[原子力産業新聞] 2002年10月26日 第2158号 <11面>

[原研] ITBL計画が本格始動

高速ネットで研究開発加速

IT(情報技術)の急速な進展は、21世紀を迎えて日々加速の度を増している。金融や医療、行政サービスなど身近な生活にもITの急速な進展が浸透し、いまや高度ITネットワークが日々の生活に不可欠なインフラとなりつつある。科学技術の進展にも高性能の、いわゆるスーパーコンピュータが登場。科学技術における研究開発を飛躍的に高めたことで知られている。その結果、多くの分野で開発期間の大幅な短縮や効率化を可能にした。こうした高度ITを日本全国につないで、さらに研究開発を加速しようとするネットワーク化計画が日本原子力研究所・関西研究所を中心に進められている。今号で同計画の概要を紹介する。

▽関西の地にITの中核拠点

京都、奈良といえば古都のイメージが強いが、世界でも有数の半導体など精密機器メーカーが拠点を置く、最先端産業の拠点としての顔も。歴史と伝統に恵まれ、一方で進取と独創の気風に満ちたこの関西の地。

その一角に日本原子力研究所が先端科学研究の拠点として関西研究所を設置したのは、1995年10月のこと。

ITBL計画は同研究所の主要プロジェクトとして2001年4月に関連施設等の整備がスタート、同時にITBL推進室が設置され、準備が進められてきた。 2002年3月までに、全国をつなぐ高速ネットワークの中核となるITBL施設(=写真上)が竣工の運びとなった。

同6月には施設の頭脳であるITBL計算機(=写真右)が本格稼動を開始し、8月にはITBL構想の協定が締結された。

今月3日には計画の推進組織であるITBL推進会議が開かれ、計画は大きく具体化への一歩を踏み出したところだ。

▽ITBL計画のねらい

この計画は、2001年度に文部科学省主導でe‐Japan重点計画のなかに、2005年度までに国内すべての研究機関のスーパーコンピュータを共有化したITBL構築をめざすことが位置付けられたことが出発点になっている。

ITBLは「IT‐Based Laboratory」を基にした略で、計算機シミュレーションの活用により、理論や実験に代わる研究開発の手段を提供し、幅広い層での研究開発の効率化をめざしている。さらに、大型研究実験施設や大規模なデータベースを利用した共同研究を、容易に実現できるシステムを開発・提供する壮大な構想だ。

これまでスーパーコンピュータにアクセスできなかった企業や研究機関に、スーパーコンピュータとソフトウェアおよび利用ノウハウを提供し、製品開発や研究開発の期間の大幅な短縮や、コストの削減につなげることが可能となる。また各研究機関や大学で所有するスーパーコンピュータを接続して共有することで、これまで不可能だった高度で複雑な計算も、混雑時の負荷分散を実現するとともに、各センターが有する特色あるソフトウェアやデータベース、ハードウェアを相互利用できる環境が具体化できるなど、可能性は無限大といえる。

▽ネットワーク構想の具体化にむけて

2002年4月からITBLプロジェクトはその歩みを始め、初年度から独立行政法人物質・材料研究機構、独立行政法人防災科学技術研究所、独立行政法人航空宇宙技術研究所、理化学研究所、日本原子力研究所、科学技術振興事業団の六つの機関が参加。全体の資源の効率的運用と活用にあたり各センターで持つ、特色あるソフトウェアやデータベース、ハードウェアの相互利用できる環境を作成すること等が確認され、各機関の分担によって進められてきている。

このうち、日本原子力研究所と理化学研究所はITBL計画の推進に必要な共通基盤技術の開発にあたっている。

そのうち、今回のネットワークの心臓部を受け持つ基本ソフトを担当する原研では、拡張STAとよばれる基本ソフトの試験版をこのほど作成した。

▽各研究機関の特色生かした利用研究も

参加研究機関が、それぞれに有する研究機関としての特色を生かして進めている利用研究についても、生命科学から航空宇宙、環境、材料、地震防災と幅広い分野の広がりを持ち、それらがネットワークを通じて相互的に研究開発を一層促進しようと、取組みを進めている。

例えば、日本原子力研究所では、レーザーなど新たな光を駆使した光量子科学研究や、ネットを活用し高度なデータ処理を必要とする放射線治療の遠隔支援システムの研究開発を推進中だ。

またITBL計画の眼目のひとつには、教育面での普及「エデュテーメント(Education&Entertainment)」がある。原研・関西研では、こうした考え方に沿って、地元の中学や高校生など対象としたサイエンススクール等を開いて、サイエンスとしての光量子科学の面白さなど普及に力を入れているという。

このネットワークは、必要とする研究者、研究機関、企業等に開かれた形態をとるというのが大きな特徴で、協力協定を締結した参加者は、基本的に等しくそのネットワーク上で研究開発の資源を活用、また相互に意見を交わすなどの環境を享受することが可能となる。

▽最新鋭の設備を有するITBL棟

完成したITBL計算機システムは576個の演算素子を擁し、大規模並列計算が可能だ。科学研究用の先端的ソフトウエア類を現在、整備しつつあり、各地の研究者が高速ネットワークでアクセスできるようにスーパーSinetと呼ばれる10Gbpsの幹線ネットワークに接続され、全国の大学をはじめ、主要な研究施設から利用可能な状態になっている。また同施設には、簡単な並列計算が手軽にできるようにPCクラスタが設置されており、施設のセミナー室の端末から利用が可能だ。

すでに高速情報通信ネットのインフラは日本列島を縦断して敷設されており、ITBL施設もその幹線網に接続していることから今後、ITBLネットの整備にあわせて、その利用拡大が順次図られることになる。

▽ネットワーク活用が不可欠な時代に

日進月歩の情報革命で、確かにスーパーコンピュータの高性能化が研究開発の加速に大きな力となっている。

しかし、その恩恵はスーパーコンピュータ向きのアプリケーション・ソフトウェアの不足から限られた分野での利用となり、コスト面も決して安くないことため、限られた大きな研究機関や大学、大企業でしか、思うように活用できないのが実情だ。専門家の不足も、また利用頻度の不足もあって、広く普及するには至っていない。限られた研究機関に置かれたスーパーコンピュータも、導入当初は全ての機能を使い切れず、逆に導入末期には満杯で、利用待ちなどという不効率な利用状況もみられるのが実情。こうした状況はスーパーコンピュータに限らず、大型放射光施設などの加速器施設や、大型電子顕微鏡、大型光学・電波望遠鏡など、高度で限られた数の実験設備でもみられること。

貴重な施設やデータベースを効率的で効果的に運用し、所属機関の異なる、離れた地にいる研究者にもインターネットを介して容易にアクセスでき、共同研究できるシステムが効率的な研究開発等に不可欠な時代を迎えている。

一方で、当面の問題として、行政機構改革や特殊法人の見直し等がITBL計画に影響を与えてきていることも事実。計画の先行きに不透明感があるものの、今後さらに効率的かつ効果的な知的資産の活用に、こうしたネットワークの活用が必須であるだけに、今後の計画の着実な進展が期待されるところだ。


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