[原子力産業新聞] 2001年4月26日 第2085号 <4面>

[レポート] ICRP90年勧告、国内法令への取入れについて

東京大学原子力研究総合センター
助教授 小佐古 敏荘 (国際放射線防護委員会・第四委員会委員)
1、はじめに

わが国においては、2001年4月1日より放射線関連の国内法令に ICRP 1990年勧告が取り入れられることとなった。関連する法令は放射線障害防止法、電離則、炉規法、輸送規則等々多岐にわたり、改訂のされ方も若干のニュアンスの違いは見られはするが、ほぼ放射線審議会の答申に従った法令改訂となった。

濃度限度等の細目は各法令を参照されたいが、ここでは「取り入れ状況」の読者の理解を得るために、放射線審議会で長きにわたって議論されて来た事項の背景や、法令に取り入れられた事項の考え方の説明、ICRP1990年勧告との相違点等を中心に解説を試みる。

2、国際放射線防護委員会 (ICRP)

まず、国際放射線防護委員会 (ICRP) とは何であろうか。1895年にドイツのレントゲンによりX線が発見され放射線利用の歴史が始まったが、直ぐ放射線障害も発生し放射線の安全な取り扱いが問題となった。1928年の第2回国際放射線医学会議がストックホルムで開催された際、国際X線ラジウム防護委員会 (IXRP: International X-ray and Radium Protection Committee)が設立された。これが後に国際放射線防護委員会に発展していくが、注目すべきは、放射線の防護基準はその初期の時代より "国際的" に決められていたことである。その後、放射性物質、放射線の利用も医学分野以外に、基礎科学、原子力発電、核燃料サイクル、大型加速器利用、産業利用等々様々に拡大し、1950年に IXRP はその名称を国際放射線防護委員会 (ICRP: International Commission on radiological Protection) と変更した。

国際放射線防護委員会は初代の委員長、シーベルト (スウェーデン) の時代から何度かの改変を経て、現在は約70名の学者による5つの委員会により構成されている。

現在の委員長はクラーク (英国放射線防護庁、NRPB) で、彼の所属する主委員会が全体の統括を行っている。日本からの主委員会委員は松平寛通先生である

コックス (英) の委員長の第一委員会は放射線の影響を議論し (日本からは馬淵清彦先生 (放射線影響研究所)、カウル (独) の第二委員会は内部被曝、外部被曝等の誘導限度を議論する (日本からは稲葉次郎先生 (環境研))。

メトラー委員長の第三委員会は医療被曝を扱っている (日本からは佐々木康人先先 (放射線医学総合研究所) および中村仁信先生 (大阪大学医学部))。

第四委員会は南ア連邦のウインクラーが委員長で勧告の現場への適用を扱っている (日本からは筆者が委員)。

今夏には委員の交代が予定されており、日本の委員は、主委員会・佐々木先生、第一委員会・丹羽太貫先生 (京都大学放射線生物研究センター)、第二委員会・稲葉先生、第三委員会・平岡真寛先生 (京都大学医学部)、第四委員会・小佐古が予定されている。

ICRP は純粋に非政府組織で、学者としての良心、個人がその基礎となっており、その議論の結果出される勧告は世界の人々により尊重されている。この点は IAEA (国際原子力機関) が国連傘下の組織で、各国の利害調整をへた合意を基礎としている点と大きく異なる。

3.国際放射線防護委員会 (ICRP) の勧告

これらの広い分野の諸活動に対して、ICRP は放射線防護のための "勧告" を出してきた。現在までの主要な勧告は1958年の ICRP Publication (出版物) 1、次は1959年修正、1962年改訂、1964年発行の ICRP Publ.6、続いて1965年 ICRP Publ.9 が発行され、1977年の ICRP Publ.26、1990年の ICRP Publ.60 と続く。

1977年の勧告では、放射線防護の考え方も整理され体系化されてきた。放射線による影響は、その発現にしきい線量を持つ非確立的影響と、発現にしきい線量がないとする確承的影響とに分けられ、放射線防護の目的は前者を防止し、後者を容認し得るレベルにまで制限することであるとしている。

この放射綿防護の体系は「行為の正当化」、「被曝の最適化」、「個人の線量限度」の3原則を実行ずることにより実現される。

また「全ての被曝は経済的および社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成し得る限り低く(ALARA: as low as reasonably achievable) 保たなければならない」とした。

