[原子力産業新聞] 2001年10月25日 第2109号 <6面> |
[レポート] 原子力開発のあり方 人文・社会科学的な側面から
1.社会への順応 原子力を取り巻く状況はますます混迷の様相を呈している。今日、原子力に対する世論は芳しいものではなく、発電所の新規立地などでは社会的な困難に直面している。この原因を考えてみると、もちろん TMI、チェルノブイリ、JCO などの事故により原子力安全への信認が失われたことがあげられるが、社会の変化に対して原子力の順応が追いついておらず、原子力が社会から乖離した存在となっている面も大きいように思われる。原子力も社会的存在である以上、社会の変化に機敏に対応して実体論的にも認識論的にも自己変容を遂げなければならない。 一昔前まで、科学技術は世の中の「邪悪なるもの」を排除し、われわれに豊かな生活をもたらすものとして、ほぼ無条件に受容されてきた。特に、原子力のような巨大システムは科学技術文明の力強さの象徴であり、わが国の原子力もこのような時代風潮を背景として発展を遂げてきた。しかし近年、わが国は自由競争、市場機能重視、規制緩和、地方分権など、原子力にとってはなじみにくい面があるコンセプトを旗印とした自律分散型の社会へ向かっているように思われる。このような状況の中で、原子力のいくつかの特質、例えば、重厚長大型システムであること、一般市民自身が自発的に選んだ存在ではないこと (この問題には情報公開が密接に関連する)、研究開発から発電所の運転開始までに長時間を要することなどが、今日の社会的風潮に合致しなくなってきているのであろう。 原子力を人類の発展のために役立たせていくには、原子力の有用性をよく理解してもらうと同時に、社会の変化に順応し、国民から受容される存在となることが不可欠であり、この観点から原子力の研究開発のあり方を考えていく必要がある。昨今、電力自由化の進展や新規立地問題に関連して、固有安全性が高く、初期コストが小さい中小型原子炉が関心を集めているが、これは原子力が社会変化に順応しつつある好例であろう。 2.社会的側面についての研究 今後は技術的に優れているばかりでなく、社会に受容される原子力システムを構築していくことが求められている。このためには、社会における原子力の位置づけや原子力と社会の双方向的関係を把握した上で研究開発を進めていくことが必要である。この点が不十分であったことが、今日、原子力技術者と社会の間のギャップをもたらし、原子力が社会的困難に直面していることの遠因となっているのであろう。 一口に「原子力と社会」と言っても、その関係は極めて多岐にわたる。今日、原子力はエネルギーセキュリティ、環境調和・地球温暖化防止、民主主義、ガバナンス、地方分権、経済性、市場自由化、核不拡散、国際協力、リスクコミュニケーションなど様々な社会的観点から論議を呼んでいる。このような原子力の社会的側面についての研究は、かなり研究がなされているテーマもあるが、全般的には専門的研究の蓄積はいまだ十分ではなく、少なくとも、多くの原子力関係者にとってはなじみが薄いものであった。むしろ、原子力技術者自身がこのような原子力と社会の関係について積極的に関与していくことが必要なのではないだろうか。 一昨年、原子力の社会的な側面について専門的かつ学際的に研究する場として、日本原子力学会に社会・環境部会が発足した。本部会は、理工学系の学会として活動してきた日本原子力学会の中にあって異色の存在である。筆者は本部会発足以来、事務局を担当してきた。次節では、本部会の概要と主な活動について紹介したい。 3.日本原子力学会社会・環境部会 本部会は1999年3月、鈴木篤之部会長 (東京大学)、平岡徹副部会長 (電力中央研究所) の体制でスタートし、現在は、田中靖政部会長 (学習院大学)、宅間正夫副部会長 (日本原子力産業会議) となっている。部会員数は250名余りである。 本部会の基本理念は設置趣意書に明記されている。少し長いが引用してみよう。本部会の目的については、「社会との関連が大きいことが原子力エネルギー技術の著しい特徴であって、その社会的側面について学問的に研究し、その成果についての情報交換や普及を図ることは、原子力を環境調和性に優れたエネルギー源の1つとして、長期的に人類社会に役立たせていく上で、極めて有益」と述べた上で、「技術論や文明論の観点から見た原子力技術の特性や特質を分析するとともに、政治、経済、法、社会、国際関係、環境調和などの領域に発現する原子力の諸相を様々な学問的アプローチから研究し、大競争時代、地球環境問題、ポスト冷戦時代、グローバル化経済の出現などにみられる大きな時代的変化に対応した原子力エネルギーの利用のあり方、すなわち、人間、社会、環境、技術の相関系における原子力のあり方を探求する」ことと謳っている。さらに、「研究対象が極めて学際的であることを鑑みれば、外部との交流を積極的に指向することが不可欠」と明記している。本部会の活動には人文・社会科学分野の研究者の協力が不可欠であり、研究会やシンポジウム等では、外部の研究者の参加を積極的に呼びかけている。 以下では、本部会の主な活動の中から、「チェイン・ディスカッション」と「研究コアグループ」について紹介する。 チェイン・ディスカッション 年数回、原子力の特に社会的論議を喚起しているテーマについての討論会を開催しており、この討論会を「チェイン・ディスカッション」と称している。この名称は、この場で行われた議論が参加者の活動に生かされ、また、議論が連鎖的に広がっていくイメージを表している。これまでの開催経緯を表1に示す。当初は、部会員のみを対象としていたが、昨年からは外部にも公開し、一般の方にも多数参加していただくよう尽力している。
研究コアグループ 原子力の社会的側面といっても、その範囲は極めて多岐にわたる。そこで、部会内に専門的研究グループとしてコアグループを設けている。現時点では「国際問題」、「安全・安心」、「プルトニウム、SF 貯蔵・輸送、高速炉、研究開発」、「社会システム」の4つのコアグループが活動を行なっており、部会員は自由に各コアグループに所属できる。表2に、各コアグループの研究対象や活動内容を示す。各コアグループは20〜60名程度のメンバーからなり、研究会や講演会を開催している他、学会での口頭発表セッション等を企画している。さらに、「原子力広報」、「原子力情報公開」、「原子力立地の政治環境」を主な対象とする「原子力コミュニケーション」コアグループの新設も決定している。
なお、本部会の概要や活動については部会のホームページ (http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/aesj/division/sed/main.htm) をご参照いただければ幸いである。日本原子力学会のホームページからもリンクされている。 4.今後に向けて近年、バイオテクノロジー、IT、金融工学などの先端テクノロジーと人間・社会との相互関係についての研究が欧米を中心に盛んになりつつあるが、原子力はいわばその元祖的存在であり、社会との関連の複雑性において傑出している。 原子力の社会的側面についての研究は、社会システム全般に渡る広範なものであり、統一的な学問的手法で取り扱うこと、あるいは、1つの学問分野として成立させることは困難な面がある。まずは学際的に研究を推進していくことが必要であろう。さらに、単なる学際主義を超えて、人文科学、社会科学、そして工学を融合したアプローチにより、原子力に関する新しい知を構築することも期待される。 この際、原子力技術を供給・輸送・消費にわたるエネルギー関連技術全体あるいは科学技術全体の中で相対化する視点が極めて重要となろう。 本稿では、主に原子力の社会的側面についての研究、いわばメタレベルの研究の必要性について述べてきた。しかし、「原子力」の本体は原子力技術そのものであって、人間や社会と調和する原子カシステムを構築できるか否かは、まず第一に今後の原子力技術の研究開発如何にかかっていることを付言しておきたい。 |