[原子力産業新聞] 2002年1月7日 第2118号 <8面>

[紹介] 新たな可能性拓く光量子科学

高性能レーザーで新境地拓く

この10年間に情報技術 (IT) の飛躍的な発展は、産業革命以来の技術革新の波を呼び起こし、21世紀を迎えて私たちの身近な暮らしにも浸透しつつある。IT の主要な技術には、大量の情報伝達を可能とした新たな光技術の登場という側面がある。高速のデジタル通信や DVD など、多くの情報を伝える光技術の革新が、企業と企業、あるいは企業と消費者など多様な形態の情報ネットワークを支え、発展している。さらにその先の未来を視野に入れた研究開発も国内外で盛んだ。今号では、そうした光を使った最先端科学への取り組みについて、日本原子力研究所が進める光量子科学研究に焦点をあて紹介する。



関西を中心に産業界や学界と連携

京都府、大阪府、奈良県の3府県にまたがる地域に展開する関西文化学術研究都市。その一角に日本原子力研究所が先端科学研究の拠点として関西研究所・光量子科学研究センターを設置したのは、1999年6月のこと。京都、奈良といえば古都のイメージが強いが、世界でも有数の半導体など精密機器メーカーが拠点を置く、最先端産業の拠点としての顔もあわせもっている。いわば歴史と伝統に恵まれ、一方で進取と独創の気風に満ちたこの関西の地で関西研究所は1995年10月に設立され、レーザーと放射光の科学、「光量子科学」と「放射光科学」の研究拠点がそれぞれ関西文化学術研究都市と播磨に整備されることとなった。光量子科学研究には関西圏を中心として、産業界や学界から関係機関や大学、メーカーが参加し、その力を結びつける形で、幅広い分野における科学技術の革新、新しい科学分野の開拓と新しい産業の創成を目指そうとしている。同センターの実験棟には (1) レーザー加速 (2) 高繰り返しTキューブレーザー (3) 低繰り返しTキューブレーザー (4) エックス線レーザー研究 −の四大実験室が設けられており、基本的にレーザーを発振する実験室とそれを利用する実験室に分けて、それをビームラインでつないで高品質を保持したまま利用実験ができるようになっている。昨年前半にはビームラインが完成して、医療や工業など幅広い分野での共同利用も本格的に始まろうとしている。

幅広い技術応用への期待

原子力の分野では、加速器やエックス線・ガンマ線などの放射線の利用技術開発が盛んに行われてきた。これらの技術はすでに私たちの身近な日常生活にも深く関わり、農業、工業、医療などの幅広い分野に役立っている。レーザー技術もそのひとつだ。

原子力も含め、科学技術の進展に欠かせないのが、自然とその中で起こることを "よく見ること"。その道具として、2つの強力な光「レーザー」と「放射光」が最近注目を集めている。この2つの強力な光はこれまで見えなかったものを「見る」だけでなく、物の状態を変えたり、加工する「創る」道具ともなるからだ。

レーザーは、光の波としての位相が良く揃っており (高コヒーレント性)、単色で (単一エネルギー)、超高強度なものが先端的科学技術への新展開をはかるうえで嘱望されている。

光量子科学研究は、レーザー光を利用した研究として新しい性質の光を発生する光源の開発とそれを利用する研究の、主に2つの柱からなる。光量子科学研究センターでは、まず小型で超高ピーク出力を発生するTキューブレーザーの開発から着手して、エックス線レーザーなど新しい夢の光の開発に取り組んできている。この新しい光は、超短波長の光や超高電場を超短時間の間に発生させることができるために、生きたまま微細生体細胞内部を瞬時に観察したり、分子レベルでの加工など、新しい学問、産業、医療など、広い分野での利用面が拓けるものと期待されている。

Tキューブレーザーとは (Table TopTerawat Laser) の略称。テーブル (Table) の上 (Top) に乗る程度の大きさで、テラ (Tera=1兆) ワット級の強い光が出るレーザーという意味で、頭文字に3つTが並ぶことから、Tの3乗すなわちTキューブレーザーと呼ばれている。Tキューブレーザーは、物質中に瞬間的にこれまで人類が経験したことのない超高電場、超高圧や超高温を発生させることが可能という。

強く品質のよい光を手に入れる

このTキューブレーザーは、約50兆分の1秒という非常に短い時間に光を集め、太陽のコロナフレアに匹敵する非常に大きなピーク出力 (瞬間的な出力) の光を発生できる装置で、高品質で波長の短いエックス線領域の光を発生するレーザーを安定的に作りだして応用することを開発の主眼としている。欧米でも同様の研究開発が進められており、いわば競争環境のなかでしのぎをけずる先端研究のひとつといえる。