これらは publ.26 として1977年にまとめられ、現在の日本の放射線防護の法令の基礎となっている。

その後、1970年代の後半に米国のローレンス・リバモア国立研究所のロイらによって、広島・長崎の原爆線量が T65D とよばれる従前値では相当数値が異なるとの指摘があり、広島・長崎のデータに基づくこれらの数値が放射線防護基準の基礎を成すところから大きな話題を呼び、日米の合同委員会 (広島・長崎の原爆線量再評価委員会) が、米国アカデミーと厚生省、放射線影響研究所の間で組織された。筆者も参画したこの委員会が1986年に線量再評価の結果を DS86 (Dosimetry System 86) としてまとめた。

新しい評価値は従前のものとはかなり異なったものであったことや、被曝時から40年たち広島・長崎の被曝生存者の疫学データのまとめが進んだことなどにより、新しいリスク係数がまとめられた。ICRP はこれらのこと、並びに放射線防護の考え方の進歩とに鑑み、1990年に新しい勧告を Publ.60 としてまとめた。

4、国際放射線防護委員会 (ICRP) 1990年勧告

ICRP は1990年に大きな勧告を Publ.60 の形で公表している。前述のように広島・長崎の原爆線量の再評価等を受け、新勧告では職業人の線量限度を従前の50ミリシーベルト (Sv) /年から「5年平均で20ミリシーベルト/年、年あたり50ミリシーベルト を超えてはならない」と変更している。これは実質的には、名目確率係数 (リスク係数) の変更を受け、年限度を厳しいほうに切り下げたことになる。

1990年勧告の特徴はいくつかの用語やその定義が変更になった。

例えば、線質係数→放射線荷重係数、荷重係数→組織荷重係数、線量当量→等価当量、実効線量当量→実効線量、非確立的影響→確定的影響、リスク係数→名目確率係数−などである。

これ以外に基本的な放射線防護の基本的な考え方の点でも大きな進展が見られる。つまり従前では「線量制限体系」として捕らえていたものを「放射線防護体系」と定義し、防護の3原則 (個人線量の限度、防護の最適化、行為の正当化) の充実を図ろうとするものである。

そのひとつが "介入" の考え方の整理である。この概念と極を成す "行為" については「新たな人間活動により放射線被曝が付与されるもの」と定義されそれ相応の考え方が提示されてきた。しかし介入については、例えばチェルノブイルの事故後の汚染された環境の浄化の考え方、指針等について適用されるが、この点の議論は充分ではない。しかし、ICRP は既に職場および家庭環境でのラドンについては対策レベルの形で介入の考え方を公表している。これらの議論は主として第四委員会の課題である。

最近の ICRP の議論では「防護の最適化」が極めて重視されているが、わが国ではこの種の議論が未成熟であることは残念である。また、ブラジルのゴイアニアでの解体放射線源からの事故による放射能環境汚染の反省等からも必要な放射線防護原則が論ぜられ、放射線防護を過去の事例を中心に捉えるものから、将来事例を予測しながら事前にそれを予防していく考え方に変えていこうとしている。これは「潜在被曝の考え方」で、既に第四委員会からいくつかの出版物が出されている。

この他、線量拘束値に対する議論や、放射性廃棄物管理に関する原則等の新しい活動に対する防護の原則の提示もされている。

1990年の勧告はそれに付随する ICRP の出版物を組み合わせて読み理解する必要がある。特に (ICRP Publ.75) 「放射線作業者の放射線防護に関する一般原則」は重要で、これと90年勧告を組み合わせて理解しなければならない。

5.放射線審議会基本部会での ICRP1900年勧告の法令取り入れに関する議論

わが国では、国際放射線防護委員会 (ICRP) の勧告を尊重しそれを国内法に積極的に取り入れてきた。その取り入れにあたっては放射線審議会基本部会で基本事項を審議し、放射線審議会総会に対して報告書をまとめ、そこでの決定を経て各省庁に関連する法令を改正する形をとっている。1990年勧告の国内取り入れに関する審議は1991年より基本部会において審議が開始された。1997年にはそれまでの審議の結果を中間報告 (案) として公開し、国民の意見を求めた。その後1998年2月には基本部会の中間報告を放射線審議会総会に報告し、総会にて各省庁等への取り込みをふくめた意見具申、調整が行われた。法令取り入れに関しては基本部会の報告が重要であるので、ここではその主な内容を紹介し、まとめた。

(a) 用語の変更−90年勧告では従前の実効線量当量に代わって実効線量が、組織線量当量に代わって組織の等価線量が用いられており、報告書では対応して変更するとしている。基本部会ではこれらの量の定義をどうするか、定義なしで法令を構成するか、計測量として90年勧告にはない1センチメートル線量等を残すのか (残した)、将来これらの表現をどうするのかなどの意見も出た。

