[原子力産業新聞] 2001年10月18日 第2108号 <4面> |
[レポート] 群馬大学、医学利用で国際協力
国際原子力機関 (IAEA) では原子力の平和利用活動の一環として、アジア地域原子力協力活動が行われているが、その活動の2001年〜2004年の医学・医療領域のプロジェクトとして "子宮頸癌の腔内照射法" (RAS/6/035) が採択された。筆者が日本のプロジェクトコーディネーターをつとめている関係から、具体的な施策として9月10日〜14日、IAEA と群馬大学の共催で、群馬大学医学部を主会場として、「IAEA アジア地域協力トレーニングワークショップ−子宮頸癌の腔内照射の放射線生物学的、物理学的基礎」(事務局長・当科講師、長谷川正俊) を開催した。 我が国で放射線治療領域で IAEA の国際会議を世話することは珍しいと聞いている。ここではワークショップの概要と意義について報告する。 トレーニングワークショップ開催の概要 本トレーニングワークショップには、アジア地域23か国の中から11か国 (バングラデシュ、中国、インド、インドネシア、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、タィ、ベトナム) の19名の外国人、および日本国内から5名、合計24の放射線治療専門医が IAEA で選抜され、公式に参加した。さらにオブザーバーとして国内の放射線治療関係者が多数参加して行われた。あいにく台風の接近のために、天候には必ずしも恵まれなかったが、会場はアジア地域から集まった優秀な放射線治療医の学問に対する熱気にあふれていた。 初日の9月10日には、まず主会場である群馬大学医学部刀城会館で開会式が行われた。上記参加者の他、ワークショップの主催者である群馬大学からは、赤岩英夫学長、鈴木守医学部長、ほか多数の教授、また IAEA からは立崎英夫先生、さらに来賓として、外務省総合外交政策局から加藤元彦科学原子力課長、阿部宏同課長補佐、文部科学省高等教育局の村田貴司医学教育課長、同省研究開発局原子力課の竹内新也国際原子力協力企画官、ほか多数の各界要人にも出席いただき、盛大な開会式となった。 開会式に続いてオリエンテーションの後、まず IAEA の立崎先生が「放射線治療に関する IAEA の活動」について講演された。次に日本における癌治療の権威の諸先生による特別講演が行われた。 最初は、放射線治療の権威である京都大学大学院の放射線腫瘍科の平岡真寛教授が「日本の放射線腫瘍学」と題して、本邦の放射線治療の現状と問題点、さらには最先端の放射線治療技術について講演。教授はその中で、我が国の医療制度では「医学物理師」の地位が認められていないことから、IT 化などで放射線治療技術が高度化してもそれを使いこなせる人材が育つ基盤がなく、このような状況は我が国の放射線治療にとって危機になると懸念を示された。 次に群馬大学医学部産婦人科の峰岸敬教授から「子宮頸癌の生物学的・病理学的特性」と題して最近の子宮癌の分子生物学的診断の進歩も含めて講演をいただき、さらに獨協医科大学産婦人科の稲葉憲之教授から「日本における子宮癌の治療」と題して子宮癌における手術療法から化学療法、放射線療法に至るまで本邦の現状について詳しく講演をいただいた。これを受けて、外国の参加者からは自国の放射線治療の経験を基に活発な質疑応答が行われた。 特別講演の最後は、放射線医学総合研究所の辻井博彦病院長から「癌の重粒子線治療」と題して、放医研での重粒子線を用いた癌治療の成果について講演をいただき、その中で放射線抵抗性腫瘍の重粒子線治療成績が良好である点が示され、注目を集めた。 この日の夜の歓迎レセプションも開会式同様、盛会で、歓迎挨拶や参加者の自己紹介の後行われた群馬大学職員による八木節の演舞は大変好評を博し、外国参加者から盛んな拍手が沸き起こるなど、想い出深いものとなった。 2日目は放射線生物学のセッションが行われた。前半はまず、弘前大学医学部放射線科の阿部由直教授が「低級量率照射と高線量率照射の相違」について、続いて埼玉県立がんセンターの中村譲先生が「TDF と LQ モデル」についての講演、後半には群馬大学の秋元哲夫講師が「放射線治療と分子生物学」について、さらに放射線医学総合研究所の安藤興一先生は「マイクロビームとバイスタンダード効果」について購演された。 この日の最後の講演は IAEA の立崎英夫先生による「アジアの小線源治療装置とコストに関する考案」だった。 3日目は放射線物理学の講義があり、前半は、「放射線物理学」や「QA」、「治療計画」等について、放射線医学総合研究所の佐方周防先生、佐藤眞一郎先生、名古屋大学の田伏勝義教授が講演された。