[原子力産業新聞] 2002年9月19日 第2153号 <4面>

[コメント] 米同時多発テロから1年(1)エルバラダイIAEA事務局長

既報の通り、米同時多発テロから1年を迎え、エルバラダイIAEA事務局長(=写真)は本紙にコメントを寄せた。今号でその抄訳を掲載する。(次週はコルビン米NEI会長のコメントを掲載の予定)

国際原子力機関(IAEA)は、2001年9月11日に米国で起きた連続多発テロ攻撃によって最愛の人たちを失った方々に深い哀悼の意を表する。テロリストが、今回のテロ攻撃に核物質や他の放射性物質を使っていたとしたら、被害はさらに甚大になっていたと考えると、身が引き締まる思いである。IAEAはかねてから、加盟各国が、原子力施設や核物質の防護を原子力計画に組み込むよう提唱してきた。しかし、昨年9月のテロ事件は、世界の原子力界に、他にもっとできることあるいはしなければならないことを知らしめた。

邪悪な目的を達成するためには自爆もいとわないテロリストの存在は、テロ戦争に新たな側面があることを示した。国による秘密核兵器計画のために核物質が転用される可能性に対処するだけではすまない。一般市民の恐怖感を煽り、財産を汚染し、さらには殺傷するために、テロリストが原子力施設を標的にする可能性や放射性線源を使用する可能性があることを、9月11日のテロ事件は国際社会に警告した。

テロ事件後に開催されたIAEA総会で、加盟国は、事務局長の主導によって、核物質や他の放射性物質を使用したテロ活動を阻止するIAEAの活動やプログラムを徹底的に見直すことを要望する決議を採択した。

IAEAは、この決議に迅速に対応した。世界的に原子力防護を強化し、また対核テロのために拡大された活動や新設された活動を盛り込んだ行動計画を策定し、現在実施している。行動計画の対象になる8つの分野は、(1)核物質と原子力施設の防護、(2)核物質や他の放射性物質が関係する不当な活動(例えば不正取引)の発見、(3)各国の核物質収支記録と管理体制の強化、(4)放射性線源の安全確保、(5)原子力施設の安全性と防護面の弱点の評価、(6)不当行為とその脅威への対応、(7)国際条約やガイドラインの遵守、(8)原子力防護関連での連繋と情報管理‐‐である。

テロ集団が、放射能拡散装置(「汚い爆弾」とも言われる)の製造に放射性物質を使う危険性に関して憂慮すべきことは、放射性物質が、ほぼすべての国で手に入るという点である。こうした物質の盗難を予防あるいは発見するための管理や監視プログラムが十分とはいえない国が、100か国以上ある。とはいえ、放射性線源は数百万に達するが、重大な放射線障害を引き起こすほど強力なものは、その中の僅かな部分である。まず、そうした強力な線源を優先して対処していく。強力な放射性線源をテロや盗難から護るために、こうした線源を「揺りかごから墓場まで」一貫して管理することを私は常々主張している。IAEAの優先事項の一つは、各国の規制基盤を築き、強化するのを支援して、こうした放射性線源を常時、適切に管理し、安全が十分確保されるよう徹底させることである。従って、IAEAは、十分防護されていない放射性線源が関係する事象について、数か国、特にアフガニスタン、アルゼンチン、ボリビア、グルジア、ウガンダを支援してきた。さらに、放射性線源の安全性と安全確保について、地域ごとにワークショップを開催してきた。

不当な取引は、核物質やその他の放射性物質を適切に防護・管理できない場合の当然の成りゆきである。IAEAは、国境監視機関に訓練やその他の支援を提供し、また不当な取引事件に関するデータベースを維持している。

テロ行為は、国際社会全体への脅威であり、その対応は本質的に全世界的に行われる必要がある。反テロ対策の有効性は、反テロ対策という鎖の最も弱い部分によって決まる。核物質や原子力施設の警備に関する各国の記録には、欠点や弱点があるということを認識しなければならない。欠点や弱点は検討され、原子力の安全確保を向上するために一定の措置を講じる必要がある。世界の原子力界は、核テロと戦うためのIAEAの行動計画と、現在進行中の活動をIAEAが十分に実施できるように資金を提供するために真剣な取組が求められている。

最後に、ことさら言うまでもないことではあるが、IAEAの行動計画に沿って実施されている活動が、各国の対策に代わるものではないし、また各国がセキュリティ確保に持っている一義的な責任を軽減できるものでもなく、むしろ、IAEAのそうした活動が、原子力でのセキュリティを強化する上で欠かせない各分野における国際協力により、各国の取組を補足・補強するために考えられているということである。

放射線には国境がないため、核物質や原子力施設がどの国にあろうと、その安全性やセキュリティは、すべての国の正当な関心事であることを世界の原子力界は認識する必要がある。IAEAは、世界各地にある民間の核物質や原子力施設の保安を向上するために支援と専門技術・知識をいつでも提供する用意がある。


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