[原子力産業新聞] 2000年6月1日 第2040号 <4面>

[レポート] ソーシャル・コミュニケーションのすすめ−その2

三菱総合研究所社会公共政策研究センター
社会基盤部 主任研究員長澤 光太郎
研究員松浦 正治

【PIの計画】

 PIの具体的な実施方法ついては、欧米諸国でも明確な答えは示されていない。ただし、これまでに行われてきた事例は、事前調査、PIの進め方の検討、PI手法の実施、フィードバックの4ステップを共通して持っている。広報、PR分野に詳しい方であれば、これがメディア・プランニング(媒体計画)の考え方に似ていることにお気づきであろう。PIの実施に当っても、事前の計画がきわめて重要視されるのである。

【ファジリテーションとメディエーション】

 PIでは、様々な「手法」が用いられる。これらは住民から意見を効率的に聴取するために蓄積されたナレッジであり、旧来から使われているアンケートはもちろん、新しく開発された「ワークショップ」や「メディエーション(Mediation)」などが含まれる。米国ではこれらの手法について、運営方法、対象者などを示すガイドラインやマニュアルが作成されている。たとえば、米国連邦運輸省が1996年に発行した「交通計画のためのパブリック・インボルブメント手法」というマニュアルでは、40あまりもの手法について運営方法やその得失などについてまとめている。

 最近の米国でよく用いられているPI手法に、「ファシリテーション(Facilitation)」や「メディエーション」がある。これらはいずれも、当該プロジェクトに利害関係を持たない中立的な第三者が議論を取り仕切る手法である。(前者が利害関係者が集会した話し合いの場のみで議事進行を手伝うのに対し、後者のメディエーションは話し合いの場以外にも、利害関係者と個別に面会して合意を促したり、合意文章の素案を作成したりする)

 住民から意見を聞く場合、委員会や協議会のような話し合いの場が設けられることが多い。しかし、このような形式では一部の「声の大きい」委員の発言ばかりが目立ったり、感情的な議論が先行して具体的な打開策を見出す議論にならないなどの問題が生じやすいことが経験則から明らかになってきた。そこで、中立的な第三者が議論を取り仕切り、より効率的で実を結ぶ議論へと利害関係者を導く手法が考え出されたのである。成田空港問題の「円卓会議」などはこれに近いものと考えることができる。

 原子力政策のような国家的な政策に関する議論の場が、今後一般市民、環境団体などに開かれていった場合、ファシリテーションやメディエーションが必要不可欠となることは想像に難くない。日本ではしばしば「ファシリテーションやメディエーションを行うことができる中立的な者がいない」という指摘がみられるが、米国でも10年前には事情は同様であった。しかし、完全に中立な人物でなくてもメディエーションは実施できる。筆者の1人が、米国の合意形成研究所(Consensus Building Institute)で携わった調査によれば、メディエーションを取入れた協議に参加した者の86%が、そのプロセスに満足しているという回答を寄せており、メディエーションの効果は現在、米国ではすでに実証されていると言ってよいと思われる。

【シミュレーションによる仮想体験】

 PIの一環として、市民の関心を高めるためにシミュレーションを行い、将来に想定される状況を仮想的に実体験してもらうことも効果的である。米国では長い間、エネルギーに関する国家の総合計画が存在せず、原油やガスの国際市場価格にエネルギー供給が大きく左右されることが問題であった。産業界や環境団体など様々な関係者の間でエネルギー政策に関するインフォーマル(非公式)なコンセンサス形成を目標として、1987年に創設された米国エネルギー確保委員会でも、当初は活発な議論は行われなかった。そこで、88年11月に「国家エネルギー政策シミュレーション」が実施された。

 シミュレーションでは93年に、@中東における紛争によって原油価格が高騰A地球温暖化防止のため国際的な化石燃料の燃焼規制B地震によって日本の原子力発電所が閉鎖C米国内における原油、ガスの生産能力の低下が同時に発生することを想定した。参加者は議員、環境団体代表、電力会社社長など計16の役割を割り当てられ、上記の想定について説明を受けた後で、エネルギー政策について議論の上、仮想的な合意に達するよう指示された。各参加者は、まる一日かけて議論した結果、エネルギー政策について国家的なコンセンサスに達することがいかに重要かを実感することとなった。その後150人の関係者が一堂に会し、仮想的ではない本当のエネルギー政策のあり方について漠然ながらも合意に達するなど、このシミュレーションはその後の様々な実態的活動の契機となっている。

【住民投票とPI】

 最後に、PIの観点から住民投票について考えてみたい。

 ここ数年、地方自治体が直面する大きな政策課題に関して、住民投票で決着を付けようとする考え方が多くみられる。米国でもリファレンダム、パブリック・イニシアチブなどの形で住民投票が行われている。わが国では住民投票を法制化する動きもあり、今後は適用事例も増加する可能性がある。しかしPIの見地からは、一般市民の意見を反映してコンセンサスを形成する方法として、住民投票が様々な問題を持っていることには十分な注意が必要である。

 まず、一般的に言って住民投票の参加者は利害関係者の全てを含むものではない。したがって住民投票に参加しなかった利害関係者の意見をいかに反映するかという課題が残る。

 また住民投票は基本的に「Yes」か「No」を選択するものであり、中間にある様々な住民の意見、たとえば「条件付賛成」「期限付反対」などを反映しうる方法ではない。このことは、賛否の対象となる政策の条件設定次第で、投票結果を操作することさえ可能であることを意味する。

 こうした危険を回避するためには、早い段階から積極的にPIを行うことが必要である。たとえば、詳細なアンケート調査によって市民の意向を細かく把握し、その結果を公表することは、Yes / No型の住民投票を1回行うよりも、PIとしての意義が大きい。アンケート調査では複数の質問、複数の選択肢を提示できるため、住民投票よりも質・量の両面で優れたメッセージを得ることができる。また、アンケートを繰り返して選択肢の絞込みを行う「デルファイ法」なども今後さらに活用されて然るべきであろう。(おわり)


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