世界最高のピーク出力めざす

すでに同センターでは、Tキューブレーザーの高出力化に伴って必要となる大型のチタンサファイア結晶を作るための拡散接合技術の開発に成功し、世界に先駆けて18.7フェムト (1000兆分の1) 秒で102テラ (兆) ワットの出力をもつチタンサファイアレーザーの開発に成功した。Tキューブレーザーのピーク出力が高くなるほど発生する電場や圧力が高くなるので、極限環境を実験室で作り出すことができ、新しい現象の発見の可能性かひろがるという。現在、さらなる高出力化を進め、ペタ (1000兆) ワット級レーザーの実現を目指して研究を進めている。

医療技術への展開

こうした高性能レーザーの開発が拓く新たな技術革新のひとつにあげられるのが医療分野への応用だ。たとえば、従来むずかしいとされていた部位のがん治療にほぼ有効性が確認されている重粒子線によるがん治療。現在放射線医学総合研究所がハイマックという重粒子線がん治療専用の装置を設置して治療試験を実施している。有効性が確認されつつある段階にあって今後重要な課題が普及の問題であり、そのため装置の小型化が主要な課題となっている。その小型化の問題に解決の道をつけることが、このTキューブレーザーに期待されている。小型で高出力という特性をいかし、100テラワットクラスのTキューブレーザーを使って重粒子を加速するコンパクトな装置が技術的に可能と見込まれており、放射線医学総合研究所の研究プロジェクトに参画する形で光量子科学研究センターが検討を進めているところだ。

瞬間を切り取るテクノロジー

また同センターでは、波長を自由に変えられる自由電子レーザーの開発、電子加速器の大きさを従来の100分の1以下にできるレーザー加速技術の研究、光学素子や計測技術などレーザー開発・利用の基盤となる技術の開発、実験や観測が困難な現象を解明するための光量子シミュレーションの研究にも取り組んでいる。関西研究所では、やはり先端科学技術として期待の大きい計算科学技術研究を進めており、こうした先端研究を支えるうえで必要な大型・高速の超並列計算機 (15テラフロップス=1秒間に15兆回の計算が可能) を導入しているが、これをフル活用し、光量子と物質との間の複雑な相互作用を時間的・空間的に正確に求めるための先進的なシミュレーションコードの開発に取り組んでいる。たとえばTキューブレーザーを使ってエックス線を発生させるための最適な条件を求めるなどのシミュレーションでは、良好なデータを得ている。

広がるハイテクの世界

さらに、これら新しい光を使うことで拓かれるハイテクフロンティアの世界は奥深い。画期的な新展開が期待される技術の開発や、今まで知られていなかった現象を観測する技術を手に入れ、未知の科学分野に新境地を拓くことにつながる期待が大きい。

例えば、Tキューブレーザーの非常に短い時間のみ発光する特徴を利用すれば、速い反応や運動を静止して「見る」ことができるし、エックス線レーザーを利用すれば、細胞を遺伝子レベルの精密さで生きたまま「見る」ことが可能となる。さらに、光によって原子核を制御し新たな物質を「創る」ことも期待できる。

レーザーは今や、いろいろな産業や医療に利用されているが、紫外線までの波長の長い光に限られている。波長の短いエックス線領域の光を出すエックス線レーザーもすでに原理実証はされているが、装置が大型で繰り返し使用ができないため、利用はまだ進んでいない未踏の領域となっている。そこで光量子科学研究センターではTキューブレーザーを利用した小型で実用的なエックス線レーザーの開発をめざしている。この小型で実用的なエックス線レーザーが利用できるようになると、原子や分子のレベルでの材料の構造測定や生体細胞の3次元イメージング観察などが可能といわれている。現在は利用研究の基礎固めの段階だが、将来的には遺伝子レベルでの3次元イメージング観察、いわゆるホログラフィー技術の確立につながる期待も大きい。遺伝子レベルでの精密なホログラフィーが可能となれば、ノーベル賞クラスの革新技術の創出というだけでなく、生物科学に大きな進展が見込むことができる、ひとつの大きな "夢" がある。

光量子科学の基盤固め

こうした新展開を手中にするためには、その基本的な技術の開発が欠かせない。Tキューブレーザー、エックス線レーザー等の開発には、レーザー発振技術の開発とともに、レーザー結晶、反射鏡、回折格子等光学素子の開発が必要だ。また、これらレーザー利用を図るためには超高速計測やエックス線イメージング等の技術開発が必要となる。このため関西圏のハイテク企業や大学等の協力を結集する形で、これら光源の開発と利用に必要な光学素子、システムやレーザー利用の基壁となる技術についての研究を進めている。


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