[原子力産業新聞] 2001年10月25日 第2109号 <4面> |
[原産] 高温ガス炉の実用化に向けて
米国では、電力自由化等に伴う原子力発電の見直し、国際エネルギー開発戦略とリーダーシップ維持等の観点から、「第4世代炉」として、各種の革新的原子炉に者目した積極的な検討を開始している。また、IAEA においてもロシアが中心になって「INPRO」として、革新的原子炉に関する検討を行っている。一方我が国は、この度の長計に基づき、これらの国際的な動きも視野に入れながら、公募による革新的原子炉技術の開発が経済産業省とともに文部科学省の施策 (概算要求37億円) として動き出そうとしている。 ところで、革新的原子炉の1つの高温ガス炉については、南アフリカ (南ア) のモジュール型高温ガス炉 PBMR (電気出力10万kW 級モジュール炉) 実用化計画が着々と進展しており、来春には、1号機建設の最終決定が下されようとしている。また、米国エクセロン電力は、その PBMR 7基を米国内に設置する計画を発表し、規制当局 NRC に説明を開始した。中国でも国家電力公司が、現在の試験炉に続く、原型炉 (実証炉) 計画を発表している。このように大きく急展開中の世界の高温ガス炉開発情勢の中、日本においては同炉の実用化について、まだ何の方針も方策も立てていない。 原産では、国内の同炉の位置付けを明確にするために、長計策定会議の第4分科会に報告書「高温ガス炉の展望と実用化に向けて」を提出し、国内での同炉フィージビリティスタディ (FS) の実施を提言した。 その結果、同炉は、革新的原子炉の1つとして取り上げられ、文部科学省原研委託として、「高温ガス炉ガスタービン発電システム」というかたちで開発研究予算が計上された。 今回原産では、同炉の位置付けをより明確化するために、前回の報告 (下記の検討を行い、実施すべき施策として長計に提案を行った。▽高温ガス炉の開発の経緯と現状および特徴の整理 ▽熱利用システムの検討と導入効果の評価▽実用化への課題と方策 ▽導入シナリオと実用化施策) で挙げた課題の解決を目標に、次の検討と活動を行った。 (1) 普及・促進活動 (2) 高温ガス炉ガスタービン発電システムのFS (3) アジア展開を意識した国際協力実用化プロジェクトの検討 (4) 高温ガス炉水素製造システムの検討 (5) 燃料サイクル。 小型モジュール炉の特徴本稿では、まず小型モジュール高温ガス炉の特徴を示し、続いて、前記の検討概要を記す。 実用化計画を進める各国の電力会社が、同炉を選んだ理由はほぼ共通しており、(1) 単基出力が小さく小回りがきき、建設工程も短いことから投資リスクが小さい (2) 経済性に優れる (3) 周辺住民の緊急時非難が不要 − という特長が重視されている。 高温ガス炉は原子炉の持つ特性により、小型化 (炉心の寸法と出力密度を適切に抑制) することによって、事故時に原子炉をそのまま放置しても自然に安全が保たれる原子炉を実現できるとともに、1000度に近い高温の熱を供給することができる。その結果、安全システムの大幅な簡素化、一般産業並の競争原理に基づく機器調達、保守点検作業の簡素化、ヘリウムガスタービンとの組み合わせによる高効率化・システム簡素化などにより、低コスト化がはかれる。更に、標準設計小型モジュールによる許認可の簡素化、シリーズ生産による製造コスト・建設コストの低減、工場生産範囲の拡大による現地工事の簡素化・工期短縮、保守点検作業の標準化によるコスト低減も図れ、小型であっても大型炉なみの経済性が期待できる。このため、前述のように世界の電力会社の次期発電炉としての要求に応えるとともに、将来、クリーンエネルギーである水素の製造等への利用拡大も期待できる。 1. 高温ガス炉の普及・促進活動高温ガス炉の普及・促進に関して、先ず全体計画を検討し、次いで具体的活動に入った。内容・構成は、原産のみでなく参加機関や関連組織による個別活動も束ねて考えているが、具体的には (イ) 原子力長計の積極的フォロー、(ロ) 内外での講演、新聞掲載、論文発表、(ハ) キーとなる機関や人物との意見交換、(ニ) 関連機関への「最近の動き」についての情報発信、等である。 これまでほぼ当初計画通りに活動でき、それらを通じて、内外の産、官、学等への同炉や小型炉の内外開発動向、その開発の望ましさなどにつき理解・促進が徐々にではあるが確実に進んでいると実感している。