[原子力産業新聞] 2001年8月2日 第2098号 <2面>

[レポート] COP6柔軟性措置、原子力にNO

電力中央研究所経済社会研究所
主任研究員 杉山大志

地球温暖化防止京都会議 (COP3) で採択された京都議定書に関する運用則について合意することを目的として、COP6 パート2がドイツのボンにおいて7月に開催された。

京都議定書では、外国での排出削減プロジェクトに投資すれば、その排出削減分を自国の数値目標達成のために勘定してよいことになっている。そのような制度は共同実施 (JI) およびクリーン開発メカニズム (CDM) と呼ばれている。

ところが、ボン会議の成果である「ボン合意」においては、「先進国は、原子力施設に関連するプロジェクトによる排出削減クレジットを数値目標達成に用いることを控える」という文言が入ってしまった。JI および CDM という特殊な文脈ながら、温暖化対策手段としての原子力に対してボン合意は NO と言ったのである。

【合意へ至る経緯】

なぜこのようなことになったのか。

本件については、原子力産業新聞2000年11月9日号に筆者が書いたように、賛否両論があった。欧州諸国と島嶼国は原子力による JI・CDM を否定しようとし、日本をはじめとする非欧州先進国および中国・インドなどは否定すべきではないとしていた。

今回のボン会議では、その最終段階において、議長は各国の主張を取り込んだ妥協案を提示し、それに対しては極力変更しないように各国に要請した。この妥協案において上述の原子力に否定的な文言が盛り込まれており、日本などの諸国はそれに対する巻き返し交渉の余地を与えられないままに、合意採択に至ったのである。

【合意の及ぼす影響】

合意の意味について考えてみよう。まず、当面は、あえて原子力を持ち出さずとも、他の技術によって JI・CDM を利用することができるので、日本の京都議定書数値目標達成にとっての実害は少ない。またボン合意は、自国内で原子力を用いることまでも否定したのではない。

しかしながら、「温暖化対策に関して権威ある国際会議が、原子力に対して NO といった」という、この決定が与える原子力に対するネガティブなイメージによる損失は大きいかもしれない。新規立地を含めて、今後の国内での原子力利用への風当たりが強くなることが懸念される。

【最も深刻な悪影響は京都議定書自身に降りかかる】

ところで、今回の合意は、原子力の推進に悪影響を与えるに留まるものではない。もっと深刻な悪影響は、京都議定書およびその基盤となっている気候変動枠組み条約の能力不全という形で現れる。

以下では、このことについて論じる。まず、合意は3つの点から誤りであったことを確認しよう。

(1) 技術論として--「気候変動問題を解決するためには、どのような技術を用いていったらよいのか」ということは、まだ誰にも分かっていない。原子力はその解決策の一部として寄与する可能性がおおいにあるのに、それに対していきなりネガティブなメッセージを発してしまうということは間違っている。

(2) 手続き論として--今回の意思決定は間違ったやり方である。原子力は、欧州などの環境保護主義者たちによる「魔女狩り」の対象にされてしまった。政治決定がなされること自体は悪いことではない。しかし、科学と民主主義を尊重しなければならない。残念ながら、今回はこの何れも軽視されている。気候変動に関する政府間パネル (IPCC) という正式な科学諮問機関をせっかく設けていて、そこでは原子力を否定などしていないのに、今回の決定がなされた。

また、本件に関する議事運営は強引であり、各国が納得した上での妥協とは言い難いものだった。

(3) 政策論として--特定の技術を恣意的に選別するということは、温暖化防止国際プロセスがやってはいけないことである。これでは、今後の同プロセスヘの信頼が大きく揺らぐからである。

京都議定書においては、数値目標だけではなく、その達成にあたっての方法についても議論する場が幾つもある。例えば議定書2条1項には政策措置を施す義務が規定されている。また、導守委員会の活動においても、締約国が誠実に努力をしているかどうかを審査する場が予定されている。そのような場で、「あの技術はよい」「この技術はだめだ」という決定が、技術論的にも手続き論的にも根拠のない方法で、今回同様に恣意的になされてしまうとなればどうだろうか。

第1に、そのようなプロセスは温暖化防止政策として適切なものにはなり得ない。第2に、そのような政策措置の中身を議論するプロセスを開始すること自体への警戒が高まり、国際協力はうわべだけのものになってしまう。これでは温暖化防止の「初めの一歩」としての京都議定書の意味が損なわれてしまう。

【巻き返しが必要】

原子力は、京都議定書が能力不全に陥らないためにも、ボン合意からの巻き返しをしなければならない。

今後の交渉においては、ボン合意に基づいて法的文書をとりまとめて、10月末にモロッコで始まる COP7 で正式採択する見込みである。正式採択されるまでは、まだ失地回復の余地はある。ボン合意自体を覆すことは当面不可能であるとしても、今後の具体的な法文化作業において、過ちを少しでも正しておく必要がある。

最後に、原子力サイドにも若干の苦言を呈したい、今回のボン合意は原子力に関する限り全く誤りであることは間違いない。しかし、何故ここまで原子力は不人気になってしまったのかと考えざるを得ない。この一件を新たな機会として、これまでの活動の何が誤りであり、どう正していったらよいか、根本的な見直しを行うことも等しく必要であろう。


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