[原子力産業新聞] 2001年11月8日 第2111号 <2面>

[寄稿] 原子力施設、テロ行為に対する強靭さ明確に

盾としての深層防護

9月11日に発生した米国同時多発テロの衝撃的な映像が世界を駆けめぐった。真偽は明らかではないが「ワシントン郊外で墜落したハイジャックされた旅客機は原子力発電所を目標としていた」というマスコミ報道も、原子力関係者には驚くべきことであった。

原子力発電所を攻撃目標としようとするテロリストの論理は何であろうか。テロリストになってみなければ判らないのは当然であるが、テロそのものの動機は推測するに、 (1) 不当な要求の手段 (2) 力の誇示や自己顕示 (3) 政権転覆や体制改革のための手段としての社会の騒擾 (4) 報復 (5) 現在の社会システムや技術文明への無力感や失望感醸成 (6) 愉快犯 − などであろう。その効果を高めるためには、今回の米国同時多発テロのように「象徴的なもの」を目標とする、といわれる。例えば、(1) 国民の誇りであるもの (2) 国民に愛されているもの (3) 通常は攻撃が予想されない意外性のあるもの (4) 結果の重大性・甚大性が予想されるもの − などがあり得る。こうした点からみると、原子力発電所は、一方で近代科学技術の粋であってエネルギー供給を賄う「社会にとって期待される象徴」であるが、他方に放射性物質を大量に内蔵する「社会にとって不安の象徴でもあるという性格から、テロの目標になりうることは容易に考えられる。そしてもしテロリストからみて、テロに対して脆弱そうに思われるならば、テロの攻撃目標にする気を起こさせるであろう。

社会一般の人々の原子力発電のテロ攻撃に対する心理は、最高レベルの科学技術の産物がテロに弱い筈はないという感情と、発電所内部の技術への理解不十分から「そうはいっても、もしかして意外に弱いのではないか」という疑心暗鬼の不安の感情が併存しており、テロリストはこの相反する両方の感情の間隙をつくことにテロ攻撃の効果を狙うのではないであろうか。

原子力発電所への物理的なテロ攻撃として予想されるのは、(1) 発電所内部に潜入しての破壊工作 (2) 発電所の外部から攻撃 − 1つは武器を持った少人数グループによる武力攻撃、もう1つは今回のような航空機による自爆衝突・ミサイル攻撃・航空機からの爆弾投下・爆弾を積載した自動車の突入 − などであろう。

さて、原子力発電所の安全確保対策の基本は「深層防護」思想であることは周知のとおりである。そしてこれはテロ攻撃に対しても基本的には変わらない。

3段階のレベルの「深層防護」は、(1) トラブルや故障の「発生の防止」 (2) それらの「拡大の防止」 (3) 万一、事故に発展してしまってもその「影響の緩和・低減」− である。

原子力発電所では、核物質に対して設計上および管理上厳重な防護対策をとっているし、国際的・国内的にこうしたことは法的にも義務づけられている。しかし今回のようなかたちのテロ攻撃に対しては、設計上考慮されてはいないのが普通であろう。しかし、たとえ設計上考えていないとはいえ、地震などの自然力への耐性や放射線遮蔽設計などの結果として、他の産業施設よりもはるかに高い頑丈さを備えていることは間違いない。

もっとも重要なことは、トラブル・故障と同じくテロに対してもその「発生の防止」に力を注がなければならないことである。そのために必要なことは、「原子力発電所をどのように攻撃しても、結果として放射能の放出に至るような重大な破壊、ましてやチェルノブイリ事故のイメージのような大量の、広域的な、持続する放射能の放出と拡散は決してあり得ないこと」を国民に十分理解してもらうことである。そして、それ以前の対策として原子力発電所は「深層防護」思想にもとづいて通常想像しうる攻撃に対しても、その成功を阻止する万全の対応を整えていることを、既に多くの国でいろいろな形で得られているデータや行われている方法などを整理し、明快な論理で、分かりやすく、国際的に権威ある機関などが社会に発信することである。

それには安全防護設備の多重性・多様性、物理的な分離などの設計からはじまって、管理・警備の厳重さ、所内はもちろん周辺地域も総合した防災対策なども含める。それによって社会一般の人々の「原子力発電所へのテロに対する強靭さ」について疑心暗鬼を払拭することが大切である。これはテロリストにとってもテロ攻撃への抑止力になりうるであろう。代償の大きいわりに効果が乏しいとすれば、誰しも敢えて攻撃することを控える。

原子力発電所が決してテロリストにとって、攻撃することに値する「象徴的なもの」ではないことを現実に悟らしめることである。

【宅間正夫】

Copyright (C) 2001 JAPAN ATOMIC INDUSTRIAL FORUM, INC. All rights Reserved.