今後も我が国やアジアでの同炉の実用化・普及に向けて、活動を継続するものとする。 ここで前記の「最近の動き」とその背景を集約する。 (イ) 日、中の既存試験研究炉プロジェクト (HTTR、HTR-10) の進展、(ロ) 米、中での原型炉、試験炉の新設構想、(ハ) 南アと米・露の実用化プロジェクト (PBMR、GT-MHR) の進展、並びに (ニ) 欧、米によるそれらプロジェクトヘの積極的な協力、参加、導入などの動きが顕著であり、今後の世界の原子力開発の方向性を伺わせている。 これらの背景には、南ア、米、欧等においては、(1) 同炉の経済性見通し (固有の安全性の確実化やモジュール化、標準化、単純化等各種の工夫による経済性確保) (2) 同炉インフラの掘り起こし (3) エネルギー開発新戦略展開 (将来市場とリーダーシップの確保) などがある。一方、我が国は、原子力先進国であり、かつ HTTR を中心とする現存インフラがありながら、まだ国や産業界として基本戦略も固まっておらず欧米に比べて「立ち後れ」の状況に至っている。 2. 高温ガス炉ガスタービン発電システムのFS原研では、2001年度から2007年度までの7年間に、文部科学省からの委託により、原子炉出力600メガワット、原子炉出口ガス温度850度、電気出力約300メガワットの高温ガス炉ガスタービン発電システム (GTHTR300) に関する研究開発を実施する予定である。 本研究開発では、実証プラント設計、要素技術開発試験として、システムの主要機器である圧縮機のモデル性能試験、圧縮機及びガスタービンのロータを支持する磁気軸受の開発試験、ガスタービンシステム系全体を模擬した試験装置を用いた運転制御性試験を実施し、本システムの技術的成立性及び経済的成立性を確証し、実用化の目途をつけるとしている。原産では、昨年度から本研究開発のレビューを行っており、技術的見地のみならず、経済性、安全性の見地からの評価をするとともに、研究開発への要望を提示し、システムの実用化に貢献する予定である。 3. 国際協力実用化プロジェクトの検討前年度の検討で、アジア近隣諸国では、中小型原子力プラントの需要も多く、国際協力による高温ガス炉実用化開発への関心が高いことが明らかとなった。そこで、アジアにおける国際協力実用化プロジェクトの実現可能性を探るため次の検討を行った。今後引き続きプロジェクト構想の具体化について、関係諸国の協力を得て検討する予定である。 (1) アジア地域のエネルギー需要 アジア地域では、急激な人口の増加と経済の発展により、エネルギーの需要が大きく伸びることが予想されている。例えば IIASA の予測 (Global Energy Perspectives、1998年9月) によれば、アジア全域の一次エネルギー需要は1990年を基準として、2010年には約1.8倍、2050年には約3.8倍とされ (表1 アジア全域のエネルギー需要を参照)、その結果、温室効果ガス (CO2) の排出量は、1990年の炭素換算10億トンに対し、2010年には約2倍、2050年には約3倍を超えると予測されている (表2 炭酸ガス排出量のアジア小計を参照)。また、一次エネルギーの石油依存、とりわけ中東依存が高くなることも予測されている。このような温室効果ガス排出量増大、エネルギー供給の不安定化を防ぐためには、アジア地域における原子力エネルギー利用の拡大が最も有効な手段となる。
(2) アジア地域への原子力導入に際しての要件と高温ガス炉 アジア地域の特徴を考慮して、原子力の導入に際しての要件として、(1) 少ない所要資金と高い経済性 (2) 運転容易性 (高度な技術を持っている専門家があまり要らない、運転ミスがあっても大丈夫) (3) 社会の受容性 (4) 多様な需要 (海水の淡水化、冷暖房のような熱利用) (5) 立地条件への対応性 (インフラストラクチャーがあまり整っていない地域や離島) (6) 核拡散への高い抵抗性 − などが求められる。 