想される。電力自由化法成立直後に4、5軒の大口需要家(年間消費量5〜6億kWh相当)がEDF以外の供給事業者に変更したという報告もある。

原子力開発が一服したEDFは減価償却費など豊富な内部資金を活かして1990年代初めから世界各国の電力市場に進出。最近はEU市場の自由化にともなう国内シェア喪失分を国外市場で取り戻すべく、英国、ドイツにも進出している。国内的には制限的自由化を指向しながら他国の全面自由化市場へ積極参入するEDFの姿勢に公正競争上の観点から批判を向ける国もある。


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