[原子力学会] 臨界事故調査報告書から
日本原子力学会の「原子力安全」調査専門委員会 (主査・関本博東京工業大教授) は、JCO 臨界事故直後の昨年10月初旬以来、調査活動を実施するとともに、独自に JCO 事故の経過や事実の解明、原因分析などを実施した。学会員へのアンケートを行い、原子力安全確保のための改善提言や原子力学会の今後の行うべきことに関して、広く会員の意見も求めた。ここでは、原子力学会会員から寄せられた意見の概要を紹介するとともに、同委員会が報告書の中で「原子力安全文化に関わる今後の取組みについて」述べた部分を抜粋して掲載する。
技術者、研究者の意識向上をめざし、次世代むけ教育強化を
学会員からの改善提案について
今回のアンケートは、学会員が自由に意見を記述する形式で行われ、それを基に報告書は、キーワード毎にどのような改善提案がなされたかを紹介している。
臨界安全について、「原子力学会においても研究会が組織され、報告書も出されていたが、これを現実の危険性のある問題としてとらえることが多くの原子力技術者、研究者の意識において希薄であったことは否定できないであろう。この点に関する反省からも、臨界安全について、今後とも十分に研究し対策を講じるべきであるとの提言が多く出された」と記述。
教育、テキスト、技術の継承などの点については、「教育の問題は、原子力に限らず、すべての産業活動における基本であり、特に安全性に関しては教育の重要さが常に指摘されているところであるが、今回の JCO 事故の場合には、核物質の臨界という非常に高度で専門的な内容が、現場の作業員に十分に教育されていたか否かが大きな問題となった。原子力分野に進む次世代の技術者に対する、臨界や安全、さらに大きくは技術者としてのモラルに関しても、今回教育の問題が大きくクローズアップされてきている」として、アンケート結果においても教育に関する提言がかなりの数にのぼったと記載している。
原子力技術の継承に関しても、「今回の事故も含め、最近の原子力の事故の場合に、原子力文化、原子力技術の風化といったことが指摘される」と述べるとともに、教育を行うに当たっての教材、特に現場作業者に対する適切なテキストやマニュアルの必要性を指摘する提言もあったと紹介。入門教育や、作業者への教育には平易かつ、要点を漏らさないテキストが必要だと考えられると言及している。
倫理、モラルについては、「基本的には今回の事故は規則違反、法律違反により起こったものであるが、これを作業にあたった人間のモラルの問題だけに期することは勿論適当ではなく、企業全体、ひいては原子力に携わる技術者、研究者全体の倫理観、モラルの問題として考えなければ、今後の事故の防止にはつながらない」とするとともに、「モラルハザードの問題は、一つ原子力産業のものだけではないが、事故の及ぼす社会的な影響は、原子力産業の場合、他の産業分野に比べて遥かに大きく、従って、技術に関わる倫理観、モラルの問題は極めて重要となる。これに関する改善提言が多く見られた」としている。
基準、指針、標準、ガイドラインなどについては、「臨界という非常な危険性を含む作業がなぜ、標準化されて作業として確立しておらず、現場の作業員の裁量によって大きく逸脱した作業工程が可能であったのかという疑問が出されている」と記述。さらに、他の産業分野においては、事故が頻繁に起こりうる作業工程については、基準に従って作業を行えば事故を回避できるようになっている場合も多いと指摘した。
また、「核燃料の精製、製造といった作業も、複数の企業において多くの作業者が従事するようになり、作業者は必ずしも、臨界を含めた核燃料に関する十分な知識を持っていない場合も多くなっていた中で、核燃料を取り扱う作業工程が十分に標準化されていなかったことが今回の事故の一因と考えられる」とし、作業の標準化や基準作りを強く求める提言が多かったと述べている。
国の安全審査をめぐっては、「審査そのものについては、適法に行われ、問題がなかったことが明らかとなっているが、現実に臨界事故という重大な事故が起こった以上、安全審査のあり方について議論が起こって当然であり、すでに各方面で今後の安全審査についての議論、検討、提言が行われている」として、アンケートにおいても当然のことながら、JCO 施設並びに核燃料取り扱い施設についての安全審査に関して様々な意見や提言があったことに言及している。
作業員の資格について、「JCO 事故において作業者は核燃料取扱主任者の資格を持っていたわけではないが、法律上は JCO に一定数の核燃料取扱主任者がおり、その指導監督の下に作業が行われるはずであり、そのような法律の遵守があれば、今回の事故は起こらなかった訳であるが、実際は、現場の作業者の裁量による作業が行われ、事故に至った」としたうえで、「もし放射線や、核燃料を取り扱う作業者がすべて資格を所持している必要があるとなると、産業そのものが成り立たない可能性もある。しかし、今回、臨舞事故という重大な事故を起こした以上、社会的にも核燃料の取扱に従事する作業者の資格の問題は避けて通れないものであり、提言にもこのことに関するものが少なからずあった」と記述。
また、近来の社会情勢として、環境問題等を中心として、国や、企業から中立、独立した組織としての NGO、NPO の活動が一定の成果と評価を受けつつあることを踏まえ、原子力の安全性に関しても、国や、企業から独立した中立的な機関の活動を重要とする提言が見られたと紹介している。
