[原子力産業新聞] 2001年9月13日 第2103号 <面>

[シリーズ] 今、ウクライナでは (3)

チェルノブイリ原子力発電所閉鎖は苦渋の決断

昨年12月にチェルノブイリ原子力発電所で最後まで運転されていた3号機が閉鎖され、事故を起したのと同じ型の原子炉は、ウクライナ国内では全て停止した。同発電所の閉鎖についてはいくつかの理由があり、それを語るひとの立場により意見も少しずつ異なるが、それらをまとめるとおおよそ次のようになる。

まず、同発電所の安全性を西欧の基準に合わせる為の改良を行うと、これから先運転を継続して得られる収入では、経済的に見合わないという判断があったようだ。この点については、ウクライナ国内にも、オリジナルの同型原子炉は、もともと安全確保機能そのものに欠陥があり、悪質なものであったから止めなければならなかったとする意見から、西欧側の安全基準は満たさないものの、既に十分な改善は行われたとするものまで、意見が分かれ判断に苦しむこともあったようだ。しかし、結局、G7諸国並びに EU からの圧力や、同発電所閉鎖を条件に、これら諸国からの資金援助 (借款) を得ることの必要から政治判断をしたと見るのが妥当だ。少なくとも、同発電所閉鎖の理由は国民世論ではないようだ。事故後15年が経って、ウクライナの庶民は日々の生活に精一杯で、チェルノブイリ原子力発電所の閉鎖を議論する余裕はなかったと言われる。

最初の同発電所閉鎖の国会決定は、原子力全廃決議として既に1990年に下されているが、この決定は3年後の1993年に覆され、運転を継続する方針に変わっている。その理由はウクライナの発電設備の老朽化と経済悪化に伴う化石燃料調達難から電力供給力が低下したことだとされているが、この状況は現在まで変わらない。このようなウクライナの電力事情を見るにつけ、閉鎖の決定には事故を起したのと同じ型の発電所であることに対する国際的な圧力が一役買った点は否定できない。

チェルノブイリ原子力発電所閉鎖後は、老朽化と燃料供給難から稼働率の落ちていた火力発電所を動かして急場をしのぐ一方、現在2基の原子力発電所をロブノとフメルニツキに建設中である。原子力の他にも、オプションとして天然ガス、石油を使用する新型の火力発電所があったかも知れない。しかし、石油とガスの供給は主にロシアに頼っている状況からすると、ウクライナとしては火力発電に依存することには躊躇があると考えられる。一方、ロシア側もロシア型軽水炉の輸出先がウクライナになるとすれば、ウクライナの原子力オプション選択も歓迎するに違いない。ウクライナはロシアとの関係においても、今後原子力発電を減らす可能性は少ないと思われる。

電力供給難の他にも、チェルノブイリ原子力発電所閉鎖後は問題が山積みだ。1〜3号機の原子炉廃止措置、事故で崩壊した4号機封じ込めの為のシェルター (石棺) の維持など幾つか大きな課題があるが、中でも取り敢えずの問題は、今まで同発電所で働いていた9000人の労働者 (この内原子力関係の労働者は5000人) の将来をどうするかを含めた社会問題だと言われている。現在考えられる対応策としては、チェルノブイリ付近の新たな産業育成の他、建設中のロブノとフメルニツキの原子力発電所またはロシアの原子力発電所への就職と移住があげられるが、これができたとしても、学校、住居、道路、上下水道、廃棄物処理設備の整備など、新たな社会問題を生むことになる。

また、ウクライナはこれらの人々の救済に6億ドルを必要とすると言われるが、その資金調達の見込みは立っていない。チェルノブイリ発電所の閉鎖が、西欧とロシアの間で独立路線を築く為の政治判断だったとして、これにより発生した失業者を抱えるウクライナの苦悩とジレンマは、容易なものではないだろう。

1991年の独立以来、ウクライナはロシアからの距離を保ち、西欧とより多くの接触を持つことによって独立を保とうと努力してきた。この中でG7並びに EU との話し合いの中で具体化したチェルノブイリ原子力発電所の閉鎖は、現在の西欧とウクライナの関係を示すひとつの指標と言えるだろう。しかし、ウクライナがチェルノブイリ発電所を閉鎖することの交換条件であったG7並びに EU からの借款のひとつである代替原子力発電所完成のための支援費用 (欧州復興開発銀行からの2.5億ドル他が現在準備中) は、付帯するその他の支払い条件に関する複雑な事情から、まだウクライナに届いておらず、このような状況でロシアからウクライナヘの支援準備が進んでいることも、また忘れてはならない。

【松木良夫 (フリーコンサルタント・元 IAEA 原子力安全局職員)】

(次号に続く)

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