(b) 職業被曝に対する線量−現行は実効線量当量限度として年50ミリシーベルト、組織線量当量限度として眼の水晶体につき150ミリシーベルト、それ以外の組織につき年500ミリシーベルト としている。90年勧告では「実効線量限度で5年間100ミリシーベルト、ただし、いかなる1年間にも50ミリシーベルト を超えない」としている。等価線量限度としては眼の水晶体が年150ミリシーベルト、皮膚が年500ミリシーベルト、手先、足先が年500ミリシーベルト とし、年摂取限度が預託実効線量20ミリシーベルト に基づく、としている。これらは90年勧告どおり決定された。

(C) 女性の職業被曝に対する線量限度−現行の法令での女性の職業被曝については、女性の腹部の線量当量限度として13ミリシーベルト/3か月、妊娠と診断されてから出産まで腹部で10ミリシーベルトとなっている。90年勧告では、限度設定の際のモデル化の段階で女性のリスクも織り込まれているために、基本的には男女の間で職業被曝に関連する線量限度に差を設けていない。ただし、胎児は公衆の一員であるがゆえに、「女性が妊娠を申告してから残りの期間の限度として、外部被曝は腹部表面の等価線量を2ミリシーベルト、内部被曝は年摂取限度の約20分の1としている。議論は、女性作業者に対して特別の限度を用意するか、母性保護、男女雇用均等 (女性の就労権に対する侵害)、国際整合性 (欧米では別則を設けない国が多い)、などに及んだ。結果としては従前どおり女性についての別則を設ける形とし、女性の実効線量を5ミリシーベルト/3か月とし、妊娠の申告から出産までの線量限度として、外部被曝について腹部表面の等価線量で2ミリシーベルト、内部被曝として年摂取限度の20分の1とした。

(d) 作業場所−現行では管理区境界を300マイクロ・シーベルト/週としているが、90年勧告では管理区域と監視区域の設定を勧告、これらの設定は従前の経験に基づき操業管理者によって行われてもよいとしている。これについては多くの議論があり、国民の意見も多く寄せられたが、論点は90年勧告でも指摘されているように職業被曝の限度の10分の3をはずして考えるのか、従前からの連続性をどうするか、変更に見合う新たな設備投資をどう考えるかなどであった。審議結果は、管理区域の境界値として外部線量を1.3ミリシーベルト/3か月、空気中濃度を1.3ミリシーベルト/3か月の平均濃度とした。これに関連して、今後の検討事項ではあるが、少量の非密封線源を取り扱うことのできる監視区域の設定の検討、滞在時間算定等の線量評価計算の合理化等が決められたことは一歩前進であろう。

(e) 公衆被曝に対する線量限度−この限度については、現行では1年につき1ミリシーベルトで、特に認められた場合は年5ミリシーベルトとすることも許されている。90年勧告では「特殊な条件下では5年間平均1ミリシーベルトを超えなければ単一年でより高い値が許される」としているが、審議結果はこの補助限度の適用を検討するよう求めている。また目の水晶体については年50ミリシーベルトから年15ミリシーベルトヘと90年勧告どおり変更を決めている。

(f) 自然放射線による職業被曝−現行では特に規定のない自然放射線起源の職業被曝については90年勧告では、ラドン、自然放射性物質、ジェット機の運行、宇宙飛行の4つの例をあげているが、基本部会では全て将来的課題としている。ラドン等については ICRP も関連した勧告を出しているし、建築建材等に制限を設けている国も多いので、早期の取り組みが望まれる。

(g) 職業的保健サービス−現行では関連法令毎に健康診断等の頻度が異なっている。90年勧告では作業者の状況に応じて医師等の判断により適切に対応としているが、部会決定は、問診、血液、皮膚、目の検査を年1回以上とし、問診以外は医師が必要と認めた場合に限り行うこととしている。部会での議論は、血液検査を全員に対して "実質的に" 強制する必要があるのかという点にあった。これらの点の各法令への取り込みは、従前の不整合が少しずつ改善されてはいるが依然として、電離則 (労働省) と人事院規則などで異なる点がある。これは規則等を運用する行政庁のバックボーンが異なることに起因しているが、今後とも努力の必要な分野であろう。