今後の安全文化への取組み−安全研究の再構築を
原子力安全文化に関わる今後の取り組みについて
ここでは、本事故の分析によって提起された問題のうち、本委員会の従来からの課題である安全文化に関わる問題を中心に、原子力事故の再発防止の観点から諭ずることにする。
1.安全文化の持続と進化のために
原子力施設の従業者には安全に関わる多くの業務が課せられているが、これらはその必要理由が直ちに理解できるものばかりではない。ややうがった見方かもしれないが、不合理とも思える煩雑な業務を課すことは、これに反した場合のペナルティとあいまって、安全に関する要求が大きな権力に基づくものであることを感じさせ、安全管理を推進する上で一定の効果を上げてきたのではないか。
しかし、安全に関する諸々の要求や慣行の意味を問わない、いわば思考停止の状態が長期化するとき、これらと安全性との間の関連性の意識が次第に希薄となり、さまざまな弊害をもたらすことは多くの事例が示している。例えば、監督者、管理者の側では、このような思考停止は、規則の硬直した運用や、職権の拡大解釈にもつながり、安全に関する要求や慣行を形骸化させる原因となる。
一方、被管理者の側では、要求や慣行を遵守させられるだけでは社会の安全性に貢献しているという充足感や誇りは得られにくく、ここから管理の目をかいくぐった違反行為や、上部規定の要件から逸脱した作業手順の定着といった個人的ないし組織的な「合理化」行為が生まれる可能性が生じうる。このような可能性が生まれる背景として、原子力産業を含め労働現場の合理化が徹底して進められており、また労働者の側には合理性に基づいた自己充足、自己実現を労働に求める傾向が強まっていることを考慮すべきであろう。
原子力に限らず、「安全文化」が文化として成立し、維持されるためには、構成員によって共有され、相互に伝達され、新たな要素が創出されることが必要である。危機認識の共有とこれに基づく目標 (リスク低減) の共有は、このための出発点であり、目標でもある。
原子力の特徴の一つは、いわゆる「ひやりハッと」事象を含めてトラブルの発生が厳重に抑制され、さらに設計や運転条件にも大きな安全裕度を設けることを前提としているため、日常と危機との距離を感覚的にとらえにくいことである。このため、リスク認識の共有のためには、的確な知識と想像力が必要であり、これを育てるような方策が求められる。
原子力安全委員会「事故調査委員会報告書」の第8章 (「委員長所感」) には原子力事故原因の除去に関わる二律背反が列挙されているが、そのほとんどが安全文化に関係し、いわゆる社会的ジレンマに通じるものを含んでいる。多くの二律背反に直面するということは、固定的な施策のみでは問題を解決できないことを意味している。さらに、安全文化の背景である労働倫理・労働意識は今後さらに変化するであろう。したがって、今後の原子力の安全確保のためには、個々の組織および個々の労働者と安全との関わりが常に進化するような動機付けや仕組みが必要である。一方、原子力の安全性は諸々の規則、規定、手順書等を遵守することによって維持されており、またこれらに基づく慣行が定着している。たとえ事業者や従業者が規定等の安全上の意義に疑義を持ったとしてもこれに違反することは許されず、変更を企てたとしても定められた手順を経る必要があり、これに要する時間やコストは一般にきわめて大きい。この結果、現状においては、既存の安全確保策の有効性を論じたりその改善を論ずるような企ては、ややもすれば、効用 (メリット) の点から見送られがちである。
しかし、前述のような観点からすれば、現場における安全性に関わる議論や改善提案が奨励されるべきであり、このような議論や提案を効用あるものとするため、合理的な評価・判断を保証することが必要である。このための手段として、リスク評価手法や次項においても述べるような計算機シミュレーションの普及が考えられる。事業者や従業者が、これらの手法を用い、リスクや危険の大きさを指標として、ルール違反の影響の重大さや手順の変更による影響等を日常的に評価することは、機器認識の共有、リスク低減という目標の共有に有効である。
これと併せて、規制においても、指針、規定や慣行の有効性や必要性を随時見直すことが制度的に保証されるべきである。原子炉等規制法の改正によって事業者の違法行為に対する従業者の内部告発が保護されることとなったが、安全のための有効な投資を妨げ安全文化の風化の原因となるような制度や慣行は適法であっても批判の対象となるべきである。
2.教育・訓練および資格制度の充実
安全教育・訓練の重要性も JCO 事故以後あらためて強調されてきたところであるが、教育・訓練の徹底とともに、それらをより有効ならしめる方策が重要である。
放射線安全教育を例にとると、多くの組織では放管職員や放射線業務実務者によって担われており、彼らは必ずしも教育の専門家としての訓練を受けていない。その結果、受講者に日常業務と安全性の関連性を本当に納得させるものとなっているか疑問がある。