小型モジュール高温ガス炉はユニット出力が小さい (10〜30万kW)、建設期間が短い(2〜3年)、コスト競争力がある (複数モジュール設置の 30〜100万kW)、優れた固有の安全性により安全システムが簡素化され事故時対応も単純、単位発電量当りの使用済み燃料中のプルトニウム量が少ない (軽水炉の2分の1) 等の特長を持つため、(1) (5) 全ての要件に対し、優れた適性をもつ。 4.高温ガス炉水素製造システムの検討本検討においては、今後新たに必要性が増大すると考えられる水素の利用分野として、クリーンエネルギー自動車用燃料を想定し、その需要量として今年1月、経済産業省の諮問機関である「燃料電池実用化戦略研究会」が設定した普及目標台数の燃料電池搭載自動車が必要とする水素量を考えた。この全量を核熱利用水素製造プロセスによって賄うという大前提を置き、原子炉は高温熱の取り出し容易なペブル型で熱出力200メガワットの小型モジュール炉によるという前提で検討を行った。その結果次の点が明らかになった。 1. 2020年に目標とされる500万台の燃料電池自動車に必要となる水素を供給するためには、同炉が13基必要である。 2. 水素製造プラントとして、利用系はメタンより水素を製造する水蒸気改質法を想定して、それと結合する原子炉系の検討を行った。この場合、利用系側は、圧力が低いほど性能的に優位なために、原子炉系については、一次冷却材 (ヘリウム) 圧力をドイツが検討している最も低いケースの4メガパスカルと、更に低い2メガパスカルについて比較検討した。その結果、水素製造プラントとしては、2メガパスカルの方が性能上もコスト上も優位であることが判明した。 3. 水素製造プロセスは水蒸気改質法と熱化学法 (IS法) の2法を検討した。 (1) 水蒸気改質法は現在工業的に広く行われている方法で、原料の天然ガスと水蒸気を外部から高温ヘリウムにより加熱した触媒層を通し水素を製造する。加熱温度は880度、圧力2メガパスカルとした場合、同炉1基から約10万平方メートル/時の水素が得られる。 (2) IS 法は900度の高温熱のみを用いて水を分解して水素を得る方法で、ヨウ素Tと硫黄Sの化合物をプロセス内の循環物質としてブンゼン反応-硫酸分解反応-ヨウ化水素分解反応の3つの反応工程を繰り返しながら水素を製造する。加熱温度は900度の場合、まだ相当の研究開発が必要であるが、同炉1基から約二万5000平方メートル/時の水素が得られる見通しが出てきた。 4. このような核熱利用プロセスから製造される水素の経済性、環境適合性の評価を行った。 (1) 水素製造コストは、通常の化学工業法による製造コストを一とした場合、CO2 処理を考慮した上で、核熱利用水蒸気改質法0.8、熱化学法0.7と推算された。 (2) 2020年の導入目標500万台の燃料がガソリンから水素に代替された時の CO2 排出量の削減は480万トン/年と計算された。この量は京都 COP3 で合意された削減すべき CO2 量6000万トン/年 (1998年時点) の約8%に相当する。 (3) 燃料とエンジンの異なる各種自動車のフュエルサイクル評価の検討では、従来型のオットー型ガソリン自動車を1とした時、表3・「フュエルサイクルにおける燃費性能」に示すように燃費性能は、高温ガス炉水蒸気改質水素車0.45、IS 法水素車0.60と計算された。また CO2 排出性能では、上記の順に0.25と0となる。 (4) CO2 排出だけでなく環境に及ぼすその他の影響として、エネルギー製造による環境破壊を保証する費用で市場価格に組み込まれていないもの (人の健康、生活、農作物などに対するものでエネルギー外部費用とも呼ばれる) 、更にエネルギー安定供給や価格安定への効果も考察し、同炉を含めた原子力利用の総合的な優秀性を示した。 5.高温ガス炉の燃料サイクル同炉の特徴の1つは、燃料要素として酸化ウラン等の燃料核を炭化ケイ素と熱分解炭素の耐熱セラミックで数層に包み込んだ被覆燃料粒子を用い、金属被覆管を用いている軽水炉燃料とは構造を異にしている点にある。この被覆燃料粒子を黒鉛マトリックスで球状 (ペブル型) や棒状 (ブロック型) に成型加工して炉心へ装荷する。 同炉では、燃料核として低濃縮ウランから高濃縮ウラン、プルトニウム、トリウムなど各種の燃料に対応した炉心設計が可能である。低濃縮ウランを燃料とする原子炉として原研の HTTRや中国の HTR-10 の開発、南アと米国では PBMR の具体化などが進められているとともに、兵器級プルトニウムの燃焼処分を狙ったプルトニウム専焼炉 (GT-MHR) の開発が進められている。