(h) 緊急作業に係る線量−現行の法令は緊急作業にかかわる線量限度として実効線量当量として100ミリシーベルトを決めている。90年勧告では緊急時に係る線量目安として実効線量約0.5シーベルト、皮膚の等価線量、約5シーベルトをあげている。論点は、緊急時の線量を "限度" とするのか否か、目安とするについても ICRP 勧告のように数値をあげるのかあるいは "緊急時" であるがゆえに現場の裁量とするのか等である。部会の審議結果は、緊急作業に係る線量限度として実効線量、100ミリシーベルト、目の水晶体の等価線量、300ミリシーベルト、皮膚の等価線量、1シーベルトで、人命救助等やむをえない状況の場合はこれを適用しないとした。

放射線審議会基本部会での検討の骨格は以上であるが、ICRP1990年勧告の法令取り入れに関しては、今後の引き続いての事項として、潜在被曝、線量拘束値、除外と免除等の検討を続けることとしている。

このうち「除外と免除」については作業班 (小佐古班長) が組織され検討が続けられている。この基本部会の報告を基に放射線審議会 (総会) で各省庁に対する意見具申が行われ、これを受け関係各省庁の法令改正が行われたのである。

5、おわりに

国際放射線防護委員会 (ICRP) の勧告は放射線防護の体系を勧告しており、あまりにも強く線量限度のみを意識してこれを解釈すべきではない。既に何度も強調されているが、例えば公衆の限度1ミリシーベルト/年を超えると "危険" だということではないのだということである。個人の線量の限度は防護の最適化、行為の正当化を伴ってはじめて意味を持つものであることを忘れてはいけない。

今回の放射線審議会基本部会の議論の終盤において、国政レベルでの「情報公開に関する議論」が進行し、基本部会の審議が途中から公開となった。また、パブリックコメントの一環として中間報告等に対して国民の意見を聞く形が取られるようになった。これらのこともあり放射線審議会基本部会でも多様な意見が述べられ、他の一般の審議会と同様、開かれた議論、審議がおこなわれるようになったことは大きな進歩であろう。行政庁の方々はこの新しい動きに対応して様々な仕事を新たに背負い込むことになったが、拝見するところ大変よくやられており、これからもこの方面の関係者や専門家、また国民とともにより合理的な安全性追求に努力を重ねていかれることを期待いたします。

(おわり)

ICRP-1990年勧告の線量限度 (*1)


線量限度
放射線作業従事者一般公衆

実効線量連続した5年間につき
年当たり20mSv (*2)
年当たり1mSv (*3)

年等価線量
目の水晶体
150mSv15mSv
皮膚 (*4)
500mSv50mSv
手先および足先

(*1) この限度は、ある特定の期間の外部線量と、同じ時期に摂取された放射性核種による50年預託線量 (子供は70年) との合計に対して適用される。
(*2) どの1年でも50mSvを超えないこと。また、女性職業人について、特別の限度指定を行わない。しかし、妊娠時には別の限度を考慮する要があり、(下)腹部表面で2mSv、年摂取限度としてALIの1/10を補助規定とし、受胎産物を保護する。
(*3) 特別の場合、5年間の平均1mSvという補助規定を用いる。
(*4) 皮膚表面1cm2あたり、名目皮膚深度7mg/cm2

放射線障害防止法関係法令の改正の主要点
用語
旧法令改正法令
線量当量線量
実効線量当量実効線量
組織線量当量等価線量
ただし、外部被ばくのモニタリング線量を意味するものとして用いられている「1センチメートル線量当量」等の名称については変更しない。

放射線業務従事者の線量限度
旧法令改正法令
(1) 実効線量当量限度 50mSv/年(1) 実効線量限度
@100mSv/5年 (*1)
A50mSv/年 (*2)
B女子 (*3) 5mSv/3月 (*4)
C妊娠中である女子本人の申し出により使用者等が妊娠の事実を知った時から出産までの間につき、内部被ばくについて 1mSv
(2) 組織線量当量限度
  1. 眼の水晶体 150mSv/年
  2. その他の組織 500mSv/年
  3. 女子の腹部 13mSv/3月
  4. 妊娠中の女子の腹部妊娠と診断されたときから出産までの間につき 10mSv
(2) 等価線量限度
  1. 眼の水晶体 150mSv/年 (*2)
  2. その他の組織 500mSv/年 (*2)
  3. 妊娠中である女子の腹部表面 (1) Cに規定する期間につき 2mSv
(*1) 平成13年4月1日以降5年ごとに区分した各期間。
(*2) 4月1日を始期とする1年
(*3) 妊娠不能と診断された者、妊娠の意志のない旨を使用者に書面で申し出た者および妊娠中の者を除く。
(*4) 4月1日、7月1日、10月1日および1月1日を始期とする各3ヵ月間。

Copyright (C) 2001 JAPAN ATOMIC INDUSTRIAL FORUM, INC. All rights Reserved.