安全に関する教育においては、危機認識の共有、リスク低減という目標の共有のため、想像力、問題発見能力を高めることが重要である。この目的のために効果的な教育方法が追求されるべきであり、専門家の養成とともにツールの開発、普及が望まれる。計算機シミュレーションの役割は重要であり、適切に利用すれば、各施設における主要な潜在的危険を意識させ、安全確保策、運転手順等とリスクとの関係について強く印象づけることが可能である。また、安全確保策の有効性について批判的に考える訓練を行うことは、安全文化の進化のために特に重要である。
資格制度は、安全管理の技術的水準を維持し、また組織内での教育・訓練に一つの目標を与えるものとして重要である。しかし、従来の核燃料取扱主任者、原子炉主任技術者等の資格制度については、試験内容や合格基準について十分な議論が尽くされていたとは言いがたい。今後は、外部の意見も広く聴聞し、これらの資格がより実質的な意味を持つようにすべきであり、さらに再研修を義務づけるべきである。また、民間による検定制度についても同様である。
3.責任の明確化、企業の責任
安全文化が定着するためには社会正義との整合か必要であり、安全に関わる責任が明確にされるべきである。しかし、今回のような事故が発生した場合、責任の追及と事故原因の追求の間にジレンマが生じ、今回の事故についても事故原因につながったと考えられる個々の行為の詳細内容や意図について不明な点が残されている。
原子力事故は事故の直接的影響に比して社会的反響が大きく、また事故の原因、様態が多様であるため、再発防止策の調査に対する社会的基盤は強固でない。一方、今回の事故については、責任・権限の区分が不明瞭である領域が存在したことが事故の予知を妨げた (事故調査委員会報告書第8章) とされることから、責任の追求についても一般社会を満足させるにはいたらない可能性が高い。
これらの問題については、今後の法制度ならびに規制体系の整備に待つところも多い。しかし、これを待つまでもなく、企業ならびに行政側が自主的に自らの責任範囲と責任体系を明らかにすることが、原子力への信頼を回復するために特に重要であると考える。
ニュークリアセイフティネットワークの発足は、原子力産業界による組織的コミットメントとして高く評価できるものであり、さらに、個々の企業による一般社会へのコミットメントが促進されることを期待する。
4.安全研究の再構築
原子力安全研究の重要性については誰もが否定しないところであるが、その有効性を測る尺度は確立していない。また、わが国の原子力安全研究について、戦略的視点が不十分であることが従来から指摘されている。
安全研究は、安全上の課題を解決するため、原子力および非原子力の諸分野の知見や手法を総合化して適用し、さらに、不足している知見を補うために基礎研究から実証規模にいたる研究を行うことを内容としており、原子力の安全技術の進歩をもたらしただけでなく、中心技術の進化にも影響を与えてきた。
しかし、「成熟」したとみなされている分野においては新たな安全技術の導入への意欲が薄れ、他産業と比較しても旧技術への依存が目立つ場合が見られる。
今後の安全研究においては、今回の事故で特に注目される人的要因、組織要因等についての研究を充実させることは必然であるが、さらに長期的観点に立って原子力安全技術の進化のために有効な研究計画を策定し推進することが必要であり、これは原子力安全委員会および政府の重要な責任である。今国の省庁再編によって安全研究も少なからぬ影響を受けるものと思われるが、今後の原子力の安全確保のために安全研究が果たすべき役割について徹底した議論が行われ、効率的な研究態勢が構築されることを望みたい。
5.原子力学会の役割
学会の果たすべき役割については、本報告書第6章に示されるように多様な意見がある。
すでに、1991年の美浜発電所蒸気発生器伝熱箇破断事象以後、学会でも異常事象や事故を迅速に取り上げて議論する場を設けてきているが、より積極的、主体的、迅速な貢献を期待する声も多い。今回の事故においては、いくつかの部会においてメールリスト等を利用した活発な構報交換が行われ、ホームページ等を通じて結果が開示されたが、これは専門家集団として事実解明と社会への説明に貢献したいという意欲の現れと考えられる。
すでに述べたように、JCO事故については、詳細な調査を行うための新たな委員会が発足する予定である。さらに、昨年9月に発足した標準委員会は学会独自の規格、指針等の整備を目指した活動を行っており、学会倫理規定の検討も進められているなど、安全性に関わる学会からの情報発信は活発化している。
このように、学会という公開の場において安全性に関する課題が議論され、結果が公表されつつあることは、今後の安全確保、安全技術の向上のために重要なステップであると考える。
安全文化の定着のためには、構成員による相互伝達と、新たな要素の創出が不可欠であり、このために学会が果たすべき役割は大きい。特に、最近の事象においては知識の風化、安全管理体制の形骸化等の憂慮すべき兆候が見られ、固定的な制度や精神論に依存した安全確保策の限界を示している。
これまで、「安全」の名前の下に規制側及び産業界による多くの努力が行われているが、これに関わる建設、運転コストの増加は原子力の経済性向上を阻害する要因となっている。
本学会にあっては、これらの努力の有効性について客観的な観点を維持し、安全文化の風化をもたらす要因を嫡出する能力を高め、安全技術の進化を促すことによって、原子力利用の健全な発展に貢献すべきである。
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