[原子力産業新聞] 2002年6月27日 第2142号 <4面>

[レポート] 最近の水科学技術の動向

今年4月22日〜26日にアヴィニヨンにおいてフランス原子力学会主催の「原子炉システムにおける水化学」に関する国際会議が開催された。日本原子力産業会議は乙葉啓一・日本原子力発電元副社長(現フェロー)を団長とする調査団を派遣し、この会議に参加すると共に関連施設を訪問し、調査を行った。本稿では、そこでの話題を中心に最近の水科学の技術動向について述べる。

今回の会議参加者は29か国から、発表論文は25か国から159編であった。国別では日本が32名でフランスに次いで最も多く、米国(31名)がそれに続いた。米国からの多数の参加者と発表(26編)は、最近の米国における原子力の復活を反映したものかと思われた。また、韓国から9名の参加者と90編の発表があったのが目を引いた。

会議場は、”アヴィニユヨン幽囚”で有名な”教皇の宮廷”内深くにあり、かつて教皇選出にも使われたと思われる”コンクラーヴェ”と名付けられた広間であった。その室に入って、一瞬呆気にとられていた筆者に、米国の教授が「君達(彼は水化学が専門でない)は水化学をいよいよ宗教にするつもりだ」と、声をかけてきた。咄嵯に「信ずるものは救われる」と答えると、「信ずるものがいるかね」と切り返してきて、2人で大笑した。

会議は全体で11のセッションからなり、159編の論文のうち5編が基調講演、53編が口頭発表で、残りはポスターであった。会議の内容について言えば、今回初めて耳にするような新技術の話題はなかったが、前回から実質1年半しか経過していないにもかかわらず、幾つかの着実な進展が見られ、技術の進歩の速さを感じさせた。

会議全体の流れとしては「技術の”最適化”をどのように進めていくべきか」が重要なテーマであった。ここでは”最適化”という言葉を広い意味で用いている。水化学は、プラントの材料及び燃料の健全性の確保、配管等の線量率低減、放射性廃棄物の発生量の低減を目標としており、これらの目標を達成するために、多様化した水科学の技術オプションを適宜使いわけて、いかに最適化していくかという課題がある。他方、プラントには設計、材料、運転履歴などの違いがあり、各プラントの個性に合った最適化が必要で、更に言えば長期に及ぶプラント・ライフの各段階に応じた技術オプションの選択を考えていくことが重要であると筆者は考えている。人間の健康法に例えるならば、青年、中年、老年期で、年齢に応じた最適の健康法があるはずというわけである。筆者はこれを「プラント・ライフ・サイクル水科学技術」と呼び、その視点の重要牲を基調講演の中で指摘した。

一方、国際的な流れとなっている規制緩和は発電事業のグローバルな競争を激化させ、各国の原子力発電はコスト低減の大きな圧力を受け、この圧力のもとに最適化を進めていくことが求められている。競争の激化はコスト面ばかりでなく、プラントの運転実績にも及び、今後はより強い競合的雰囲気の中で最適化が進められると予想される。

このように複雑な要因を考慮しながら技術の最適化を進めるためには、技術オプションの新しい展開、実績や特性などについての情報が不可欠であり、そのような情報交換の場として国際会議の重要性が一段と増している。以下に今回の会議で報告された中から、筆者が興味をもった技術オプションの動向について述べる。

(1)PWR

一次系のpH制御は線量低減を達成するための重要な技術オプションである。フランスでは、リチウムを2.2ppmに抑えながら、pH7.2(300℃)に極力近づける制御手法が取られてきたが、最近の長期サイクル(18か月)運転の実施にともなって、サイクル初期にリチウム濃度を3.5ppmまで上げる試験が実プラントで行われている。燃料被覆管の腐食に及ぼす効果が調べられ、3サイクル、燃焼度50Gwd/tUまで燃料の腐食挙動に異常は見られず、引き続き55から60Gwd/tUまでのデータが得られる予定であることが報告された。

米国では、既に、一部の長期サイクル運転プラントにおいて、リチウムを最大3.5ppmまで上げるpH制御が始まっているが、軸方向出力分布アノマリー(AOA)対策として、pHを7.4まで上げる(リチウム濃度は、6ppmまで上昇)pH制御の検討が行われている。AOAは、炉心の核沸騰が、燃料被覆管への腐食化成物と同時にホウ素の付着を促進し、出力分布の異常を来す現象と考えられているが、pHの上昇は、腐食生成物の生成と付着を同時に抑制すると期待されている。リチウム濃度上昇による当該プラントの燃料被覆管の腐食は比較的軽度であると評価され、これにもとづいて、まずpH7.3で1サイクル運転を行い、その結果を踏まえて、pH7.4で更に1サイクル運転する計画がある。

