[原子力産業新聞] 2002年6月20日 第2141号 <4面>

[レポート] 記録を長期に保存する

原子力環境整備促進・資金管理センターでは、高レベル放射性廃棄物の地層処分にかかわる記録保存の研究を実施している。地層処分は、処分場の閉鎖後は人間による制度的な管理に頼ることなく長期間にわたり廃棄物を人間の生活環境から安全に隔離する処分概念である。一方、原子力を利用する現世代が高レベル放射性廃棄物処分場の位置や処分方法等の記録を保存し、将来世代に伝えることは、倫理的観点から重要であるとの議論が国内外でなされている。地層処分にかかわる記録を保存することは、将来世代が処分場の存在を知らずに地下の処分場へ接近することをできるだけ抑制すること、及び将来の人の意思決定(例えば何らかの目的による廃棄体の回収など)の余地を残すという意味がある。

高レベル放射性廃棄物は発生時の放射能の濃度が高いが、時間とともに放射能は減衰し、千年後には数千分の一まで低下する。将来の人が地下の処分場に対する何かの意思決定を行うとしたら、放射能が激減する最初の約千年間までが意味を持つものと考えた。そこで地層処分にかかわる情報を、文字や図を含んだ文書として約千年問保存することを脅えた。なお、最初の約千年間を過ぎても廃棄体の放射能は引き続き残るため、より耐久性が期待できる方策(マーカーやモニュメント等)により処分場の在在を可能な限り長期間伝えることも同時に検討している。

文書記録の保存媒体として紙、マイクロフィルム、及び電子媒体等が考えられてきたが、千年という期間では媒体の耐久性に加えて保存環境が問題となる。例えば、紙の耐用年数は、良質なものでかつ保存環境が良好であれば、数百年〜千年と考えられている。デジタルデータは情報の管理には適しているが、CD−ROM等の媒体の耐用年数は数十年といわれているうえ、情報を読みとるための技術も必要となるため、長期保存媒体としては問題が多い。地層処分に関する記録をできるだけ確実に将来世代に伝えるために、保存環境への依存度が低く長期耐久性の期待できる材料を検討した。その結果、ファインセラミックスのうち炭化ケイ素(SiC)が記録保存媒体として有望であることがわかった。

炭化ケイ素の板材にレーザーを照射して文章や図などを書き込んでみたところ、詳細な文字や模様が刻印できた。炭化ケイ素は耐食性や耐摩耗性に優れており、刻印された文字や絵は通常考えられる環境では千年以上にわたって保存できるものと考えられる。文字の大きさを2ポイント(約0.7ミリ)とすると肉眼または天眼鏡を用いて文字を判読できるので、将来の人が特別な技術を用いなくても文章を読むことができる。

試算の結果、A4判500ページの書類を2ポイントの文字になるように縮小して炭化ケイ素材に記録しようとすると、大きさA6サイズの板材約30枚に収めることができる。1枚の板材の厚さを1ミリとすると、全体の厚さ約3センチというコンパクトな状態で保存できることになる。また、文書記録だけではなく、情報を伝えるためのマーカーやモニュメントの一部としても使うことができる。

地層処分の記録を残すことは、将来の世代に対するリスクの低減および廃棄物問題にかかわる選択の余地を残すという「世代間公平」の観点から重要と考えられる。将来世代に向けてシグナルを送ることは未来にかかわる問題であるが、その情報伝達に最善を尽くしていることが現世代に一種の「メタシグナル(究極の信号)」として伝えられることで、地層処分の現在における意義と重要性を持つことになる。

文書記録を干年間確実に保序する試みは、従来はあまり考えられていなかった。高レベル放射性廃棄物の分野からの発想だが、他の分野においても、将来の世代に向け残したい記録の保存媒体として利用できるものと考えられる。

                                      原子力環境整備促進・資金管理センター                                               事業環境整備研究プロジェクトリーダー  杉山 和稔


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