[原子力産業新聞] 2001年4月19日 第2084号 <4面> |
[寄稿] 順調な進展見せるISTC国際科学技術センター(ISTC)次長 植田 秀史国際科学技術センター (ISTC) は、モスクワに本部を置く国際機関で、旧ソ連地域の科学者 (特に、旧軍事研究者) に平和目的の研究に従事する機会を提供する事業を実施している。1994年3月の活動開始以来、既に7年が経過した。事業は順調に実施されており、規模も年々拡大し、効率的で有効な国際的活動として評価されている。ISTC の最近の動向を紹介する。 1、1,250件を超える研究プロジェクトに資金を提供ISTC の主な事業は、平和目的の研究プロジェクトに資金提供を行うこと。資金は、米国、EU、日本、韓国、ノルウェーの政府、民間企業等が供出し、実際の研究は、ロシアをはじめ旧ソ連地域の6か国 (CIS 諸国) の研究所、企業が実施している。研究分野は、高エネルギー物理等の基礎研究、原子力、宇宙、バイオ、環境関連、材料開発等の産業技術など極めて多岐にわたっており、そのことが ISTC 事業の大きな特徴、魅力となっている。 これまでに累積で、約1,250件のプロジェクトに対し、3億4,000万ドル以上の資金提供が行われている。資金提供国別の内訳は表1の通りで、日本政府の寄与は約12%。特に最近、米国の積極的な姿勢が顕著でバイオ関係の多くのプロジェクトに資金提供を行っている。
ISTC の活動が高く評価されている理由の1つにトランスペアレンシー (透明性) の高さがある。ISTC ではプロジェクト予算を研究機関にまとめて送付することはせず、個人が受け取るグラント (報酬) は ISTC 事務局が直接個人の銀行口座に送金し、また、機器、材料類等も事務局が購入し研究機関に渡している。従って、プロジェクト予算の使途は明瞭に把握できる。米国はこの点を特に評価しているようで、国務省だけでなく農務省、厚生省等も ISTC 経由で事業を実施するようになっている。 一方、研究の実施機関については、国別では当然ながらロシアが大部分を占めている。研究機関別にみると、ISTC のプロジェクトを多く実施している研究機関のトップ5は表2のとおり。
VNIIEF (全ロシア実験物理研究所)、VNIITF (全ロシア技術物理研究所) は、米国のロスアラモス研究所のような核兵器の研究開発機関で、それぞれサロフ(人口8万5,000人)、スネジンスク (人口4万9,000人) という閉鎖都市を形成している。 Bogoroditsk Plantは、ISTC が現在実施している最大のプロジェクトである、CERN (欧州合同原子核研究機関・スイス) 用の粒子検出器開発プロジェクトの実施機関である。CERN は建設中の LHC (大型ハロドンコライダー) で使用する種種の測定器を ISTC プロジェクトで開発、生産している。 GosNIIPM VECTOR はともにバイオ関係の研究所で米国のバイオ重視の結果がこの表にもあらわれている。 ISTC プロジェクトの実施期間は原則3年以下なので、既に300以上のプロジェクトが終了した。その成果のなかには当然商業化の可能性の高いものも含まれており、ISTC では、知的所有権の保護、活用を積極的に進めている。研究機関が特許申請を行う費用の助成を行っており、これまでに159件の発明が事務局に登録され、21の特許が成立した。 また、特に有望な成果については事務局から西側企業等に積極的に PR するとともにマーケットリサーチも実施している。ISTC プロジェクトの成果を基にスピンオフ企業も設立されている。 2.日本政府、日本企業の事業も増加日本は発足当時から積極的に ISTC に参加している。また、最近は ISTC の事業に参加する日本企業の数も増えてきている。 (1) 日本政府プロジェクト 日本政府はこれまで合計157件のプロジェクトに対し約4,100万ドルの資金提供をコミットしている。代表的なものを例示する。 ・日本と地理的に近いシベリア、極東地域での環境観測 (オゾン層観測、地震観測、海洋調査等) ・ロシアの優れた加速器関連技術の日本の同種施設への応用 (兵庫県にある放射光施設 SPring-8 に将来据え付けることを目的に、世界最高能力のウイグラー (放射光発生用装置) を開発、日本に搬送。