[原子力産業新聞] 2001年4月19日 第2084号 <5面> |
[NEI-insight] 国連放射線影響委報告「科学的根拠」との評価得る偏見のない包括的バイブル放射線源とその影響に関する最新の国連委員会報告は、あらゆる意味において説得力をもった学術書である。2巻で構成された1,120ページに及ぶ報告書について、フレッド・メトラーは、「この報告書の特徴は、電離放射線の分野で何が起こっているかということに関する科学的合意をまとめたバイブルになっていることである」と指摘している。メトラーはニューメキシコ大学放射線医学科長であり、今回の委員会の米国代表を務めた。 メトラーによると、放射線に関して毎年、数千にも及ぶ論文や報告書が執筆されており、こうした情報を総合的にまとめることができる国などほとんどない。国連放射線影響科学委員会 (UNSCEAR) が設立されたのも、そうしたことが背景にある。同委員会の科学スタッフを最近辞めたバートン・ベネットは、「世界中の国の政府や組織は、放射線防護や安全基準の策定、健康リスク評価のための科学的な根拠として、放射線源とその影響に関する UNSCEAR の評価に依存している」と語っている。 同委員会は、国連でも最も旧い組織の1つである。大気中での核実験による影響についての懸念から1955年に設立され、最初の2つの報告書でこの問題について言及。これが、63年の大気中での核実験禁止をもたらす上で貢献した、とべネットは語っている。同氏は、それほどの権威があったことの1つの理由として、同委員会の独立性をあげている。UNSCEAR はそれ以来、世界中の放射線に関するデータや調査にまで検討範囲を広げると同時に内容を掘り下げ、定期的に報告書を刊行してきている。 メトラーによると、報告書は指針ではなく事実を提供するものであるという。それを行うのは国際放射線防護委員会 (ICRP) の任務である。ICRP は UNSCEAR の報告書を検証し、放射性物質を扱う作業者や公衆を防護するための被曝限度を勧告している。UNSCEAR は1988年に公表した報告書の中で、放射線リスクの推定値を改訂したが、これは主として広島の原爆被爆者についての調査から新たなデータが得られたためである。ICRP はこれを受け、公衆や作業者が被曝する可能性がある放射線量の削減を勧告した。 2000年の報告書の中で評価されたリスク見積もりは、88年の報告書で得られたリスクをより強固にしたものだとべネットは指摘している。自然放射線源による被曝量は地域や国によっても異なり100ミリレムから1,000ミリレムまでの範囲にあり、世界の平均値は年間約240ミリレムとなっている。米国では、人工の放射線と自然の放射線から平均して年間約360ミリレムを被曝している。 公衆の最大の被曝原因となっているのは放射線の医療利用であり、世界的な平均でみると年間約40ミリレムとなっている。UNSCEAR の報告書では、原子力発電所の運転による年間の平均被曝線量は0.02ミリレム以下であると推定。同報告は比較のために、代表的な胸部エックス線撮影による被曝量は10ミリレムだと指摘している。低レベル放射線の被曝影響についての不確実性が解決されるまでは、こうした低レベル放射線から人体を最も科学的に防護する手段は、がんの発生するリスクは被曝量に比例して増加すると仮定することである。これは、一般に線形関係にあるとして知られている。 しかしながら、あらゆるケースにおいて厳密な線形関係があるということではない。「電離放射線源とその影響、UNSCEAR の国連総会に対する2000年レポート」と題する同報告書の入手は、国連出版部 (電話 212-963−8302、800-253-9646 か publications@un.org) まで。 「ガンの発生増加検出は難しい」チェルノブイリ事故による健康影響の最新かつ包括的な評価は、UNSCEAR による新しい報告書の中に盛り込まれている。 チェルノブイリ事故から15年が経ったが、ベラルーシやロシア、ウクライナで報告された被曝による小児甲状腺ガンの顕著な増加は別にして、電離放射線に関係した公衆の重大な健康影響の確証はない、と同報告書は指摘している。いくつかのがんについては、潜伏期間が10年程度であるということを考えると、今までのところ増加するとは予測されていない。 こうした評価は、ストックホルムのカロリンスカ工科大学のホール博士と米国立衛生研究院・国立がん研究所のブービレ博士が作成したドラフトに基づいている。両博士は、英語で発表された健康影響に関する最近の調査のほとんどを検討するとともに、被曝線量に関する情報はもちろん、死亡率やがんの発生件数に関する記録からデータを入手するにあたっては旧ソ連諸国の研究者の協力を得た。同委員会の131名のメンバーは、こうした評価を継続して慎重に検討した。 最終報告によると、チェルノブイリ事故後の汚染除去作業に参加した作業者と発電所の最も近くに住んでいる人々が最も高い線量を受け、そうした被曝に関係しているかもしれないと思われる健康影響について監視が行われてきた。事故による健康影響についての研究では、とくにそれに限定された訳ではないが、汚染除去作業に関わった作業者の白血病と小児の甲状腺がんに焦点があてられた。UNSCEAR は、ベラルーシやロシア、ウクライナでとくに汚染のひどかった地域で被曝した小児の甲状腺ガンの発生件数は、以前の知見に基づいて予想された発生件数よりかなり多かったとしている。 疫学調査によると、放射線被曝によって白血病のリスクが高まることが示されている。しかしながら、UNSCEAR の報告書では、旧ソ連の一般住民と汚染除去作業者、小児にはこれまで、電離放射線に関係した白血病のリスクの上昇はみられていない。 被曝量を抑えることをめざした各種の対策の中には移住や食料供給の変更、個人や家族の活動制限などが含まれていたため、チェルノブイリ事故によって汚染区域に住んでいる人々の生活に長期的な変化が引き起こされた。ソ連の崩壊もあったため、こうした変化によって、影響が及んだ国に経済的、社会的、政治的な変化がもたらされた。 同報告書は、「とくにベラルーシやロシア、ウクライナ、バルト諸国の汚染作業に参加した人たちについては、用意周到な適切な調査を行う必要がある。しかしながら、大半の人たちの被曝線量は小さいため、がんの発生件数や死亡件数の増加を疫学調査で検出することは困難である」と指摘している。 |