同日の後半は子宮頸癌の小線源治療の臨床について、まず群馬大学の桜井英幸講師が講演した。 最後に韓国がんセンターから放射線治療部長のチョー・チュル・クー氏に特別参加をいただき、「子宮頸癌の放射線治療」と題して特別講演。チョー氏の講演はこれまでの深い臨床経験に根ざした包括的な内容で参加者から活発な質疑応答が行われた。 また、4日目は施設見学と臨床研修にあてられた。午前中は、群馬大学の桜井英幸講師による施設概要の説明後、群馬大学医学部付属病院放射線部で、小線源治療室 (マイクロセレクトロン)、治療計画室、温熱療法室、ライナック照射室、位置決め室、ポジトロン CT、サイクロトロン等の見学と研修。その後、研修の成果を確認するため、参加者による修了試験が行われ全員が合格したが、参加者は臨床医であることから、放射線物理学の分野の理解度が他の生物学、臨床分野に比べやや低い傾向が見うけられた。 午後は、高崎市にある原子力研究所高崎研究所に施設見学におもむき、ベンチャー棟で研究所の概要を説明してもらった後、コバルト60照射施設、放射線高度利用センターの TIARA 加速器施設、バイオ関連研究設備等の見学が行われた。 最終日は、千葉市に移動し、放射線医学総合研究所で技術研修と施設見学、閉会式を打った。井上義和国際協力部長からの歓迎挨拶の後、放医研を紹介するビデオを見せていただいた。その後、森田新六先生、坂下邦雄技師長等の案内で最先端の重粒子線施設を、また大野達也先生、今井礼子先生等の説明で腔内照射施設を見学させていただいた。見学終了後、修了証書の授与式、閉会式を行ない、最後に放医研内で送別懇親会が行われ、無事5日間のすべての日程を終了した。 翌日、アメリカの同時多発テロの影響で心配された航空機の欠航に伴う問題も他の便を利用でき、各国からの参加者はなんとか無事帰国の途についた。 本ワークショップの意義子宮頸癌はアジア地域諸国で患者数が最も多い癌の1つだが、その多くは進行癌の状態で発見される傾向がある。また、日本や欧米における子宮頸癌の放射線治療には、既に確固たる実績があるが、アジア地域では社会的、経済的な問題も多く、現在でも十分な放射線治療も受けられない患者が少なくないのが現状である。本トレーニングワークショップの目的は、国際協力により子宮頸癌の治療技術の向上を図り、アジア地域の放射線治療水準の向上に資すると共に、アジア地域における放射線治療の発展に資することだった。このプロジェクトは現在、我が国原子力委員会主催のアジア原子力協力フォーラムの医療分野でのプロジェクト「子宮癌の腔内照射の共同研究」を補完する形で連携を取りながら行われた。 このような国際会議を開催することが日本の国際的地位を高めることにいくらかでも寄与できれば幸いと考えているが、今後の平和的国際貢献への第一歩であるという認識のもとに、今後の活動についても、単なる物的、経済的援助とは異なり、アジア地域の活性化や公衆衛生の向上に実質的にもつながり、日本が各国から心より愛されるような国際協力活動に展開させていきたいと希望している。 国際貢献−今後への期待今回会議の世話をさせてもらった群馬大学医学部の放射線医学教室は、10数名の放射線腫瘍医を有し、古くから放射線腫瘍学においては、高い水準の放射線腫瘍学、放射線治療技術を保持していると自負しており、放射線治療や放射線腫瘍学の分野で中心的な役割を担うべく鋭意努力している。さらに、欧米やアジアの放射線腫瘍医と連携し、国際的レベルで放射線治療の発展に寄与することを目指している。 筆者は昨年12月16日に当教室に赴任する以前は放射線医学総合研究所 (千葉市) で癌の重粒子線治療の臨床試行にも中心的に携わってきた。この重粒子線はX線などの通常放射線より生物作用が2〜3倍強力であり、さらに線量分布の集中性が良い特性を持ち、これまで放射線治療では治癒の困難であった悪性黒色腫、骨肉腫、軟部腫瘍、肝臓癌、早期肺癌、前立腺癌などに大変良好な治療成績が報告されている。 さらに、切らずに癌を治すことから臓器の機能や形態を温存でき、患者の生活の質 (QOL) の向上も期待されている。幸い群馬大学は、高度な加速器技術を保持している原子力研究所高崎研究所や放医研と研究協力を行っている。是非とも重粒子線治療施設を群馬に誘致し、機能の温存が図れる放射線治療を実践したいと希望し、現在、関係方面にお願いしているところだ。 こうした先端治療施設は国内の多くの研究・医療施設に共同利用施設として開放すると同時に、IAEA/RCA の活動ルートを利用してアジア地域の先端放射線高度利用施設として活用し、先端科学技術面での国際貢献にも寄与したいと強く希望している。 |