理化学研究所で建設中の加速器のシミュレーションを実施。) ・原子力、宇宙関連のユニークな技術の開発 (核融合関連技術、Pu 処理技術、宇宙でのレーザー利用技術等) −がある。また、2001年度からは、日本原子力研究所が高温ガス炉関連の ISTC プロジェクトを長期的に実施する予定だ。 (2) 日本企業プロジェクト すでに17の日本企業が ISTC のパートナとして登録されており、10件のプロジェクトが実施されている。主に材料関係のプロジェクトが多く、モスクワ、サンクトペテルブルグ中心だが、カザフスタンのプロジェクトも一件ある。政府プロジェクトと同様にプロジェクトは免税措置を受けられるので、ISTC を利用しない場合にくらべて安価に実施可能だ。また、ISTC 事務局には140人のスタッフが勤務しており種種のサポートを受けることができる。 (3) ワークショップの開催 ISTC では、CIS 諸国の優れた研究活動を日本企業、研究機関等に紹介する目的で、年3、4回ワークショップを日本で開催している。今年はすでに1月に岐阜県で開催したが、7月に東工大で原子力関連技術のワークショップを、また、10月には理研で加速器関連技術のワークショップを開催する予定。 さらに、JETRO の協力を得て、5月29日〜6月1日に東京のビッグサイトで開催される NEXPO 2001 (環境関連の技術展示会) に6件の ISTC プロジェクトの成果を発表することになっている。 3、旧ソ連地域における軍民転換の現状と今後の課題旧ソ連崩壊後、9年以上が経過し、ロシア社会の市場経済への移行もモスクワ等の大都市を中心に進んでいる。ISTC の活動も初期段階は、とにかく研究者に生活できるだけの資金を提供することが優先されたが、その段階は既に成功裏に終了し、今後は、CI S諸国の研究者が長期的に自立していくための支援を行うことが必要である。 軍民転換の現状をみると、モスクワ等の大都市にある研究所では、ビジネス環境をいかし民生化が進んでいる。例えば、VNIIA (全ロシア自動制御研究所) は、そもそもは核兵器用の計測、制御装置等を開発、生産していた研究機関だが、現在では、民生用の中性子発生装置 (ヨーロッパ、米に輸出) 等を開発するとともに、独シーメンスの協力を得て発電所の計測制御装置 (中国、ウクライナに輸出) の生産にも乗り出し、現在では全収入の50%以上は民生用の自己収入が占めている。 一方、前述のサロフ、スネジンスクのような核兵器開発を直接行っていた閉鎖都市の軍民転換はそう容易ではない。市場経済とは全く無縁で、現在でも立ち入りには事前許可が必要で、海外の民間企業が頻繁に訪問出来る環境ではない。サロフでは、米国エネルギー省の支援で、各種コンピュータシミュレーションモデルを開発、販売する「オープンコンピュータセンタ」が設立された。 現在のところ西側からの受注は米国のロスアラモス研究所経由で行われているが、今後は独自で営業活動を行う予定で、ISTC でも同センター職員を対象にしたビジネストレーニングを行うことになっている。 米国は ISTC の活動のみならず、核兵器の解体、処理に対する直接的支援から閉鎖都市での民生用の企業設立まで幅広く対ロ支援を行っている。これらの施策は総称して Cooperative Security Program と呼ばれており、総予算は年間10億ドルにのぼるといわれているが、まだ十分ではないようだ。 また、カザフスタン、アルメニア等の国々には、旧ソ連時代に建設された大規模な研究機関が多数ある。それらは全ソ連を対象に活動を行っていたわけだが、独立国となったいま、各国の国力ではとても維持できるものではなく大規模なリストラが進行中である。 今後、閉鎖都市も含めて軍民転換を一層進めるためには、引き続き西側からの支援が必要な状況にあると言える。特に、CIS の研究機関が、西側民間企業との関係を強化し、企業のニーズに答えられる技術、製品を開発していくことが不可欠だ。 日本企業の旺盛な新製品、新技術開発力は CIS 諸国でも広く知られ評価されている。この観点から、ISTC としても、日本政府の支援とともに、今後より多くの日本企業が ISTC の活動に興味を持ち、参加してくれることを強く希望している。 |