また、被覆燃料粒子が耐熱セラミックの多層構造で核分裂生成物の閉じ込め能力に優れていることなどから長期運転サイクルも可能であり、更に、燃焼度を高くすることもでき、これらの性質を活用して使用済み燃料中のウランやプルトニウムの残存量を少なくして核燃料の有効利用が図れる。このように同炉は様々な燃料形態に柔軟に対応することが可能であり、燃料サイクルシナリオに対する自由度が大きく、選択の幅が広いと言うことができる。 同炉の使用済み燃料の再処理は、被覆燃料粒子を使用していることから、軽水炉の使用済み燃料の場合と異なる脱被覆工程を経ることに特徴がある。 まず、黒鉛マトリックスと被覆燃料粒子を分離するプロセスとして、黒鉛マトリックスを流動床焙焼炉で燃焼させることにより除去する「燃焼法」、黒鉛マトリックスと被覆燃料粒子の強度の差や比重の差を利用し粉砕、分離する「機械的方法」等が検討されている。次に、被覆燃料粒子から燃料核を取り出すプロセスとして、被覆燃料粒子が局所的な荷重負荷によって容易に被覆が破壊されるという性質を利用したローラや回転ディスクを用いた装置等が考案されている。 燃料核を取り出した後の溶解、抽出プロセスについては、燃料核が軽水炉燃料と同じ酸化ウランや酸化プルトニウムであることから、軽水炉燃料の再処理で技術的に確立されている「溶媒抽出法 (Purex法)」あるいは現在検討が進められている「乾式再処理法」が適用され得る。 なお、同炉の使用済み燃料再処理から発生する特徴的な廃棄物として黒鉛廃棄物があり、これについては燃焼・滅容化あるいは黒鉛ブロックの再利用等を図ることが必要である。 同炉の燃料サイクルシナリオとして、技術的には「再処理リサイクル」シナリオも「ワンススルー」シナリオも共に適用し得ると考えられるが、先に述べた燃料の特徴と使用済み燃料再処理の見通しから、使用済み燃料に残存するウラン、プルトニウムの量が多い場合には軽水炉で推進されている「再処理リサイクル」シナリオが、また、高燃焼度炉心やプルトニウム専焼炉心などの場合は同炉の特徴を活かした「ワンススルー」シナリオが、適切になると考えられる。更に、被覆燃料粒子が長期的に安定で健全性に優れていることを考慮すると、再処理計画や最終処分計画が延びた場合、「中間貯蔵」を容易に実行することができる。特に使用済み燃料について、我々の世代の時に再処理して燃料を取り出すことは行うが、「余ったものについては資源として取り扱えるように中間貯蔵して積極的に再処理可能な状態で後世に引き継げるようにしておく」という考えがある。さらに、「リサイクル技術についても、今の世代が、後世に引き継げるようにしておく」という考え方は、「技術は進歩するものであり、リサイクル技術についても、より開発されて発展するということ」を意味する。従って、「中間貯蔵」は、世代を超えた資源の活用、技術の継承という積極的な考えである。 また、より長期的には資源量が豊富でエネルギーセキュリティの向上が期待できるトリウム燃料を含めたシナリオの可能性についても探っていくことが考えられる。 リスク面、今後検討へ =結びとして=本検討会では、今後の同炉の評価や開発の進め方について、様々な議論が沸出した。例えば、『安全性も経済性も良いはずの PBMR に日本の電力もメーカーも積極的な興味を示さないのはなぜか、そこにはどのようなリスクがあるのか』、また『国および産業界が、小型モジュール高温ガス炉の魅力や実用化の意義を考え、今我が国がその実用化に取り組むメリットとリスク、また着手しないことによる長期の損失、特に海外での高温ガス炉実用化への意気込みと状況を考えれば、今ここで、日本がこれまで培ってきた技術を自らのものとして実用化へ開花させなければ、海外に遅れを取り実用化展開の時期を失うものと考えられること、さらにアジアでの日本の役割などにつき認識し、民間主導か、国が主体か、あるいは国と民間がタイアップして進めるべきかなどの戦略を立て、必要な行動に至急移れるよう、対策を練るべきである』との意見があり、今が高温ガス炉に対して、的確な戦略を立てる極めて重要な時期であることを認識し、今後このようなリスクについての検討などを中心に戦略的な検討を進めることで同意された。 |