AOAについては、燃料付着物の分析を行って、Ni2FeB05の生成が重要な因子であることが明らかにされ、そのモデル化の試みも行われている。また、燃料表面を超音波洗浄することにより付着物を有効に除去することができ、洗浄後の再装荷燃料が破損やAOAを起こすことが無いことも報告されるなど、AOAに対する迅速な対応が注目された。

亜鉛注入を試験的に実施するPWRが増え、データの蓄積が進んでいる。米国の4プラントで30〜40ppbの注入が、ドイツの3プラントで〜5ppbの比較的低濃度の注入が実施されていたが、米国でも1プラントで低濃度注入が始まった。前者は蒸気発生器(SG)伝熱管の一次側応力腐割れ(PWSCC)の抑制を、後者は線量率の低減が認められている。PWSCC低減効果について現時点で結論するのは時期尚早であるということであった。わが国の国際協力プログラムの成果なども発表され、PWRにおいける亜鉛注入が線量低減のための有力な技術オプションとして時歩を固めつつあるとの印象を強くした。

二次系においては、多くの国でSG交換により伝熱管の粒界損傷応力腐割れの問題が緩和され、主要な関心は、流れにより助長される腐食(FAC)による炭素鋼系の減肉と伝熱管に対する腐食生成物のファウリングの問題に移った。前者については、水・蒸気2相流系でのFAC抑制にアミン添加処理が有効であり、わが国でも一部用いられているエタノール・アミンを採用するプラントが増えていることが報告された。FACの抑制はSGへの腐食生成物の持ち込みを低減するが一方、待ち込まれた腐食生成物の伝熱管へのファウリングを抑制するために、ポリアクリル酸などの分散剤を注入するアイデアが2年前に発表された。今回米国のSG交換直前のプラントで、既に3か月間試験的にこの分散剤の注入が実施されたとの報告があり驚かされた。

(2)BWR

BWRのセッションでは、亜鉛注入に関する論文がほとんど見られず、貴金属注入(NMCA)に関するものが数多く目についた。BWRにおける亜鉛注入は既に技術オプションとして確立され、今や最大の関心はNMCAに移行した事を示すもので、技術の進展の速さを感じた。NMCAは米国のBWRにおいて急速に導入が始まり、プラント・データが蓄積されつつある。今回NMCAに付随して、注入後の再起動時における蒸気系のスパイクや蒸気系の一瞬的線量率の上昇、更に、その後のサイクルにおける炉水中のコバルト60増大などが報告されるとともに、この副作用事象を極力抑制する手順が示された。NMCAはループ試験結果等から、配管へのコバルト取り込みを抑える働きもあると判断されているが、亜鉛注入を同時に実施するとNMCA後の炉水コバルトが高い状態でもその取り込みが抑制され、重畳効果が有るかも知れないとの発表は興味を引いた。

(3)基礎研究

技術オプションの基礎となる基礎研究についても多くの発表があった。得に今回はモデリングのセッションが設定され、FACやPWRの放射能移行に関するモデル、また炉内における水の放射線分解や腐食電位のモデルなどが集中して議論された。いずれも特に新規なものではなく、従来のモデルのバージョン・アップという印象を受けたが、より精度の高いシミュレーションによる定量的な把握を求める努力が続けられている。

水化学においては、水環境と金属との界面に形成される金属酸化被膜の果たす役割が極めて重要であるにもかかわらず、その理解は必ずしも進んでいない。その解明が基礎研究の重要な課題であることを筆者は基調講演において指摘したが、その方向に沿った研究の発表も幾つかあった。酸化被膜を分解するためにレーザラマン、グロー放電分光分析などの手法が適用され、有力なツールとなりうることが示された。被膜中のホウ酸、リチウムや白金の分布の測定などが行われて、水環境の変化を被膜が敏感に反映していることを示す報告もあった。

以上筆者の興味に従って話題を拾う形となったが、各分野において着実な進展が見られ、このような不断の努力が各国におけるプラントの運転状況の向上に大きく貢献しているとの感を強くした。次回の会議は2年後英国ボーンマスでの開催となった。

埼玉工業大学教授   石槫 顕吉

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